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僕はメデル〜" "にはなりません〜  作者: はるかかなえ


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56旅―冒険者(まだサレム国)36

ケルメデスアール

「ふぅむ……この宿の空気、昔と変わらぬ重厚さよ。しかし、廊下を駆け回る小僧どもと精霊のきらめき……まるで童話の中に迷い込んだ気分だな。」

ケルメデスアール……いや、今は「お爺ちゃん」と呼ばれる身……は、深紅の絨毯を踏みしめながら、窓辺に立つ孫ケルビスを見やった。雪景色を背にしたその姿は、若き日の自分を思わせるが、彼の周囲に漂う小さな光の粒子……精霊の気配が、時代の隔たりを痛感させる。

「お爺ちゃん、朝から難しい顔してるけど、どうしたの?」

ケルビスが振り返り、穏やかな笑みを浮かべる。

「難しい顔だと?ハハハ!わしはいつもこうだ。だがな、ケルビスよ……精霊だの小人だの、わしの若き日には影も形もなかったぞ。剣と血で国境を守り、言葉で国を繋いだ。それが今や、子供が精霊と笑い合い、結界を解く時代とはな!」

彼は窓の外を見やり、懐かしむように低く呟いた。

「昔はこの街で、王子として諸国の使者と杯を交わしたものだが……今は精霊と契約する時代とはな!」

メデルが、ふよふよと宙を漂いながら、無邪気に声を上げる。

「お爺ちゃん、精霊さんたち、すっごく優しいんだよ!昨日も僕に水をくれたんだ!」

ケルメデスアールは目を丸くし、豪快に笑った。

「そうだな、旅の朝も水をいただいた。ハハハ!昔は水一杯のために井戸を掘り、汗を流したものだぞ!……だが、悪くない。悪くないぞ、メデル。精霊と語り合えるなら、それもまた力だ。」

ブランデットが静かに口を開く。

「お爺様、時代は変わったかもしれません。ですが、精霊だけでも、剣だけでも…守れないものがあると思います。精霊との調和は、今や国を世界を動かしていくと思います。」

「ふむ……調和、か。わしは剣で調和を作ったがな!」

ケルメデスアールは、深緑の外套を翻し、椅子にどかりと腰を下ろした。

「よい、よい。わしも老いぼれではない。魔力も安定してきたし、精霊の姿も見えるようになった。昨日など、小人がわしの靴を磨いておったわ!ハハハ!まるで童話だ!」

彼はふと、窓辺に漂う光を見つめ、低く呟いた。

「ふむ……わしにも見える。あの小さき光……何か言いたげだな。」

ケルビスが苦笑する。

「お爺ちゃん、それは歓迎の証だよ。精霊たちは、あなたを認め始めてるんだ。」

「認める?ハハハ!わしを認めるとは、精霊も見る目があるな!」

彼は豪快に笑いながらも、心の奥で小さな誇りが芽生えるのを感じていた。そして、孫に向き直り、真剣な眼差しで言った。

「ケルビスよ、わしの誇りは剣だった。だが、お前の誇りは……その素直さと精霊かもしれんな。」

「さて……笑ってばかりもいられぬ。国境館へ出向くぞ。王子時代の伝手を頼り、情報を得る。聖竜誕生の噂、サレム国の動き…この先のナケミ共和国の事を…この耳で確かめねばならん。」

ブランデットが頷く。

「お爺様、僕たちも同行します。時代の変化を、共に見届けたいです。」

「よかろう!だが、わしの歩調に合わせろよ?この老骨、まだ捨てたものではない!」

ケルメデスアールは立ち上がり、深紅のマントを肩に掛ける。その姿は、古き帝国の誇りを背負いながら、新しい時代へ挑む騎士のようだった。


国境館

重厚な扉が開き、冷たい空気と古き帝国の威厳が漂う広間が目に飛び込んだ。ケルメデスアールは深紅の外套を翻し、堂々と歩みを進める。足音が石床に響くたび、若き日の記憶が蘇る…この館で、王子として諸国の使者と杯を交わした日々だ。

