60旅―冒険者(ナケミ共和国)40
ナケミ共和国――議会主導の民主制国家。技術と学問を誇り、魔導機械と錬金術の発展で世界に名を馳せる国。
しかし、その栄光の裏には、五百年前の過ちが眠っていた。
風が戻ったナケミ共和国の議会は、広場で宣言を行った。
セルジオス卿の声が、結界の光に包まれた丘の上で重く響く。
「五百年前、ナケミの学者たちは風の力を魔導機械に取り込み、錬金術で精霊を縛った。その実験で、風の精霊と風の小人が捕らわれ、理が歪んだ。
その歪みを抑え込んだのが、聖獣タイガと風精霊王ゼフィルス様だ。しかし、彼らは力尽き、共に封印されいた……」
「我らは過去の過ちを償い、精霊との共生を誓う!」
その言葉に、人々は歓声を上げ、精霊たちは風に乗って舞い踊った。
しかし、ゼフィルス様の声は、静かにメデル達の心に響く。
『メデル……貴方達の旅はまだ終わりではない。風の理は正されたが、光の理が揺らいでいる。アルセルフ国――光精霊王が眠る地で、さらなる歪みが芽吹いているのだ。』
メデルは息を呑み、ブランデットの手を握った。
「お兄様……次は、光の国……?」
ブランデットは頷き、遠くの空を見つめる。
「アルセルフ国……国の影響が強い場所だ。簡単にはいかないだろう。」
その時、白虎タイガが歩み寄った。人型となった彼は、長身で白銀の髪を風に揺らし、琥珀色の瞳に決意を宿していた。
「俺は。ゼフィルスと共に、精霊王たちを守る。それが、俺の贖罪だ。」
ゼフィルス様は、光の粒となってタイガの肩に降り立ち、静かに告げる。
「メデル、ブランデット……お前たちに『精霊王の盟約』を授ける。次なる試練は、光の理を糺すこと。だが、そこには国の影が潜んでいる……」
風が再び強く吹き、ナケミの空を駆け抜けた。
風が戻ったナケミ共和国は、祝祭の余韻に包まれていた。街の広場では、精霊たちが風に乗って舞い、子供たちの笑い声が響く。メデルたちは、セルジオス卿の屋敷でしばしの休息を取っていた。
「メデル殿、少し外に出てみませんか?」
セルジオス卿が微笑みながら声をかける。屋敷の庭には、古い風車がゆっくりと回っていた。
「この風車は、私の領地で代々使われてきたものです。解体するのが嫌で…ココに移設しました(笑)風が戻った今、再び動き始めたのです。」
セルジオス卿の屋敷の庭には、古い風車がゆっくりと回っていた。風が戻ったことで、羽根は再び力強く風を受け、軋む音を響かせている。その音は、長い眠りから目覚めた巨人の深呼吸のようだった。
「セルジオス卿、次は飛ぶ練習だよ!」
メデルが声を弾ませると、卿は目を丸くした。
「飛ぶ……私が?」
「うん!風と精霊が助けてくれるから!」
風の小人たちが卿の外套を引っ張り、ふわりと浮かせる。
「おお……!これは……!」
卿の声は驚きと喜びに満ちていた。
「セルジオス卿、もっと腕を広げて!」
メデルが声を弾ませる。卿はぎこちなく腕を広げ、風に身を任せる。外套がふわりと膨らみ、足が地面を離れた瞬間、卿の目が驚きに見開かれた。
「おお……!これは……!」
「ほら、風に乗るんだよ!」
ブランデットが笑いながら指示を出す。風の小人たちが卿の周りをくるくる回り、きのこの小人が小さな帽子を揺らして応援している。
『もっと高く!』『やさしくね、やさしく!』
その時、庭の門が開き、柔らかな声が響いた。
「あなた……何をしているの?」
振り向くと、セルジオス卿の奥様が立っていた。淡い緑のドレスが風に揺れ、優しい微笑みを浮かべている。その隣には、まだ幼い少年――卿の息子が、目を輝かせて立っていた。
「お父様、飛んでるの!?すごい!」
少年は駆け寄り、メデルの手をぎゅっと握った。
「ぼくも飛びたい!」
メデルは笑顔で頷く。
「もちろん!風の精霊たち、お願い!」
風の小人たちが歓声を上げ、少年の周りに集まる。ふわりと風が巻き起こり、少年の髪が揺れた。
「わぁ……浮いた!」
少年の声が庭に響き、奥様も驚きながらも微笑む。
「あなた、まるで子供みたいね。」
卿は照れくさそうに笑いながら、宙に浮いたまま答えた。
「たまには、こういうのも悪くない。」
