52旅―冒険者(サレム国)32
魔法鞄
僕は鞄をそっと撫でながら、胸の奥で小さく息をついた。
この鞄が魔法鞄だってことは、内緒。おかみさんには絶対に言えない。
魔法鞄は、中が広がっている。どれだけ詰めても重さは変わらない。
旅に出る僕たちには欠かせないもの。でも、そんなことを言ったら、きっと驚かせてしまうし、余計な心配をかけるだけだ。
「坊ちゃま、紐はしっかり結んだかい?」
おかみさんの声に、僕は慌てて顔を上げた。
「う、うん!ちゃんと結んだよ!」
笑顔を作りながら、心の中では魔力の流れを整える。仕切り袋が鞄の中で自然に収まるように、ほんの少しだけ魔法を添える。
見えないように、気づかれないように。
「服の場所、戦利品、美味しい物……三つに分けるんだ!」
「そうそう。旅は整理が命だよ。」
おかみさんと僕は針を動かす手を止めて、お互いに笑いかける。
本当は、整理なんてしなくても、この鞄なら全部飲み込める。
でも、僕は忘れてしまうのが嫌だから仕切り袋を作っている。
はじめは一人で作っていたけど、おかみさんが
「一緒にやろう」って言ってくれた。
内緒のことが多いから困ったけど……今は、一緒に作る時間が、僕には大切だった。
紐を結び終えた仕切り袋を鞄に入れると、革の表面がもっこりしたけど大丈夫(笑)。
まだ魔力を流していないから、見た目は普通の鞄のまんま(笑)
そう思っていたけど、少し魔力が漏れた!!
「……っ!」
僕は慌てて鞄を抱きしめ、袖で隠す。
「どうしたんだい?」
「な、なんでもない!ちょっと……革が光った気がしただけ!」
おかみさんは首をかしげたけど、それ以上は聞かなかった。ほっと胸をなでおろす。
魔法鞄のことは、僕だけの秘密。
でも、この仕切り袋には、おかみさんの手の温もりがある。それだけで、僕は少し強くなれる気がする。
おかみさんが最後の縫い目を整えて、針を置いた。
「よし、できたねぇ。しかし坊ちゃま、ほんと器用だよ。」
その言葉に、胸がじんわり温かくなる。僕は笑顔を返しながら、鞄をそっと撫でた。
魔法鞄のことは、絶対に言えない。
「ありがとう、おかみさん。一緒に作れて楽しかった。」
「そうかい?あんた、旅に出るんだろ?……気をつけてね。」
その声に、僕は一瞬言葉を失った。心の奥で、何かがきゅっと締め付けられる。
その時、背後から低い声が響いた。
「……おかみさん、いい腕だな。」
振り向くと、銀狼フーマが立っていた。腕を組み、鋭い銀の瞳が僕を射抜く。
「だが、メデル。お前、余計なことは言うな。」
僕の心臓が跳ねる。わかってる。魔法鞄のことだ。
「これは命を守る道具だ。おかみさん達が危なくなる……俺達以外には誰にも話すな。」
その声は低く、重く、まるで刃のようだった。僕は小さく頷く。
「……うん、わかってる。」
おかみさんは首をかしげて、笑った。
「なにをこそこそ話してるんだい?」
「いや、ちょっと……旅の準備のことだよ!」
必死に笑顔を作ると、フーマはわずかに口角を上げた。
それが、彼なりの安心の証だと僕は知っている。
魔法鞄のことは、僕たちだけの秘密。
でも、この仕切り袋には、おかみさんの手の温もりがある。それだけで、僕はきっと、どんな遠い場所でも負けない。
窓の外に広がる街は、まだ朝靄に包まれていた。石畳の道を行き交う人々の声が遠くに響く。
僕は宿の小さな部屋で、鞄をそっと撫でながら深く息をついた。
ここから先は、もう行かなきゃ。
魔法鞄の革は、指先にしっとりと馴染む。中には仕切り袋と、仲間たちのために詰めた薬草や食料、そして僕の小さな覚悟が詰まっている。
軽々しく口にしてはいけないんだ。
「メデル、準備はできたか?」
低い声が背後から響く。銀狼フーマだ。彼の銀の瞳が、朝の光を受けて鋭く光っている。
「……うん、できた。」
声が少し震えたのを、自分でもわかった。
フーマは僕をじっと見つめ、短く言った。
「ここから先は、甘えは許されない。仲間を守れ。だが、秘密は守れ。それが、お前の役目だ。」
その言葉は重く、胸に深く沈んだ。僕は小さく頷く。
「わかってる……僕、やるよ。」
窓の外で、仲間たちの笑い声が聞こえた。ルククの高い声、ブランデットの落ち着いた声、そしてデジルの低い笑い。
僕は一人じゃない。だから、怖くても進める。
鞄の紐をぎゅっと握りしめる。
僕の決意を確かめるように指に伝わった。
