54旅―冒険者(まだサレム国)34
前夜一行から離れた聖なる地、黄金の池の小さな火口近くでは、手のひらに乗るほどの小さな火竜の赤ちゃんが、誕生した。
黄金の池で聖竜が産声を上げたその瞬間、世界は静かに、けれど確かに変容を始めた。
火口の底から湧き上がる光が最高潮に達し、神々しい輝きが夜闇を切り裂いた刹那、遥か遠く、サレム国の広大な大地全土を覆う天空の結界が、さざ波のように揺らめいた。その中心には、まるで大いなる心臓が鼓動するかのように、黄金色の輝きが増していく。
人々はまだ深い眠りの中にあり、この壮大な出来事を直接知る由もない。ただ、空気の澄み切った清々しさに、誰もが心もち眉をひそめた。いつもは視界を遮る微かな霞が、まるで魔法にかかったかのように消え失せ、遠くの山並みや、星々の瞬きさえもが、手の届くほど近くに感じられたのだ。街灯の光は、今まで以上に輝きを増し、夜空は、深みを増した紺碧の絨毯へと姿を変えた。
「こんなに空気が澄んだのは初めてだ……」マルコが呟いた。まるで、どこか遠い場所から呼び覚まされたかのような、心地よい静寂が森を包んでいた。
ブランデットは静かに目を閉じ、深く息を吸い込む。そして、ゆっくりと目を開き、つぶやくように言った。「歪みが糺された……?この感じ……」
その言葉に、メデルが首を傾げる。「え?ブランデットにありがとうって言われた?なんで?」彼にはまだ、その真意が理解できない。
ルククはただ、その絶景に見惚れていた。「……綺麗」と、純粋な瞳で空を見上げていた。
ケルビスは、メデルの言葉と、この清々しい空気を交互に感じ取り、ふと顔を上げた。「メデルたちの癒やしが今頃……?」
まるで、彼らがもたらす癒やしの力が、今になって世界に大きな変化をもたらしたかのような錯覚に陥る。
すると、今まで静かに揺られていたケルメデスアールが、ゆっくりと目を開き、その深く賢明な瞳で一同を見渡した。
「導く者、調和者、使者……彼らはやはり……聖者様か」
ケルメデスアールの声は、どこか遠く、幻想的な響きを帯びていた。人間には知り得ぬ、世界の根源に触れるような深い意味が込められているかのように。
その時、銀狼のフーマは、ピクリと耳を動かした。長く伸びた鼻を大きく広げ、周囲の空気を深く吸い込む。尾の毛先が微かに逆立ち、全身の毛並みが一瞬、ざわめくように揺れた。彼の全身が、この世界に起きた大きな変化を、獣としての本能で感じ取っていたのだ。
「……これは……聖獣が……誕生した、のか……?」
フーマの低い声が森に響き、一同は驚きに目を見開いた。
ケルビスが目を細めて、遠くの景色を眺める。「俺の目にも、いつもより遠くまで見える。いや、単に目が覚めただけじゃない、なんだか…こう、世界がクッキリしているというか、そしてこの清浄な気配……フーマの言う通り、何か聖なるものがこの世界に現れたのかもしれない」
メデルは静かに目を閉じ、周囲の精霊たちの気配に意識を集中させる。彼の耳には、微かな精霊たちのさざめきが、昨日よりもずっとクリアに聞こえてくるようだった。
「精霊たちの声が、なんだか…嬉しそう。それに、とても力強くなってる」
皆の言葉を聞き、ブランデットは静かに微笑んだ。「うん。おそらく、サレム国の結界が強まったのかもしれないね。誰かが、この森に大きな変化をもたらしたようだ」
彼の言葉に、一行は目を見合わせた。人間には知覚できないはずの結界の変化を、彼らは感覚として捉えていたのだ。それは、この旅がただの冒険ではないことを、改めて彼らに教えているようだった。
各夜番の門衛兵達は、思わず空を見上げ呟いた。
「光が走った様に空気が澄んでいる。何かあったのだろうか?」彼の吐く白い息が、澄み切った夜気に吸い込まれていく。深々と冷え込んだ夜にもかかわらず、その身を包む風はどこか温かく、心地よい微粒子を運んでいた。
結界の強化は、聖竜の生まれたばかりの魔力が、大地の奥深くに眠る古き竜脈と共鳴した証だった。それは、サレム国を幾世代にもわたり守り抜いてきた先人たちの祈りであり、大地そのものの生命力。聖竜の誕生という奇跡が、その古の力を呼び覚まし、結界をかつてないほど強固なものへと再構築していったのだ。