メデルとブランデットは、少年と卿の手を取り、4人でゆっくりと宙を舞う。風車の羽根が回る音と、精霊たちの笑い声が重なり、庭はまるで小さな楽園のようだった。
『もっと高く!』『風の輪を作ろう!』
精霊たちが風の輪を描き、少年が歓声を上げる。
「お兄ちゃん、すごいね!」
メデルは笑って答えた。
「風と仲良くすれば、誰でも飛べるんだよ!」
その後、庭に戻った一行は、風車で挽いた粉と酵母を使ってパン作りを始めた。精霊たちが風で生地を包み、きのこの小人が酵母を活性化させると、生地はふわりと膨らみ、香ばしい匂いが広がった。
「これなら、セルジオス卿の領地でも使えるな。」
ブランデットが言うと、卿は深く頷いた。
「この技術を広めよう。精霊と人が共に生きる証として。」
メデルは照れくさそうに笑った。
「ぼく、パン作りも好きかも!」
その笑顔に、屋敷の空気がさらに温かくなる。精霊たちは風に乗って舞い、きのこの小人は小さな帽子を揺らしながら、楽しそうに踊っていた。
セルジオス卿の屋敷の庭には、古い風車がゆっくりと回っていた。風が戻ったことで、羽根は再び力強く風を受け、軋む音を響かせている。その音は、まるで長い眠りから目覚めた巨人の深呼吸のようだった。
その下では、メデルとブランデットが、風の小人ときのこの小人に囲まれていた。小さな精霊たちは、くるくると宙を舞い、楽しげに笑っている。
「この子たちが教えてくれたんだよ!」
メデルが笑顔で言うと、風の小人がくるりと宙返りし、きのこの小人が小さな帽子を揺らして頷いた。
『酵母は生きてるんだよ、風と仲良しなの!』
『ふかふかにするには、風で優しく包んであげるんだ!』
ブランデットは生地をこねながら、精霊たちの声を聞いて微笑む。
「なるほど……風で発酵を助けるのか。面白いな。」
彼の指先は、柔らかな生地を丁寧に押し、折り返し、また押す。その動きは、剣を握る時とは違う、穏やかなリズムを刻んでいた。
セルジオス卿は、少し驚いたようにその様子を見つめていた。
「酵母と風の力……これほど自然と調和した技術があったとは。ナケミの学問も、まだまだ学ぶべきことがあるようだ。」
彼の声には、長年学問を極めてきた者の謙虚な感嘆が滲んでいた。
風車で挽いた粉と、精霊の加護を受けた酵母を使って、パン作りが始まった。精霊たちが生地に風を送り、きのこの小人が酵母を活性化させると、生地はふわりと膨らみ、香ばしい匂いが広がった。
『もっと風を!』『やさしくね、やさしく!』
風の小人たちが生地の周りをくるくる回り、きのこの小人が小さな手で生地をぽんぽんと叩く。
「わぁ……ふかふかだ!」
メデルは目を輝かせ、ブランデットが笑って頷く。
「これなら、セルジオス卿の領地でも使えるな。」
卿は深く頷き、静かに言った。
「この技術を領地で広めたい。精霊と人が共に生きる証として……使用許可は、私が責任を持って得よう。」
その言葉には、未来への確かな決意が込められていた。
メデルは照れくさそうに笑った。
「ぼく、パン作りも好きかも!」
その笑顔に、屋敷の空気がさらに温かくなる。精霊たちは風に乗って舞い、きのこの小人は小さな帽子を揺らしながら、楽しそうに踊っていた。
セルジオス卿の屋敷の庭で、風と笑い声が響いていた頃、屋敷の奥の広間では、フーマとマルコが静かに荷をまとめていた。
「……剣の手入れは終わったか?」
フーマが低い声で問いかける。銀狼の耳がぴくりと動き、彼の視線は鋭くマルコの腰の剣に向けられていた。
「もちろん。お前に言われなくても、俺は抜かりない。」
マルコは笑みを浮かべながら、剣を鞘に収める。その動きは軽やかだが、指先には緊張が宿っていた。
テーブルの上には、旅用の地図と、セルジオス卿が用意した保存食、そして風精霊の加護を受けた水筒が並んでいる。
「アルセルフ国までの道は長い。帝国の影も濃い……油断はできん。」
フーマの声は冷静だが、その銀の瞳には戦士としての覚悟が光っていた。
「それにしても……光の理の歪み、か。」
マルコは地図を見つめながら呟く。
「風の国であれだけの騒ぎだったんだ。次はもっと厄介だろうな。」
「厄介だからこそ、俺たちが行く。」
フーマは短く答え、背負い袋を肩に掛ける。その中には、銀狼族の秘薬と、鋭く研ぎ澄まされた短剣が収められていた。
