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僕はメデル〜" "にはなりません〜  作者: はるかかなえ


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55/71

55旅―冒険者(まだサレム国)35

朝靄が薄れゆく古城、リシュベルトの庭園は、露に濡れたバラが一段と輝きを増していた。かすかに鳥のさえずりが聞こえ、遠くの森からは清らかな水の流れが聞こえてくる。ふよふよと宙を漂うメデルの喜びの声が響き渡る。


「朝日様、おはよー!花の精霊さんたち、こんなに綺麗な花を咲かせてくれてありがとう!素敵だね!風の精霊さんたちも、気持ちいいそよ風を運んでくれてありがとう!」


メデルは、くるくると宙を舞いながら、一輪の真紅のバラにそっと触れる。すると、花びらの奥から、きらきらと光る小さな粒子が舞い上がり、メデルの周りをぐるぐると踊り始めた。それはまるで、花の精霊たちがメデルの挨拶に応えているかのようだった。


「木の精霊さんたちの葉のささやき、とっても癒やされるよ!ありがとう!火の精霊さんたちも、暖かい暖炉をぽかぽかにしてくれてありがとう!精霊さんたち、おはよー!」


メデルが感謝の言葉を口にするたび、庭園の木々がざわめき、暖炉のある城の窓からは、ゆらゆらと白い煙が立ち上るのが見えた。全てがメデルの純粋な心に応えているかのようだ。

しかし、その喜びのあまり、メデルはどんどん宙へと浮き上がっていく。まるで風船のように、今にも古城の屋根を越えてしまいそうだ。

「メデル、浮きすぎだよ!」


呆れたような、しかし優しい声が響いた。スーッと音もなく、ブランデットお兄様が飛んできて、メデルの柔らかい髪に触れる。その指先が触れた途端、メデルはふわりと地面へと引き寄せられた。

メデルは、へへへと笑いながら、ブランデットお兄様を見上げた。

「ありがとうです、お兄様!危なかったぁ。またフーマに怒られる。」

ブランデットは、まだ少し乱れた金色の髪を指で梳かしながら、にこりと微笑んだ。朝日に照らされたその髪は、まるで金糸のようにキラキラと輝いている。

「今日も元気だね、メデル。お行儀よくしてないと、おやつ抜きにするよ?」

「えーっ!そんなー!」

メデルは唇を尖らせたが、すぐにブランデットの髪に気づき、瞳を輝かせた。

「お兄様、今日はまだ髪を結ってないのですね!サラサラでキラキラしてて、とっても格好良いです!僕も伸ばそうかなぁ〜!」

ブランデットは、自分の髪に触れ、少し照れたように言った。

「ああ、少し寝坊しちゃってね。でも、メデルが伸ばすのはどうかな?きっとどこかに引っかかって、大変なことになるよ。」

「うーん…たしかに、花の蜜を集める時に邪魔になっちゃうかも…」

メデルは、自分の短い銀色の髪を触りながら、少し残念そうに呟いた。しかし、すぐにまた顔を輝かせた。

「じゃあ、お兄様が僕の分も長くて綺麗な髪でいてください!今日はクルル達が来るまで、ずっと触らせてくださいね!」

ブランデットは、やれやれといった表情で肩をすくめたが、その口元には優しい笑みが浮かんでいた。

「全く、甘えん坊だね。いいだろう。だが、あまり引っ張るなよ?」

「わーい!ありがとうございます、お兄様!」

メデルは、嬉しそうにブランデットのそばに寄り添い、その輝く髪にそっと触れた。朝の光が二人を優しく包み込み、古城の庭園には、精霊たちの祝福のような静かな時間が流れていた。


昨日はぽかぽかで暖かかったのに今日は、古城の宿を雪が寒さを増している。庭園は一面の銀世界に変わり、古木には白い花が咲いたように雪が積もる。澄み切った空気は肌を刺すけれど、城の中の暖炉はいつでもパチパチと音を立てて燃え、心まで温めてくれる。

朝、メデルは城の大きな窓辺にたたずみ、はらはらと舞い落ちる雪を眺めていた。吐く息は白く、その小さな手には丁寧に編まれた毛糸の手袋がはめられている。


「冬の精霊さんたち、おはよう!今日も綺麗な雪をありがとう。お庭が真っ白で、まるで砂糖菓子みたいだね!」

ふよふよと窓枠ギリギリの高さで浮きながら、メデルは雪景色に向かって話しかける。花の精霊たちはもう眠りについているけれど、冬には冬の精霊がいることをメデルは知っている。