しかし、この変化は単なる物理的なものではなかった。目に見えない魔力の奔流は、人々の意識の奥底にも静かに浸透していく。争いを好み、欲に囚われがちだった者たちの心に、微かな安らぎと調和のさざめきをもたらした。人々は理由もなく、心穏やかになり、隣人への小さな優しさを思い出す。街には、普段よりも多くの笑顔が溢れ、子供たちの笑い声が軽やかに響き渡った。
この穏やかな空気の変化が、聖竜の誕生と結界の強化によるものだと知る者はまだ誰もいない。だが、確かなのは、聖竜の第一声を合図に、サレム国とその地に生きるすべてが、優しく、そして力強い光に包まれ始めているということだった。その光は、まるで新しい時代の幕開けを告げるかのように、静かに、そして悠然と広がっていく。
夜が明けると共に、外路脇の木々はゆっくりとその表情を変え始めた。柔らかな朝の光が木々の間から差し込み、夜露に濡れた葉がき鳥たちのさえずりが目覚めの合図のように響き渡り、やがて初日に花の小人が作ってくれた蔓のハンモックのそばで、透明な光の粒がふわりと現れた。それは、小さな水の精霊。毎日朝に水を出してくれている。水の精霊は、くるくると舞いながら、琥珀色の小さな水差しを差し出し清らかな水がなみなみと注がれたそれを見て、メデルが声をあげる。
「えへへへ(笑)、毎日ありがとう、水の精霊さん!」
メデルの無邪気な問いかけに、ブランデットは優しい笑顔で言う。
「精霊は、メデルの気持ちに応えてくれているみたいだね!ほら、顔を洗ってごらん、今日も旅の疲れがとれるよ」
メデルは丁寧にそれを受け取ると、ひんやりとした水で顔を洗った。爽やかな水の感触に、昨夜の疲れがスーッと引いていくようだ。ルククも他の皆も、次々と精霊の差し出す水で顔を洗い、眠気を覚ましていく。
顔を洗い終えると、一行は昨夜休んだ蔓のハンモックをたたんだ。
マルコの近くに目をやると、そこには見慣れた小さなかまどが据えられている。昨日も土の小人が用意してくれたものかなぁ(笑)
「んー、いい匂い!」
マルコが手際よく大きな鍋で何かを煮込んでいる。湯気とともに漂ってくるのは、香ばしい野菜と肉の匂い。すっかり目が覚めたメデルが、嬉しそうに駆け寄った。
「マルコ、これキノコ?すっごく美味しそうな匂い!」
「おお、メデル、おはようさん! これは、小人達からの贈り物森のキノコ!と干し肉のスープだ。体が温まるぞ」
「え?小人さんから貰ったの?」
「あぁ!この辺はもう国境に近いからキノコなんぞ取れない。夜フーマと話している時大きな葉に沢山キノコのせて出て来たんで貰って良い聞いたらめちゃ頷いたから貰った(笑)だから今日は具沢山スープだ!」
マルコはにっこり笑い、木べらで鍋の中をかき混ぜながら、ルククの方を向いた。
「ルクク、お前も手伝えよ! パンを温めるんだ!」
「はーい」
フーマも静かにその様子を見守っている。
「昨日の小人達は、気の利く奴らだったなぁ。胡椒の実や大蒜など薬味まで用意してくれるとは」
「まったくだ! おかげで朝から温かい美味い飯にありつける」
マルコが豪快に笑いながら、パンが入った魔法の鞄を取り出した。
「ささ、みんな! 焼きたてのパンもあるぞ!」
フーマは眉間にしわを寄せ、「このパン、大量に買い込んだな。食べきれるのか?」と呆れたように言った。
「大丈夫ですよ、フーマさん! 旅の途中で減りますって!」
ルククが元気いっぱいに答え、焼きたてのパンだけど少し火の魔法で焼いてメデルに差し出した。
「メデル、熱いから気をつけて! ふかふかだよ!」
メデルはキラキラした目でパンを受け取り、小さくかじりつく。皆で温かいスープとパンを囲み、焚き火の周りには穏やかな時間が流れた。
朝食の片付けを終え、一行は再び旅の準備を整えた。
「さあ、皆。出発の準備は良い? 今日も一日、気を引き締め、無事に旅を続けよう」
ブランデットの声が、朝日に響き渡る。疲れが癒え、新たな活力が漲る朝。