その時、扉が開き、メデルが駆け込んできた。
「フーマ!マルコ!パン焼けたよ!旅に持っていって!」
小さな手に抱えた籠には、ふかふかのパンが並んでいた。風と酵母の力で膨らんだそれは、ほんのり甘い香りを漂わせている。
「……悪くない匂いだ。」
フーマが鼻をひくつかせ、わずかに口元を緩める。
「お前、戦いだけじゃなく、こういうのも得意になったな。」
マルコが笑いながらパンを一つ取り、かじった。
「うまい……これなら、どんな荒野でも頑張れそうだ。」
メデルは胸を張って言った。
「精霊たちが手伝ってくれたんだよ!風ときのこの小人がね!」
フーマは無言でパンを一つ取り、荷袋に入れる。その仕草は不器用だが、どこか優しさが滲んでいた。
「出発は明朝だ。準備を整えておけ。」
フーマの言葉に、マルコは力強く頷いた。
「任せろ。次の旅も、面白くなりそうだな。」
屋敷の外では、風車が回り続けていた。その風は、次なる試練――光の国への旅立ちを告げる風だった。
議会会館
ナケミ共和国の中心街は、風が戻ったことで活気を取り戻していた。色とりどりの旗が風に揺れ、広場では精霊たちが舞い踊る。その中を、ケルメデスアールとケルビスが並んで歩いていた。深紅の外套を翻すケルメデスアールの姿は、威厳と静かな力を感じさせる。
「お爺様、本当に僕も一緒でいいんですか?」
ケルビスは少し緊張した声で問いかける。
「当然だ。お前は、未来を担う者だ。議会の空気を肌で感じておけ。」
ケルメデスアールの声は低く、しかし温かかった。
議会会館は、白い石造りの壮麗な建物で、風車を模した紋章が正面に掲げられている。扉の前には、議員たちが集まり、精霊との共生を誓う宣言の準備をしていた。
「ケルメデスアール様、ようこそ。」
議員の一人が深々と頭を下げる。
「今日は、ナケミの未来を決める日だ。」
ケルメデスアールは静かに頷き、ケルビスの肩に手を置いた。
「見ておけ、ケルビス。言葉が国を動かす瞬間だ。」
ケルビスは胸の奥が熱くなるのを感じた。戦いだけでなく、こうした場面もまた、世界を変える力なのだと。
ケルメデスアールとケルビスが会館の大理石の階段を上ると、議員たちが整列し、深々と頭を下げた。
「ケルメデスアール様、ようこそ。ナケミの未来を決める日です。」
「未来は、風と共にある。」
老賢者の声は低く、しかし力強く響いた。
議場の中央には、円形の壇があり、その上にセルジオス卿が立っていた。深緑の外套が風に揺れ、彼の瞳には確かな決意が宿っている。
「諸君!」
その声が議場に響き渡ると、ざわめきが静まり、全員の視線が彼に集まった。
「五百年前、我らは過ちを犯した。精霊を縛り、風の理を歪めた。その罪は、長きにわたりこの国を蝕み、風を奪った。しかし――」
セルジオス卿は高く杖を掲げ、窓から吹き込む風を受けた。
「今、風は戻った!精霊たちは再び我らと共にある!」
議場に歓声が広がり、精霊たちが光の粒となって舞い降りる。
「我らはここに誓う――過去の過ちを償い、精霊との共生を未来永劫守り抜くことを!」
その言葉に、議員たちは一斉に立ち上がり、右手を胸に当てた。
「共生を誓う!」
声が重なり、議場が震えるほどの響きとなった。
セルジオス卿は続ける。
「そして、もう一つ。我らは帝国との同盟を結ぶ。風を取り戻した今、ナケミは孤立ではなく、協調の道を選ぶ。帝国と共に、精霊の理を守り、世界の均衡を保つために!」
議場に再び歓声が沸き起こる。ケルビスはその光景を見つめ、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「お爺様……これが、国を動かす力なんですね。」
ケルメデスアールは静かに頷き、深紅の外套を翻した。
「言葉は風だ。だが、風は世界を変える。」
その瞬間、議会会館の窓から吹き込む風が、議場を駆け抜けた。精霊たちがその風に乗り、光の輪を描く。ナケミ共和国は、過去を乗り越え、未来への第一歩を踏み出したのだった。
朝の光がセルジオス卿の屋敷を柔らかく照らしていた。庭の風車は静かに回り、昨日までの笑い声がまだ風に残っているようだった。メデルは小さな手で荷袋の紐を結びながら、胸の奥にわずかな不安と大きな期待を抱いていた。
