㊾旅―冒険者(サレム国)29
昼食を終え、僕たちは静かに部屋へ戻った。
雨はまだしとしとと窓を叩いていて、暖炉の火が小さく揺れている。
テーブルの上には、腰に付けられる手のひら二つ分の鞄が七つ並んでいた。
革の匂いと、精霊樹の繊維の柔らかな光沢おかみさん達が心を込めて作ってくれたものだ。
「……始めよう」
ブランデットお兄様の声は低く、でも力強かった。
僕は小さく息を吸い、ペンを握る。
紙じゃない。今度は鞄の内側に、陣を書くんだ。
魔法袋マジックバッグを作るための陣。
時の精霊が言った通り、これは古代の術。
僕の記憶にある地下の移転陣を思い出しながら、線を描いていく。
花の模様、キラキラの飾りあれはただの遊びじゃなかった。
呪文の一部。
僕の指が革の上を走るたび、黒い魔力がじわりと滲み、陣が形を成していく。
「固定は僕がやります」
声に出すと、胸の奥が熱くなる。
黒魔法空間を縫い止める力。
僕はそれを陣に込める。
隣で、お兄様が青い光を放っていた。
青魔法の防御空間を守る力。
その光は水面のように揺れ、鞄の周囲に淡い膜を張っていく。
ケルビスの黄色い結界が重なり、光が幾重にも折り重なって、まるで黄金の輪が鞄を包むようだった。
ルククの指先から赤い熱が走り、革が柔らかく馴染むと同時に、赤い火花がぱちぱちと弾ける。
暖炉の炎がそれに応えるように揺れ、火の精霊が笑った。
『いいねぇ! 熱が踊ってる! もっと燃やせ!』
ルククが「燃やさない!」と小声で突っ込み、僕は思わず笑いそうになるけど、集中しなきゃ。
僕とお兄様は、流れる魔力を整える。
青、黄、赤、黒四つの力が暴れないように、優しく撫でるように。
その瞬間、窓辺で時の精霊が静かに目を閉じた。
『……時が編まれていく。美しい』
風の精霊が窓の隙間からひらりと葉を舞わせ、緑の光が一瞬だけ陣に溶けた。
「……癒しを求め、葉が舞い降りる時、結界が導く、声が届く時、守るため、言葉に宿るその時に、共鳴を、国と精霊の均衡を……時を編み、空間を抱け……花と光の輪を結べ……」
心で呟くと、魔力が応えるように震えた。
鞄の内側がふわりと光を吸い込み、青い膜が深い闇に沈み、赤い火花が最後にぱっと散った。
次の瞬間、革が柔らかく、深い闇を抱えたように沈み、ふわりと軽くなった。
僕は息を呑む。
「……できた?」
小さな声で尋ねると、時の精霊が窓辺で微笑んだ。
『まだだ。呪文をもっと刻め。声に出すな心で歌え』
僕は目を閉じ、先程声を出して歌った旋律を思い出し今度は声には出さず、心で歌う旋律は、雨音と暖炉の火に溶けていく。
花と光と、精霊の笑い声。
その記憶を、心の奥で静かに響かせる。
「……癒しを求め、葉が舞い降りる時、結界が導く、声が届く時、守るため、言葉に宿るその時に、共鳴を、国と精霊の均衡を……時を編み、空間を抱け……花と光の輪を結べ……」
鞄が、光を吸い込んだ。
革が深い闇を抱えたように沈み、次の瞬間、鞄の革がふわりと光を吸い込み、陣が淡く輝きふわりと軽くなった。
僕は息を呑む。
「……入れてみて」
ルククが角兎の角をそっと鞄に入れる。
角が、すっと沈んだ。
鞄の形は変わらない。
「……入った……!」
ルククの声が弾け、僕の胸も熱くなる。
できたんだ。
本当に、できたんだ。
その時、背後で低い声が響いた。
「……まさか、本当にやるとはな」
フーマだった。
銀の瞳が鋭く光り、彼は腕を組んで僕たちを見ている。
「魔法袋なんて、俺が若い頃、王都の魔術師団でも夢物語だった。空間を折り畳むには、時空魔法と莫大な魔力が必要だ。……それを子供がやるなんて、信じられん」
彼の声には驚きと、ほんの少しの敬意が混じっていた。
ケルメデスアールはワインを置き、静かに言った。
「古代の陣……本当に残っていたのか。時の神殿でしか見られない術のはず。……メデル…。」
ブランデットが答える
