64旅―冒険者(アルセルフ国)44
鏡が砕けるのではなく、澄んだ鈴音を響かせて崩れた。
その音は、祈りの終わりではなく、始まりを告げる鐘のようだった。
光の粒が舞い、精霊たちが解き放たれる。
至福の森へ向かう風が、砂漠を越えて走った。
広間に虹のような光が差し、囚われの声が歓喜に変わる。
光銀竜の声が、神殿に満ちた。
『……安らぎは、鎖でもあったのか。感謝する、調和者よ。』
その声は深く、広間の空気を震わせた。
メデルは涙を拭い、静かに呟いた。
「もう……暗くないんだね。」
ブランデットが弟の肩に手を置き、低く言う。
「終わったな……いや、始まったんだ。」
フーマが剣を収め、銀毛を揺らしながら笑う。
「均衡は戻った……いや、組み替わったんだ。」
ケルメデスアールが月光を見上げ、静かに言った。
「理は崩れる音がした……だが、それは壊れる音じゃない。新しい理が生まれる音だな。」
夜風が回廊を抜け、遠くで風塔が静かに回転した。
銀竜の声が柔らかく響いた。
その声は、深い湖の底から届くような静謐さを帯びていた。
『……大司教よ。貴方が生まれるずっと前のことだ……』
銀の瞳がゆっくりと司祭を見つめる。
『貴方が心を痛めていたことは、精霊は知っている。光の精霊を閉じ込めなくとも……皆、アルセルフの人が好きだから……』
大司教の肩が震えた。
「……私は……国を守るために……癒しを求める人々のために……」
声が掠れ、広間に落ちる。
光銀竜は静かに続けた。
『鏡があるだけで、精霊は勝手に入って癒す。閉じ込めなくとも……共に過ごそう。』
その言葉は、砂漠の夜風よりも優しく、広間の空気を溶かした。
メデルが一歩前に出て、微笑む。
「……精霊は、誰かを傷つけるためにいるんじゃない。癒すためにいるんだよ。」
ブランデットが弟の肩に手を置き、低く言った。
「だから、もう鎖はいらない。」
大司教は長い沈黙の後、膝を折り、深く頭を垂れた。
「……私は……間違っていたのかもしれない。」
その声に、光銀竜が静かに応えた。
『間違いではない。選んだ道が、ただ……遠回りだっただけだ。』
広間に、風塔の回転音が遠くで響いた。
それは、崩壊ではなく新しい均衡の始まりを告げる音だった。
広間に虹光がまだ漂う中、メデルがそっと問いかけた。
「……光銀竜様は、どこにいるんですか?」
低く響く声が、神殿の奥から返ってきた。
『……神殿の地下……水源にいる……。』
「地下……?」
ケルビスが眉をひそめる。
「じゃあ、出てこられないのですか?」
少し間を置いて、念話が返ってきた。
『……小さくなり方を……忘れた。(〃ノωノ)』
「えっ……えええ!?」
メデルが目を丸くし、ブランデットが思わず吹き出した。
「忘れたって……そんなことある!?」
『……ある……長く……大きすぎて……。(〃ノωノ)』
ロカが翼をぱたぱたさせながら笑う。
『かわいい……竜なのに照れてる!』
ルククも炎を揺らしながら肩を震わせる。
「いや、可愛いとかじゃなくて……どうするんだよ!?」
その時、広間に別の声が響いた。
『ふぉっふぉっふぉ!儂に任せい!』
風白竜の陽気な声だ。
『小さくなる方法?簡単じゃ!深呼吸して、魔力を逆流させるんじゃ!』
『……逆流……?』
光銀竜の声が戸惑う。
『そうじゃそうじゃ!儂も昔、宴会で扉に詰まったことがあってな!その時こう言ったんじゃ――「魔力は風のように抜けろ!」』
『……そんな……恥ずかしい……。(〃ノωノ)』
メデルが笑いをこらえながら念話で言う。
「光銀竜様、やってみて!僕たち、ここで見守ってるから!」
ブランデットも肩を震わせながら続ける。
「大丈夫、誰も笑わない……いや、ちょっと笑うかも。」
『……やってみる……。』
広間に静寂が落ち、地下から低い息の音が響いた。
『……ふぅぅぅ……魔力……抜けろ……光のように……。』
次の瞬間、神殿の奥で水音が弾け、銀光が走った。
『……できた……小さくなった……!』
声は誇らしげだったが、最後に小さな呟きが重なった。
『……でも、ちょっと……お腹がすいた……。(〃ノωノ)』
