㊼旅―冒険者(旅再出発)27
王都再出発。
祈りの間は、静寂の中に神聖な光を湛えていた。
天井から降り注ぐ聖樹の光が、古代の紋章を刻んだ石床を淡く照らし、壁に掛けられた鐘が微かに震えている。
その音は、帝国の理を守る祈りの響き――遠い昔から続く誓いの証だった。
石床の中央には、移転陣が広がっていた。
幾重もの光の輪が重なり、淡い青と白の輝きが脈打つ。
精霊の囁きが空気を震わせ、足元の影が揺れるたび、古代の魔力が目覚める気配がした。
出発する七人が、光の輪の前に立つ。
ブランデットは聖獣の卵を背負い、肩の重みを確かめる。
その瞳は深い湖のように澄み、しかし奥底には揺るぎない光があった。
背に漂う精霊の気配――カーロの存在が、彼の輪郭を柔らかく包んでいる。
隣に立つメデルは黒のローブを握りしめ、何度も移転を経験しても慣れない幼い手が震えていた。
だが、その瞳は夜空のように深く、そこに宿る光は言葉にならない力の予兆だった。
彼の周りには、微かな風と土の精霊が戯れるように舞い、空気が静かに震えている。
ルククは剣を背負い、幼い肩に責任を乗せる。
その瞳には、守るための決意が宿っていた。
「――必ず、守る。」その沈黙が、彼の心を語っていた。
ケルビスは黄の魔力を指先に灯し、静かに息を整える。
帝国の血を引くケルメデスアールは、誇りを胸に立ち、
マルコは若き挑戦者の笑みを浮かべ、
フーマは銀狼の耳をぴくりと動かし、鋭い視線で光の輪を見据えていた。
見送りの列には、帝国の重みと家族の絆が並ぶ。
リクセル女王は静かに祈りを捧げ、
「……世界の理を守り、必ず戻ってきて。」
その声は、鐘の音に溶けるように響いた。
ベルセル王子は幼子を託す重圧に沈黙を守り、やがて低く呟く。
「……お前たちに、世界の未来を託す。だが、無理はするな。」
その言葉に、ブランデットが小さく頷いた。
ルクセルは神官見習いの衣を纏い、双子の影を背負いながら沈黙の決意を宿す。
「……精霊の声を聴き、世界を繋いで下さい。」
その声は震えていたが、確かな願いが込められていた。
リュスクマテルテスは優しい声で祝詞を唱える。
「理を糺す者、光と闇を抱く者たちよ、聖樹の光に抱かれ、精霊の加護を受けて進め。
風は道を清め、土は足を支え、水は命を潤し、火は闇を祓う。
古き誓いの名において、汝らの歩みは揺るがず、闇を越えて理を正すだろう。
――光と理の名において、我は祈る。」
その言葉に呼応するように、光の輪がさらに強く輝き、風が舞い、精霊の声が重なった。
コクベックは拳を握り、父としての誇りと不安を胸に刻む。
「……メデル、ブランデット、ルクク。必ず帰ってこい。お前たちの道は、我らが守る。」
その声に、メデルが小さな笑みを浮かべて答えた。
「……大丈夫だよ、お父様。僕たち、守るために行くんだ。」
ヴェルメールは兄として、弟たちを見つめる眼差しに言葉を失っていた。
ただ、剣の柄を握りしめ、静かに祈る。
光が強まり、移転陣が唸りを上げる。
精霊の声が祈りの間に響き渡った。
「――行け。」
その声とともに、七つの影が光に包まれ、祈りの間から消えた。
旅の再出発が、静かに告げられたのだ。
トラン辺境伯館・移転の間
光が収束し、祈りの間の静寂が遠ざかる。
次に彼らの足が触れたのは、重厚な石床だった。
トラン辺境伯館――帝国の外れ、戦の匂いを纏う古き館。
壁に掛けられた古代の紋章が淡く光り、移転陣の残光がゆっくりと消えていく。
「……着いたな。」フーマが銀狼の耳を動かし、低く呟く。
ブランデットは肩の重みを確かめ、メデルは深く息を吐いた。
「……ここが……移転の間……」
メデルはきょろきょろと辺りを見回しながらも、瞳には決意が宿っていた。
扉が開き、現れたのはケルクマージス辺境伯。
鋭い眼差しで一行を見渡し、低く言う。
「お疲れ様です……お帰りなさい。だが、時間がありません。サレム国の森は、もう閉じ始めています。」
「閉じ始めてる……?」ルククが剣の柄を握りしめる。
ケルビスが眉をひそめ、黄の魔力を指先に灯した。