その時、背後から温かい香りが漂ってきた。

「メデル、ここにいたのか。体が冷えるだろう、温かいミルクを淹れたよ。」


ブランデットお兄様が、湯気の立つマグカップを手にメデルの隣に立つ。彼の髪は、先日メデルが触らせてもらったときのように、今はきちんとひとつに結ばれている。城の静かな朝に、ミルクの甘い香りが優しく広がる。


「わぁ、ミルク!ブランデットお兄様、ありがとう!」 メデルはくるりと振り返ると、ブランデットの手からマグカップを受け取る。両手で包み込むと、じんわりと温かさが伝わってくる。


「お兄様、雪って、冬の精霊さんの涙なのかな?綺麗だけど、なんだか少し切ない匂いがする気がするんだ。」


メデルはミルクを一口飲むと、再び窓の外へと目を向けた。ブランデットはそんなメデルの頭を優しく撫でる。


「涙、か。そうかもしれないな。だが、それは悲しい涙ばかりじゃない。雪が大地を覆い、休ませることで、春にはまた豊かな恵みをもたらしてくれる。精霊たちは、次の季節への準備をしているのかもしれない。」


ブランデットの言葉に、メデルはなるほど、と小さく頷いた。雪が降るだけではない、その奥にある精霊たちの働きを想像しているようだ。

「じゃあ、冬の精霊さんたちは、春の準備をしているんだね!すごいな!僕も何かお手伝いできるかな?」 メデルは顔を輝かせ、窓ガラス越しに手のひらを雪に向ける。まるで、雪の精霊たちに語りかけるかのように。

「そうだな。メデルが元気で、冬の寒さに負けずに笑っていることが、一番のお手伝いじゃないかな。君の笑顔は、皆を明るくする陽だまりのようなものだから。」

ブランデットの言葉に、メデルははにかむようににっこり笑った。

「少し外に出て良いですか?」

「う〜ん。今日は寒いから本当に少しだけだよ?私と一緒なら。」

「やったー!!ありがとうございます♪お兄様!」

朝日に照らされた雪景色も、ブランデットの温かい言葉も、そしてミルクの温度も、すべてがメデルの心に優しく染み渡る冬の朝だった。


古城の宿リシュベルト城の噂は、遠く離れた地にも届いていた。特に、「運が良ければ精霊様に会える」という言葉は、神秘的なものに惹かれる人々の心を捉えて離しません。ある早朝、子爵一家がその噂の真偽を確かめるべく、リシュベルト城に滞在していた。


子爵一家が目覚めたのは、まだ夜明け前の薄明かりの中。子爵夫人アンジェリアは、好奇心旺盛な娘のリーゼと、少し夢見がちな息子のアレンに引きずられるように、まだ冷たい空気の残る庭へと誘われました。夫である子爵は、普段は格式ばった言動を好むものの、この日の朝だけは、家族のささやかな冒険に静かに付き添っていた。

「全く、君たちは……」と口にはしても、その表情にはかすかな期待の色が浮かんでいるかのようでした。


庭園は前夜に降った雪で、白い絨毯が敷き詰められたかのよう。歩くたびに「キュッ、キュッ」と雪が鳴き、その音だけが静寂を破ります。空気は澄み渡り、遠くにそびえる山々は水墨画のように霞んで見え。肌を刺すような冷気の中に、なぜか清らかな、そして甘やかな香りが漂っているように感じられた。


その時、東の空が少しずつ色づき始め、白銀の世界に淡いピンクとオレンジのグラデーションが広がり始めました。その神聖な光景にリーゼとアレンが息をのんだ瞬間、信じられない光景が目の前に広がった。


庭園の奥、凍てつく池のほとりに、無数の小さな光が瞬き始めました。それはまるで、砕けたダイヤモンドが宙を舞っているかのよう。そしてその光の中心に、二つの人影が浮かんでいたのです。


一人は、夜の闇を映したかのように黒色の髪を輝かせ、白い肌が朝日に透けるほどの少年。彼はふわりふわりと宙を舞い、時には雪の上を滑るように、またある時には水面をなぞるように軽やかに動きます。その小さな唇が何かを紡ぐたびに、彼の周りを舞う光の粒子は一層輝きを増し、まるで星屑が彼の言葉に呼応しているかのよう。

