59旅―冒険者(ナケミ共和国)39
ナケミの外門が見えてきたとき、メデルは思わず歓声を上げた。
「見て!あそこが外門だ!」
風車町ラカセルの風車は、遠目にもほとんどが止まっているように見えた。それでも、外門近くまで来ると、微かに「ゴォォ……」という古びた風車の回転音が聞こえてくる。しかし、その音はいつもと違い、どこか元気がない。まるで、疲れ果てた動物のうめき声のようだった。 門番は、少し疲れた様子の兵士が二人。一行が近づくと、彼らは無気力に槍を構えた。
「……ん? 見慣れない顔だな。どこから来た?」
フーマが前に出て、簡潔に答える。
「サレム国からだ。ナケミへの入国許可を得ている。」
革袋から許可証を取り出すと、兵士はそれをだるそうに受け取り、ちらりと目を通した。彼の視線は、メデルや精霊たち、そしてケルメデスアールに一通り向かい、最後にフーマの銀の耳で止まった。
「……ふん、獣人か。こんな時期にナケミへ来る奴も珍しいな。まあ、許可があるならいいだろう。だが、中で騒ぎを起こすなよ。最近は風のせいで、住民もナーバスになっている。」
兵士は不機嫌そうに許可証を返した。
「「風のせい」って、やっぱり風が止まっているから?」
ルククが小さな声で尋ねる。兵士は「ああ、そうだとも」と不機嫌そうに返した。 一行は外門をくぐり抜けた。門を越えた途端、スパイスと甘いお菓子の混じった独特の香りが風に乗って漂ってきた。
街の中は、外の様子とは打って変わって、予想以上に賑やかだった。色とりどりの旗が通りを飾り、陽気な音楽がどこからともなく聞こえてくる。露店には、見たこともないような鮮やかな果物や、異国情緒あふれる織物が並び、人々は笑顔で談笑している。
「わあ、美味しそうな果物だ!」
マルコが目を輝かせ、露店に並んだ山盛りの赤や紫の実に駆け寄ろうとする。フーマの「待て」という低い声が響くまでは。
「祭りは……やっているみたいだな」
フーマが腕を組む。 しかし、その賑わいの中にも、どこか影が落ちている。多くの風車が静止したままで、かすかに回っているものも、普段の力強い音ではない。人々は笑顔を見せているが、その瞳の奥には、風が止まることへの不安が隠しきれないようだった。 メデルは耳元で精霊たちのざわめきを聞いていた。
『風が泣いてる……悲しい音だ……』
「ねえ、見て!あの風車も止まってるよ!」
ルククが指差す先には、ずらりと並ぶ風車群の中で、いくつもの羽根が微動だにしない姿があった。ブランデットは不安そうに空を見上げ、その横顔には影が差していた。
「これじゃあ、本当に祭どころじゃないかもな……」
マルコが呟き、かじりかけの林檎を片手に空を見上げた。
外門を越えてしばらく歩くと、賢者セルジオス卿が一行を待っていた。旅商人とはすでに別れたようだ。
「ようこそ、風車町へ。ケルメデスアール様、そして皆さん。此方へ」
セルジオス卿は静かに一礼して先に案内する。その深い緑の外套は、この街の象徴である風車の色に似ていた。
「まさかまた、このような場所で再会するとはな、セルジオス卿。」
ケルメデスアールが答える。 「えっと、セルジオス卿、ぼくたち、どこへ行っているんですか?」 メデルが尋ねると、セルジオス卿は優しい眼差しでメデルを見つめた。 「小さいが、私の家へ招待しよう。ゆっくり話をする時間が必要だろう。」 フーマが眉間をしかめる。 「……家に、か。迷惑ではないのか。」 「いいえ、かまいません。……むしろ、この事態を解決するためには、皆さんの力が必要だと感じています。特に……メデル殿の力には。」 セルジオス卿の視線がメデルに注がれる。メデルは、その言葉に少し身構えた。 「ぼくの……力?」 ブランデットが、メデルの肩をそっと抱き寄せる。 「弟は普通の子供です。