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みみずチョーク

作者: えんせい
掲載日:2026/10/25

 夏休みだというのに成績が悪いということで俺は、数人のおバカさんと一緒に補習を受けていた。まあ俺もそのおバカの中の1人なのだが。しかし俺は、普段何も悪いことはやっていない。素行は極めて良好な生徒だと自負している。家に帰ればクソババアやクソオヤジと叫ぶこともなく、いただきますやごちそうさまもきちんと言える。来客があればいらっしゃいくらいは言うようにしているし、近所での挨拶も常識的な範囲でやれていると思う。まあ、多少はFPSゲーム、漫画、アニメに沈溺しているきらいはあるが男子高校生ならそれも仕方がないだろう。俺の、前に座っている佐藤などは、授業中に隠れてスマホを触ったり、休み時間には足を机の上にのせて隣の席の奴らと麻雀をしたりしている、明らかに問題児だ。そんな問題児と成績が悪いというだけで補習という肉体的にも精神的にも苦痛を伴う拷問を強制してくるとは、先生という生物は、頭が固すぎるんじゃないのかと思う。しかし何よりも納得がいかないのは、佐藤のようなやんちゃな奴ほどモテるということである。胴長短足、目つきが鋭く、皮膚は浅黒、声がおっさんみたいなやつのいったいどこがいいというのだろうか。現に休憩時間になると常に複数人の男女が佐藤を取り巻く。嫌でも耳に飛び込んでくるのは、誰と誰がヤッたとか、キスしたとか、あとでどこ遊びに行くとか、いかにも陽キャが好みそうな流行りの曲についてのこととか、流行りのファッションの話ばかり。あー嫌だ嫌だ。これだから凡人は。その点俺は、自分は凡人ではないと感じている。決して流行りには靡かず80年代90年代の前衛アートロックの名盤などをしっかり聞いている。しかし天才の俺でも悩みは尽きない。最近明確に焦りというものを感じ出している。高校3年となればもう進路を決めなければいけない。大学、専門学校という選択肢もあるが俺はそもそも勉強が嫌いなので論外だ。となると残るは就職だが困ったことに俺には夢というものが全くない。そもそも働きたくもない。なぜ俺のような天才が取引先の人間などに敬語を使いペコペコしなければいけないのだろうか。それを想像しただけで虫唾が走ってしまう。だから俺は、革命家になろうと思う。革命家になり世界を変える。まさに俺にぴったりの職業だと思う。だから俺は、偉大な革命を成し遂げた先輩たちの伝記を図書館で1冊ずつ順に読んでみた。すると共通点が浮かび上がってきた。それは、革命家は常人とは度胸の桁が違うということである。例えばナポレオンなどは、暴徒を鎮圧するために民衆に向かって大砲をぶっ放すなどを平気で行っている。要するに行動力!行動力!行動力!なのだ。思えば、俺は確かに行動力が欠けているような気がしてならなかった。授業中、先生が誰かこの問題分かりませんかというよくあるシチュエーションでは、分かっていても恥ずかしくて手を上げてこなかった。その点、佐藤は違う。女の子にもガンガン話しかけていく。だからモテるのであって俺のような苔のようにシーンと静まっている奴がモテないのは考えてみれば当たり前の話なのだ。