「ふぅむ……昔はこの街で、王子として諸国の使者と杯を交わしたものだが……今は精霊と契約する時代とはな!」

彼は低く笑い、視線を前方に向けた。

広間の中央、今や責任者となったラグナス卿が待っていた。白髪を後ろに束ね、鋭い眼光は今も衰えていない。しかし、その表情には、かすかな困惑が浮かんでいた。彼の周囲には、淡い光の粒子…精霊の気配が漂っている。

「ケルメデスアール殿……いや、今は“お爺様”と呼ぶべきか?」

ラグナス卿は苦笑しながら一歩前に出た。

ケルメデスアールは眉をひそめ、豪快に笑った。

「ハハハ!そちらも同じだろう、ラグナスよ!お互い、昔は若き血で外交を駆けたものだが、今や孫に振り回される身とはな!」

二人は声を上げて笑い合い、その笑い声が広間に響いた。

ラグナスは肩をすくめ、視線を横に逸らしながら低く呟いた。

「正直、信じきれん……だが、ケルビス殿が精霊に願いを託し、国境館に伝令を出したのは事実だ。“お爺様と一緒に伺います”見よ、この光を……精霊が命を運んでいる。」

ケルメデスアールは目を細め、漂う光を見つめた。

「ふむ……わしにも見えるぞ。あの小さき光……何か言いたげだな。」

その瞬間、風が広間を駆け抜け、壁に掛けられた地図が揺れた。ラグナスは声を潜める。

「聖竜誕生の噂をご存じか?サレム国の結界が強化されたのは、その影響だ。だが、結界の波動が帝国の境界まで届いている。ナケミ共和国はそれを“理の歪み”と呼び、動き始めている。」

「ほう……“理の歪み”!」

ケルメデスアールの瞳がぎらりと光る。

「昔は竜を討つために軍を動かしたものだが、今は竜が世界を救う時代か!ハハハ!面白い、実に面白い!」

ラグナスはさらに声を潜めた。

「帝国はまだ動いていない。だが、サレム国の王都では前王派と現王派の間で不穏な噂が流れている。聖竜の誕生が、サレム国の均衡を崩す可能性があると……」

ケルメデスアールは拳を握り、深紅の外套を翻した。

「均衡だと?わしが若き日、剣で均衡を作ったものだ!だが、今は剣だけでは足りぬ……ケルビスよ、わしの誇りは剣だった。だが、お前の誇りは……その素直さと精霊かもしれんな。」

その言葉に、ケルビスが静かに頷き、メデルの手を握る。

「お爺ちゃん……僕たちと、時代の変化を一緒に見届けよう。」

精霊の光が一斉に舞い上がり、広間の天井を抜けて夜空へ昇っていく。小さき粒子が星々の間を駆けるように、帝国の王都へ向かう…それが伝令だ。風に乗り、光の道を描きながら、精霊は言葉を運ぶ。馬よりも早く、剣よりも確かに、意思を届ける力。それを見上げるケルメデスアールの胸に、複雑な感情が渦巻いた。

「剣で均衡を守った時代は終わったか……。」

老いた指が無意識に拳を握る。若き日、帝国の均衡を剣で築いた記憶が蘇る。血と鉄の匂い、戦場の叫び、勝利の歓声…それが誇りだった。だが今、均衡を糺すのは剣ではなく、精霊の光だ。誇りを捨てるのではない。だが、誇りの形が変わることを受け入れねばならぬ。それが、老いよりも重い試練だった。

視線を落とすと、メデルが袖を引いている。幼き声が告げる。

「“歪みが糺された”から聖竜様が生まれたんだよ。」

その言葉が、胸の奥で鋭く響く。歪みが糺された…ならば、世界は癒されたのか。だが、癒しの裏には闇があった。メデルの耳を塞ぎブランデットの低い声が続く。

「澱み…闇が無くなり、火精霊王イグニス様が癒されたので、サレム国の“理の歪み”は前王の死により糺されました。前王は精霊を捕まえ、閉じ込めていた様です…ずっと…精霊が消滅しても、なお…。」