「お父様、どういうことですか?……精霊の声が、弱まってるってこと?」
「そうだ。」ケルクマージスの声は重い。
「森の奥、黄金の池への道が閉ざされつつある。火の精霊王の名も囁かれている。」
フーマが鋭い視線を向ける。
「……やはり、闇が絡んでいるな。」
その言葉に、空気が一瞬張り詰めた。
広間の準備
館の広間には、古い武具と魔法具が並べられていた。
「剣の研ぎは済んでる。薬草も補充した。」マルコが笑みを浮かべ、腰の剣を確かめる。
「俺、もっと強くなるからな。父さんに追いつくんだ。」
「無茶はするなよ。」フーマが低く言うと、マルコは肩をすくめて笑った。
「無茶しないと強くなれないだろ?コクベック様にも挑戦したい!」
ブランデットは静かに卵を背負い直し、メデルに視線を向ける。
「メデル、魔力の流れは大丈夫?」
「……うん。今は凄く皆いい感じだよ!……大丈夫!」
その声は幼いが、確かな意志が込められていた。
ルククが剣を握り、短く言う。
「俺、守るから。」
その言葉に、メデルが笑みを浮かべた。
「ありがとう、ルクク。」
ケルビスは黄の魔力を指先で弾き、呟く。
「……俺も、守る。精霊の声を、絶対に途切れさせない。」
ケルメデスアールが一歩前に出て、誇りを胸に言う。
「帝国の血を引く者として、この旅に全てを賭ける。」
フーマが全員を見渡し、低く告げた。
「――出発だ。サレム国へ。」
館の門が開き、冷たい風が吹き込む。
その風は、遠い森の異変を告げるかのようだった。
七つの影が門を越え、帝国の外れへと歩みを進める。
精霊の声が遠ざかり、空気が静かに震えた。
旅の再出発――サレム国へ。
黒鉄の門がそびえ立ち、帝国の紋章が冷たい光を放っていた。
門前にはざわめきが渦巻き、革靴の音と紙をめくる音が重なり合う。
冒険者、商人、旅人、異国の装束を纏った者たち――皆、入門申請書を手に列を作っていた。
空気は緊張と期待で満ち、遠くで風が低く唸っている。
フーマが銀狼の耳を動かし、低く呟く。
「……ここから先は、帝国の外だ。」
メデルは思わず足を止め、列を見渡した。
「……えっ……こんなに……?」
その声は驚きに震えていた。
ルククが肩をすくめ、笑みを浮かべる。
「辺境伯館は要衝だからな。森の異変の噂が広まってるんだろ。」
ブランデットは卵を背負い直し、列を見渡した。
「……この人たち、何かを察してるのかな。」
その言葉に、メデルは胸の奥が熱くなるのを感じた。
フーマが銀狼の耳をぴくりと動かし、低く言う。
「商人の勘や獣人の勘は侮れない。……急ぐぞ。俺たちの申請は優先されるはずだが、時間はない。」
ケルビスが眉をひそめ、黄の魔力を指先に灯す。
「……この列、半分は森に入る許可を求めてるな。精霊の声が途切れたら、誰も通れなくなる。」
メデルは幼い手をぎゅっと握りしめた。
「……僕たち、早く行かないと……森が閉じちゃう。」
その声は小さいが、決意の光が宿っていた。
帝国兵が鋭い視線で一行を見据え、硬い声を発する。
「入門申請書を確認する。」
ケルメデスアールが一歩前に出て、帝国の印章を掲げる。
「帝国辺境伯館より発行された正式な許可証だ。理を糺すための旅――帝国の名において認められている。」
兵士が印章を確認し、深く頷く。
「……通過を許可する。サレム国外門での認証を忘れるな。」
門が軋む音を立てて開き、冷たい風が吹き抜ける。
その先には、サレム国の緑の紋章が揺れる門が見えた。
森の香りが漂い、精霊の気配が濃くなる。
サレム国外門では、緑衣の門番が待っていた。
「帝国からの入門者か。……認証を行う。」
その声は柔らかいが、瞳は鋭く光っていた。
メデルが一歩前に出る。
「……僕が、やります。」
幼い手が光を放ち、風と土の精霊が舞い上がる。
門番の目がわずかに見開かれた。
「……精霊が応えた。認証完了。サレム国への入門を許可する。」
ブランデットが卵を背負い直し、低く呟く。
「……ここからが本番だ。」
フーマが頷き、銀狼の耳を立てる。
「――進むぞ。森が閉じる前に。」
七つの影が、サレム国の門を越えた。