特別な力など……」 セルジオス卿は静かに首を振った。 「いえ。この街の精霊たちが、彼に強い反応を示している。それだけではありません。風精霊王ゼフィルス様の夢を見たのは、メデル殿とブランデット殿、あなた方でしょう。」 その言葉に、メデルとブランデットは顔を見合わせた。朝明けに2人で話していた秘密が、すでに賢者に知られていたことに驚きを隠せない。 「……貴殿には、何が見えているのですか?」 ケルメデスアールがセルジオス卿に問いかけると、賢者は静かに答えた。 「風が止まってから、私の見る未来は不確かなものになりました。しかし、メデル殿とブランデット殿が、この地の希望となるだろうという光だけは、はっきりと見えています。」 フーマは深く息を吐き、頷いた。 「……わかった。では、世話になろう。」 こうして一行は、セルジオス卿と共に、彼の自宅へと向かうことになった。静かな住宅街を抜け、ひときわ大きく、古びた石造りの家へと続く道。その間も、メデルの耳には精霊たちの悲しいささやきが響き続けていた。
セルジオス卿の家は、外見こそ古めかしい石造りだったが、一歩中に入ると温かく、光に満ちていた。本が壁いっぱいに並ぶ書斎と、風の精霊が舞い踊る大きなガラス窓のあるリビングが印象的だ。
「どうぞ、楽にしてください。粗末なものですが、夕食を用意させました。」
セルジオス卿が案内してくれた食卓には、温かいシチューと焼きたてのパン、そして見たことのない珍しい果物が並んでいた。旅路で疲れた体には、何よりのご馳走だ。
「わぁ、美味しそうだな!」
マルコが一番に席に着き、シチューを大きな皿によそう。精霊たちも、テーブルの周りを飛び回り、甘い果物に興味津々だ。 フーマは部屋の隅に立ち、周囲を警戒するように見回している。その耳はぴくりと動き、夜風の音や遠くの風車の微かな回転音を拾っているようだった。
「フーマ、座ってゆっくり食べなさい。敵意は感じないだろう?」
ケルメデスアールが優しく声をかけると、フーマは小さく頷き、マルコの隣に腰を下ろした。 ブランデットはメデルの隣に座り、彼の分までシチューの皿を用意してやる。 「メデル、無理に食べなくてもいいぞ。疲れているんだろう?」
「うん……でも、お腹すいた!」
メデルはブランデットの言葉に甘えつつも、食欲は旺盛だ。一口食べると、その美味しさに目を輝かせた。 沈黙を破ったのは、セルジオス卿だった。
「本日は、遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとうございます。今回の件、私はナケミの風を司る賢者として、深く責任を感じております。」
「責任など、感じる必要はありません。これは、自然の摂理によるもの。」
ケルメデスアールが答える。
「しかし、その自然の摂理が、今、人々の生活を脅かしている。そして……風精霊王ゼフィルス様が、封印によって苦しんでおられる。」
セルジオス卿の言葉に、メデルとブランデットは顔を見合わせた。
「あの、ゼフィルス様って……」
メデルが口を開く。
「風精霊王ゼフィルス様の夢を見たというのは、本当なのですね。」
セルジオス卿は優しい眼差しでメデルを見つめる。
「お二人が見た夢について、詳しく教えていただけますか?」
メデルは、夢の中の光景を一生懸命に説明した。止まった風車、鎖、そしてゼフィルス様の声。ブランデットもまた、メデルの言葉を補足するように、夢の中の情景を語った。
「光でできた人影……『守る者』、『選ばれし子』、『二人は繋ぐ者』……」
セルジオス卿は、二人の話に静かに耳を傾け、時折メモを取っている。
「なるほど……。やはり、私が感じていた危機感は、現実のものだったようです。」
食事が終わり、一同が暖炉の前に集まると、セルジオス卿は重々しい口調で語り始めた。
