62旅―冒険者(ナケミ共和国)42
広間の祝福の風が静まり、精霊たちの光が淡く揺れる。
ブランデットはふと耳を澄ませ、胸の奥のざわめきに指を当てた。
これ……鼓動じゃない。風が胸の内を通り抜けていくような……
そのとき、言葉ではない声が、心へ柔らかく触れた。
『……ブランデット……聞こえるか……』
低く、深い声。重ねられた古代の層が響くような、遠い記憶の波動。
視線の先、聖獣の卵が静かに輝き、年月の重みをそっと広間へ満たしていく。
『目覚めの時は近い……だが、まだ力が足りぬ……』
ブランデットは息を呑む。焦燥が喉を締めつける。
足りない? 僕の魔力じゃ足りないのか。いや、違う……世界のどこかで、まだ欠けている……。
その瞬間、別の声が重なった。
『心配しなくても大丈夫だよ。…翠龍様。私も魔力を送る。サレムの火竜の力が安定したらもっと送れるよ……』
それは、ブランジェの声。
遠くサレム国の気配……熱と祈りが、糸のようにこちらへ渡ってくる。
ブランジェ……いつも無茶をする。だけど、彼の声は揺れない。フェンリルは「守る」と決めたら、命を削ってでも守る……。
『ブランジェ……無理はするな。君の魔力は命を削る。』
卵の声は優しい。古い森の深呼吸のように、静かに諭す。
『削ってでも守るよ。それが私の誓い。』
揺るぎない決意。ブランデットは胸が少し痛んだ。
誓いは、軽くない。誓いは、誰かの命を引き受けるということだ……。
その時…軽やかな声が割り込む。
『ねえねえ、そんな難しい話ばっかりしないでよ!』
黄金の羽毛を揺らすロカが、念話の波へ飛び込んでくる。
『僕、ルククと絆を結んだんだよ!すごいでしょ?』
卵が、笑ったような気配を放つ。
『……幼き守護者よ。お前の翼はまだ短いが、その心は強い。』
『えへへ、褒められた!でもね、僕も手伝うよ。火を集めて、翠龍様を守る!』
ロカの明るい声に、広間に小さな風が舞う。
メデルはその風を掌で受け、目を細めた。
怖くない、って言ったら嘘になる。でも…この風は優しい。僕の手のひらに触れて、「だいじょうぶ」って言ってくれるみたい。
ブランジェが低く呟く。遠い熱の中から、幾つもの竜の輪郭が重なる。
『……水青竜…精霊の森に帰っている……炎火竜…まだ幼く魔力が不安定……風白竜…地下に塔の眠っている……光銀竜…神殿の鏡の間から出られない、そして大地…地竜祠に居る。すべてが揃えば、目覚めは近い。』
卵の声が重なる。
『その時、精霊の森への扉が開く……メデル、ブランデット……準備を整えよ。』
メデルはその言葉を胸の奥に置いた。
準備……僕にできるかな。僕はまだ子供で、でも…みんなが僕を“調和者”と呼ぶ。なら、僕は「怖い」を抱えたまま進まなきゃ。
ブランデットと視線が交わる。互いの不安と、互いの「やるしかない」が揺れながら、静かに頷く。
ブランジェの念話が途切れると、静寂が戻ってきた。
しかし、精霊たちの声はなお細く響いている。
『風白竜……地下塔に眠る……目覚めを促せ……』
二人は視線を交わし、息と覚悟を合わせた。
「ナケミ共和国……地下塔……」ブランデットが低く呟く。
「風白竜を起こさなきゃ、翠龍様の目覚めは遠い……」
メデルを守るって、簡単な言葉だ。けど……だけど「世界」を守るって言葉は、喉に引っかかる。飲み込めるなら飲み込む。吐き出したら戻れない…。
『精霊の森へ……』
残響のように心に響く言葉の中で、ブランデットは息を吐き、メデルを見た。
「……フーマに連絡だ。報告、相談、全部だね!」
メデルは頷き、魔力通信の陣を展開する。光が広間に淡く広がると、銀狼の気配が繋がった。
『……おい、何だ今の揺れは!?』
フーマの声は鋭く、背の毛が逆立つ音まで伝わる。
「ナケミ共和国の地下塔で風白竜を起こす必要がある。翠龍様の目覚めに必須なの!」