リーゼはその光景に完全に心を奪われ、震える声で囁きました。 「見て、お母様!あの子……まるで天使みたい!」


もう一人は、少年より背が高く、まるで彫刻のように精悍な美しさを持つ青年でした。朝日に照らされた銀青色の髪は、まるで溶けた白銀のように輝き、彼の纏う深緑色のローブは、雪景色の中で一段と鮮やかに映えます。彼は優しい眼差しで少年を見守り、少年があまりに高く浮き上がろうとすると、すっと手を伸ばし、まるで羽根のない天使を地上へと誘うように、優雅な仕草で引き戻すのです。


「フフ……、今日は一段と空と仲良しになりたいようだね。あまり高く飛びすぎると、朝食のミルクが冷めてしまうよ。」 青年の声は、澄んだ鈴の音のように響き渡り、冷たいはずの冬の朝の空気を、そっと温めるかのようでした。彼の声には、深い愛情と、どこか超越した響きがありました。


少年は、へへっと笑いながら青年の袖を掴みました。 「お兄様、雪の精霊さんに、この白い世界に感謝を伝えていたんだ!とっても気持ちよくて、僕も空に舞い上がりたくなっちゃったの!」


その光景は、あまりにも幻想的で、子爵一家は言葉を失いました。彼らの目に映るのは、まるで絵画から抜け出してきたかのような、人ならざる美しさを持った二人。その動き一つ一つに無駄がなく、流れるような優雅さがあり、彼らが人間であるというよりも、神話の中に生きる存在、あるいは天界から降り立った「女神の使者」と表現するのがふさわしい、と誰もが感じた。


子爵夫人アンジェリアは、そっと夫の手を握りました。 「やはり、この城の噂は本当だったのね……精霊様にお目にかかれただけではなく、まさか女神様に仕える天使たちまで……。」

アレンもまた、その神秘的な光景に心を奪われていました。 「お父様、彼らはきっと、おとぎ話に出てくる天使様だよ。人間には、あんなに美しくて優しい動きはできないよ。」

普段は眉一つ動かさない子爵も、この時ばかりは何も言わず、ただその光景をじっと見つめていました。彼の瞳は、日頃の厳しさを忘れ、まるで少年のような純粋な輝きを宿していたのです。彼らは精霊に会うことを願ってリシュベルト城を訪れましたが、目の当たりにしたのは、それ以上に不可思議で、そして何よりも美しい、生きた神秘そのものでした。古城リシュベルトの冬の朝は、子爵一家にとって、生涯忘れ得ぬ、神聖なる体験となった。


リシュベルト城での冬の朝から戻った子爵一家は、それまでの生活とは全く異なる価値観を持つようになった。特に、子爵と特に、子爵夫人アンジェリアの感受性は、その美しさに深く影響を受けた。


子爵は、それまで貴族の格式や財産、家格を重んじる、どちらかというと現実的で堅物な人物だったが、リシュベルト城で「女神の使者」と精霊たちの姿を目撃して以来、彼は目に見えない美しさや心の豊かさに価値を見出すようになった。

領地経営においても、単なる効率や利益追求だけでなく、自然との調和や、領民一人ひとりの幸福を重視するようになった。

例えば、春には領地内の森に花を植える活動を始めたり、秋の収穫祭では、領民と共に自然の恵みに感謝する儀式を取り入れた。

冷徹だった彼の表情は、以前よりもずっと穏やかになり、息子のアレンや娘のリーゼとの会話にも、以前はなかった心の通った温かさが感じられるようになった。ある日の夕食時、子爵は家族に語りかけました。 「あの朝、私が目にした光は、人生にはもっと大切なものがあるのだと教えてくれた。ただ富を蓄え、家名を高めるだけが貴族の務めではない。心の目を大きく開けば、この世界には、まだ見ぬ美しさや、精霊たちの囁きに満ちているのだと……」


夫の言葉を聞きアンジェリアは自分の心も、あの朝の光景が離れることがないと思った。特に、闇色の髪を輝かせ宙を舞う少年の姿と、彼を優しく導く銀青色の髪の青年の姿は、鮮明な色彩と温かい光を伴って、彼女の心に焼き付いて残った。

ある日、アンジェリアは自室の画板に向かい、絵筆を握りました。貴族夫人としての務めや、社交界のしきたりに縛られていた彼女が、絵を描くのは何年ぶりかのことでした。

「アンジェリア、一体、何をそんなに熱心に…?」

夫である子爵が、心配そうに声をかけました。彼は、リシュベルト城から戻って以来、アンジェリアが以前にも増して物思いにふけることが多くなったのを気にかけた。

アンジェリアは、振り返らずに答えました。「あなた、覚えていらっしゃるでしょう? あの朝、凍てつく池のほとりで私たちが目にしたものを。あれは、ただの幻ではなかった。あれは、まさしくこの世の理を超えた、神聖な光景でしたの。」