「だな、今日か明日には国境の街リスインに着くはずだ、2・3日程いる予定だから着いたら体洗って酒呑みたいな(笑)」
フーマが耳を動かして尾を揺らしながらゆっくり歩きながら呟く。
マルコも後ろから大きな声で笑いながら言う
「賛成俺も呑みたい(笑)」
笑いながら皆で足を進める。聖竜が生まれたことでサレム国の結界が強まったことは、空気と視界が晴れたことでしか感じられないとはいえ、この世界に大きな影響を与えていることに間違いない。
外路樹の奥から、不穏な空気が張り詰める。その気配を真っ先に察知したのは、鋭い五感を持つフーマだった。彼の耳に届いたのは、地面を這うような低い唸り声。警戒の声を上げたその瞬間、茂みを突き破り現れたのは、血走った瞳と荒々しい毛皮を持つ20頭もの巨大な狼の群れだった。飢えに満ちた獰猛なオーラが、一瞬にして周囲の空気を凍りつかせる。
「くそっ、厄介な相手だ!」
ケルビスが短く叫び、すぐさま身構える。長年培ってきた戦いの経験が、彼に最悪の状況を告げていた。
しかし、群れの出現にも関わらず、マルコは驚くほど冷静だった。彼の青い瞳は、狼たちの動きを正確に捉えている。
「毛皮が欲しいな・・・命と引き換えだ」マルコが低い声で呟くと、その右手が掲げた剣が鈍い光を放ち始める。神聖な輝きを帯びた刃は、まるで彼の意志を宿しているかのようだ。
「かかってこい!」 マルコの言葉と共に、剣が風を切り裂き、群れの先頭を行く一頭の狼の頭を正確に捉え、一撃で沈めた。その圧倒的な一撃に、狼たちはわずかにたじろいだように見えたが、次の瞬間には獲物を奪い合うかのように激しく咆哮を上げ、再び一斉に襲いかかってきた。
ケルメデスアールは、剣を構え、狼たちの猛烈な突進を受け止めた。彼は古の騎士が如く、一切の動揺を見せず、その鋭い眼光は群れの動きの一切を見逃さない。 「マルコ、側面を頼む!フーマ、前衛を維持しろ!」ケルメデスアールが冷静に指示を飛ばす。 フーマは大きく吠え、その強力な体躯で群れの先頭に立ちはだかる。鋭い牙と剣が、次々と襲い来る狼たちを牽制し、仲間たちへの被害を最小限に抑えていた。 「マルコ! お祖父様! 無茶をしないでください!」ケルビスが叫び、素早い動きで狼の一頭に剣を突き立てる。
ブランデットは静かに目を閉じ、呪文を唱え始める。彼の指先から放たれる清らかな光は、彼が生み出す魔法が回復なのか攻撃なのか、その意図を読み取る間もなく、彼の周囲に魔力の波動が満ちていく。 「ブランデット、準備はいいか!?」ケルビスが狼をなぎ払いながら叫ぶ。 「まもなく!」ブランデットの返事と同時に、彼の身体から放たれた光が、仲間たちの傷を癒し、疲弊した身体に活力を与え始める。同時に、その光は狼たちを怯ませ、わずかながら群れの猛攻を緩ませる効果も持っていた。
その間、後方ではルククとメデルがしっかりと手を繋ぎ、精霊たちの気配を感じ取ることに集中していた。彼らの幼い心が紡ぎ出す純粋な願いは、目に見えない光となって仲間たちを包み込み、精霊たちの力を借りてブランデットの魔法をさらに増幅させていた。 「みんな、頑張って…!」ルククが小さな声で祈る。
街が近いにもかかわらず、これほどの狼の群れが襲ってくるのは異常な事態だった。聖竜の誕生によってもたらされた、空気の清浄化とは裏腹に、世界にはまだ見えない歪みが最後の力を込めて襲いかかっているのかもしれない。彼らの旅は、思いがけない困難に見舞われながらも、さらに深く、そして強く、絆を育んでいくことだろう。この戦いの先に何が待っているのか、彼らはまだ知る由もないが、確かなのは、この仲間たちとならどんな困難も乗り越えられるという強い信頼と、互いを守り抜くという固い決意だった。
狼の討伐を終え毛皮と牙爪肉を採取し、一行は国境の街リスインへと向かう道を歩き始めた。マルコとフーマが、昨日の続きのように旅の途中で飲む酒の話で盛り上がっている。ブランデット、ルクク、メデル、ケルビス、ケルメデスアールもそれぞれのペースで歩みを進める。聖竜の誕生によってもたらされた空気の清浄化は、彼らの心にも静かな安らぎを与えているようだった。