メデルとブランデットは顔を見合わせ、同時に吹き出した。
「……竜って、世界の理を揺るがす存在なのに……サイズとお腹で悩むんだね。」
「うん……なんか、すごく平和だ。」
風白竜が大笑いしながら言った。
『ふぉっふぉっふぉ!竜も人も同じじゃ!腹が減ったら、理も動かん!』
地下の水源から、低い水音が響いた。
次の瞬間、銀光が広間を満たし、空気が震える。
『……できた……小さくなった……!』
光銀竜の声が誇らしげに響き、広間の奥から銀の影が現れた。
だが…その姿を見た瞬間、全員が息を呑んだ。
「……かわいい……」
メデルがぽつりと呟く。
そこに立っていたのは、かつて神殿を満たしていた巨大な竜ではなく。
人間の背丈ほどの、小さな銀竜だった。
鱗は月光を受けて淡く輝き、瞳は深い湖のように澄んでいる。
しかし、その尾が少しバランスを崩し、床に「コトン」と音を立てた。
『……歩き方も……忘れた……。(〃ノωノ)』
光銀竜が恥ずかしそうに翼を畳む。
ロカが翼をぱたぱたさせて笑った。
『かわいい!竜なのに、よちよちしてる!』
ルククも炎を揺らしながら肩を震わせる。
「いや、これは……世界の理を揺るがす存在のはずだよな?」
フーマが剣を肩に担ぎ、ため息をついた。
「……理は揺れたが、竜の威厳も揺れたな。」
ケルメデスアールが腕を組み、静かに言った。
「……理は組み替わった。竜の常識は……まだ崩れていないらしいなぁ(笑)」
その言葉に、ブランデットが吹き出した。
「いや、崩れてるよ!完全に!」
メデルは膝をつき、小さな銀竜の顔を覗き込む。
「光銀竜様……アルセルフ国を護ってくれて本当に、ありがとう。」
『……礼はいらぬ……ただ……少し……お腹がすいた……。(〃ノωノ)』
「えっ!?」
メデルが目を丸くし、ブランデットが笑いながら肩を叩いた。
「よし、次の任務決定だな。竜の食事を用意する!」
ロカが翼を広げて楽しそうに言った。
『ごちそうだね!炎で焼く?風で冷ます?』
ルククが炎を灯しながら笑う。
「竜のための晩餐……なんか、いい響きだな。」
光銀竜は恥ずかしそうに尾を揺らしながら、静かに呟いた。
『……竜も人も同じじゃ……腹が減ったら、理も動かぬ……。』
その言葉に、広間が笑いに包まれた。
砂漠の夜風が頬を撫で、星々が冷たい光を降らせていた。
広間を出たメデルは、ブランデットと並んで歩きながら、空を見上げる。
「……竜って、何を食べるんだろう?」
その声は、夜の静けさに溶けていった。
ブランデットが肩をすくめる。
「さあな。肉?果物?……まさか、精霊じゃないよな?」
ロカが翼をぱたぱたさせながら空を舞い、笑った。
『精霊は食べないよ!でも、魔力のある食材がいいんじゃない?』
ケルビスが地図を広げ、指先で砂漠の一点を示す。
「この辺りなら、砂漠の《月影ナツメ》が採れるはずだ。夜風で甘みが増す果実だ。お爺様、行きましょう!」
ルククが炎を揺らし、楽しそうに言う。
「じゃあ、僕は戻って《銀藻の実》を取ってくる。神殿の地下水源にあるかなぁ。ロカ、行こう!」
フーマが剣を軽く振り、笑みを浮かべる。
「俺はビッグボアを狩って骨髄を抜いてくる。スープにすれば魔力の巡りが良くなる。肉も旨いしな!夜だからマルコと行って来る。マルコ、行くぞ!」
メデルは目を輝かせた。
「……なんか、すごく楽しそうだね。お兄様、僕達はあそこに咲いている《仙人の花》を採りに行きましょう。」
ブランデットが苦笑しながら、弟の頭を軽く叩いた。
「楽しそうっていうか……竜の晩餐って、宴会レベルだぞ。仙人の花は棘が飛んでくるから気を付けて、メデル!」
砂漠の夜は静かだが、命の気配は濃い。
メデルとブランデットは《仙人の花》の群生地に辿り着いた。
花弁は白銀に輝き、棘が風に合わせて微かに動く。
「……きれいだね。」
メデルが息を呑む。
「きれいだけど、危ない。」
ブランデットが剣を抜き、棘を払う。
棘が飛び、メデルの頬をかすめた瞬間、黒い魔力がふわりと花を包み、棘を鎮めた。
「……ありがとう、メデル。」