彼女の絵筆は、キャンバスの上を迷いなく滑っていきます。銀色の雪景色の中に、無数の光の粒子が舞い、その中心で、闇色の髪の少年と銀青色の髪の青年が、まるで踊るように存在していました。少年の表情は純粋な喜びで満ち、青年は穏やかな眼差しで彼を見守っています。


「あの時の、あの光…あの柔らかな気配…私が、何とかしてこの世に留めておきたいと願わずにはいられないのよ。精霊たちと、あの女神の使者たちの姿を…」


彼女が絵を完成させたとき、そこには、子爵一家が見たままの光景が、いや、それ以上に生命力に満ちた精霊たちの世界が広がっていました。舞い散る雪の一つ一つが輝きを放ち、空気中に漂う光の粒子は、見る者の心を癒すかのように優しく瞬いていた。


アンジェリアの絵は、当初、家族の間だけで大切にされていましたが、子爵家の夜会で、公爵様に彼女がこの絵を披露したことから、大きな話題を呼びました。


「おお、これは…! まるで絵の中から精霊たちが囁きかけてくるようだ!」

「本当に、リシュベルト城で精霊に会われたのですか? 信じられない…しかし、この絵が雄弁に物語っている…」


絵を見た貴族たちは、感嘆の声を上げました。その絵は、単なる風景画ではなく、リシュベルト城の冬の朝に息づく生命の神秘を、まざまざと描き出していたのです。

やがて、その絵は瞬く間に社交界の話題となり、「リシュベルト城は本当に精霊が住まう場所である」という噂は、子爵一家の体験談とアンジェリアの絵によって、確固たる真実として広まっていきました。

そして、子爵一家は、あの神秘的な光景を目撃し、その真実を世に知らしめた「精霊の庇護を受けた家族」として、周囲から特別な眼差しを向けられるようになりました。本当に何故か彼らの領地で育つ作物は豊作が続き、かつては不毛だった土地にまで花が咲き乱れるようになったのです。


リーゼとアレンもまた、その影響を受けていました。

「お兄様、今日の庭園は、まるで絵の中のようね!」リーゼが、庭で咲き始めた小さな白い花を指差しました。


アレンは頷きながら、手帳に何かを書き留めています。「うん。天使様が言っていた、春の精霊たちが活動を始めた証拠だろう。冬の精霊たちが休んだ分、頑張っているみたいだ。」


彼らは、リシュベルト城での体験を共有する者として、これまで以上に強い絆で結ばれていました。彼らの会話には、精霊たちの存在が当たり前のように登場し、周囲の子供たちも、熱心にその話に耳を傾けるようになりました。


子爵一家は、かつてのような格式ばった貴族社会の枠に囚われることなく、自然や精霊たちとの繋がりに心の豊かさを見出す、新しい時代の貴族へと変貌を遂げていったのです。


子爵一家がリシュベルト城での体験から戻ってきて数年が経ちました。彼らの生活は以前とは大きく異なり、その変化は領地全体に良い影響を与えています。子爵領は年々豊かになり、人々は彼らを「精霊に愛された家族」と呼ぶようになった。


子爵は、以前のような厳格な表情ではなく、柔らかな笑顔で領民たちと接するようになりました。彼は、精霊の存在を信じること、そして自然を大切にすることの重要性を、領民たちに穏やかに説きました。

「この豊かな恵みは、私たち人間だけの力で得られるものではない。大地と水、そして風の中に宿る精霊たちの、慈愛に満ちた贈り物なのだ。だからこそ、私たちはその恵みに感謝し、敬意を払わねばならない。」


子爵の言葉は、領民たちの心に深く響きました。かつては形式的だった収穫祭も、今では心からの感謝が捧げられる、より生き生きとした祝祭へと変わっています。

一方、アンジェリア夫人が描いた精霊の絵は、国中の評判となり、彼女の元には多くの貴族や芸術家が訪れるようになりました。彼女は、絵を通じてリシュベルト城で体験した神秘を語り、人々に精霊たちの存在、そして自然の尊さを伝えた。