「ゼフィルス様は、ナケミの風を司る精霊王。はるか昔、この地にいた友に邪悪な力が現れた際、友とご自身を封印することで、その力を押さえ込みました。その封印の要となっているのが、ナケミ中に点在する風車なのです。」
暖炉の火がぱちりと音を立てる。メデルは息を呑んだ。
「風が止まると、封印が揺らぐって、そういうことだったんだ……」
「ええ。風が止まることで、ゼフィルス様の力が弱まり、封印されていた邪悪な力が再び目を覚まそうとしている。それは、この風車町ラカセルを、そしてナケミ全体を破滅させる可能性のある災厄です。」
セルジオス卿は、さらに続けた。
「ゼフィルス様があなた方にお伝えになった『守る者』、『選ばれし子』、そして『繋ぐ者』という言葉。これらは、あなた方がこの災厄を阻止する鍵であることを示しています。」
「メデル殿、あなたはまさしく『選ばれし子』です。あなたの持つ全ての属性を操る力は、ゼフィルス様の封印と深く関わっています。そして、ブランデット殿は『守る者』として、メデル殿を支え、共にこの危機に立ち向かう。お二人で『繋ぐ者』となり、この世界を救う力を発揮されるでしょう。」
セルジオス卿の言葉は、まるで何かの予言のようだった。
「ぼくが……風を呼べるって言ったけど、本当にできるのかな……」
メデルが不安そうに呟く。
「できます。あなたの精霊たちは、そう言っているでしょう?そしてゼフィルス様からのメッセージは、最も重要な箇所があります。」
セルジオス卿は、先ほどのメモを見つめながら、声を落とした。
「『ゼフィルス様と一緒に……を封印して……』と夢の中でおっしゃいましたね?」
メデルとブランデットは、同時にハッとした。まさに、夢の中で精霊たちが語りかけていた言葉だ。
「ええ、はい、そうです!『ゼフィルス様と一緒に……を封印して……』って!」
メデルは興奮して立ち上がった。
「その『……』の部分が、とても重要なのです。残念ながら、私の力ではそこを読み解くことができません。しかし、ゼフィルス様がご自身の封印を解き、同時に何かを再び封印するという、矛盾するようなメッセージ……。これこそが、この危機を乗り越えるための鍵なのでしょう。」
セルジオス卿は、深い息を吐き出した。
「私と共に、明日、最も古く、最も大きな風車へと向かいましょう。そこで、ゼフィルス様からの真のメッセージを解読しなければなりません。」
フーマは静かにその話を聞いていたが、やがて低い声で呟いた。
「……ますます面倒なことになってきたな。」
しかし、その表情には、どこか決意の色が宿っているようだった。 メデルは、ブランデットの手をぎゅっと握った。 「お兄様、僕、頑張る!」 ブランデットもまた、メデルの手を強く握り返す。 「メデルなら、きっとできる。僕も、ついてる。」 暖炉の火が二人の決意を映し出すように燃え盛った。
ケルビスは2人を側から見ていて言った。
「私達もいる頼ってくれ!」
ルククは何度も頷き。
「うん大丈夫皆んなで守ろう!」
夜が明け、風車町ラカセルに朝の光が差し込む。セルジオス卿の家で一晩過ごした一行は、皆、決意を新たにした表情で朝食の席に着いていた。マルコが焼きたてのパンを頬張りながら
「今日は、あの大きな風車に行くんだろ?何が見つかるかワクワクするな!」
冒険への期待を隠さない。 フーマは、静かにお茶を啜っている。その視線の先には、メデルとブランデットの姿があった。昨夜のゼフィルス様のメッセージ以来、メデルの表情には、不安と同時に、何かを成し遂げようとする強い意志が灯っている。ブランデットはそんなメデルを、常に優しく見守っていた。 ケルビスが、メデルにそっと語りかける。 「メデル、きっと大丈夫だ。僕たちもいるんだから、頼ってくれ!」 ルククも大きく頷き、 「うん、皆で力を合わせれば、どんな困難も乗り越えられるよ!」 と励ます。精霊たちも、普段より控えめにメデルの周りを飛び回り、彼を勇気づけるようだった。 朝食を終えると、セルジオス卿が立ち上がる。