ケルメデスアールは息を呑む。闇に囚われた精霊、消滅してなお帰れぬ雫…その光景が脳裏に浮かぶ。包囲陣に閉じ込められた光の残骸、声なき声が助けを求めている。イグニス様炎の王が癒されたというなら、その炎はどれほど深く焼き尽くしたのか。

「精霊を閉じ込めるとは…人の欲か…これが、”理の歪みか”。」

ラグナス卿が息をのむ。

「“歪みが糺された”…誠か…黄金の池が癒され闇が消えたとの噂があり今確認中だったが…“歪みが糺された”とは…。ブランデット殿この事はサレム国の王家に報告しても…。」

ブランデット静かに頷く。

「はい。閉じ込められている包囲陣の中には消滅した精霊の雫がかえる事も出来なくさまよって居ます。王家の者の解除が必要です。その後で…再度浄化が必要ですが、帰りに私達が行う様火精霊王イグニス様に今言われました。」

彼は深く息を吐き、視線を遠くに向けた。帝国の空が夕陽に染まっている。精霊の伝令は今頃、王都に届いているだろう。嵐が始まる。だが、その嵐の中で、わしはまだ立っている。

「帝国よ…わしは退かぬ。」

深紅の外套が風に揺れる。ケルメデスアールは静かに言葉を紡ぐ。

「聖竜だろうが精霊王だろうが、この老骨、帝国のために動く。剣ではなく、知恵で。血と誇りで築いた同盟国を、理に呑ませはせぬ。」

その声は、広間の石壁に雷鳴のように響き渡り、精霊の光が祝福するかのように舞い踊った。遠くで鐘が鳴る…新しい時代の始まりを告げる音だ。

ケルメデスアールは歩みを進める。帝国の未来を繋ぐ鍵を見つけるために。

「老いたわしが、理と誇りの狭間で何を選ぶか…見せてやろう。」

夕陽が深紅の外套を染め、彼の影を長く伸ばした。その影は、剣を握った若き日の記憶と、精霊の光に照らされた今を重ねながら…。


サレム国王宮

王都の空が赤く染まった。夕陽ではない…炎だ。精霊の伝令が光の奔流となって王城に降り注いだ瞬間、火精霊王イグニスの怒りが解き放たれた。広間の奥、玉座の間に響く轟音。炎が天井を舐め、柱を赤く染める。だが、不思議なことに、王座の周囲だけは焼けぬ。炎は理を持ち、罪ある者のみを裁く。

前王の影が、炎の中で揺れた。次の瞬間、轟音と共にその身は紅蓮に包まれ、声もなく焼き尽くされる。肉も骨も、王冠さえも、炎に呑まれ灰となった。だが、前王座の玉座は無傷。現王の足元も、炎は避ける。理の怒りは、ただ一人を選び、裁きを下した。

「父上……!」現王が駆け寄ろうとするが、炎の壁が立ちはだかる。熱ではない…怒りだ。イグニスの怒りが、王城全体を震わせていた。近づけば、理に触れ、命を奪われるだろう。王は足を止め、歯を食いしばる。

その時、光が舞った。精霊の伝令…ラグナス卿からの報せだ。だが、現王には見えない。光は王の肩をすり抜け、玉座の横に立つ幼き王太子の前で止まった。少年の瞳が大きく見開かれる。