その瞬間、風が強くなり、精霊の声が遠くで震えた。
サレム国の外門の入口に、緑の光が淡く揺れていた。
だが、その光はどこか弱々しく、精霊の気配が薄れている。
風が止まり、葉のざわめきが消えた瞬間、メデルは小さく息を呑んだ。
「……精霊の声が……聞こえない……?」
その言葉に、ブランデットが眉をひそめる。
「……黄金の池への道、見えるか?」
フーマが銀狼の耳を立て、低く答えた。
「……消え始めている。闇の痕跡だ。」
ケルメデスアールが険しい顔で呟く。
「帝国の結界の揺らぎと同じ……いや、それ以上の歪みだ。」
空気が重くなり、精霊の囁きが遠ざかる。
その沈黙が、森の異変を告げていた。
焚き火の光が、闇に小さな円を描いていた。
森は静かで、精霊の声は遠い。
ルククが剣を磨きながら、低く言う。
「……俺、守るから。絶対に。」
メデルが小さな笑みを浮かべる。
「ありがとう、ルクク。」
マルコは強がるように笑い、火を見つめる。
「大丈夫。大丈夫だ。」
ケルビスは黄の魔力を指先に灯し、焦りを隠せない声で呟く。
「……精霊の声が途切れたら、どうなるんだ……?」
その問いに、フーマが静かに答える。
「……森が閉じる。黄金の池も、精霊王も、闇に呑まれる。」
ケルメデスアールが焚き火越しにフーマを見据え、低く言う。
「サレムの理が崩れれば、世界が歪む均衡は失われる。……この旅は、世界を繋ぐ最後の糸だ。」
メデルは焚き火の光に手をかざし、呟いた。
「……大丈夫!青の泉で水精霊王アダマン様を癒したもんね!だから大丈夫!火精霊王イグニス様も森も……」
ブランデットがそっと肩に手を置き、決意に言う。
「そうだ!できる!、メデル。僕たちがやるんだ。」
その言葉に、焚き火の炎がわずかに強く揺れた。
フーマが炎を見つめ、静かに答える。
「その糸を切らせはしない…。」
サレム国外門から1日半にある街のギルド。
ギルドの扉を押し開けると、昼下がりの光が木の床に斑を落としていた。
ざわめきと酒の匂いが広がり、壁には依頼書がぎっしり貼られている。
冒険者たちの笑い声、革靴の音、紙をめくる音が重なり、空気は熱を帯びていた。
フーマが銀狼の耳を動かし、低く呟く。
「……ここは帝国とは違うな。空気が荒い。」
メデルは目を丸くし、ブランデットの袖を引いた。
「……すごい、人がいっぱい……」
ブランデットは卵を背負い直し、静かに周囲を見渡す。
「……情報を集めよう。森の異変について、何か聞けるはずだ。」
カウンターに近づくと、緑衣の受付嬢が顔を上げた。
「帝国からの入門者……珍しいわね。何の用件?」
ケルメデスアールが一歩前に出て、低く答える。
「サレム国の森――黄金の池への道が消え始めていると聞いた。詳しい情報を求める。」
その瞬間、背後から野太い声が飛んだ。
「おいおい、ガキがなにしてるってんだ? 森の異変だぁ? ハハッ、笑わせんな!」
別の男が酒杯を掲げて笑う。
「そうだそうだ、精霊様にでも聞いてみろよ、坊や!」
メデルがびくりと肩を震わせ、ブランデットが一歩前に出る。
「……僕たちは遊びじゃない。」
その声は静かだが、瞳には揺るぎない光があった。
フーマが銀狼の耳をぴくりと動かし、低く言う。
「……黙れ。命を賭ける覚悟がないなら、口を閉じろ。」
その一言で、周囲の笑い声が凍りついた。
銀狼の瞳が鋭く光り、空気が一瞬で張り詰める。
受付嬢が小さな紙片を差し出し、声を潜める。
「……これが最新の報告よ。森の入口から三刻ほど進んだ場所で、黄金の池への道が消え始めてる。
戻ってきた者は、みんな『風が止まった』って言ってたわ。」
フーマが紙片を受け取り、仲間を見渡す。
「――出発だ。夜営は森の手前で取る。明日、黄金の池を目指す。」
七つの影がギルドを後にし、夕闇に染まる街路を歩き出した。
その背に、ざわめきと視線が重く降り注いでいた。
森の奥は、不気味なほど静かだった。
風が止み、葉のざわめきが消え、精霊の声が完全に途絶える。
メデルが小さく息を呑む。
「……声が……消えた……」
その瞬間、フーマの銀狼の耳がぴくりと動いた。
「――来るぞ。」