お願い、信じて。僕らには、もう選べる道が少ないんだ…。
『……おい、何だ今の話は!?翠龍様って……聖獣の卵のことなのか!?』
怒りと驚きが混ざる。フーマは戦士の勘で、世界が動く瞬間を嗅ぎ取っていた。
ブランデットは深く息を吸い、静かに答える。
「そうだよ、フーマ。卵はただの卵じゃない。中に眠っているのは――翠龍様、龍だ。」
空気が凍りつく。ブランデットの背筋に、冷たいものが走る。
『龍……だと!?』
フーマは低く唸る。念話越しに、尾の揺れが強まる。
『お前ら、分かってるのか?竜は国の均衡を揺るがす存在だぞ!そんなものを孵したら、議会どころか世界が動く!』
ブランデットは苦笑し、肩をすくめる。
「分かってる。でも、翠龍様が目覚めなきゃ、世界安定しないし精霊の森は開かない。」
…笑うしかない時はある。でも、逃げる笑いじゃない。前へ踏み出すための笑いだ…。
『シンノ国…精霊国…精霊界の中枢か……』
フーマの声が低くなり、沈黙が落ちる。
『……いいか、メデル、ブランデット。これはもう“旅”じゃない。世界全部巻き込む…戦だ。』
その言葉に、全員が息を呑む。
精霊たちは淡く光りながら囁いた。
『大丈夫……皆と一緒に……』
その横で、マルコが頭を抱えて叫ぶ。
「もうやめてくれ……俺は何も聞いてない!聞こえない!世界の秘密なんて、俺の耳に入れるな!」
彼は床に座り込み、必死に耳を塞ぐ。
俺はただの平民だ。剣を振って、飯を食って、寝る。それで十分だったはずだろ。なのに……目の前の世界が、俺の手のひらよりずっと大きい…大きい。
ケルメデスアールは椅子にどっしり腰を下ろし、静かに笑みを浮かべる。
「……世界の理……。」
理は揺れている。だが、揺れは崩壊ではない。新しい均衡へ渡る橋だ。
メデルは魔力通信を強め、フーマを呼ぶ。
「フーマ、準備して!ナケミの地下塔…場所は知らないからセルジオス卿に確認してね!」
『……了解だ。だが、今度こそ俺達を置いて行くなよ!直ぐ来い。』
頼れる背中…銀狼フーマの背は冷たい風の中でも温かい。何度も救われた温度だ。
白虎がセルビスの膝に顔をうずめる。蒼い紋章が強く輝いた。
…護る。紋章は約束だ。約束は生き物のように、皮膚の下で脈を打つ。
騒ぎが一段落しメデルとブランデットが来ると、セルジオス卿は重厚な机へ向かい古地図を広げた。
羊皮紙の境界線が淡い光に浮かぶ。
「……ナケミ共和国の地下塔……確か、古代の風の祠と呼ばれていた場所だ。」
指が山岳地帯で止まる。
「ここだ。“風の塔”。地下に続く螺旋階段、封印の紋章が刻まれているはずだ。」
メデルが地図を覗き込み、息を呑む。
…遠い。けれど、精霊の声は急げと言っている。地図の線より、精霊の道は短い…いや、距離が縮むのかもしれない。
ブランデットは腕を組み、低く呟く。
「飛んだら一日、準備を整えないと……フーマ、聞いてる?」
銀狼は耳を動かし、尾を振りながら考える。
「聞いてる。だが、ナケミの地下塔は危険だ。古代の風魔法が暴走してるって噂もある。」
…噂は当たる。危険は、だいたい倍々で増える。なら対策も倍々で積むまでだ。
セルジオス卿は静かに言った。
「危険を承知で行くしかない。翠龍様の目覚めには、風白竜の力が必要なのだろう……。」
ケルビスが机に手を置き、真剣な声。
「俺も行く。土魔法で塔の崩落を防げるし、風の暴走を抑える陣も組める。」
…怖い……怖い。でも、やる。土は揺れるほど強くなる。俺の陣も、揺れの中で締め上げる。
ルククが勢いよく手を挙げる。
「僕も!ロカと一緒に炎で風を制御するよ!赤魔法なら、暴走した風を焼き切れる!」
ロカが「キュゥ!」と鳴き、黄金の羽毛を揺らしながら翼に炎を纏わせる。
『炎、僕たちの出番だね!』
…怖くない…と言い切るにはまだちょっと怖い。でも、怖いって言葉の隣に「楽しい」を置けるのが僕とロカだ!