「メデル、忘れ物はないか?」
ブランデットが優しく声をかける。
「うん……パンも入れたし、精霊たちも準備OKだよ!」
風の小人がくるりと宙返りし、きのこの小人が帽子を揺らして頷いた。
『ぼくたちも一緒に行くよ!光の国、楽しみ!』
屋敷の玄関では、セルジオス卿が待っていた。深緑の外套を翻し、その手には小さな木箱が握られている。
「メデル殿、これを持って行きなさい。」
箱の中には、風精霊の加護を宿した護符と、酵母の種が入っていた。
「これは、ナケミの風と命の象徴だ。どこへ行っても、精霊との絆を忘れぬように。」
メデルは目を輝かせ、深く頭を下げた。
「ありがとう、セルジオス卿!」
その時、フーマとマルコが現れた。銀狼の耳を立てたフーマは、背負い袋を肩に掛け、鋭い視線を遠くに向けている。
「準備は整った。出発だ。」
マルコは剣を腰に下げ、笑みを浮かべた。
「光の国か……面白くなりそうだな。」
ケルビスも駆け寄ってきた。
「僕も行くよ!お爺様から許可をもらったんだ!」
その後ろには、深紅の外套を翻すケルメデスアールが立っていた。
「この目で、光の理の歪みを見届ける。」
屋敷の門が開き、朝の風が一行を包み込む。精霊たちが風に乗って舞い、空には白い雲が流れていた。
メデルはブランデットの手を握り、静かに呟く。
「お兄様……僕、頑張る。」
ブランデットは微笑み、弟の肩を抱き寄せる。
「一緒に乗り越えよう、メデル。」
フーマが低く声を発した。
「行くぞ。アルセルフ国へ――光精霊王が眠る地へ。」
その瞬間、風が強く吹き、屋敷の庭に残された風車が力強く回った。
それは、次なる旅の始まりを告げる風だった。
ナケミ共和国の朝は、風が戻ったことで活気に満ちていた。市場の通りには色とりどりの布が揺れ、香ばしいパンの匂いと甘い果物の香りが風に乗って漂っている。ルククは小さな背負い袋を肩に掛け、胸を高鳴らせながら石畳の道を歩いていた。
「よし……今日は僕の冒険だ!」
彼は小さな声で呟き、母マルデージのレシピ帳をぎゅっと握りしめる。そこには、精霊や小人が大好きなクッキーの作り方が書かれていた。
「バターと蜂蜜、それから……風の実の粉と、きのこの甘い粉末……薬草に……木の実……。」
ルククは指でレシピをなぞりながら、目を輝かせる。
市場は賑やかだった。露店の主人たちが声を張り上げ、果物や香辛料、魔導機械の部品まで並んでいる。ルククは人混みをかき分けながら、最初の目的地――パン屋の隣にある小さな食材店にたどり着いた。
「いらっしゃい、坊や!今日は何を探してるんだい?」
店主の女性が笑顔で声をかける。
「えっと……バターと蜂蜜、それから……風の実の粉ってありますか?」
「風の実の粉?珍しいものを知ってるねぇ。精霊のおやつでも作るのかい?」
ルククは照れくさそうに笑いながら頷いた。
「うん、精霊と小人が好きなクッキーを作りたいんだ!」
その言葉に、店主は目を細めて微笑む。
「いい心がけだね。ちょっと待ってな。」
彼女は棚から小さな袋を取り出し、ルククに手渡した。袋の中には、淡い緑色の粉が入っている。
「これが風の実の粉だよ。風精霊が宿る木の実を乾燥させて挽いたものさ。」
「ありがとう!」
ルククは袋を大事そうに背負い袋にしまい、次の目的地へと足を向けた。
市場の奥では、きのこの小人が集まる小さな露店があった。そこには、甘い香りのする粉末が並んでいる。
『ルククだ!何してるの?』
きのこの小人たちが帽子を揺らして駆け寄ってくる。
「クッキーを作るんだ。君たちの好きなやつ!」
『わぁ!楽しみ!じゃあ、この粉を持っていって!』
小人たちは小さな袋を差し出し、ルククは笑顔で受け取った。
最後に、蜂蜜を買うために養蜂家の店へ向かう。黄金色の瓶が並ぶ棚を見て、ルククは目を輝かせた。
「これで全部そろった!」
彼は胸を張り、風に揺れる市場を後にした。
屋敷に戻る途中、ルククは心の中で呟いた。
「僕だってできるんだ……みんなに喜んでもらえるクッキーを作って、精霊たちと一緒に笑いたい!」
その小さな背中には、未来への冒険心がしっかりと宿っていた。