「精霊の森まで、必ず行く。カーロお姉様を守る。仲間を守る。そして……僕自身も、負けない。」
朝靄の向こうに広がる道は、まだ見えない。けれど、僕達の心にはもう一本の道がある。
それは、僕が選んだ道だ。
「行こう。」
小さく呟いた声は、誰にも聞こえなかった。でも、その言葉が僕の背中を押した。
朝靄がまだ街を包んでいる頃、僕は宿の一階に降りた。木の床がきしむ音が、なんだか名残惜しく響く。
カウンターの奥では、宿の主人が帳簿を閉じて顔を上げた。大きな手で頭をかきながら、にっこり笑う。
「坊ちゃま、もう行くのかい?早いねぇ。」
「うん……ありがとう。ここで過ごした時間、すごく楽しかった。」
僕は深く頭を下げた。胸の奥がじんわり熱くなる。
この人たちには、僕の使命も言えない。でも、感謝だけは伝えたい。
奥から女将さんが出てきて、手に包みを持っていた。
「ほら、これ。昨日の残りだけど、干し果物とパンだよ。旅の途中で食べな。」
「えっ、いいの?ありがとう!」
僕は両手で受け取った。包みから、ほんのり甘い匂いが漂う。胸がまたきゅっとなる。
「坊ちゃま達は、学園に行くんだろ?……気をつけてね。」
女将さんの声は優しくて、でも少し寂しそうだった。僕は笑顔を作って頷く。
「うん、頑張るよ。絶対に負けない。」
本当は、学園だけじゃない。精霊の森まで行くんだ。カーロを守るんだ。でも、それは僕だけの秘密。
その時、厨房から少年が顔を出した。昨日、皿洗いを手伝っていた子だ。
「坊ちゃま、これ……」
彼は小さな木の飾りを差し出した。粗削りだけど、鳥の形をしている。
「僕が作ったんだ。旅のお守りにして。」
「……ありがとう。」
声が震えた。僕はその飾りを鞄の紐に結んだ。
鞄の紐に、普通の飾り。でも、それがすごく大切に思えた。
「また来てね!」
「うん、必ず!」
僕は笑って答えたけど、心の奥ではわかっていた。次にここに戻るのは、ずっと先になるかもしれない。
扉を開けると、冷たい朝の空気が頬を撫でた。背後で「元気でね!」という声が重なる。
僕は振り返って、大きく手を振った。
この街、この宿、この人たち。全部、僕の記憶に刻む。絶対に忘れない。
鞄の紐をぎゅっと握りしめる。革の感触が、僕の決意を確かめるように指に伝わった。
「行こう。」
小さく呟いた声は、朝靄に溶けて消えた。でも、その言葉が僕の背中を押した。
宿。
朝靄が晴れ始めた頃、宿の扉が静かに閉まった。メデルたちの背中が角を曲がって見えなくなると、女将さんはしばらくその扉を見つめていた。
「……行っちゃったねぇ。」
その声には、誇らしさと寂しさが混じっていた。
主人は帳簿を閉じて、深いため息をつく。
「坊ちゃま、ほんとに小さいのにしっかりしてるな。……あの銀狼の兄さんも、ただ者じゃない。」
彼は窓の外をちらりと見て、遠ざかる一行の影を目で追った。
厨房から顔を出した少年は、少し不安そうに呟いた。
「……無事に帰ってくるかな。」
女将さんは笑って、少年の頭をぽんと叩いた。
「帰ってくるさ。あの子の目、見たろ?あんな目をしてる子は、必ず帰ってくるんだよ。」
テーブルの上には、昨夜の名残りのパンくずと、メデルが忘れた小さな糸切りばさみが残っていた。女将さんはそれを手に取り、胸の奥で小さく呟く。
「……あの子、ほんと器用だったねぇ。針を持つ手が震えてたのに、最後まで諦めなかった。……ああいう子は、きっと遠くまで行くんだろうねぇ。」
彼女は糸切りばさみをそっと引き出しにしまいながら、もう一度扉を見た。
「……次に来たら、何を作ってあげようかねぇ。今度は、もっと丈夫な袋にしようか……いや、あの子なら、自分で作っちゃうかもしれないねぇ。」
宿の空気は、少しだけ静かになった。でも、その静けさの中に、旅立った子たちの笑い声がまだ残っているような気がした。
「さ、仕事に戻ろうか。」
主人の声で、宿の日常がまた動き出す。
けれど、誰もが心のどこかで思っていた。
――あの子たちの旅が、無事でありますように。
出発
まだ朝もやが薄く残る中、メデルたちは宿の扉をくぐって、石畳の道へ元気いっぱいに歩き出した。宿の人たちがお見送りしてくれて、メデルの胸の奥には「ありがとう!」って気持ちと、旅へのワクワクする気持ちがいっぱい詰まってる。フーマがみんなの先頭を歩いてて、銀色の髪が朝日にキラキラ光ってるんだ。フーマの大きな背中は、メデルにとっていつも頼りになる道しるべ!