マルコは頭を抱え、深いため息。
「おいおい……俺たち、ただの旅人じゃなかったのか?貴族様の家の秘密に、竜まで絡むとか……俺、平民だぞ。」
額を押さえつつ、ぼやく。
「俺は何も聞いてない!聞こえない!……でも、行くんだろ?」
…置いていかれるのだけは、嫌だ。怖いよりも、寂しいが負ける。なら、行く。
ケルメデスアールは古文書を読み、呟く。
「……風白竜を起こすか……ならば、聖獣玄武も近いな。」
ブランデットが苦笑して振り返る。
「玄武の話は後だよ、ケルメデスアール様!今は風白竜だよ!」
精霊たちが宙を舞い、声を重ねる。
『風の塔……調和者よ……導く者よ……風白竜を起こせ……』
屋敷は慌ただしく動き始める。
セルジオス卿は古代記録と防御具を運ばせる。
「暴風と乱流。防御陣を刻んだ装具を必ず持て。」
ケルビスは庭で荷車を補強し、呟く。
「崩落対策は任せろ。……風の暴走は厄介だな。」
…土は受け止める。風は逃げる。受け止めながら、逃げ道を制御する陣…組める。
ルククは炎の精霊と訓練。
「ロカ、もっと炎を強く!風に負けないくらい!」
ロカが翼を広げ炎を纏うと、庭に熱風が走る。
『これでどう?』
「すごい!でも暴風の中じゃ炎が散るから、僕が魔法陣で固定する!」
マルコは荷をまとめつつぼやく。
「俺、剣一本で竜の試練とか無理だろ……でも置いていかれるのも嫌だしな。」
ケルメデスアールは窓際で古文書に目を落とす。
「……風白竜を起こせば、地も動く。均衡が崩れる前に、調和を保たねば……」
フーマは銀の毛並みを揺らし、全員を見渡す。
「準備はいいか?これは遊びじゃない。竜を起こすってことは、世界の秩序を揺るがすんだぞ。」
メデルは真剣な瞳で答える。
「分かってる。でも、翠龍様を目覚めさせないと、精霊界も世界も…崩れるんだって。」
…怖い。けれど、崩れる未来を聞いてしまったら。見てしまったなら、それを変える道を歩くだけ…。
フーマは低く唸り、頷く。
「……なら、明日朝行くぞ。」
翌朝、冷たい空気が張り詰めた庭に全員が集う。
セルジオス卿が最後の指示。
「塔の周囲は公爵家の領地だ。政治的摩擦を避けて下さい。……ですが、必要なら私の名を使って下さい。」
フーマが尾を振り、鋭い視線。
「“風の塔”の民は古代遺跡を聖域扱いしてる。侵入すれば戦になるかもしれん。」
マルコが顔を青ざめさせる。
「戦!?俺、平民だぞ!竜と戦う前に人と戦うとか聞いてない!」
ケルビスが肩をすくめ、淡々と。
「心配するな。俺たちが守る。」
ルククが炎を灯し、笑う。
「僕たちが竜を起こすんだよ!怖がってる暇ないよ!」
ロカが「キュゥ!」と鳴き、炎を纏う。
『炎、僕たちの出番だね!』
その明るさに、メデルの肩の力がほんの少し抜ける。
…ありがとう。ルククの明るい声は、結界よりも早く心を守ってくれる。
フーマは銀狼の姿でメデルを抱え、マルコはブランデットを抱えて飛び立つ。
「しっかり掴まれ!」吠える声に、風が頬を打つ。
後方では、ルククとケルビス、ケルメデスアールが自分の魔力で飛翔し、追う。
「寒っ……!」マルコが叫ぶと、ルククが炎を纏い笑う。
「じゃあ、僕の炎で少し暖めるね!」
ロカが翼を広げ、炎と風を融合。赤い光が空に舞う。
『これでどう?』
「助かる!」ブランデットが結界を張りながら息を吐く。