「当家の執事生家の地下にありメデルが精霊と小人と遊ん…導かれました。(笑)」
「スワロ公爵家の・・・」
「……ねぇねぇ皆魔力、残ってる?」
僕が小さく尋ねると、ブランデットお兄様が深呼吸して頷いた。
「ある。まだ流れてる……」
ケルビスも額の汗を拭いながら言う。
「俺も……いける。あと六個、やるんだろ?」
ルククが両手を挙げて笑った。
「よし! 七個全部、魔法袋にしちゃおう!」
「……簡単に言うなよ」ブランデットが苦笑する。
二個目、三個目。
魔力を合わせるたび、部屋の空気が震え、暖炉の炎がぱちぱちと踊る。
火の精霊が笑いながら飛び回り、時の精霊は窓辺で静かに見守っている。
「もっと光れ! もっと燃えろ!」火の精霊が叫び、ルククが「燃やさない!」と突っ込む声に、僕は思わず笑いそうになるけど、集中しなきゃ。
四個目。
フーマが低く笑った。
「……お前らやっぱり、化け物だな。王都の魔術師団で本当に夢物語だったんだぞ!!」
ケルメデスアールは密かに呟く。
「古代の陣……凄すぎる。…ケルビスの魔力も…。」
その声に、僕の胸がまた熱くなる。
六個目。
魔力が少し重くなってきた。
「……最後、いける?」
僕が尋ねると、ブランデットが笑った。
「いける。やろう」
七個目。
最後の鞄に陣を描きながら、僕はちょっとだけ悪戯心が湧いた。
だって、ずっと緊張してたし、みんな真剣すぎるんだもん。
だから、陣の端に小さな花模様を描いてみた。
ほんの遊び心。精霊たちが笑ってくれるかなって思って。
魔力を注ぎ終えた瞬間、革の表面にふわりと淡いピンクの花が浮かび上がった。
「……え、なにこれ!?」ルククが目を丸くする。
「可愛い!」と僕は声を弾ませたけど、次の瞬間、全員が黙った。
「……」
誰も手を伸ばさない。
「えぇぇ!? 可愛いのに!」
僕は思わず頬を膨らませる。
「メデル、似合うよ!」
ルククが笑いながら言うけど、僕はさらに膨らませた。
「僕、男の子なのに……花って……」
ブランデットが肩を震わせて笑い、ケルビスも口元を押さえている。
「……ココに居るのは全員男だ!お前、わざとだろ?」
ケルビスが鋭い目で僕を見てきた。
僕は視線を逸らしながら、ちょっとだけ笑った。
「……えっと……精霊が喜ぶかなって……可愛いし…。」
その瞬間、火の精霊がぱちぱちと笑いながら飛び回った。
『最高だよ! もっと描け! 花いっぱい!』
「描かない!」
僕は即座に突っ込む。
時の精霊は窓辺で静かに微笑んでいた。
『……悪戯も、時を彩るものだ』
その言葉に、僕の胸が少しだけくすぐったくなる。
「で、誰が持つんだ?」
ブランデットが問いかけると、全員がまた黙った。
「……」
「……俺じゃない」
ケルビスが即答。
「僕も違う!」
ルククが両手を振る。
「えぇぇ!? じゃあ僕!?」
「うん、決まりだな」
ブランデットが笑って言った。
僕は頬をさらに膨らませて、花模様の鞄をぎゅっと抱きしめた。
「……もう、いいです。僕が持ちます!可愛いのに~!」
その声に、みんなが笑い声を上げる。
暖炉の炎がぱちぱちと音を立て、雨音が窓を叩いている。
緊張がほどけて、部屋に温かい空気が広がった。
その時、マルコが椅子に深く座り込み、両手で顔を覆ったままぼそっと呟いた。
「……俺は見てない……聞いてない……何も知らない……」
その声が妙に真剣で、僕は思わず吹き出しそうになる。
「マルコ、そんなに怖がらなくても……」
「怖いんじゃない! 巻き込まれたくないんだ!」
彼は必死に否定して、さらに顔を隠した。
ルククが肩を揺らして笑う。
「マルコ兄ちゃんもう遅いよ! 聞いちゃったし、見ちゃったし!」
「やめろぉ……」
マルコの声が小さくなる。
ブランデットが深呼吸して、僕たちを見回した。
「……今日はもう魔力使ったから、休もう」
その言葉に、僕はほっと息をつく。
ケルビスも椅子に背を預けて、ぐったりした顔で言った。