「では、参りましょう。最も古く、最も大きな風車へ。」
フーマがケルメデスアールに視線を送った。
「ケルメデスアール様、あんたも来るのか?」
ケルメデスアールは深紅の外套を翻し、重々しく答えた。
「当然だ。この事態を見過ごすわけにはいかぬ。それに……『時代』の移り変わりをこの目で見届けたい。」
一行は家を出た。風車町の朝は、昨日よりも微かに吹く風を感じる。風車はまだその多くが止まったままだが、人々の表情に、わずかな希望の光が宿り始めているようだった。それは、メデルたちの決意が、街全体に伝播したかのようにも見えた。
最も古く、最も大きな風車は、街の中心から少し離れた丘の上にそびえ立っていた。その道中は、他の風車と同じく、風が止まっている区域が多く、どこか重苦しい空気が漂っている。土埃が舞い、枯れ草が風もないのにざわめく。
「うわっ、なんだか空気が重いぞ……」
マルコが顔をしかめる。 メデルは、耳元で語りかける精霊たちの声を聞いていた。 『風が……ここだけ、すごく重い……』 『王様の呼ぶ声が、遠い……』 フーマの銀の耳がぴくりと動く。
「……何かいるな。」
フーマの視線の先には、道の脇に黒く澱んだ気配が漂っていた。それは、風が止まったことで力を増した闇を纏った気配だ。 その時、行く手を遮るように、枯れ木の枝が不気味に蠢き、道全体を覆い隠してしまった。
「これは……」
ブランデットが剣に手をかける。
「邪悪な力が、この風車へと近づくのを拒んでいるようです。」
セルジオス卿が杖を構える。
「この程度、僕たちの敵じゃない!」
ケルビスが前に飛び出し、土の精霊を呼び出すと、地面から大きな岩が隆起し、枯れ木の枝を打ち砕いた。ルククも風の精霊を操り、道を塞ぐ残骸を吹き飛ばしていく。 進むにつれて、風車の存在感は増していく。しかし、その巨大な羽根は完全に停止しており、まるで時間が止まったかのような静けさが周囲を支配していた。丘の頂上付近にたどり着くと、風車の周りには、太く黒い鎖が幾重にも巻き付けられているのが見える。
「あれが……封印の鎖……」
メデルが呟くと、精霊たちが騒ぎ出す。 『あれは、王様を苦しめている鎖!』 『でも、王様は、あれで何かを守ってる……!』
丘の頂上、巨大な風車の根元に、一行はたどり着いた。鎖は風車だけではなく、その下の地面深くにも伸びているようだった。
「これほどの鎖……一体、どれほどの力が封じられているというのだ。」
ケルメデスアールが呻くように言った。 メデルは、風車の根元にある祭壇のような場所へと近づいていく。そこには、うっすらと光る紋様が刻まれていた。メデルがそれに触れると、紋様は強く輝き、彼の心に直接、ゼフィルス様の声が響いてきた。
『……我が友、タイガよ……!』
その声は、悲しみと苦しみに満ちていた。そして、メデルの心に鮮明な映像が流れ込む。 そこには、若き日のゼフィルス様と、もう一人の青年がいた。二人は共に風を操り、このナケミの地で暮らしていた。しかし、ある日、その青年、タイガの心に邪悪な闇が芽生え、強大な力に変貌していく。 『……私は、友を止めることができなかった……そして、友と共に、この地に封印する。風の精霊王たる私は、その力を持って、友を風車の鎖に縛り付けるのだ……!』 『一緒に……タイガを封印して……!』
メデルはハッとした。これが、夢の中のメッセージの「……」の部分だ。ゼフィルス様は、自分自身を封印することで、友であるタイガを永久に閉じ込めていたのだ。 「風精霊王ゼフィルス様の友は……風属性の聖獣、白虎だったのですね。」