「みんな、結界を忘れるな!寒さと風を防げ!」
守る結界は、恐れを閉じ込める箱じゃない。恐れと一緒に進むための、透明な衣。
岩山に囲まれた古代の塔が、夜の底で立っていた。
入口の巨大な扉には風の紋章。隙間から、唸る暴風が吐き出される。
ルククが炎を灯し、ロカが炎で風を押さえる。
「……ここが、風白竜の眠る場所……誰もいない……」
メデルが呟くと、精霊たちがざわめく。
『夜だからね……紋章にブランデットの魔力を流して……』
ブランデットは前に出て、青い魔法陣を展開。
「了解……紋章に魔力を流す!」
指先から青光が走る。塔が低く唸る。地下から、獣の咆哮にも似た風の轟き。
「来るぞ!」フーマが吠え、銀毛が逆立つ。
ケルビスが土魔法で防御壁を展開。
「崩落は防ぐ!メデル、結界を!」
「任せて!」メデルが黒魔法で暴風を吸収、ブランデットが青魔法で流れを制御。
ルククが炎を解き放つ。
「ロカ、準備!紅蓮の疾風だ!」
ロカが炎と風の融合突撃……紅蓮の竜巻が暴風を裂き、塔の奥へ。
結晶に包まれた白竜が、瞳をゆっくり開いた。
蒼い光が地下を満たし、低い声が空気を震わせる。
『……ん?……なんじゃ?儂の眠りを覚ますのは……誰じゃ……?』
古代語の響き。塔が震える。
フーマが牙を見せ、低く唸る。
「竜……本当に竜だ……!」
マルコは腰を抜かしそうに叫ぶ。
「おいおいおい!俺、聞いてない!竜ってこんなデカいのかよ!」
(図鑑より、でかい。話より、近い。怖いより、眩しい)
ケルメデスアールは目を細め、静かに笑う。
「……やはり、風白竜……そして、この声……古代語だ。」
白竜の視線が、メデルとブランデットに向く。
『調和者よ……どうしたのじゃ……ちっこい人間……調和者か!』
塔が光に包まれ、暴風がさらに強まる。
精霊たちが舞い、声を重ねる。
『白竜様……白竜様起きて下さい……メデル!ブランデット!癒しを……』
メデルは息を呑み、ブランデットと目を合わせた。
「……やるしかない。」
ブランデットが頷く。
(震えるのは、手か、心か。どっちでもいい。詠唱は、震えを整えるためにある)
二人は同時に詠唱を始める。
「天と地の祈りよ、なにものにも染まらぬ強き魔力よ。風の地を癒やし魂の記憶、輪廻の環を超えて、谷の風より響く声。 神気を宿し賜う貴方、我は願う。天地を貫き、森羅万象に働くこの「黒の祈り」を。」
「天と地の祈りよ、なにものにも染まらぬ強き魔力よ。風の地を癒やし魂の記憶、輪廻の環を超えて、谷の風より響く声。 神気を宿し賜う貴方、我は願う。天地を貫き、森羅万象に働くこの「白の祈り」を。」
黒と白の魔法陣が床へ広がり、暴風が静まる。
白竜の瞳が細まり、低い声が喜びの縁を帯びた。
『……あぁよいぞ……その祈り、久方ぶりに聞いたのじゃぁ……』
ルククが炎を強め、ロカが風を押さえ叫ぶ。
「保護、メデル!ブランデット!」
ケルビスが土壁をさらに強化。
フーマが銀狼の姿で暴風へ踏み込む。
「崩落は防いだ!続けろ!」
…繋がっている――炎、風、土、黒、白。全部が、ひとつの輪になる瞬間。
白竜の居たところの捕石陣が砕け、蒼い光が全員を包む。
『調和者よ……捕石陣を砕いたのか……ありがたい(笑)ハハハ……スッキリするのじゃ(笑)調和者よ……契約を結ぼうぞ……風の紋章を授けるのじゃ…』
蒼い紋章が、メデルとブランデットの手の甲に刻まれる。