「……本当に疲れた。体が重い」
ルククが両手を挙げて叫ぶ。
「お腹すいたー!」
その声に、僕の胃もきゅるると鳴った。
「……僕も」
ブランデットが笑って立ち上がる。
「よし、夕食食べに下に行こう」
その言葉に、みんなが一斉に立ち上がった。
花模様の鞄を抱えた僕も、胸の奥で何かが高鳴るのを感じながら、階段へ向かった。
窓の外では、まだ雨がしとしとと降り続いている。
時の精霊が静かに告げる。
『これは始まりに過ぎない。お前たちの旅は、もっと深くなる』
その声が心に響いたけれど今は、温かい夕食の匂いを想像して、僕は小さく笑った。
階段を降りると、食堂から温かい匂いが漂ってきた。
煮込み料理の香りと、焼きたてのパンの匂いが鼻をくすぐる。
「……お腹すいた」僕は小さく呟くと、ルククがすぐに笑った。
「俺も! 肉! 肉!」
ケルビスがため息をつきながら肩をすくめる。
「落ち着け、まだ席にも着いてない」
食堂の奥のテーブルに座ると、おかみさんが笑顔でやってきた。
「今日はずっと雨だったねぇ! 煮込みたっぷりあるよ!」
僕たちは「ありがとうございます!」と声を揃えた。
腰に付けた鞄が、椅子に当たってコツンと音を立てる。
その時、下働きの青年が料理を運びながら僕の腰をちらっと見て、目を丸くした。
「……あれ? 花模様?」
僕はびくっとして、慌てて鞄を隠そうとしたけど、もう遅い。
「可愛いなぁ! おかみさん、見て見て!」
「ほんとだ! あんた、どこでそんな洒落た模様入れたんだい?」
僕は顔が熱くなるのを感じながら、必死に言い訳した。
「えっと……魔力で…遊び心です!」
ルククが吹き出しそうになって肩を震わせ、ケルビスは口元を押さえている。
ブランデットはわざと真顔で言った。
「似合ってるよ、メデル」
「似合ってないです!」
僕は頬を膨らませて、スプーンを握りしめた。
その時、暖炉の奥で火の精霊がぱちぱちと笑いながら飛び出した。
『花に炎を添えようか? もっと派手に!』
「やめてぇぇ!」
僕は心の中で叫ぶ。
さらに、窓辺で時の精霊が静かに呟いた。
『……混沌もまた美しい』
「混沌いらない!」
僕は必死に否定するけど、精霊たちは楽しそうだ。
風の精霊までひらりと舞って、僕の鞄に小さな葉っぱの模様を乗せていった。
「葉っぱまで!?」
ルククがもう笑いをこらえきれず、テーブルに突っ伏して笑っている。
ケルビスは「精霊にまで遊ばれてるな」と呟き、ブランデットは肩を震わせて笑いをこらえていた。
「……俺は見てない、聞いてない」
マルコがスープをすすりながら、真剣な顔で言った。
「俺はただ飯を食うだけだ……」
その言葉に、僕はもう笑うしかなかった。
おかみさんがパンを置きながら言う。
「花模様の子にはデザート大盛りにしちゃおうかな!」
「えぇぇ!?」
僕はさらに頬を膨らませたけど、心の奥ではちょっと嬉しかった。
暖炉の火がぱちぱちと音を立て、雨音が窓を叩いている。
精霊たちの笑い声が小さく響く中、僕はスプーンを握りしめて思った。
夕食を終えて部屋に戻ると、僕たちはぐったりとベッドに腰を下ろした。
魔力を使いすぎて、腕がまだじんじんしている。
「……今日はもう無理だな」
ブランデットがため息をつき、ケルビスも頷いた。
「休もう。明日からまた動くんだし」
ルククはベッドに倒れ込みながら叫んだ。
「お腹いっぱい! 幸せ!」
その声に、僕は小さく笑った。花模様の鞄を抱えながら。
部屋は暖炉の火が静かに揺れ、窓の外では雨がまだしとしとと降っている。
――静かな夜になると思っていた。
でも、その予感はすぐに裏切られた。
「ねぇ、もっと描こうよ!」
ぱちぱちと音を立てながら、火の精霊が飛び出してきた。
『花だけじゃなく、炎の模様も! かっこいいよ!』
「かっこよくない!」僕は即座に否定する。
すると、窓辺で時の精霊が静かに呟いた。