セルジオス卿が、メデルが受け取ったメッセージを読み解くように呟いた。 メデルの心に、さらに映像が流れ込む。ゼフィルス様の傍らに寄り添う、白く輝く大きな虎の姿。しかし、タイガの心に闇が宿った時、タイガは漆黒の闇に染まっていた。 『聖獣……白虎が……!』 「まさか……ゼフィルス様は、ご自身の力で友を封印するだけでなく、いや、白虎と一体化して、友の邪悪な力を封じ込めていたのか……」 ケルメデスアールが、驚愕の表情で呟いた。 「白虎のタイガも、一緒に……封印されてるんだ……」 メデルの目から、涙がこぼれ落ちる。ゼフィルス様の悲しみと、友への深い愛情が、メデルの心に流れ込んできたのだ。邪悪な力に染まった友と共に封印されたという事実は、彼にとってあまりにも衝撃的だった。
「ゼフィルス様は、封印から解き放たれ、その友を再び封印しようとしている……しかし、邪悪な白虎の力が増大し、封印を破ろうとしているのですね。」
セルジオス卿が、事態の深刻さを理解していく。 フーマは、静かに風車の鎖を見上げていた。
「……つまり、この鎖を断ち切り、ゼフィルス様を解放する必要があるが、同時に邪悪な白虎の力を再び封じ込めなければならない、というわけか。」
途方もない任務に思えた。だが、メデルの心には、ゼフィルス様の友を思う強い気持ちが伝わってきていた。
メデルは、ゼフィルス様の悲痛な思いと、白虎タイガの絶望的な状況をブランデットお兄様に、震える声で伝えた。その瞳は涙で潤んでいたが、その奥には、何とかしてゼフィルス様を助けたいという、強い決意が宿っていた。
「ねえ、お兄様。ゼフィルス様が言ってたんだ……『タイガを封印して』って。でも、ゼフィルス様はタイガさんのことが、大好きな友達だったんだよ……」
メデルの言葉に、ブランデットは優しくメデルの頭を撫でました。 「うん、メデル。僕にはわかるよ。ゼフィルス様は、大切な友だちだからこそ、彼を止めるために自分も一緒に封印されたんだね。」
「でも、風が止まったままだと、タイガさんも苦しいし、街の人たちも困っちゃう……どうしたらいいの?」 メデルはブランデットお兄様の服の裾をぎゅっと握りしめます。 ブランデットお兄様は、じっとメデルの目を見つめ、静かに問いかけました。
「メデル、以前、青の泉や黄金の池で、闇を纏った魔獣を浄化したり、癒したりしたことがあっただろう?精霊たちの力で、あの闇を光に変えて……」
メデルは、ハッとした。それは、かつて自分たちが経験した、闇に囚われた魔獣や精霊を救った時の記憶。精霊たちの力を借りて、魔獣の心に光を届け、本来の姿に戻したあの時の事。
「うん!やったよ!精霊たちが、闇を嫌がって暴れてた魔獣を、温かい光で包んであげたんだ!」
「もしかしたら、白虎のタイガさんも、闇に染まっているだけで、まだ心は残っているのかもしれない。ゼフィルス様とタイガさんの友情の光を、もう一度、僕たちで灯すことができたら……」
ブランデットお兄様の言葉は、メデルの心に希望の光を灯しました。
「そうか!ゼフィルス様を解放して、タイガさんの闇を浄化して、癒してあげたら良いんだね!」 メデルの言葉に、精霊たちも賛同するように一斉に舞い踊ります。 『そうだよ、メデル!』 『王様を助けてあげよう!』 『タイガさんも苦しんでるよ!』
メデルとブランデットの会話を聞いていたセルジオス卿は、静かに杖を地面に突き、深く息を吐く。
「闇を浄化し、癒す……なるほど、その発想はなかった。ゼフィルス様の悲しみに囚われ、私自身もまた、友を封印するという矛盾を解き明かすことばかりに意識を取られていたようです。」
ケルメデスアールが深く頷き。
「精霊の力で、闇を光に変える……メデルの持つ全属性の力が、まさにそのためにあるのかもしれぬな。タイガの闇が深ければ深いほど、より強い浄化の力が必要となるだろう。」