熱ではなく、風の冷たい誓いが皮膚へ染み込む。
精霊たちが歓声を上げ、光の粒が舞う。
『扉が開く……精霊の森への道が……』
塔の奥に、白銀の光を放つ巨大な樹が現れる。
フーマが息を呑む。
「……これが……精霊の森への扉……神気か…。」
銀狼の膝が、少し震えた。震えは恐れじゃない…畏れだ
マルコは震える声。
「凄い……気配が……寒い……怖い。」
ルククが笑顔で。
「神気?寒い?怖くない心地よいよ、マルコ兄ちゃん大丈夫!」
ロカが炎を纏い鳴く。
『大丈夫!守るよ!』
ケルメデスアールは目を細め、静かに。
「……キーンとした気配――これが神気か。風白竜……導かれてる者……風が動き出す。」
メデルが呟き、ブランデットが砕けた捕石陣を手に取る。
「……風白竜、動けなかった?」
「たぶんこの捕石陣?…僕には解らない…。」
白竜が穏やかに笑う。
『調和者達よ、それは“捕らえる石陣”じゃぁ……眠っている時に(笑)ハハハ……置かれたんじゃ(笑)……そろそろ起きようと思っていたのじゃが……風が無くなり魔力が無く、途方に暮れていたんじゃ……助かったのじゃ(笑)』
メデルは手の甲の紋章を見つめ、深く息を吸う。
ブランデットは砕けた石陣をそっと置き、弟の肩に軽く手を載せる。
…守る。世界がどう動いても、まずはここから……弟…メデルを、守る。
白銀の光が塔を満たした後
風白竜は大きな体をぐぐっと伸ばし、ゴキゴキと骨を鳴らすような音を響かせた。
『ふぉっふぉっふぉ……いやぁ、千年ぶりに体を動かしたわい!腰が固まっておる!誰か揉んでくれんかのぉ?』
メデルが目を丸くする。
「えっ……竜って、腰あるの?」
『あるともあるとも!この辺りじゃ!』
巨大な尾をぶんぶん振りながら、白竜は腰らしき部分をドンと床に打ち付ける。
ブランデットが慌てて結界を張る。
「ちょっと!塔壊れるからやめて!」
『おお、すまんすまん!つい癖でなぁ。儂、寝起きは元気すぎるんじゃ!』
ルククが炎を指先に灯し、にやりと笑う。
「じゃあ、腰温める?炎でポカポカにするよ!」
『おお!それはええのぉ!儂、冷え性でな!』
ロカが翼を広げて炎を纏わせる。
『おじいちゃん、あったかい風もつけるね!』
『ふぉっふぉっふぉ!最高じゃ!竜の岩盤浴じゃな!』
ケルビスが腕を組み、呆れ顔でぼやく。
「……竜ってもっと神秘的な存在だと思ってたんだけどな。」
『神秘?そんなもん、若い頃に置いてきたわい!今は健康第一じゃ!』
「健康第一って……竜のスケールで言うと何年単位?」
『千年単位じゃな!ふぉっふぉっふぉ!』
メデルが小声でブランデットに囁く。
「ねえ……風白竜様、すごく……おじいちゃんだね。」
ブランデットは肩をすくめ、苦笑する。
「うん……世界の均衡を揺るがす存在って聞いてたけど、揺るがすのは笑いの均衡かも(笑)。」
『おお、笑いは大事じゃ!儂、昔から“風は笑いを運ぶ”って言うておる!』
ルククが炎を強めながら、いたずらっぽく言う。
「じゃあ、風白竜じいちゃん、僕らに昔話してよ!」
『昔話か?よしよし、聞かせてやろう!儂が若い頃、炎火竜と酒盛りした話じゃが――』
ケルビスが即座にツッコミを入れる。
「酒盛り!?竜って酒飲むのかよ!」
『飲むとも!風の酒はな、竹で熟成して絞って作るんじゃ!ふぉっふぉっふぉ!』
メデルが目を輝かせる。