「……精霊が、話してる。」

その声に、王は振り返る。だが、彼には何も見えない。王太子は震える手を伸ばし、光を掬うように指先を動かした。精霊の声が、彼の耳にだけ届く。

「ラグナス卿からの報せ……火精霊王イグニス様が動かれ理の歪みは糺される。聖竜誕生、帝国の老将ケルメデスアールが動いている。ナケミ共和国の理を解析中……。」

王太子は息を呑み、父に向き直った。

「お爺様が精霊を……殺して“理の歪み”が出来た…父上……精霊が言ってる。世界が変わる時。剣じゃなく、精霊と理で……。」

王は拳を握り、炎の壁を見つめる。イグニスの怒りはまだ収まらない。だが、その炎の奥に、理の声がある。罪を焼き、均衡を糺す炎…それは破壊ではなく、再生の炎だった。

「イグニス様……その怒り、私で受け止めれないだろうか…。」

炎が低く唸り、広間に赤い光が満ちる。精霊の伝令はなお舞い、王太子の肩に降り注ぐ。幼き声が再び告げる。

「父上……ケルメデスアール様が言ってる。死を急ぐなと“私は老骨でも退かぬ”サレム国王よ共に変わろうって。帝国も、サレムも、ナケミも……全部、変わるんだって。」

王は深く息を吐き、炎の壁に向かって一歩を踏み出した。熱はない。だが、理の重みが足を縛る。彼は目を閉じ、低く呟いた。

「ならば……わしも退かぬ。」

火精霊王イグニスが静かにたたずむ。炎はもう怒りではない…深紅の光が、理の重みを帯びて広間に漂う。イグニスの声が、低く、しかし王太子の耳にだけ届いた。

「前王の部屋……隠し部屋に包囲陣がある。奴は何万もの精霊を閉じ込めた。もう精霊は消滅しているが……消滅してなお帰れぬ雫が、さまよっている。王家の血でしか解除できぬ。」

王太子の瞳が震える。声なき声が、炎の残響に重なって聞こえる…「帰りたい」「光に還りたい」…その切なる願いが、幼き心を貫いた。

現王は驚愕し、低く呟く。

「お父様の部屋に……隠し部屋……何万もの精霊を……。」

イグニスの炎が、ゆるやかに王太子の足元に集まり、赤い光の輪を描く。それは怒りではなく、選択の印だった。精霊の伝令が再び舞い、王太子の肩に降り注ぐ。光が言葉を紡ぐ。

その瞬間、炎が揺れ、広間に静寂が訪れた。イグニスの怒りが収まり、紅蓮の光が消える。残されたのは灰と、理の香り。そして、王太子の掌で静かに瞬く精霊の光…それは、未来への契約の印だった。