フーマは、鎖で縛られた風車をじっと見上げ、低い声で言う。
「だが、タイガの邪悪な力が、この鎖を破ろうとしている。浄化を試みる間に、封印が完全に破れれば、取り返しのつかないことになる。」
マルコが口を挟む。
「じゃあ、ゼフィルス様を解放して、すぐに浄化に取り掛かるってこと?でも、解放したら、タイガも暴れ出すんじゃないのか?」
ルククとケルビスも不安そうな表情で、互いに顔を見合わせています。 ブランデットは、皆の不安を払拭するように、力強く言いました。
「僕たちがゼフィルス様を解放する隙に、マルコとフーマは周囲の警戒、ルクク、ケルビス、そしてケルメデスアール様で、結界を張りタイガの暴走を食い止めるんだ!その間に、メデルが浄化を行う。」 ケルメデスアールが、その提案に目を細めます。
「タイガを抑え込むのは容易ではないぞ。邪悪な風の力は、計り知れない。」
「だからこそ、皆の協力が必要なんだ。」
フーマは、再び風車の鎖に視線を戻し、真剣な表情で言いました。
「……作戦はわかった。だが、この鎖を断ち切るには、相応の力が必要だ。メデルよ、お前は精霊の声を聞くことができるのだろう?精霊たちに、この鎖を解除する方法を尋ねてみるがいい。」
メデルは、フーマの言葉に強く頷き、目を閉じた。耳元の精霊たちが、一斉に彼に語りかけはじめます。 『鎖は、王様の『決意』の表れ……』 『王様自身が、解き放たれることを望めば、鎖は緩む……』 『でも、闇の力が、王様の『決意』を曇らせている……』 メデルは目を開け、皆に伝えた。
「鎖は、ゼフィルス様の『決意』でできてるんだって!ゼフィルス様が、解放されたいって強く思えば、緩むみたい。でも、タイガさんの闇の力が、邪魔してるって……」
セルジオス卿は、メデルの言葉に大きく頷きました。
「なるほど。では、まずはメデル殿とブランデット殿が、ゼフィルス様の心を癒し、その『決意』をサポートすることが肝要。その間に、我々がタイガの暴走の隙を狙う。」
ケルメデスアールは、目を閉じ、何事かを思案する。やがて、その目を開き、厳かに告げた。
「であれば、闇の力を一時的に鎮めるための結界が必要だ。私が、この地の精霊と、残された微かな風の力を用いて、その結界を構築しよう。フーマ、マルコ、ルクク、ケルビス、そしてセルジオス卿、貴殿らは、その結界の中で、タイガの猛攻を耐え忍ぶのだ。」
一同は、新たな決意を胸に、互いに顔を見合わせました。
「よし、やってやろうじゃないか!」
マルコが力強く拳を握ります。
「ゼフィルス様も、タイガさんも、きっと救い出せる!」
メデルの瞳は、希望に満ちて輝いていた。
一同は、それぞれの持ち場へと散った。風車の根元に張られた鎖を見上げるメデルとブランデットの前に、フーマが立ち塞がる。
「俺はここに残って、お前たちの支援に回る。精霊王の力は計り知れん。万が一、タイガが完全に暴走した場合の抑止力となる。」
フーマの銀の瞳は、一点の曇りもなく、メデルたちを信頼し、自分自身の役割を全うする覚悟を示していた。 ケルメデスアールが、風車の周囲に広がる空間へと一歩踏み出す。
「では、結界を張る。皆の者、準備はいいか?」
セルジオス卿が杖を高く掲げ、詠唱を開始する。杖の先から放たれる淡い光が、風車を中心にして円を描くように広がり始めた。マルコは両手を剣に添え、周囲の気配に集中する。その眼は鋭く、フーマと共に結界の外側の警戒にあたる。ルククとケルビスは、互いに手を取り合い、精霊たちと共に結界の構築を助けるように、風と土の力をセルジオス卿へと送り込む。 ケルメデスアールが、ゆっくりと目を閉じる。その深紅の外套が大きく膨らみ、微かな風を巻き起こす。地面から、微弱ながらも確かな力が湧き上がり、セルジオス卿の光と交錯する。