「竹のお酒……飲んでみたい!」
『おお、調和者よ!契約祝いに一杯やるか?』
ブランデットが慌てて止める。
「ダメ!メデルはまだ子供!」
『子供?ふぉっふぉっふぉ!竜の尺度じゃ、五百歳まで子供じゃ!』
ロカが翼をぱたぱたさせながら笑う。
『じゃあ僕も子供だね!』
『おお、みんな子供じゃ!儂から見りゃ、銀狼も赤ん坊じゃ!』
フーマが遠くで「誰が赤ん坊だ!」と吠える声が響き、広間に笑いが弾けた。
その時、ケルメデスアールが静かに構えていた剣をおろし、低く呟いた。
「……竜の尺度、面白いな。」
風白竜がぐるりと首を回し、ケルメデスアールを見て破顔した。
『おお、そこの渋い顔の坊や!お主も子供じゃ!』
「……坊や?」
『そうじゃそうじゃ!儂から見りゃ、千歳未満はみんな子供じゃ!』
ケルメデスアールが眉をひそめる。
「私もか!」
『ふぉっふぉっふぉ!まだ乳飲み子じゃな!儂のひげで遊ぶか?』
「……遠慮する。」
ルククが吹き出す。
「ケルメデスアール様が“坊や”って呼ばれる日が来るなんて!」
ロカが翼をぱたぱたさせながら笑う。
『坊や坊や!おじいちゃんのひげで遊ぼうよ!』
ケルメデスアールは深いため息をつき、静かに剣をしまった。
「……世界の理が崩れていく音がする。」
『崩れておらん!笑いで風が回るんじゃ!それが理じゃ!ふぉっふぉっふぉ!』
ルククが炎を弱めながら、いたずらっぽく笑った。
「ねえ、じいちゃん。竜って……恋愛するの?」
風白竜は目をぱちくりさせ、次の瞬間、腹の底から笑い声を響かせた。
『ふぉっふぉっふぉ!するともするとも!竜にも恋はあるんじゃ!』
メデルが目を輝かせる。
「えっ、本当に!?どんなふうに?」
『よいか、竜の恋はな……風のように始まり、嵐のように燃えるんじゃ!』
ロカが翼をぱたぱたさせながら首をかしげる。
『嵐って……危なくない?』
『危ないとも!儂なんぞ、若い頃は炎火竜の娘に惚れてのぉ……』
ケルビスが身を乗り出す。
「炎火竜!?火と風って相性悪くないか?」
『悪い!だから燃えたんじゃ!ふぉっふぉっふぉ!儂の尾が焦げて、三百年は黒かったわい!』
ブランデットが吹き出しそうになりながらツッコミを入れる。
「恋で尾が焦げるって……竜の世界、スケールが違いすぎる!」
風白竜は誇らしげに胸を張る。
『竜の恋は命がけじゃ!風竜と炎竜が結ばれるには、嵐と火山を越えて、竹酒を酌み交わすんじゃ!』
メデルがさらに食いつく。
「竹酒って……さっき言ってたやつ?」
『そうじゃそうじゃ!竹を絞って百年寝かせるんじゃ!それを飲み干したら、契り成立じゃ!』
ロカが翼をぱたぱたさせながら笑う。
『じゃあ、じいちゃんは炎火竜のおばあちゃんと結婚したの?』
『ふぉっふぉっふぉ!いや、儂は振られたわい!嵐が弱いって言われてのぉ……』
ケルメデスアールが静かに目を閉じ、低く呟いた。
「……竜の恋愛、理を超えているな。」
風白竜がぐるりと首を回し、破顔した。
『おお、渋い坊や!お主も恋をせい!竜の恋は風を回すんじゃ!』
「……遠慮する私には愛した妻が居る…側に居なくても心に居る…。」
ルククが言う。
「ドラン辺境館の廊下にあった絵!エリザマージス様とっても綺麗で格好いい人!」
ロカが楽しそうに翼をぱたぱた。
『エリザマージス様!綺麗な人!格好良い人!』
ケルメデスアールが優しく微笑む。