アンジェリア夫人がリシュベルト城の体験を描き上げた絵画は、瞬く間に国中の貴族たちの間で話題となり、その絵は、銀色の雪景色の中に無数の光が舞い、闇色の髪の少年と銀青色の髪の青年が、まるで精霊たちとともに踊るように存在している姿を、まるで生きているかのように鮮やかに捉えていた。公爵夫人がその絵を前に感嘆の息を漏らした日、アンジェリアは微笑んで答えます。 「あれは、私が見たそのままを描いただけですわ。ただ、心を落ち着け、精霊たちの囁きに耳を傾けた結果かと。」 しかし、その鮮明な絵を描き上げて以来、アンジェリアが筆を執るたびに、彼女の描く精霊や「女神の使者」たちの姿は、以前よりも淡く、あるいはかろうじてその輪郭を捉える程度にしか表現できなくなっていました。数々の貴族や芸術家が、その鮮やかさの秘密を尋ねましたが、彼女はただ静かに微笑むだけでした。 「どうやら、女神様が一度きりの真実を私に委ね、それを超える写実を許さないのでしょう。精霊たちの本質は、人の形では捉えきれない、もっと繊細な光なのかもしれません。」 彼女はそう呟き、その淡い筆致で描かれた絵画もまた、見る者の想像力をかき立て、神秘への憧れを一層深くする効果をもたらした。その絵画は、リシュベルト城の神秘の代名詞となり、アンジェリア夫人は「精霊を描く画家」として、その名を後世に残すことになる。


アレンは、リシュベルト城での体験をきっかけに、精霊や神秘に関する知識を深めるべく、日夜、古文書や伝説を研究し精霊の声や姿が見える様になり彼は、やがてその国の歴史や文化に精通する学者として、広く知られる様になり。彼の知識は、領地の発展だけでなく、人々の精神的な支えとしても重要な役割を果たすことになる。

「父上、この地の水脈は精霊たちの嘆きを宿しています。過剰な伐採が、彼らの住処を奪っているのです。もしそのままにすれば、数年後にはこの川は涸れ、多くの作物が育たなくなるでしょう。」 アレンが子爵に進言すると、子爵はその言葉を真摯に受け止め、すぐに伐採量の制限と植林計画を命じました。かつての彼ならデータと統計に基づいた判断をしたでしょうが、今は、アレンが精霊から得た情報こそが、未来を予知する貴重な「神託」だと信じて。


一方、リーゼはリシュベルト城での体験をきっかけに精霊の声や姿が見えていたため、精霊たちにとって特別な存在であり、彼女から発せられる癒やしの光は、触れた人々の心身を穏やかにした。人々は彼女を「聖女リーゼ」と呼び、熱病に苦しむ者、心の傷を負った者が、彼女の元を訪れるようになりました。精霊たちはリーゼを通じて、癒しの薬草の場所を教え、あるいは心の平安をもたらす歌をささやいた。

成人の期に、リーゼは神殿に入ることを望んだが、精霊たちは子爵家全員に啓示を降ろしました。「リーゼは神殿ではなく、国に仕え、広く人々の心を癒やし、導くべきである」と。この啓示は、国王の耳にも届き、リーゼは若くして国の「精霊大使」という特別な役職に任命されることになります。彼女は王宮に居ながらも、定期的に領地を訪れ、悩める人々に寄り添い、精霊たちのメッセージを伝え続けた。


子爵一家の活動は、国中に大きな影響を与え。それまでの信仰が儀式的だったのに対し、人々は精霊の存在をより身近に感じ、生活の中に自然と感謝の心を抱くようになった。


収穫祭や春の訪れを祝う祭りは、精霊への感謝を捧げる色合いが濃くなり、人々は森や川の精霊を象徴する飾り付けをしたり、精霊への歌を捧げたりするようになり、新しい建物は、精霊が宿りやすいように自然の素材を多く使い、庭園は精霊が訪れるとされる場所として、人々が瞑想できるよう設計されるようになり、アンジェリア夫人の絵画は、精霊芸術の新たな潮流を生み出し、多くの芸術家が自然の神秘を描くようになり、

学校では、精霊についての教えが新しい科目として導入され、子供たちは自然を敬う心と、精霊と共に生きる智慧を学びました。これは後の世代に大きな影響を与え、彼らの国は、自然と調和した豊かな社会を築いていくことになります。

かつてのリシュベルト城での、あの冬の朝の出会いは、子爵一家にとってのみならず、国全体にとっての大きな転機となりました。彼らは単なる貴族ではなく、精霊と人間、そして自然を結びつけるかけがえのない存在として、サレム国の歴史にその名を刻んでいくことになった。

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