街は「黄金の池」が元気になってから、だんだん賑やかになってきた。朝市ももう開いてて、パンの焼けるいい匂いがふわ〜って漂ってくるし、お店の人たちの元気な声も聞こえてくるんだ。メデルは、すれ違う人たちがみんな笑顔なのを見て、「へへっ、みんな楽しそうだね!」って、にこにこしちゃった。
ルククとマルコは、露店に並んだものに興味津々で、「わぁ、これ、初めて見るな!」って目をキラキラさせてる。ブランデットとケルビスは、ちょっと冷静に、でも周りの人たちの話をちゃんと聞いているみたい。ブランデットは「この先の道、少し気をつけた方がよさそうだね」「ですね!」って、もう何か聞きつけたみたい。ケルメデスアールは僕の隣を歩きながら、フーマみたいに周りをしっかり見て、気を配ってたんだ。
外塀門
しばらく歩くと、目の前に大きな街の門が見えてきた。高い石の壁が街をぐるっと囲んでて、あの門を抜ければ、そこはもう街の外だ。門には兵隊さんが立ってて、旅人が通るのをじーっと見てる。
「おい、お前ら。どこへ行くんだ?」
兵隊さんが、ちょっと怖い目でメデルたちに話しかけてきた。フーマが前に出て、落ち着いた声で答える。
「俺銀狼の国へ向かう者だ。帝国からの証明書はこれだ。」
フーマが渡したのは、大事な印が押してある紙の巻物だ。兵隊さんは巻物を丁寧に見せてもらって、中身を読んでみたら、顔がちょっと優しくなったんだ。
「へえ、初めての冒険か?貴族様ってやっぱり凄いな!!帝国からかー(笑)わざわざすげーな。気をつけてな。国境までは一本道だから、迷うことはないだろう。」
兵隊さんはそう言うと、大きな門をギシギシ音を立てながら開けて、みんなを外に出してくれた。門の向こうには、どこまでも続く土の道と、まだ誰も知らない世界が広がっていたんだ。
塀の外、新しい景色
門をくぐって、街の塀の外に出たら、景色がガラッと変わった。もう街のガヤガヤした音はなくて、広〜い自然が広がってるんだ。遠くにはなだらかな丘がずらっと並んでて、風が草や木をゆらす音が、とっても心地よく聞こえてくる。
メデルは胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込んだ。
「わぁ、凄い景色です!どこまでも続く道で、国境の門が見えない(笑)フーマ凄く遠いの?」
フーマは耳と尾を揺らしながらメデルに言う。
「あぁー1週間は真っ直ぐだな」
メデルとクルルは目をキラキラさせて、楽しそうに笑い合った。
「遠いー(笑)だがきっと、もっと素敵な景色がたくさん待ってるはずだぜ!」ってマルコも元気よく言った。
ブランデットは空を見上げて、背筋を伸ばして言った。「空も広いな。街の中とは違う、この広々とした感じ。でも、みんな気を緩めちゃダメだよ。ここから先は、何が起こるか分からないんだから。」
フーマは何も言わずに周りをよく見てて、ケルメデスアールはメデルの隣で、うんうんって頷いていた。
目の前には、まだ見たことのない場所へと続く道。そして、その道は精霊の森へと繋がってるんだ。ポケットに入れた木の鳥のお守りが、メデルの「頑張るぞ!」っていう気持ちを確かめるように、そっと指先に触れた。
「さあ、行こう!」
ブランデットは、元気だけど育ちの良さが感じられる声で言った。その真っ直ぐな瞳には、不安な気持ちなんて全然なくて、きっとこの旅を成功させるぞ!っていう強い気持ちが輝いていた。
仲間たちもみんな、うんって頷いて、新しい世界へ一歩を踏み出した。僕達の旅は、今、まさに始まったばかり!