『……模様は時を彩るものだ。もっと増やせば、より美しい』
「美しくなくていい!」
僕は必死に突っ込むけど、精霊たちは楽しそうだ。
さらに、風の精霊がひらりと舞って、僕の鞄に小さな葉っぱを乗せた。
『緑もいいだろう? 自然との調和だ』
「葉っぱまで!?」僕は鞄を抱えて後ずさる。
その様子を見て、ルククがベッドの上で爆笑した。
「もっと描こう! 俺、雷模様がいい!」
「やめろ!」ブランデットが即座に止める。
「陣が壊れる!」
ケルビスも真剣な顔で言ったけど、肩が震えてる。笑いをこらえてるんだ。
「……俺は見てない、聞いてない」
マルコが毛布を頭までかぶって、低い声で呟いた。
「俺はただ寝るだけだ……」
その言葉に、僕はもう笑うしかなかった。
火の精霊がさらに悪ノリして、暖炉の炎をぱっと大きくした。
『花に炎を添えよう! 燃える花!』
「やめてぇぇ!」僕は鞄をぎゅっと抱きしめて、必死に守る。
時の精霊が静かに笑った。
『……混沌もまた美しい』
「混沌いらない!」僕は叫んだ。
結局、僕は鞄を抱えたままベッドに飛び込み、毛布を頭までかぶった。
精霊たちの笑い声が小さく響く中、僕は心の中で決意した。
絶対に、花模様はこれ以上増やさない…。
朝、目を覚ました瞬間、僕は違和感を覚えた。
鞄が、昨日と違う!!
慌てて毛布をめくると、そこにあったのは……僕の花模様だけじゃなかった。
葉っぱの模様が、鞄の端にひらりと描かれている。
その隣には、雷のような鋭い線が走っていて、まるで稲妻が革を裂いているみたいだ。
そして、僕が描いた小さな花模様は……なぜか増えていた。
「えぇぇぇぇ!?」
僕は思わず叫んだ。
その声に、ブランデットが目をこすりながら起き上がる。
「……何事だ?」
「お兄様見てください! 鞄が……進化してる!」
僕は鞄を突き出した。
ブランデットは一瞬黙って、それから肩を震わせた。
「……かっこいいじゃないか」
「かっこよくないです!」
僕は必死に否定するけど、ケルビスが起きてきて、低い声で言った。
「……雷模様、俺じゃないぞ」
「僕でもない!」
ルククが両手を挙げて笑う。
「じゃあ誰!?」
僕は鞄を抱きしめて後ずさる。
その時、窓辺で時の精霊が静かに微笑んだ。
『……夜は長い。模様も増える』
「増えなくていい!」
僕は叫ぶ。
火の精霊がぱちぱちと笑いながら飛び回った。
『もっと描こう! 炎の模様も!』
「やめてぇぇ!」
僕は必死に守るけど、風の精霊がひらりと舞って、さらに葉っぱを一枚追加した。
「葉っぱ増えたぁぁ!」
僕は絶望の声を上げる。
ルククはベッドで転げ回って笑い、ケルビスは肩を震わせている。
ブランデットは真顔で言った。
「……メデル、もう諦めろ。これは精霊の芸術だ」
「芸術いらない!」
僕は頬を膨らませて、鞄をぎゅっと抱きしめた。
その時、毛布の中からマルコの声が聞こえた。
「……俺は見てない、聞いてない……俺はただ寝るだけだ……」
「マルコ、いい加減に現実を見な!」
フーマが声を掛けるが、毛布はびくともしない。
ケルメデスアールは皆を見ながら思う。
(非現実的な状況を通常と受け入れている…若干1名抵抗しているが…(笑))
結局、僕は花と葉っぱと雷模様が混ざった“かっこいい鞄”を抱えて、深いため息をついた。
朝食の匂いが階段の下から漂ってきた。焼きたてのパンとスープの香りに、僕のお腹がきゅるると鳴る。
「……お腹すいた」小さく呟くと、ルククがすぐに笑った。
「俺も! 肉! 肉!」
ケルビスがため息をつきながら肩をすくめる。
「落ち着け、朝は野菜もとるぞ!」
「えええええええええぇ!!あ”!俺野菜も好き!!」ルククは笑いながら言った。
食堂に入ると、暖炉の火がぱちぱちと揺れ、窓の外は雨があがっていた。
僕たちは奥のテーブルに座り、腰に付けた鞄が椅子にコツンと当たる。その瞬間、下働きの青年が目を丸くした。