「風の精霊の精霊よ、大地の息吹よ、我に力を与えよ……永劫の理を司る精霊王の盟友、その魂を縛る闇より守護せよ!」
ケルメデスアールとセルジオス卿の二人の賢者による大がかりな結界術が、風車を包み込んでいく。強烈な光の壁が立ち上がり、結界の内部と外部を隔てた。 結界が完成した瞬間、風車全体がギシギシと音を立て始める。まるで、封印された何かが、結界の完成を不快に感じたかのように。そして、重苦しい空気がさらに濃くなっていった。 結界の中心からは、獣の咆哮のような鈍い音が響き渡り、風車の鎖が引きちぎられそうなくらいに、強く軋む。
「来たぞ…!」
フーマが耳をピンと立て、警戒を強める。 その咆哮は、邪悪な風の力となって、結界全体を揺るがし始めた。
メデルとブランデットは、風車の根元にある祭壇へと進み出た。祭壇には、ゼフィルス様の『決意』を示す紋様が、今もなお、かすかに輝いている。 「メデル、ゼフィルス様に語りかけるんだ。僕と精霊たちが、メデルの力を最大限に引き出すから。」 ブランデットがメデルの肩に手を置きます。メデルは深く息を吸い込み、紋様に手をかざし、目を閉じた。
「ゼフィルス様……あなたの友、タイガさんは、まだあなたが大好きですよ……。あなたを苦しめている闇は、僕たちが浄化します。だから、あなた自身の『決意』を、もう一度示してください……!」
メデルの言葉は、彼の心を通して、直接ゼフィルス様の魂へと語りかける。精霊たちがメデルの周りに集まり、彼から溢れ出る光の粒が、虹色の螺旋となって祭壇の紋様へと吸い込まれていく。炎、水、土、そして風……全ての属性の光が、渾然一体となり、ゼフィルス様の『決意』を優しく包み込んだ。 その光に包まれると、風車の鎖が、ギシギシと音を立てながら、ゆっくりと緩み始めた。
「今だ…!」
ブランデットは、メデルから少し離れ、彼が浄化に集中できるよう、周囲の結界とタイガの力のバランスを感覚で測る。
メデルの小さな手が震えながらも、黒の魔法陣が展開する。
「日々の塵や穢れを洗い流し、心を澄みわたらせる力を持ち、聖なる魂の疲れを浄化せよ。」
その間も、結界の外からは、激しい風の嵐が吹き荒れる音が聞こえてくる。ケルメデスアールとセルジオス卿の結界が、風車全体を守るように光を放ち、マルコ、ルクク、ケルビスも、自分の役割を全うするため、必死に耐えている。 そこへ、結界の中から、怒号のような咆哮が響き渡った。 「グオォォォォォォォ!」 邪悪な風の力が増し、結界の内側から、漆黒の風の塊がメデルへと向かって押し寄せる。それこそが、タイガの憎悪と苦しみによって変質した、闇を纏った白虎の力だ。
「メデル!」
ブランデットが叫ぶが、メデルは動じない。彼は既に精霊たちの声、そしてゼフィルス様とタイガの魂と深くリンクしていた。 『闇を受け止めて!』 『私たちがいるから大丈夫!』 メデルは、迫りくる漆黒の風の塊に、両手を広げ、真っ向から向かい合う。
「ブランデットお前も、祈れ!」フーマが叫ぶ。
ブランデットは頷き、白の魔法陣が展開する。
「日々の塵や穢れを洗い流し、心を澄みわたらせる力を持ち、聖なる魂の疲れを浄化せよ。」
彼らの体から放たれる虹色の光が、闇の風を少しずつ、少しずつ包み込み、そして、押し返していく。 激しい光と闇の衝突が、風車全体を揺るがした。
「タイガさん!あなたもゼフィルス様も、本当はこんなこと望んでないでしょう!」
メデルの言葉が、闇の風の塊をさらに深く貫く。
2人の詠唱が始まる――
「天と地の祈りよ、なにものにも染まらぬ強き魔力よ。風の地を癒やし魂の記憶、輪廻の環を超えて、谷の風より響く声。
神気を宿し賜う貴方、我は願う。天地を貫き、森羅万象に働くこの『黒の祈り』を。」