 このままでは凡人のまま人生が終わってしまう。それではだめだ。だから今日ここで俺が天才だということを証明してやろうと思う。


 具体的に何をするのか。休み時間の間に先生の使うチョークをこっそりみみずに変えてやろうと思う。なぜみみずを選んだのかは自分でも謎だがとにかく教室という空間で最も異質なものを選んだつもりだ。本来なら、教壇に立ちあがり、教室にいる人間にみみずをギロチンで切り落とされた生首のように、見せびらかしてから交換すべきだが、さすがにそこまでの度胸は俺にはなかった。俺は、そっと席を立つとそっと黒板に近づき5本ある色とりどりなチョークを全てポケットに突っ込んだ。しかしここであることに気が付いた。チョークを裸のまま制服に入れてしまうと当たり前だが粉がかなり服に付着してしまうのである。俺は、ビニール袋でも取りに行こうかと迷ったが、ぐずぐずしていたら次の補修が始まってしまう。それにあっちへ行ったりこっちを行ったり来たりしていると挙動不審で怪しまれるかもしれない。次の休み時間に決行してもいいが、しかし革命家とは期を制せなければとてもなれるものでもない。いまこのタイミングしかないのだ。俺は、内ポケットの入れてあるみみずを取り出してそっと置いた。みみずは、長いこと袋に入れてあったせいかぐったりしていて動かない。好都合だ。ごめんなミミちゃんと俺は心の中で謝った。ここでまた失敗に気が付いた。革命家とは、イザという時には非情に徹するべきなのだ。それなのに俺は、家の庭で掘り出したみみずに対して情を抱きその上今この瞬間すらそれを持ち続けていた。これは、恥ずべきことだ。俺は、感情を押し殺し席に座った。しかし椅子に座った瞬間、あるさまざまなよくない考えが、ぼやぼやぼやと頭の中に浮かんできた。それは、最初は、埃ほどの小さな小さな考えだがやがて風船のように膨れ上がり、頭の中を満たした。


 やることがしょぼすぎないか?これでは、いたずら者の小心小僧ではないか?ただの革命家を自称する痛い奴ではないのか?女にモテたいけど話しかける勇気とコミュニケーション能力がないからこんなアホなことをして注目されたいだけなのではないか?佐藤に対する感情はただのつまらないルサンチマンではないか、佐藤に対して脳内で俺は上から目線だが佐藤は俺に毎朝挨拶してくれるいい奴でなないか、なのにこんな感情を佐藤に対して抱いているなんてただの屑ではないか?等々。俺は、頭をぶんぶんと振った。革命家とは、一般的な感情から解脱しなければなれないものだ。それに感のいい佐藤などは、俺の革命に気が付くだろう。そして言いふらすに決まっている。あいつは、普段は黙りこくっているが度胸がある奴で尊敬できる素晴らしい奴だと。そうなれば後は栄光への道に一直線だ。佐藤は、俺の部下になりたいと言ってくるだろう。そして佐藤の人脈を使い俺はさらに革命を広げていくのだ。しかし・・・俺は、一体世の中の何を変えたいのだろう?環境問題かな・・・いやいやなんかもっとかっこいいもの、例えば政治とかか?うーん政治には全く興味がない・・・あとは何だろう・・・とそんなことを考えていたら、ドアがガラガラと開いて先生が入室してきた。その瞬間、俺の心臓はトランポリンを飛び跳ねる女の子みたいにどきんと、飛び跳ねた。2限目の社会を教えているのは、田中先生という今年65歳になる女の先生である。先生はとても65歳には見えず若々しくてどこか艶っぽさもある。田中先生の香水の匂いで俺はドキドキしてしまい、これが今から始まる革命のドキドキなのか、自分の性欲ドキドキなのか分からなくなってしまった。俺は、扉を開けた瞬間に先生がミミズに気が付き悲鳴を上げるだろうと思っていた。というかその姿を期待している側面も確かにあった。田中先生のよく伸びたポニーテールがポンと跳ねて、きゃあと色っぽい声が上がる。俺は、気が付くと自分の息子が半立ちになっているのに気が付き、それを抑えようと頭に浮かんでくる雑念を消そうとした。しかし雑念は、またも風船のように膨らんでいき、俺のちんぽも比例して膨らんだため俺はガチガチにフル勃起してしまった。


 しかし計画とは、大抵はうまくいかないものである。リサシティ先生は、俺の仕掛けに気が付かないどころかそのみみずをチョークとして実際に使いだしたのだ。当然みみずは、黒板に押し当てられ前か後かどちらかわからないが、どんどんと削られていった。黒板には、みみずから垂れ流れた汁や血が薄い文字を形成している。それは滑稽な水墨画にも見えた。


