『君の選ぶ贈り物は無難でつまらない』と言いますが……
胃が痛くなるようなドロドロの復讐劇も好きですが、たまには「全員アホ」みたいな平和な(?)ざまぁが摂取したくなりませんか?
――この国では、贈り物ひとつで人が死ぬ。
「君の贈り物は無難でつまらないから、次の親族への暑中見舞いは僕が選ぶよ!」
そんないかれたことを言い出したのは婚約者のロア王子。
公爵令嬢である私――フィトはそのとんでもない意見に真顔で返す。
「分かりました。でもひとつだけ条件が。私が隣の帝国へ亡命することをお許しください」
唐突な切り返しに、王子も目を丸くする。
「な、そこまで怒ることないじゃないか。たかがギフト選びだろう?」
「いえ本気です」
「ふん! じゃあ、好きにどこへなりと行くがいいさ! 今回は僕が決める!」
王子の決意は固そうだ。
――これは、やばいことになった。
私の背筋に冷たいものが走る。
「あそこのパティシエの新作を入れるべきだよなぁ……」
などとブツブツ言っている王子を背に、私は全速力で実家に帰った。
屋敷に着くなり自室へ飛び込んで宝石箱をひっくり返す。
現金、宝石、持ち運び可能で換金性の高い資産をすべてカバンに詰め込む。
「どうしたんだフィト!?」
荷造りをする私を見て驚く両親。
私は手を止めずに告げる。
「お父様、お母様。私は隣国に亡命します。お二人もすぐに隣国へ逃げられる用意をしておいてください」
「はあ? 何を言っているんだ!?」
「とにかく、少しでも異変を感じたら即座に国境を越えてください。 これは娘からの一生のお願いです!」
そう言って両親の制止を振り切り、裏口から馬車に飛び乗った。
目指すは隣の帝国。
そう、王子は気づいていないのだ。
――自分の王族としての血筋……そして、この国の貴族たちの「ヤバさ」に。
◇
その1か月後。
王国は崩壊した。
事の発端は王子が暑中見舞いに配った『最高級パティシエによる星形シナモンクッキー』。
可愛らしくて美味しそうな、何の問題もない焼き菓子に見えるだろう。
だが、王国の貴族名鑑という「地雷原マップ」を頭に叩き込んでいる私からすれば、それは核弾頭だ。
第一の悲劇。
「うぐああああ!」
10個ぐらいの有力貴族家が一斉に機能不全に陥った。
原因は重度のシナモンアレルギーだ。
なぜか我が王国には「シナモンの香りが大好きで、目の前にするとどうしても手を出してしまうが、摂取すると死にかける重度のシナモンアレルギー持ち」の伯爵家が存在する。
しかも、その厄介極まりない性質はなぜか遺伝するらしく、一族郎党全員がそうなのだ。
彼らの前ではシナモンの「シ」の字も出すことは許されない。
それなのに王家からの贈り物である。しかも箱を開けた瞬間に広がる芳醇な香り。
彼らにとってそれは抗いがたい誘惑であり、同時に王命に等しい強制力を持つ。
王子からのシナモンクッキーは、彼らが自殺的にシナモンを摂取する最大の言い訳を作ってしまったのだ。
結果、伯爵含む家人が大勢倒れ、領地経営はストップした。
第二の悲劇。
「これは太陽神様への冒涜だああぁ!」
貴族家の15個ぐらいが武装蜂起した。
彼らは熱心な太陽神教の信者である。
そんな彼らに『星形』のクッキーを送りつけるとはどういうことか。
彼らは星や月のモチーフを見ると、まるで満月を見た狼男のように暴れ出すのだ。理屈ではない、本能レベルの信仰心が彼らを暴走させた。
そしてトドメとなる、第三の悲劇。
「5つの角がある星を『砕いて食べる』……『5大貴族の結束を砕く』意味か!」
また別の派閥の貴族家も訳の分からない深読みをして武装蜂起した。
星形のクッキーを「噛み砕く」ことを強要された彼らは、王家による粛清の予告だと受け取ったのだ。
被害妄想も甚だしいが、貴族社会とはそういうものである。
そう、私が婚約者として行っていたギフト選びとは、ただの買い物代行ではない。
『100人の地雷多き親戚たち』という、触れれば即爆発する超危険人物。
かれらの嗜好、思想、アレルギー、家訓……それらすべてを十分に忖度し、絶対に誰も怒らせない「無難」の針の穴を通すような作業だったのだ。
あの王国の貴族は地雷があまりにも多すぎる!