リスインの街の入り口に近づくと、彼らの前にはすでに長い列ができていた。内門へと続く道は、様々な旅人や商人たちでごった返している。見慣れない土地の言葉が飛び交い、人々の熱気が混じり合った独特の匂いが、彼らを包み込んだ。マルコは、その雑踏の中で目を輝かせ、早くも次の酒と肴に思いを馳せているようだ。フーマは、警戒を怠らず周囲の気配を探っている。
一行は列の最後尾に加わり、ゆっくりと進む門を見上げた。高くそびえる石造りの門は、幾多の歴史を物語るかのように重厚な雰囲気を漂わせている。門の向こうには、活気あふれる街の様子が垣間見え、彼らの旅の疲れを一瞬忘れさせるほどの期待感を抱かせた。ケルメデスアールは、ふと遠い目をしながら、この街の歴史について何かを考えているようだ。
彼らの後ろには、荷馬車を連れた隊商が並んでいた。隊商の頭らしき男が、仲間と身振り手振りで話をしているのが聞こえる。「まったく、このところ妙に空気が澄んでいるな。おかげで星がよく見えるのはありがたいが、商売の勘が狂いそうだ」。男はそう言って、深くため息をついた。彼の言葉は、この世界に起きた変化が、人々の生活に様々な影響を与えていることを示唆していた。ブランデットは、その言葉に静かに耳を傾けている。
メデルは、隊商の男たちの話を聞きながら、そっとルククの手を握った。「ねぇ、ルクク。この人たちも、空気がきれいになったって言ってるよ。やっぱり、聖竜様のおかげかな?」メデルの純粋な疑問に、ルククはただニコリと微笑むだけだった。彼らの幼い感受性は、世界の変化を誰よりも敏感に受け止めている。
やがて一行の番が回ってきた。門番は、彼らの身なりを一瞥し、重々しい声で尋ねた。「お前たち、どこから来た?そして、この街で何をするつもりだ?」。フーマが代表して前に進み出て答える。ケルビス達の表情には、狼の群れとの戦いを乗り越えた自信が漲っている。
「俺銀狼の国へ向かう者だ。帝国からの証明書はこれだ。」
フーマが渡したのは、大事な印が押してある紙の巻物だ。門番は巻物を丁寧に見せてもらって、中身を読んでみたら、顔がちょっと優しくなったんだ。
「おぉ、貴族のお子様の初めての冒険だなぁ〜帝国からかー(笑)凄いですね!Aランクの冒険者の護衛ってヤバイね(笑)国境門は入って大通りを超えた先にある西門だよ!まぁ何日かはこの街で休みなよ。」
門番はそう言うと、大きな門の横にある小さな戸を開けて、みんなを中に入れてくれた。昼過ぎの街は賑わっているやはり国境の街だ。
古城の宿で
リスインの活気あふれる通りを抜け、一行がたどり着いたのは、高くそびえる石造りの宿だった。ケルメデスアール様によれば、かつて王子時代に外交で訪れた際に滞在した宿だという。珍しくケルメデスアール様が「2、3日ならここに泊まりたい」と申し出たことで、一行はこの宿に落ち着くことになった。重厚な扉を開けると、そこは歴史の重みを感じさせる、しかし清潔で温かい空間が広がっていた。
宿の酒場は、すでに旅人や地元の人々で賑わっていた。木製のテーブルが並び、暖炉の火が心地よい熱気を放っている。その片隅で、マルコは得意げな顔で声を弾ませていた。
「へへっ、リスインに来たら、まずは『火蜥蜴の吐息』だな!」 マルコはそう言って、カウンターの向こうで忙しく働く酒場の店主に目配せする。
フーマが訝しげな顔をする。「火蜥蜴の吐息?一体どんな酒だ、マルコ。変なものを飲ませるんじゃないだろうな?」
マルコはニヤリと笑った。「心配すんなって!これはこのリスイン名物の、ちょっとピリッと辛口の薬草酒だ。喉を通り過ぎる時にカッと熱くなるが、その後に来る爽快感がたまらねぇんだ!特に、長旅で疲れた身体には最高に効くぜ!」
ケルメデスアール様が興味深げに尋ねた。「ほう、それはまた珍しい。その火蜥蜴の吐息に合う肴もあるのか?」
「もちろんさ!」マルコは大きく頷いた。「この街の酒場ではな、冒険者たちが迷宮で手に入れた珍しい食材を使った料理を出す店が多いんだ」
