インド洋海戦
実に鬱陶しいほどの時間の進み方である、
秒針がいつもより遅く見える、
参謀たちはひっきりなしに腕時計を確認していた、
「落ち着け、上に立つものがあせったら下の士気にかかわる」
実際自分自身も相当な焦りを感じていた、
何しろ相手はこちらの射程外からアウトレイジ出来る主砲を持っているのだ、
これはいよいよ覚悟しなければと身を硬くしたと同時に第一報が舞い込む、
「上空!!敵機!!」
どうやら相手のほうも射程外からこちらを始末する気のようだ、
いっそう激しく全身から汗が噴出す、嫌な汗だと思っている暇は無い、
まもなく第二報が入ったからだ、
「敵の砲塔が動き出したそうです、雷撃隊もまもなく接触できるはずですが」
「トツレをまだ受信できていない以上は期待はやめておけ」
最悪この嵐で全機未帰還となれば熟練パイロットを大量に失う結果だ、
最もそんなことにはならないでくれと心の中で祈るしかない、
そしてそれは突然だった、
あたりを切り裂くような音がした直後、
艦橋よりも高い水柱が何本も生まれた、
「まだだ、まだ取り舵をするには早すぎる」
現在、土佐率いる戦艦戦隊は敵の艦隊に向かって斜めで切り込む進路をとっていた、
すでに北側に展開している巡洋艦の戦隊は針路変更が終わっただろうかと心配をしている間にも、
周りは水柱が生まれては消えていた、
ここで気づいた人もいるかもしれないが、
栗田はかつての世界の常識を打ち破った海軍戦術をここでやろうとしていた、
相手は高速の巡洋戦艦と巡洋艦、こちらは低速の戦艦、
勝負を賭けられるのはほんの一瞬だ、
そのために四つの戦隊に分かれさせた、
あとはタイミングが合うかどうかであった、
その場仕上げのこの作戦の成功率はきわめて低いと予想される、
何しろ事前練習は無かったし、対艦戦闘なんて誰もが久々にやるのだ、
おまけに今いる戦艦戦隊はずっと出動せずに停泊していたのだからもっと心配であった、
「トツレを受信!!照明弾も目視で確認できます!!」
水平線の上にうっすらと白い半円が生まれていた、
敵艦の艦橋のてっぺんもそれによって映し出されていた、
その光景は双眼鏡からはっきりと見えた、
まさに白いキャンバスに黒い塗料をぬったかのようにはっきりと見えた、
「ト連送です!!やってくれました!!」
なんと旧式の機体でこの暴風の空を飛んできたのだ、
それも魚雷をかかえた夜間飛行で、
「扶桑山城が回頭します、我々はその後、さらにその後に古鷹や青葉が回頭します」
「最大戦速だ、扶桑型に敵弾を集中させるな、」
実際それどころではなかったのは英艦隊のほうだった、
対空砲火が狂ったように何も無い闇の中に火弾を叩き込む、
何も無いというわけではなかった、照明弾からの反射光でプロペラがキラキラと、塗装がはげたジュラルミン機体もその存在を見せ付けるかのように輝いていた、
まるで星屑みたいだ、
「撃て撃て!!近づけさせるな!!」
「水偵より!!敵艦隊が回頭しています!!」
この時艦長は海図を見てようやく確信を得たのだ、
「やつらT字戦法をやる気だ!!」
これはいよいよの事態である、
先頭を押さえ込まれるとスピードが出せないのだ、
これにより巡戦はその舳先の波をさらに波立たせることになった、
「全速力だ!!振り切れ!!」
この司令が下ったと同時のタイミングで艦隊上空を閃光が包みこんだ、
水上機が再び吊光弾を投下したのだ、
確実にこちらに迫り来る低空飛行の雷撃機は恐らくソードフィッシュ以上の技量があるとでもいうのだろうか、
「副砲を水面に向かって撃て!!」
多数の火花が側面より噴出される、
もはや最大戦速を出しているこの船は振動で照準すら出来ない状況になっていた、
そもそも砲は最大戦速で撃つようには出来ていないのだ、
それでも多数の水柱が雷撃隊の行く手をさえぎった
それでも、彼らは突き進んでいた、
発動機に被弾したり、水柱に持っていかれたりと、一機、また一機と数を減らしながらもついにその腹にかかえていた魚雷を投下した、
もちろん、艦隊はこれを見逃すはずが無かった、
いっせいに思い思いに回頭を開始しようとしたその時、
それは突然襲ってきた、




