俺が妹を殺そうとした話
あれから15年の月日が流れたー
え、何?
早い?
そりゃ早いよー、子供の成長って…
え?そういうことじゃない?
まあまあ……
そりゃね、書きたくないことだってあるんだよ。
みんなもあるでしょ?
人に語りたくない黒歴史の一つや二つ……
それがこの15年にぎっしり詰まってんだから。
え?それを書け?
他人事だと思って、お前ら鬼か!
……ちょっとだけだからな。
妹が生まれてから俺の生活は一変した。
おもちゃの取り合いになると決まって出るあのセリフ。
母「お兄ちゃんなんだから貸してあげなさい!」
喧嘩になり、妹を泣かせると必ず聞く言葉。
母「お兄ちゃんなんだから○○を大事にしなさい!」
俺が泣いているとほぼ言われる。
父「お兄ちゃんならしっかりしなさい!」
お兄ちゃんだから、お兄ちゃんだから、お兄ちゃんだから……
何だよそれ。
お前らが勝手に「お兄ちゃん」に仕立てあげただけだろ?
こっちはそんなの望んでない。
なのに兄だからという理由で常に不利な立場に立たされ、叱られる。
理不尽だ。
兄だからしっかりしないといけない理由でもあるのか?
妹の見本にならなきゃいけない義務でもあるのか?
誰が決めた?
神様か?国か?お前らか?
そんなことあるわけがない。
あってたまるものか。
だから俺は一生妹という存在を認めないし、好きにもならない。
俺が苦しくて泣いている時、親に抱かれて甘やかされている妹なんか、認めなかったー
ーそして月日が少し流れ。
俺が中学生になったころ、俺の中で妹は存在しないものになっていた。
周りの友達に「兄弟はいるの?」と聞かれても、「いない」の一点張り。
家では妹を無視し、妹のいる空間には5秒も居たことはない。
同じ家なのに、違う世界。
妹を見るたびにわき上がる嫌悪感。
そして徐々に増していくー
ー殺意。
妹が俺を見る無垢な目がたまらなく嫌いだった。
何も知らない顔。
甘やかされた顔。
俺が苦しんでいることも、憎んでいることも、何もかも知らない瞳。
俺はその目に見られるたび、自室へ走り、扉を閉めて鍵をかける。
そして殺意の衝動に駆られるのだ。
俺「クソッ!クソッ!クソッ!!」
俺「なんだよあの目は!こっち見るんじゃねぇよ!」
だがその日は。
俺「あぁぁぁああイライラする!」
いつもと違っていた。
俺「殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい!!」
止まない殺意。
俺の中のドス黒い何かが。
ついに芽を出す。
俺「……殺…す……?」
そうだ。
俺「消してしまえば」
楽になる。
俺「…妹が…いなくなる……」
憎しみも、苦しみも。
俺「全てから」
解き放たれる。
俺「……確か母は○○を俺に任せて買い物へ行った……よな…」
つまり家にはお前と○○だけだ。
俺「………………」
覚悟を決めろ。
俺「……やるなら」
今しかない!
カチャ。
鍵を開ける。
キィ、と音をたてて扉が開く。
廊下に出て気配を探る。
親はまだ帰ってはいない。
妹のいる居間へ向かう。
廊下の軋む音だけが家に響いていた。
今まで感じたことのない静寂。
そして居間の戸の前に着く。
……息を整える。
できる。俺なら。
自分でケリをつけるんだ。
こんな生活。
嫌いな存在と過ごさなきゃいけない苦痛。
日に日に増す妹への憎しみ。殺意。
もう、我慢するのは嫌だ。
だからー
ー終わらせるんだ。
居間の戸を開ける。
いた。
妹「……?」
俺「…………」
時が止まったような感覚。
恐らく5秒以上は経っていただろう。新記録だ。
黙って妹を見る俺を不思議そうに見つめる妹。
妹「お兄ちゃん……?」
プツン、と何かが俺の中で切れた。
俺は妹の細い首に手をまわす。
妹「う……?」
そしてゆっくりと締めていく。
徐々に近づいてゆく目の前の命の終わり。
生まれて初めて感じる命の灯火。
その火を、消す。
すなわち、死ー
ー全身に嫌な汗が溢れ出る。
身体の表面がチクチクする。
これは戸惑い?
それとも恐怖?
ビビってるのか?俺は……
この手で目の前の命を刈り取るのを。
だが、俺は止まらなかった。
手は震えていたが、その手は止まることをしない。
俺の決意がそれを許さない……!
そしてそのまま締殺す……ハズが、俺は手を緩めてしまった。
妹は笑っていたのだ。
無邪気に。
な、なんだ?
ついに気が触れたか……?
訳がわからず、呆然としていると。
妹「くすぐったいよお兄ちゃん!」
俺「あ……」
もう、ダメだった。
俺は全身が脱力し、後ろへ倒れこんだ。
気づくと涙が頬をつたっていた。
部屋には妹の無邪気な笑い声だけが響いていた。
良かった……。
俺はとんでもないことをするところだった。
……。
ああ、俺。
妹を笑わせたの、始めてかも……。
それから俺の中の殺意は、二度と現れることはなかった。