『謎の声』
『謎の声』
俺は一人暮らしをしている。
家族と離れて暮らし始めて、もうしばらく経つ。
一人の生活にもすっかり慣れた。
誰にも邪魔されず、好きな時間に飯を食べて、好きな時間に寝る。
静かな部屋も嫌いじゃなかった。
――あの日までは。
*
ある日の夕方。
「ただいまー」
いつもの癖で、誰もいない部屋に向かって声をかけた。
もちろん返事なんて期待していない。
だが――
「オカエリ」
「…………え?」
俺は動きを止めた。
今、何か聞こえた。
高い声だった。
「…………」
部屋の中を見る。
誰もいない。
「気のせいか?」
俺は靴を脱ぎ、部屋へ入った。
念のため家中を確認する。
台所。
風呂場。
トイレ。
クローゼット。
誰もいない。
「そりゃそうだよな……」
俺は一人暮らしだ。
誰かいるはずがない。
*
その日の夜。
俺は夕飯を食べようと、テーブルの上に置いていたパンを手に取った。
「……あれ?」
袋の中を見る。
「こんなに少なかったっけ?」
何個か入っていたはずなのに、いつの間にか減っている気がする。
「昨日食べたんだったかな……」
よく覚えていない。
俺はあまり気にせず、そのまま夕飯を済ませた。
寝る前、コップに入れておいた水にも目をやる。
「……?」
少し減っているような気がした。
「まあ、いいか」
俺はベッドに入った。
「今日は疲れたな……」
電気を消す。
「おやすみ」
その瞬間。
「オヤスミ」
「…………」
俺は目を開けた。
「え?」
聞こえた。
今度は間違いない。
俺は勢いよく起き上がった。
「誰だ!?」
返事はない。
「誰かいるのか?」
シーン……。
「…………」
俺は電気をつけた。
部屋には誰もいない。
「なんなんだよ……」
さっきよりも怖くなってきた。
*
翌朝。
俺は朝食を食べながら、昨日のことを考えていた。
「やっぱり気のせいじゃないよな……」
「ジャナイヨナ」
「うわっ!」
俺は立ち上がった。
「まただ!」
部屋を見回す。
だが、やっぱり誰もいない。
「どこから聞こえてるんだ?」
耳を澄ませる。
「…………」
何も聞こえない。
「まさか……幽霊とか?」
「ユーレイ」
「うわぁっ!」
俺は思わず後ろへ下がった。
「今、幽霊って言ったよな!?」
「ユーレイ!」
「やめろ!」
高い声だけが部屋に響く。
俺は完全に怖くなっていた。
*
それからも、その日の間ずっと謎の声は聞こえてきた。
出かけるとき。
「行ってきます」
「イッテラッシャイ!」
「…………」
帰ってきたとき。
「ただいま」
「オカエリ!」
「…………」
夜。
「おやすみ」
「オヤスミ!」
「…………」
「誰なんだよ!」
返事はない。
話しかければ返事をする。
なのに、姿は見せない。
しかも――
また食べ物が少し減っていた。
「…………」
俺はテーブルの上を見る。
「絶対、誰かいるだろ……」
最初は気のせいだと思っていた。
だが、もうそうは思えなかった。
俺はだんだん気味が悪くなってきた。
*
そして翌日。
俺はついに決めた。
「今日こそ正体を突き止める」
部屋の中を徹底的に調べる。
ベッドの下。
「いない」
クローゼット。
「いない」
棚の裏。
「いない」
机の下。
「いない……」
やっぱり誰もいない。
「じゃあ、あの声はなんなんだよ」
そのときだった。
ガサッ。
「!」
何かが動く音がした。
俺は振り返る。
「…………」
窓際のカーテン。
ほんの少しだけ揺れている。
「まさか……」
俺はゆっくり近づいた。
カーテンの前に立つ。
手を伸ばす。
「誰か……いるのか?」
返事はない。
「…………」
俺は覚悟を決めた。
「えいっ!」
勢いよくカーテンを開ける。
すると――
「オハヨウ!」
「うわああっ!」
俺は驚いて後ろへ下がった。
カーテンの裏から、ひょっこりと顔を出したのは――
「…………鳥?」
一羽のオウムだった。
「オハヨウ!」
「…………」
「オハヨウ!」
「お前だったのかよ!」
*
謎の声の正体は、オウムだった。
後で近所の人から聞いて分かった。
少し前から、近所の家で飼われていたオウムが行方不明になっていたらしい。
どうやら俺が窓を開けていたときに部屋へ入り込み、そのままカーテンの裏などに隠れていたようだ。
しかも、このオウム。
元の飼い主がよく使っていた言葉をいくつも覚えていた。
「おかえり」
「おやすみ」
「いってらっしゃい」
俺が話すたびに返事をしていたのは、そのためだった。
そして――
減っていた食べ物と水。
「まさか、あれもお前だったのか?」
「オマエダッタノカ!」
「やっぱりか……」
どうやら俺が見ていない間に、こっそり食べたり飲んだりしていたらしい。
「幽霊じゃなかったのか……」
「ユーレイ!」
「それはもういいって」
「ユーレイ!」
「…………」
俺は思わず笑ってしまった。
*
それから、オウムは無事に飼い主のもとへ帰った。
飼い主の家は、俺の家からそれほど離れていなかった。
それからというもの、飼い主はときどきオウムを連れて俺のところへ遊びに来るようになった。
ある日の夕方。
ピンポーン。
インターホンが鳴る。
ドアを開けると、飼い主と一緒に見慣れたオウムがいた。
「また来たのか?」
「マタキタ!」
「真似するなよ」
「マネスルナヨ!」
「…………」
俺は苦笑する。
しばらくして、飼い主がオウムを連れて帰る時間になった。
「じゃあな」
オウムを見る。
「おやすみ」
すると――
「オヤスミ!」
元気な声が返ってきた。
少し前まで怖くて仕方なかった謎の声。
今では――
聞こえないと、少しだけ寂しい。
『謎の声』
――終わり――
最後まで見てくれてありがとうございました。