「……あれ!? 昨日より模様増えてない!?」
僕はびくっとして、慌てて鞄を隠そうとしたけど、もう遅い。
「葉っぱに雷!? しかも花まで! めっちゃ可愛いじゃん!」
「ほんとだねぇ!」
おかみさんまで身を乗り出してきた。
「昨日の花だけでも洒落てたのに、今日のはもっといいねぇ! 誰が描いたんだい?」
僕は顔が熱くなるのを感じながら、必死に言い訳した。
「えっと……魔力で……遊び心です!」
ルククが肩を震わせて笑い、ケルビスは口元を押さえている。
ブランデットはわざと真顔で言った。
「似合ってるよ、メデル」
「似合ってないです!」
僕は頬を膨らませて、スプーンを握りしめた。
その時、火の精霊がぱちぱちと笑いながら暖炉から飛び出した。
『炎の模様も足そうか? もっと派手に!』
「やめてぇぇ!」僕は心の中で叫ぶ。
さらに、窓辺で時の精霊が静かに呟いた。
『……模様は運命を語る』
「語らなくていい!」僕は必死に否定するけど、風の精霊がひらりと舞って、僕の鞄に小さな葉っぱをもう一枚追加した。
「葉っぱ増えたぁぁ!」僕は絶望の声を上げる。
青年は目を輝かせて言った。
「すげぇ! 俺も欲しい!」
「ダメです!」
僕は即座に拒否したけど、ルククが爆笑してテーブルに突っ伏している。
ケルビスは肩を震わせて笑いをこらえ、ブランデットはスープを飲みながら静かに笑っていた。
暖炉の火がぱちぱちと音を立て、精霊たちの笑い声が小さく響く中、僕はスプーンを握りしめて思った。
食堂の奥に、おかみさんが大きな包みを抱えて待っていた。
「お待ちどうさま! 手提げ鞄、10個できたよ!」
その声に、僕は思わず目を輝かせた。
包みを開けると、地竜蜥蜴の光沢と精霊樹の繊維の柔らかな質感が目に飛び込んでくる。
「わぁ……」
思わず声が漏れた。
おかみさんは胸を張って言った。
「斜めに掛けられるように、指2本分幅の紐を追加したよ。肩に食い込まないし、丈夫だよ!」
「すごい!」
僕は思わず笑顔になる。
ルククが両手を広げて包みを受け取りながら、にっこり笑った。
「さすが、おかみさん! 完璧!」
フーマも腕を組んで頷く。
「仕事が早いな。助かる」
その低い声に、おかみさんは顔をほころばせた。
「臨時収入のおかげで、亭主に内緒で新しい裁縫台買えそうだよ!」
「えぇ!?内緒??」僕は思わず吹き出しそうになったけど、ルククが「いいじゃん!」と笑っている。
鞄は手のひら三つ分くらいの大きさで、薬草や荷を入れるのにぴったりだ。
紐はしっかりしていて、肩に掛けると体に馴染む。
「これで荷物が増えても安心だな」フーマが言うと、ルククがもう頭の中で詰めるものを数えている。
「角兎の角、薬草、精霊のおやつ……あと、俺のおやつ!」
「最後いらない!」僕は即座に突っ込んだ。
その時、暖炉の奥で火の精霊がぱちぱちと笑いながら顔を出した。
『その鞄にも模様を描こうか? 炎のラインとか!』
「やめてぇぇ!」僕は鞄を抱えて後ずさる。
時の精霊が窓辺で静かに呟いた。
『……模様は運命を語る』
「語らなくていい!」
僕は必死に否定するけど、風の精霊がひらりと舞って、鞄の紐に小さな葉っぱを乗せていった。
「葉っぱまで!?」
僕は絶望の声を上げる。
ルククは爆笑してテーブルに突っ伏し、フーマは肩を震わせて笑いをこらえていた。
結局、僕は花模様の鞄と新しい手提げ鞄を抱えて、深いため息をついた。
おかみさん
朝食の片付けを終えて、私は奥の作業台で新しい手提げ鞄を並べていた。
精霊樹の繊維を編み込んだ革は、しっとりとした光沢を放っていて、指で触れると柔らかい。
「よし、紐も指二本分の幅でしっかり縫ったし、肩に食い込まないね」
自分の仕事に満足して、笑みがこぼれる。
そこへ、あの子たちがやってきた。
小さな貴族のお子様、と仲間達。
腰には昨日渡した鞄が揺れている。……あれ?