きっと全てを避けるためのマニュアルを作ったら百科事典のような厚さになり、読むだけで日が暮れることだろう。
それを「無難でつまらない」と一蹴した王子の末路がこれである。
結果、王子のクッキーが原因で3割程度の貴族が「王家打倒」を掲げて王都に武装してなだれ込んだ。
守護に当たるはずの貴族はアレルギーで寝込んで使い物にならない。
王家はあっという間に打ち倒された。
そしてロア王子は「クッキーを配って世を乱した」という歴史上類を見ない謎の罪状で捕縛され、処刑されかけたらしい。
処刑される前日、王族のみが知る王城からの脱出経路を使って帝国に亡命してきたのだ。
◇ ◇
ある日の夕暮れ。
私が身を潜めていた帝国の宿屋に一人の男が転がり込んできた。
泥だらけで髪はボサボサ。みすぼらしいが顔立ちは見覚えがありすぎる。
「……ロア様?」
「フィ、フィト……!?」
追っ手をまくために大立ち回りもあったのか、あるいは身ぐるみを剥がされたのか。
そこにはパンツ一丁のロア元王子。
私は見るも無残な姿の彼を部屋に入れた。
温かいスープを飲ませながら言う。
「どれだけ非常識なことを言ったのか、よくわかりましたか?」
私はぼろぼろの王子に問いかける。
王子はよろよろと椅子から降りると、床に額をこすりつけるような見事な土下座をした。
「申し訳ございませんでした……。 君が苦労して選んでくれていたとは知らず……」
「分かればよろしいのです」
「そして、行く場所もないので拾ってください……。お願いします……」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で懇願する彼を見て、私は大きなため息をついた。
なんだかんだ言っても、彼は根が悪い人ではない。
「私にはある程度の資産がありますし、貴方一人くらい養う余裕はあります」
「ありがとう……! 一生ついていきます……!」
彼は私の足にすがりついて泣いた。
そして、ふと顔を上げて、遠い目をして言った。
「でも……」
「はい?」
「あんなやべー王国、滅んでいいんじゃないかと思う……」
その言葉には実感がこもっていた。
星形のクッキーひとつで内乱が起きる国なんて、国家として欠陥住宅にも程がある。
「いや、私もそう思いますが……」
◇ ◇ ◇
それから数年が経った。
今は帝国の下町で私とロア元王子は二人で小さなギフトショップを営んでいる。
「店主! 相談があるんだ!」
駆け込んできたのは帝国の貴族の使いの者だ。
「南方の偏屈で有名な侯爵家に贈り物をするのだが……条件が厳しすぎて何を選べばいいか分からない!」
そう言った使いの者は青い顔をして羊皮紙を見せてくる。
「『甘くなく、辛くなく、形は丸くなく、色は赤以外で、かつ相手の家紋を連想させないもの』なんて……」
泣きつきにきた客に、私はにっこりと微笑む。
「ではこちらの品などどうでしょう?」
そう、私の今までの選定眼――『100人の地雷多き親戚たち』を相手に磨き抜かれたスキルはこの帝国でも大いに役立っている。
亡命時に持ち出した資産を元手に始めたこの店は、今や「どんなに難しい相手への贈り物でも最適解を導き出す店」として貴族たちの駆け込み寺になっていた。
たまに帝国の貴族が青い顔をして、とんでもなく大量に条件がある贈り物を所望してやってくる。
――いやはや、どこの貴族も大変だ……。
私は心の中で彼らに同情しつつ、レジスターを軽快に打ち鳴らした。
人物紹介
【シナモン中毒の伯爵】
「死ぬとわかっていても、食わねばならぬ時がある」
目の前に出されたクッキー。王族からの下賜品。拒否は不敬。しかし食べれば死。
だが、たまらなく良い匂い……。
「これは自殺ではない、忠誠心だ!」と自分に言い訳をしてクッキーを貪り食い、至福の笑顔で救急搬送された。
実は一命を取り留めており、懲りずに「あのクッキーをもう一度」と買いに行く常連ゾンビとなる。
【太陽神教の狼男(※人間です)】
「ウオオオオ! 星だ! 不浄な光だ! 太陽の敵だぁぁぁ!」
クッキーの箱を開けた瞬間、可愛らしい星の形を見ただけで野生が覚醒。 シャツを破り捨て、窓から月に向かって「太陽を返せ!」と咆哮し、クッキーを敵兵と見なして粉々に粉砕した。
【郵便配達員】
「『死の運び屋』と呼ばれているそうです」
王子のクッキーを各貴族の家へ配送した配達員。
配達した先々で怒号飛び交うため、配達員として呪われているのかもしれないとトラウマになる。
「俺が運んだのはクッキーだったはずだ……なぜあそこの家から叫び声が?」
現在は転職してフィトの店の下働きをしている。