イグニスが最後に言葉を残す。

「隠し部屋を解け。雫を還せ。理を糺すのは……お前たちだ。」

炎が消え、広間に冷たい空気が戻る。だが、その空気には、確かな変化の匂いがあった。


炎が静まり、広間に重い沈黙が落ちた。イグニスの紅蓮は怒りを鎮め、理の光だけが漂っている。現王は深く息を吐き、玉座の前に立つ。視線は奥の扉――隠し部屋へ。

「……私が行く。」

低い声が広間に響く。王の拳は固く握られ、瞳には決意が宿っていた。だが、その腕を、幼き手が掴む。

「父上……待って。」

王太子の声は震えていない。澄んだ瞳が、炎の残光を映していた。

「私が行きます。」

王は息を呑む。幼き子が、理の炎を前にして恐れを見せぬ…その事実が、胸を刺した。

「何を言う……あそこは闇だ。前王が閉じ込めた精霊の雫が、何万とさまよっている。王家の血でしか解除できぬが……危険すぎる。」

王太子は首を振り、静かに言葉を紡ぐ。

「だから、私が行くんです。イグニス様が……僕を選んだ。」

炎が低く唸り、王太子の足元に赤い光の輪が描かれる。それは選択の印…理が示す答えだった。イグニスの声が、広間に響く。

「王よ、退け。理は血を選ぶ。だが、怒りではなく、純なる心を求める。」

王は歯を食いしばり、視線を落とす。幼き肩に、世界の重みが乗る…それを許せるのか。だが、炎は揺れ、王太子を包むように光を集めていた。

「父上……精霊の声が聞こえるんです。帰りたいって。僕が……還す。」

その言葉に、王の胸が震えた。剣ではなく、理で守る時代…それを告げるのは、この小さな声だった。

「……行け。」

低く、重い声が広間に落ちる。王は手を離し、炎の輪の中に王太子を送り出した。

イグニスが静かに近づき、炎を集める。赤い光が王太子の胸に触れ、紋章が浮かび上がる。それは加護の印…精霊王の理を継ぐ者の証。

「加護を授ける。炎は怒りではない。理を守る力だ。お前が選んだなら、この炎はお前の盾となり、剣となる。」

炎が王太子の胸に吸い込まれ、広間に静寂が戻る。残されたのは、父王の震える拳と、幼き肩に宿った炎の理…それは、未来を変える力だった。



王太子は、イグニスの炎に導かれ、王宮奥深くの隠し部屋へと足を踏み入れた。重厚な扉が軋みを上げて閉じると、冷たい空気が頬を撫でる。そこは、前王が築いた闇の巣窟…理を歪めた罪の証だった。

石壁には古代の紋様が刻まれ、赤黒い魔力の痕跡がまだ残っている。中央には巨大な包囲陣が描かれ、その輪の中で淡い光が漂っていた。精霊の雫…消滅してなお帰れぬ魂の欠片。数え切れぬほどの光が、静かに、しかし切実に揺れている。

「……こんなに……。」

王太子の声が震える。雫は声を持たぬ。だが、その揺れが語っていた…「風に帰りたい」「光に還りたい」。その願いが、幼き心を貫いた。

イグニスの炎が、静かに部屋を照らす。怒りではない。今は理の炎だ。炎が低く唸り、王太子の足元に赤い光の輪を描く。それは選択の印だった。

「王家の血よ、封印を解け。」

イグニスの声が響く。王太子は震える手を包囲陣にかざした。血が呼応し、紋様が赤く輝く。次の瞬間、陣が崩れ、雫が一斉に舞い上がった。光が部屋を満たし、声なき声が歓喜の歌となって響く…「還れる」「ありがとう」。

王太子の頬を涙が伝う。その時、イグニスが炎を集め、王太子の胸に触れた。熱はない。だが、理の重みが心に刻まれる。

「加護を授ける。炎は怒りではない。理を守る力だ。お前が選んだなら、この炎はお前の盾となり、剣となる。」

炎が王太子の胸に吸い込まれ、赤い紋章が浮かび上がる。それは加護の印…精霊王の理を継ぐ者の証だった。

イグニスの声が、最後に低く響く。

「使命を果たせ。還れぬ雫を二度と生むな。理を歪める者を許すな。そして……世界を繋げ。」

炎が静かに消え、部屋に残ったのは光と温もり。そして、王太子の胸に宿る炎の理…それは、未来を変える力だった。


広間に戻った王太子の肩には、まだ炎の理が静かに灯っていた。イグニスの加護が胸に刻まれ、赤い紋章が淡く輝いている。父王はその姿を見て、深く息を吐いた。

「……終わったのか。」

王太子は頷き、静かに答える。

「還しました。精霊の雫は、もう風に光に…帰りました。」

王太子は真っ直ぐに父を見上げ、炎の紋章を胸に光らせながら答えた。

「私は誓います。剣ではなく、理で守ります。精霊と人を繋ぎ、歪みを二度と生まない。…この命に代えても。」

その瞬間、イグニスの炎が広間に舞い、赤い光が二人を包んだ。炎は怒りではない。理の象徴として、誓いを祝福する炎だった。

王は目を閉じ、静かに呟いた。

「ならば……。お前が、この国の未来だ。」

炎が消え、広間に静寂が戻る。だが、その空気には、確かな変化の匂いがあった。王太子の胸に宿る炎の理――それは、世界を繋ぐ者の証だった。

サレム国夜の王宮。

静寂を破るのは、ぱちぱちと燃える小さな炎の音だった。イグナーは窓辺に座り、頬杖をついて星空を見上げている。胸に刻まれた炎の紋章が淡く光り、使命の重みが肩にのしかかっていた。