「迷宮食材?僕達も食べれる?」ルククとメデルが目を丸くする。
「ああ、食えるぞ!例えば『石胡桃』のロースト なんてのはどうだ?」マルコは続ける。「苦いことで有名だが、腕の立つ料理人が丁寧にアク抜きをして油で揚げると、香ばしくて酒によく合うんだ。それから、漁師たちが運んでくる『骨魚』の干物も外せないな。炙って食べると、風味が増して酒が進むのなんのって!」
フーマが腕を組みながら言った。「石胡桃に骨魚か…どれも聞いたことのない食材だな。しかし、そのようなものまで美味しく調理するとは、この街の料理人は腕が良いようだ」
「だろ?だからこそ、この古城宿の酒場が繁盛してるってわけだ!」マルコは満足げに胸を張った。
この宿は、貴族の要人が利用することも多いため、警備が非常に厳重だという話だった。宿の随所に配置された衛兵たちは、隙なく周囲を警戒している。安心して旅の疲れを癒せるはずだ。
ケルメデスアール様は、窓から見える街の明かりを眺めながら、ブランデット・ケルビスに語りかけた。
「ブランデット・ケルビスこのリスインという街は、単なる国境の要衝ではない。古くは聖竜信仰の中心地の一つであり、幾度となく異国の文化とサレム国の文化が交錯してきた歴史を持つ。その名残は、街の建築様式や人々の言葉の端々にも見受けられる」
ブランデットは静かに頷く。「なるほど。旅の途中で耳にした、このごろ妙に空気が澄んでいるという隊商の者の言葉も、聖竜の誕生とこの街の歴史が重なることで、より深い意味を持つように思えます」
ケルビスも応えた。
「私達が感じた歪みが糺されたゆえの誕生…メデルとブランデットの癒しと浄化はやはりこの世界に必要なのですね」
「その通りだ。聖竜の誕生によって、世界は新たな変革期を迎えている。この街が、その変革の波の中でどのような役割を果たすのか、興味深いことだ」
ケルメデスアールは、遠い目をして夜空を仰いだ。この街が持つ歴史の重みと、これから訪れるであろう未来への期待が、彼の胸中に去来しているようだった。高くそびえる古城の壁、石畳の小道、そして遠くに見える国境の山々。それらすべてが、この地がたどってきた数多の物語を彼に語りかけているかのようだった。王子としてこの地を訪れた記憶と、今、旅人として見る景色が交錯し、彼の心には様々な思いが去来している。
リスインの古城の宿で目覚めた翌日、僕とルククは、ブランデットお兄様とケルビスを誘って宿の探検に出かけた。マルコとフーマがまだ夢の中ということもあり、静まり返った宿の廊下は、まさに探検にうってつけの場所。好奇心旺盛な僕とルククは目を輝かせ、ブランデットとケルビスは、そんな二人の様子を優しく見守りながら、歴史の重みを感じさせる宿の奥へと足を踏み入れた。
広がる歴史ある調度品や、かすかに聞こえる古い宿の軋む音に、メデルは思わず「ねえ、お兄様、ここには何か秘密があるのかな?」と囁きました。ブランデットは静かに頷き、「この宿は単に古いだけではない。壁の装飾一つにも、何かしらの意味が隠されているのかもしれないな」と答えました。ルククも「秘密の部屋とかあったら、まるで絵本の世界みたいだね!」と、その小さな目を輝かす。
広い廊下を進み、人気のない一角に差し掛かった時、ブランデットは壁の装飾の一部がわずかにずれているのを見つけました。「この細工は、ただの飾りではないな…」お兄様が試しに押してみると、がたりと音を立てて壁が開き、奥に隠し部屋が現れたのです! 隠し部屋を抜けると、ひんやりとした空気が漂う地下への階段が続いていた。まるで冒険物語の始まりのような展開に、僕は思わず声を出してしまった「わあ、秘密の通路だ!」ルククはブランデットのローブの裾を掴んで恐る恐る階段を降りる。ケルビスは周囲を警戒しながら、「この空気の冷たさ…やはりただの物置ではないようだな」と呟きました。地下通路を慎重に進んでいくと、やがて古びた木箱がいくつも積まれた空間に辿り着きいた。中に入ろうとすると何故か進めない!
