妹が生まれてしまった
母「あなたはね、これからお兄ちゃんになるの」
病院のベッドに横になりながら母は言った。
恐らくは俺に言っているのだろうが、その目は俺を見てはいない。
母の視線は胸のあたりに抱き抱えられている、「それ」に向けられていた。
「それ」とは読者のみなさまにはもうお分かりだろう。
お察しの通り、今さっきこの世に解き放たれた忌々しい存在。
世間では「いもうと」と言うらしいが、どうでもいい。
「妹」が母から解き放たれた瞬間……いや、実のところはもっと前からその存在が大嫌いだった。
理由?
まあそれは後で話そう。
ここで書くと読者様が理解しにくいうえに、頭の悪い俺としてはうまくまとめにくいだろう。
ひとまずは妹が生まれた時の俺の心境でも語ろうかと思う。
一言で言うなら「絶望」
二言なら「ファック!!」「なんて日だ!」
三言なら……もういいか。
「家族」というのがズレ始めたのはそれが始まりだったと記憶している。
母が笑顔。
父が笑顔。
妹が泣き顔。猿みてーな。
んで俺が鬼。うん、鬼。
俺が鬼(小鬼)になっていると、父が一言。
父「頑張れよ!お兄ちゃん!」
シット!!何が「お兄ちゃん」だ!
俺はいつ貴様の「兄」になったというのだ!
母は母で妹という猿のシンバル人形を撫でてるし…
妹は泣きじゃくってうるさいし…
チッ、ナースまでニコニコしてやがる。
なんなんだこの状況は。
母「あなたの名前は○○でちゅよ~♪○○~♪」
……もう帰っていいですか。
父「うん、いい名だ!」
あ、目眩が……。
俺「もう帰ろうよ~。見たいアニメ始まっちゃうよ~……」
父「お前はアニメと○○どっちが大事なんだ!」
すまんな父よ、アニメだ!
俺「そ、それは…○○だけど……」
そう、これが子供である。
憎むべきは恐怖心。
父「だったらアニメぐらい我慢しなさい!今度DVD借りてきてやるから!」
リアルタイムこそが大事なのだ父よ!
明日の学校での話題についていけなくなるではないか!
というか、DVDリリースまで長すぎだろ!
俺「じ、じゃあもう少し…」
ああ、子供とはなんと不憫な存在か。
世の中の父親よ、子供を恐怖で支配するべからず。
母「あぁ、○○はなんて可愛い顔なの…」
母よ、それは猿だ。
父「ああ、目がお前そっくりだ」
我が父親は残念ながら目が節穴のようです。
ああ、早く終わらないかな……
そう思いながらふと窓の外を見ると、眩しいくらいに夕陽が輝いていた。
その景色が今でも鮮明に脳裏に焼きついている。
木葉の隙間から漏れるオレンジの光が、病室にさしこんでいた。
「はぁ…」とため息をつきながら窓に近づく。
窓から見える駐車場を見ると、セミが一匹落ちていた。
いや、死んでいた。
その死には、何も感じない。
無関心。
それを見る目は、まるでトンボの羽をもぎとる時のような生きていない目。
まあ、子供なら仕方のないことだが…
無知故に、目の前の命を汲んでやれない。
ふと振り返ると、そこには笑顔の親。
無表情にその光景を見る俺。
射しこんだ太陽の光で家族は輝いて見えたが、きっと家族には俺が見えていない。
逆光だから?
いや、違う。
新しい命で視界も頭もいっぱいだからだ。
だから既にある大切な命には目がいかない。
俺は思った。
ああ、大事にされる時間は、もう来ないんだ、と。
俺はこのセミと一緒なんだって。
結局、俺はアニメを見逃した。
でも、そんなことは不思議とどうでもよかった。
気になるのは、胸の中に芽生えたモヤモヤしたもの。
それだけが、ずっとずっと俺を苦しめていたー
非常に読みにくかったと思うが、ひとまずはここまで。
これが妹がこの世に生まれた時の俺の記憶。
ちなみにこの時の俺、7歳。
そう、7歳にしてこの歪みよう。
こやつ、只者ではない。
ま、俺がそう思うのも変な話だが……