――お父様へ
お父様、そしてみんなへ。
僕は今、サレム国の宿でこの手紙を書いています。旅立ちです。窓の外はまだ朝靄で、街の鐘の音が遠くに響いています。
報告があります。
僕達は、魔法鞄をたくさん作りました。
もちろん、秘密の魔法を込めた鞄です。中は広がっていて、どれだけ詰めても重さは変わりません。
旅に出る僕たちには欠かせないものだから、仲間の分も全部作りました。
仕切り袋も工夫しました。服の場所、戦利品、美味しいもの……三つに分けて整理できるようにしました。
おかみさんと一緒に作った普通の袋も入れています。あの人には魔法のことは言えなかったけど、一緒に縫った時間は僕にとって宝物です。
お父様、僕はこの鞄に、みんなの教えを詰め込みました。
剣術を教えてくれたお父様の言葉、薬草の知識をくれたお母様の手、兄姉たちの笑顔全部、僕の中にあります。だから、どんな遠い場所でも負けません。
銀狼フーマが言いました。
「これは命を守る道具だ。秘密を守れ。」
僕は約束します。…お手紙には書いてしまいました(笑)でも誰にも話しません。僕は仲間を守ります。そして、カーロを精霊の森まで必ず届けます。
どうか、僕のことを信じてください。
僕は、必ず帰ります。もっと強くなって、胸を張って帰ります。
――メデルより
僕は宿の机に座って、最後の一文を書き終えた。
「魔法鞄をたくさん作りました。仲間の分も全部。これで旅の準備は完璧です。」
インクが乾くのを待ちながら、胸が少し高鳴る。きっと、帝国にいる家族は驚くだろうな……いや、どうだろう?
手紙を封じて、僕は心の中で想像した。
ベルセル王子は、きっと呆れた顔をする。
「……あの子達は、またやったのか。何してるんだ?」
肩をすくめながら、でも目の奥ではちょっと誇らしそうに笑っている気がする。
伯父様のコルベックは、間違いなく頭を抱えるだろう。
「おいおい……魔法鞄を量産?帝国の記録に残るぞ……」
深いため息をつきながら、机に額を押し付けている姿が浮かぶ。
お父様は、驚いて目を見開くはずだ。
「……メデル、お前……そんな技術を?」
声は低いけど、胸の奥では誇りが膨らんでいる。僕にはわかる。
お母様は、きっと大笑いする。
「ははは!あの子達ったら、やっぱりやると思ってたよ!」
笑いながら、僕のことを誰よりも信じてくれている。
兄様や姉様たちは……
「いいなぁ、魔法鞄!僕も欲しい!」
「メデル、すごいじゃない!」
笑い声が重なって、僕の胸に温かい光が広がる。
僕は深く息をついて、鞄の紐をぎゅっと握った。
この鞄には、僕の努力と、家族の笑顔が詰まっている。
必ず帰る。もっと強くなって、胸を張って帰るんだ。
帝国・スワロ公爵の一室
コクベックから手紙を受け取ったのは、ベルセル王子だった。彼は封を切り、さらりと目を走らせると、深いため息をついた。
「……あの子達、またやったのか。魔法鞄を量産?どれだけ作ったんだ……」
呆れた声。でも、口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。
隣でコルベックが頭を抱える。
「おいおい……帝国の記録に残るぞ、これは。魔法鞄を量産なんて、前代未聞だ……」
机に額を押し付けて、重い溜息をつく。
コクベックは、驚きで目を見開いていた。
「……メデル・ブランデットお前達は……そんな技術を?」
声は低いけど、胸の奥では誇りが膨らんでいるのがわかる。
マルタは、手紙を読み終えると大笑いした。
「ははは!あの子達ったら、やっぱりやると思ってたよ!」
笑いながら、僕のことを誰よりも信じてくれている。
兄様や姉様たちは、手紙を覗き込みながら笑っていた。
「いいなぁ、魔法鞄!僕も欲しい!」
「メデル達、すごいじゃない!」
その笑い声が、遠く離れた僕の胸に温かい光を灯す。