「天と地の祈りよ、なにものにも染まらぬ強き魔力よ。風の地を癒やし魂の記憶、輪廻の環を超えて、谷の風より響く声。
神気を宿し賜う貴方、我は願う。天地を貫き、森羅万象に働くこの『白の祈り』を。」
光が闇を溶かすように、漆黒の風が少しずつ薄れていく。その奥には、わずかながらに、白虎の面影が見て取れる。その瞳は、苦しみに歪んでいるが、どこか深い悲しみを帯びていた。 『もう……苦しまなくていいんだよ……』 メデルの優しさが、白虎の心の奥底へと届いていく。そして、精霊たちの祈りが、闇を光へと浄化していく。 やがて、漆黒の風は完全に消え去り、その場には、疲れ果てたように地面に横たわる、白く輝く巨大な虎の姿が現れた。 その白虎の傍らには、透き通るような美しい光の姿が立っている。紛れもなく、風精霊王ゼフィルス様だ。ゼフィルス様は、愛おしそうに白虎の体を撫でている。 「タイガ……私の友よ……」 ゼフィルス様の声は、かつての悲しみではなく、深い安堵と愛情に満ちていた。
鎖が完全に解け、風車はゆっくりと、しかし力強く回転を始めた。止まっていた他の風車も、それに呼応するように、次々と動き出す。風車町ラカセルに、再び力強い風が吹き荒れる。 結界が解除され、ケルメデスアールたちが駆け寄ってくる。 「やったか……!」 マルコが歓声を上げる。 「メデル……ブランデット……よくやった!!」 セルジオス卿が、涙を浮かべながらメデルたちを抱きしめた。 フーマは、静かにゼフィルス様と白虎を見つめていた。その表情には、普段の困惑とも違う、深い安堵と、かすかな笑みが浮かんでいた。 風が谷を駆け抜け、精霊たちがその流れに乗って舞い上がる。炎の粒と風の粒が空に溶け、風の輪がどこまでも広がる。ナケミの風は、再びその活力を取り戻したのだ。
ゼフィルス様は、タイガの白い毛並みを、慈しむようにそっと撫で、
「タイガ……私の友よ……」
ゼフィルス様の声は、かつての悲しみを拭い去り、深い安堵と、何よりも温かい愛情に満ちている。タイガはゆっくりと目を開け、その琥珀色の瞳がゼフィルス様の姿を捉えた瞬間、大きく見開かれました。
「ゼフィルス……本当に、お前なのか……?」
タイガの声は震え、確かな実感を求めていた。
「ああ、タイガ。お前だ。ここにいる。もう、何も心配はいらない。」
ゼフィルス様はタイガの頭を抱き寄せ、その光の体がタイガの巨大な体に優しく重なり、タイガもまた、その大きな体でゼフィルス様を包み込むように応え。永きにわたる苦しみと孤独が、今、溶け合った。
メデルは、その光景を見て、思わず涙がこぼれ落ちました。ブランデットがそっと肩を抱き寄せた。
「メデル、やったな!」
「うん……ゼフィルス様もタイガさんも、すごく嬉しそうだね!」
マルコは目を擦りながら、「おいおい、まさか俺まで感動するなんてな!」と照れくさそうに笑う。フーマはいつもの無表情の中に、小さく微笑みを浮かべていた。
その時、タイガがゆっくりと立ち上がりました。全身を覆う白い毛並みは、陽光を受けてキラキラと輝き、その強靭な四肢は大地をしっかりと捉えています。そして、ゼフィルス様がタイガの背中にそっと寄り添いった。
「メデル、そして勇敢な仲間たちよ。お前たちのおかげで、再びこの風を、タイガと共に感じることができる。」
ゼフィルス様の声が、やわらかな風に乗ってメデルたちに届く
「タイガは、闇に囚われ苦しんでいた。その心の叫びが、あの風車を止め、この地を蝕んでいたのだ。しかし、お前たちの純粋な心が、タイガを癒し、再び光へと導いてくれた。」
タイガもまた、大きく頷きます。
「もう二度と、闇に心を奪われはしない。ゼフィルス、そして……メデル、感謝する。」
タイガの瞳には、以前の苦しみの影はなく、澄み切った空のような透き通った輝いた薄らと青年の人型になり誓う、その思いが風を呼んだ。