「……あれ!? 昨日より模様増えてない!?」
花に葉っぱ、雷みたいな線まで入ってる。私、そんな飾りはつけてないよ?
不思議に思っていると、メデルが頬を膨らませて鞄を隠そうとした。
「えっと……魔力で……遊び心です!」
必死に言い訳してるけど、どう見ても自然じゃない。
精霊の仕業かねぇ。でも、私には見えないからねぇ(笑)。
「はい、これが新しい手提げ鞄10個だよ!」
私は包みを開いて、テーブルに並べた。
「斜めに掛けられるように、指二本分幅の紐を追加したから、肩に食い込まないよ」
小さな貴族のお子様達の仲間多分平民の子が「すごい!」と目を輝かせ、銀狼が腕を組んで頷く。
「仕事が早いな。助かる」
その低い声に、私はちょっと誇らしくなった。
小さな貴族のお子様が一つ手に取った瞬間――
革の表面に、ふわりと花の模様が浮かび上がった。
「……え?」私は思わず声を漏らした。
次の瞬間、葉っぱがひらりと現れ、雷のような線が走る。
「な、何これ!?」
メデルは顔を真っ赤にして鞄を抱きしめた。
「ち、違います! 僕じゃないです!…いや僕です…。」
でも、模様はどんどん増えていく。まるで生きているみたいに。
私は深く息をついて、下働きの青年と少年と少女に視線を向け小さく呟く。
三人は目を丸くしている。
「魔力だよ。あんたたちにも、微かにあるんだ」
「えっ、俺たちにも?」
「そうさ。ほんのちょっとだけどね。でも、そのちょっとが命を守ることもあるんだよ」
私は真剣な声で続けた。
「お金を貯めて、学園に行きな。魔法を学べば、貴族とも会うことになる。でもね、平民は“受け流す”ことで身を護るんだ。力で張り合うんじゃない、流れを読んで、かわすんだよ」
青年と少年が顔を見合わせて、少し誇らしげに笑った。
彼らは午前中は学園に通っている私は心から嬉しくなった。
少女はまだ幼くて、不安そうな顔をしていたけど、私はそっと頭を撫でた。
「あんたも、きっと行けるよ。魔力はあるんだ…しっかり貯めな!学園に行けば世界が変わるよ(笑)」
その言葉に、少女の目が少しだけ輝いた。
その時、背後から低い声が響いた。
「……おかみさん、いいこと言うな」
振り向くと、銀狼が腕を組んで立っていた。
「だが、学園はただ魔法を学ぶ場所じゃない。貴族社会の縮図だ」
彼の声は重く、現実を突きつけるようだった。
「力のある家は、力を誇示する。弱い家は、頭を下げる。平民は……利用されることもある」
私は眉をひそめた。
「そんなこと……」
「あるさ。俺は昔、護衛で何度も見た。学園での派閥争い、魔力の暴走、命を落とした子もいる」
その言葉に、下働きの子たちが息を呑んだ。
フーマは続ける。
「だから、おかみさんの言葉は正しい。“受け流す”ことを覚えろ。力を誇示するな、逆らうな。だが、心まで折れるな」
彼の銀の瞳が鋭く光った。
「……そして、信じられる仲間を作れ。それが、生き残る唯一の方法だ」
私は深く頷いた。
この子たちの未来は、簡単じゃない。でも、希望はある。
模様が増えていく鞄を見ながら、私は心の中で呟いた。
「……世界を変えるのは、こういう子たちなのかもしれないねぇ」