「……僕にできるのかな。」

その呟きに、部屋の隅で炎がふわりと揺れる。次の瞬間、小さな火の精霊たちが飛び出した。赤や橙の光をまとい、宙をくるくる回りながら、イグナーの周りを取り囲む。

「できるできる!」「イグナー、元気出して!」「ほら、炎のダンスだよ!」

「落ち込むと火が弱っちゃうよ?」「もっと燃えろー!」「笑え笑えー!」

精霊たちは小さな炎の輪を作り、夜空の星を真似てきらめいた。ひとつがイグナーの肩にちょこんと乗り、もうひとつは彼の髪をふわっと照らす。

「……君たち、元気だね。」

イグナーの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。精霊たちは歓声を上げ、さらにわちゃわちゃと踊り始めた。

「笑った!笑った!」「イグナーの笑顔ゲットー!」「もっと笑わせろー!」

「じゃあ炎のハート作る?」「ハート!ハート!」「いや、炎のドラゴンだろ!」「ドラゴンはでかすぎるよー!」

炎の粒が宙に舞い、部屋はまるで星空の中にいるような幻想的な光景に変わる。精霊たちは次々と形を変え、ハートや小さな鳥、炎の花を作っては「見て見て!」と騒ぎ立てる。

…その様子を、扉の隙間から覗く影があった。現王ヴァルだ。威厳ある王であるはずの彼が、今は父として息子を案じる目をしている。イグナーの肩が少し軽くなった笑顔を見て、胸の奥で安堵が広がる。

「……よかった。」

その時、低い声が響いた。

「静まれ。」

炎が一瞬で揺れ、精霊たちがぴたりと動きを止める。壁に映る影…火精霊王イグニスが立っていた。紅蓮の瞳が精霊たちを射抜く。

「お前たち、騒ぎすぎだ。炎は戯れではない。命を灯すものだ。」

精霊たちは小さく震え、「ご、ごめんなさいイグニス様……」「ちょっと元気づけたかっただけで……」と声をそろえる。

イグニスはしばし沈黙し、ゆっくりと視線を扉へ向けた。

「覗くなら、堂々と入れ。ヴァル。」

扉の隙間で息を呑む音がした。ヴァルは観念したように扉を開け、静かに部屋へ入る。炎の光が彼の顔を照らし、その瞳には父としての複雑な感情が宿っていた。

ヴァルは静かにイグナーの肩に手を置き、炎の光に照らされた息子を見つめながら、低く穏やかな声で言った。

「……イグナー。お前が笑っている顔を見られて、私は救われた。だが、無理はするな。使命は重い……それでも、お前ならきっとできる。炎は怒りではない。命を灯すものだ。お前の炎は、誰かを傷つけるためではなく、守るためにある。」

イグナーは目を伏せ、胸の紋章に触れる。その指先が震えているのを見て、ヴァルはさらに言葉を重ねた。

「私は剣で国を守ってきた。だが、お前は理で世界を繋ぐ。恐れるな。お前の炎は、私の剣より強い。……父として、王として、イグナーお前を私は信じている。」

炎が静かに揺れ、精霊たちが小さく「いいこと言ったー!」と囁く。イグナーの瞳に、決意の光が宿った。

イグニスが低く笑った。

「よくやった。炎の紋章が揺れたのは、ヴァルとお前達のおかげだ。」

精霊たちは一斉に「やったー!」と歓声を上げ、炎の花をぱっと散らした。イグナーは深く息を吸い、精霊たちの光を見つめる。

「……ありがとう。僕、やってみるよ。」

「やったー!」「イグナー、ファイト!」「炎の力、全開だー!」

炎が静かに揺れ、夜は優しい赤に染まった。

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