 ここで俺の頭に疑問が浮かんだ。なぜ田中先生は、みみずを握っているのに気が付かないのだろうか。俺以外奴は、真面目に授業を聞いておらず現に今も机の下でスマホを触りまくっている。だから黒板の異変に気が付かないのは、まぁ仕方がない。しかし先生は違う。まずみみずとチョークは色、触り心地、臭い、形が全く違う。形は・・・まぁ100歩いや1万歩譲って細長いから共通点があるとしても他の要素は、天と地、月とすっぽん、色相環の補色ぐらいに違う。それなのに気が付かないのは明らかにおかしい。もしかして俺は、教室に入ったときに違う世界線に来てしまったのかと窓の外を見たが全く同じ景色がそこにはあった。


 そんなことを考えている現在もみみずは、みぎゅみぎゅという音を立て大根おろしみたいにすり潰されていく。その音が断末魔や恨み節のようにも聞こえた。俺は、なんだか嫌な気分になって来た。普段影の薄い俺は、革命の影も薄いのかと思った。俺は、虚無感を感じ絶望した。そんなことを考えてもみみずはやはりみぎゃみぎゃと減っていく。絶望とは、現実を変えるものではなく人間の内側に発生するものだ。何か次の行動を起こさない限り日常は続いていく。俺の絶望はさらに深まった。


 しかし授業が始まってから20分が経過した辺りから、現実が変わりだした。変えたのは、蝿さんであった。黒板ですり潰された、引き延ばされたみみずの肉や血や汁が腐り仄かに腐臭を発しだしたのだ。今は夏、腐るのも当然早い。そのご馳走を自然界が見逃すはずがなく、蝿がランチタイムを始めたというわけだ。最初は小さかった蝿の羽音も馬鹿でも気が付くくらいにどんどんと大きくなっていった。


 最初に佐藤があれっと気が付いた。で次に佐藤がみんなに耳打ち。あとは悲鳴。田中先生は、まったく動じていなかった。


「誰がこんなことやったの?正直に言いなさい」


 リサシティ先生のよく通る声が教室に響く。


 で結局俺がやったってばれた。俺が挙動不審だったのと、あとポケットに入れたチョークの粉が舞ったのが原因だ。俺がその日着ていた服は黒だった。田中先生は、拭きなさい、と言った。俺は、雑巾を用具箱から取り出すと水道で濡らし絞り、拭いた。俺は少し泣いているのに気が付いた。でも恥ずかしいので必死に拭いて誤魔化した。


 みんなに見られながら黒板を拭くのはめちゃくちゃ惨めな気持ちだった。佐藤などが俺を思いっきり嘲笑してくれたりしたらまだよかったのかもしれない。しかし佐藤は、妙に大人の顔つきで俺をずっと見つめていた。佐藤の表情には、モラトリアムから抜け出しつつある人間の表情があった。俺は、自分の将来を想像した。佐藤は、きっと社会に出ても出世するんだろうなと思った。社会人に必要なのは、恋愛経験とコミニケーション能力なのだ。俺は、両方持っていない。


 親にも連絡が行った。母は怒った。「あんた何してんの!みんなに迷惑かけて、恥ずかしい!」至極まっとうな怒り方だった。普段、俺を叱らない優しい父親は、「あかんじゃないかと」と一言だけ言った。俺はそれが猛烈にショックだった。俺はしょげて2階に行くときに見た父の背中は、なぜかとてつもなく大きく見えた。


 10年後、俺はニートになっていた。だが罪悪感を紛らわせるために富士山の清掃ボランティアなどをやっていた。だが俺は虚しくなるだけだった。部屋の中にいるのが息苦しくなって街を散歩していると、近所の人がこそこそと話していた。おそらくだが俺のことを話しているのだろう。違うかもしれないが俺の自尊心は過敏になり歪んでしまっていた。佐藤は、やはり社会的に成功していた。SNSには高級車と美しい佐藤の奥さんの写真が写っていた。佐藤は、会社を立ち上げ社長になっていた。


 俺は、ビルドゥングスロマンなんて信じない。俺のような何もしない人間は、ただゆっくり腐って死ぬだけだ。




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