「うん。花も痛いの嫌なんだよ。仙人の花さん朝に落ちる花を下さい!」
メデルが微笑んで言う。
花の精霊と風の精霊が応えた。
『良いよ!籠をしたに置いて(笑)…入れてあげる』
周りの《仙人の花》の群生から花が舞い風が押し上げ流れる様に籠いっぱいの《仙人の花》が採れた。
一方、砂丘の向こうではケルビスと風白竜が《月影ナツメ》を採っていた。
「お爺様この果実、夜風で甘くなるんですよね!」ケルビスが頬を緩める。
『ふぉっふぉっふぉ!竜も人も、甘いものは好きじゃ!』風白竜が笑う。
「うあぁ!!」ケルビス驚く
「風白竜様…孫を脅かさないで下さい。」
ケルメデスアールが笑いながら言う
地下水源では、ルククとロカが《銀藻の実》を採取中。
『冷たい……でもきれい!』
ロカが水面を覗き込む。
「銀藻は光を集めるから、竜にぴったりだね。」
ルククが炎で水滴を乾かした。
遠くでは、フーマとマルコがビッグボアを仕留め、骨髄を抜いていた。
「……やっぱり重いな。」
マルコが肩で息をする。
「宴会だと思えば楽しいだろ?」
フーマが笑う。
広間での調理。
虹光がまだ漂う広間に、食材が並んだ。
《月影ナツメ》の甘い香り、《銀藻の実》の透明な輝き、《仙人の花》のぷるぷるした食感、ビッグボアの骨髄が湯気を立てる。
ルククが炎で果実をキャラメリゼし、ロカが風で急冷する。
マルコが《仙人の花》と《銀藻の実》でサラダを作り。
フーマは骨髄スープを鍋で煮込み、香草を加えた。
ブランデットは魔力の過剰共鳴を防ぐため、皿の周囲に土属性の緩衝輪を展開。
メデルは最後に「いただきます」の祝詞を唱え、広間に癒しの波が広がった。
銀竜は小さな体で、スプーンを持つ手を震わせていた。
『……これ……どうやって……?』
ロカが笑いながら教える。
『こうだよ!スプーンをこう持って、こうすくう!』
銀竜はぎこちなく真似をするが、スプーンの角度を何度も間違え、果実が「ぽとん」と落ちる。
ブランデットが吹き出した。
「竜って……世界の理を揺るがす存在なのに……スプーンで苦戦するんだな。」
銀竜は恥ずかしそうに尾を揺らしながら、果実を口に運んだ。
『……甘い。砂漠の夜風の味がする……。』
メデルが微笑む。
「理も、お腹も、満たされると優しくなるね。」
フーマが低く笑う。
「優しさは、腹から始まる。」
広間に笑いが広がり、虹光が静かに揺れた。
光の誓約。
食事が終わると、広間に静寂が戻った。
砕けた鏡片が鈴のような音を立てて光り始める。
その音は、遠い鐘の響きのように、空気を震わせた。
風塔の回転音が遠くで低く唸り、地下水源から光の輪が浮かび上がる。
水面に映る銀光は、まるで新しい理の胎動を告げているかのようだった。
ケルメデスアールが静かに言う。
「……始まるぞ。鏡は檻ではなく、窓になる。」
メデルは銀竜の隣に立ち、胸に手を当てる。
その声は、広間に柔らかな波紋を広げた。
「癒しは、閉じ込めるものじゃない。分かち合うものだ。」
鈴音が広間に満ち、虹光が街道へと伸びていく。
遠くの砂漠の井戸で、微かな癒しが届いた。
大司教が震える声で続いた。
「過去の過ちを悔い、己の不安を記録し、先に続く未来を正すことを誓います。」
その瞬間、銀竜が小さな声で呟いた。
『……共に過ごそう。人と、精霊と、竜と……。』
広間の空気が震え、虹光が天井を満たす。
その時、広間の扉が勢いよく開いた。
冷たい夜風と共に、重い足音が響く。
司教が駆け込み、息を切らしながら叫んだ。
「王と王太子が……誓約に参加されます!」
メデルが目を丸くし、ブランデットが驚きの声を漏らす。
「えっ……ここに!?」
フーマが剣を軽く構え、回廊を見やった。
「……急だな。だが、悪くない。」
次の瞬間、広間にアルセルフ国の王の威厳が満ちた。
黄金の外套を纏った王が、静かに歩みを進める。
その隣には、若き王太子、鋭い瞳に決意を宿した青年がいた。
王は広間を見渡し、砕けた鏡片と虹光を見て、低く言った。
「……これが、新しい理か。」
ケルメデスアールが一歩前に出て、軽く頭を垂れる。