「何か抵抗を感じる」
ケルビスが応えた。
「結界?いや?陣?まじないかな?」
ブランデットお兄様が言う。
僕とルククは手を繋ぎながら、入り口の端に書いてある文字を読み上げました。「『ファイアー・ドレイク』?」
すると、ケルビスが触っていた抵抗がなくなったのです。ブランデットお兄様は僕達が何をしたか聞いてきました。「メデルとルククは何を言ったんだ?」
僕とルククは、入り口の端に書いてある文字が読めなかったから、風の精霊になんて書いてあるか聞いたら、「ファイアー・ドレイク」って言ったからそのまま言ったんだ、と答えました。お兄様とケルビスは文字を指でなぞりながら、風の精霊に確認しています。
「火竜のことか…!!」とブランデットお兄様。 「聖獣様は火竜様なのですね!」とケルビス。
二人とも深いため息を吐きました。気を取り直し、その中の一つを開けてみると、きらきらと輝く金貨や、色とりどりの宝石がぎっしり! まさに隠された財宝の発見に、一同は歓声を上げました。ケルビスは「この輝き…本物だ!」と、その美しい輝きに目を細め、ブランデットは「これがいつ、誰によって隠されたものなのか…このリスインの歴史の一部を見ているようだ」と、感慨深げに語りました。メデルとルククは、宝石を手に取って光にかざし、「わー、きれいだね!」「これでお菓子がいっぱい買えるかな?」と無邪気に喜び合いました。
財宝の発見に興奮冷めやらぬ一行でしたが、ケルビスが真剣な顔で提案しました。「やはり、このことは宿の支配人さんに報告するべきでしょう。この規模の財宝となると、我々が勝手に判断すべきではない」と。ブランデットも頷き、「ケルビスの言うとおりだ。この宿の歴史と深く関わるものかもしれない。まずは支配人に事情を説明しよう」と同意しました。ケルビスはすぐに支配人を呼びに行きました。
やがて現れた支配人は、ケルビスから隠し部屋と財宝の話を聞くと、穏やかながらも厳しい表情でこう告げました。
「お客様方、この発見は誠に驚くべきことではございますが、同時に大変危険な場所でもございます。また、これらの貴重品につきましても、国の機関に報告し、その指示を仰がなければなりません。しかし、過去の経緯があり、この隠し扉や発見された財宝のことは、何卒、皆様の胸の内だけに留めていただきたく存じます。事態が公になりますと、この宿だけでなく、街全体にも予期せぬ混乱が生じる可能性がございます」
予想外の口止めに、メデルとルククはきょとんとした顔つきになりました。ブランデットは支配人の言葉に深く頷き、「承知いたしました。貴殿の意図するところ、理解いたしました」と答え。ケルビスもまた、「我々も軽率な行動は慎みます」と応じた。
お兄様達に探検はここで終わりと告げられ、僕達は財宝の秘密を胸に、それぞれの部屋へと戻って来た!でもわくわくドキドキで探検は楽しかった!!
支配人は、この一件が内密に収まったことに密かに安堵し、彼らの宿代を頂かない事に決めた。