「アルセルフ国の陛下。我はフラクシス帝国の前王の子、ドラン・ドランビネス・ケルメデスアール。この場に立ち会います。理は崩れました。しかし、それは壊れる音ではなく――生まれる音でした。」
王太子が銀竜を見つめ、静かに言う。
「……竜が、人と誓う時代が来るとはな。」
銀竜は恥ずかしそうに尾を揺らしながら、低く応えた。
『……人も竜も、同じだ。守りたいものがあるなら……共に歩めばいい。』
メデルが一歩前に出て、王に向かって微笑む。
「僕はフラクシス帝国のスワロ公爵家メデルです。陛下……誓約に、加わってください。」
王は深く頷き、広間の中央に進む。
王太子もその隣に立ち、剣を抜いて地に突き立てた。
「この剣に誓う。我らは、精霊と竜と共に歩む。」
鈴音が高まり、虹光が王冠を照らす。
地下水源の光輪が広間を満たし、誓約の言葉が理に刻まれた。
『……鏡は檻にあらず、窓である。癒しは所有されず、分かち合われる。理は守るだけでなく、育てる。』
その瞬間、風塔が一斉に回転し、砂漠の夜空に七色の光が走った。
遠くの街で、病に伏せる子供が微笑み、井戸端で水が澄んだ。
誓約は、世界に届いたのだ。
銀竜が小さな声で呟いた。
『……これで、始まったな。』
メデルが微笑み、ブランデットが肩を叩く。
「終わりじゃない。ここからだ。」
フーマが剣を収め、銀毛を揺らして言った。
「均衡は戻った……いや、組み替わったんだ。」
広間に笑いと光が満ち、夜風が静かに回廊を抜けていった。
それは、崩壊ではなく――新しい均衡の始まりを告げる響きだった。
広間に漂う虹光はまだ消えず、誓約の余韻が静かに残っていた。
王は外套を緩め、深く息を吐く。
「……長い夜だったな。」
王太子が隣で微笑む。
「ですが、価値ある夜でした。竜と人が同じ誓いを立てるなど、歴史に刻まれるでしょう。」
大司教は肩の力を抜き、銀竜を見てぎこちなく笑った。
「……竜というものは、もっと恐ろしい存在かと思っていましたが……こうして見ると、可愛らしいものですね。」
銀竜は尾を揺らし、恥ずかしそうに呟く。
『……そんなこと……ない……。(〃ノωノ)』
メデルが笑いをこらえながら言う。
「でも、スプーンで果物食べる竜なんて、僕、初めて見たよ。」
ブランデットが肩をすくめる。
「威厳、どこ行ったんだろうな。」
王が苦笑し、銀竜に視線を向ける。
「威厳より、誠実さの方が価値がある。だが……スプーンは面白いな。」
銀竜はさらに尾をぱたぱたさせ、声を小さくした。
『……もう、やめて……。(〃ノωノ)』
その時――広間に陽気な声が響いた。
『ふぉっふぉっふぉ!皆、楽しそうじゃのう!』
全員が一斉に顔を上げる。
「……風白竜!?」メデルが目を丸くする。
念話が広間にどっと流れ込む。
『誓約が終わったなら、宴会じゃろ!儂も混ぜてくれぬか?酒はあるか?肉は?果物は?』
ブランデットが吹き出した。
「おいおい、いきなり宴会モードかよ!」
ロカが翼をぱたぱたさせて笑う。
『また宴会?いいね!僕、風で冷やす係やる!』
ルククが炎を揺らしながら乗り気になる。
「じゃあ俺、焼き係!」
王太子が思わず苦笑し、王に視線を送る。
王は深くため息をつき、しかし口元に笑みを浮かべた。
「……理の誓約の次は、理を満たす宴か。悪くない。」
そんな中、フーマが剣を肩に担ぎ、銀毛を揺らして立ち上がった。
「さっき食べただろう…。宴会は無しだ!」
風白竜の念話が慌てて割り込む。
『な、何じゃと!?儂は食べておらんぞ!』
メデルとブランデットが笑いながら言う
「風白竜ココに来れないよ?まだ神殿の地下に精霊の森への扉開いていないよ…。」
『な、何じゃと!?‥‥!』
銀竜が小さな声で呟く。
『……でも……お腹、まだすいてる……。(〃ノωノ)』
メデルが両手を叩いて宣言した。
「じゃぁ…精霊の森への扉開いてから!竜も王様達も、一緒にみんなで晩餐だね!」
風白竜の念話がさらに弾ける。
『ふぉっふぉっふぉ!よし、儂が乾杯の音頭を取るぞ!「理も腹も満たされよ!」』
広間に笑いが広がり、虹光が揺れた。
誓約の夜は、静かな祝福から、賑やかな宴へと変わっていった。