低い声が空気を裂いた。
黒い霧が、森の奥から溢れ出す。
獣の影が揺れ、赤い光が闇の中で瞬いた。
「闇の眷属……!」ケルメデスアールが剣を抜き、魔力を纏う。
最初の一撃は、音もなく襲った。
黒い爪が空気を裂き、ブランデットの背に迫る。
「――兄さま!」
メデルの叫び。ブランデットが瞬時に青の魔法陣を展開し、光の盾が闇を弾いた。
「卵は守る!」
彼の声が鋭く響く。
「囲まれるな! 前へ!」
フーマが吠え、銀狼の脚で地を蹴る。
剣が闇を裂き、黒い霧が悲鳴を上げる。
「数が多い……!」
ルククが剣を抜き、背後から迫る影を斬り払う。
火花が散り、血の匂いが森に広がった。
「メデル、詠唱!」ブランデットの声が飛ぶ。
メデルの小さな手が震えながらも、黒の魔法陣が展開する。
「日々の塵や穢れを洗い流し、心を澄みわたらせる力を持ち、聖なる魂の疲れを浄化せよ。」
青い光が奔り、影を焼き尽くす。
「ブランデットお前も、祈れ!」フーマが叫ぶ。
ブランデットは頷き、白の魔法陣が展開する。
「日々の塵や穢れを洗い流し、心を澄みわたらせる力を持ち、聖なる魂の疲れを浄化せよ。」
赤い光が奔り、影を焼き尽くす。
ケルビスが土壁を立ち上げ、仲間を守る。
「後ろ、塞いだ! 今のうちに!」
二人は同時に、詠唱を始めた。
「日々の塵や穢れを洗い流し、心を澄みわたらせる力を持ち、聖なる魂の疲れを浄化せよ。」
銀狼の力が解き放たれ、剣が光を纏い、最後の影を斬り裂いた。
その言葉が森に響いた瞬間、空気が震えた。
青白い風が木々の間を駆け抜け、葉を揺らす。
黒と銀の光が地面を這い、靄を吸い上げるように消していく。
精霊たちがふわりと舞い、光の粒が祝福のように降り注いだ。
小人たちは葉笛を鳴らし、静かに頭を垂れ
静寂が戻る。
だが、空気はまだ重い。
ブランデットが卵を抱え直し、低く呟く。
「……これが、始まりか。」
フーマが血に濡れた剣を振り払い、鋭い視線で森の奥を見据える。
「黄金の池まで、あと半刻。闇はもっと深い。」
その先に――黄金の池が、白い煙を吐いていた。
光の道を駆け抜けた七人の前に、森が静かに開ける。そこは、まるで別世界だった。
褐色と灰色の岩が並び、木々は一本もない。地には淡い光の紋様が刻まれ、中央に――黄金の池があった。
水面は煙に覆われ、黄金の光を映している。だが、よく見ると、池底には精霊たちの影が揺れていた。
メデルがそっと泉に近づき、震える声で呟く。
「……ここが、命の泉……?」
ブランデットが頷き、目を閉じて魔力の流れを探る。
「魔力が……澄んでる。でも、深い。底に何かが眠ってる。」
その時、泉の水面がふわりと揺れた。赤黄の魔力が立ち上がり、精霊の声が響く。
“よく来た、子らよ。闇を越え、心を澄ませ、ここに至った者たちよ。”
声は優しく、しかしどこか震えていた。
“この池は、赤心――嘘いつわりのない心を映す鏡。魂の記憶、魔力の源。だが、今、閉ざされている。”
メデルが池に手を伸ばす。水は冷たく、優しく、指先に触れた瞬間――彼の魔力が静かに共鳴した。
“お前の魔力は、闇を抱き、光を求める。その心が、泉を癒す鍵となる。”
ブランデットも手を添える。白い魔力が水面に広がり、青い光が泉の底から立ち上がる。
“青魔法士よ。風と水の理を知る者。お前の澄んだ心が、泉の記憶を呼び覚ます。”
泉の光が強まり、七人の足元に紋様が広がる。精霊たちが姿を現し、輪を描くように舞い始める。
“今こそ、浄化の儀を。命の流れを繋ぎ、森を癒す時。”
メデルとブランデットは互いに目を合わせ、頷いた。
「やろう、兄様。」
「うん、メデル。」
二人は手を重ね、魔力を泉へと流し始める。
黒と銀の光、白と青の風が水面に溶け込み、静かに広がっていく。
泉の底から、古代の記憶が泡のように浮かび上がり、精霊たちの歌が森に響き渡る。
詠唱が始まる――
「天と地の祈りよ、なにものにも染まらぬ強き魔力よ。火の地を癒やし魂の記憶、輪廻の環を超えて、黄泉の淵より響く声。
神気を宿し賜う貴方、我は願う。天地を貫き、森羅万象に働くこの『黒の祈り』を。」
「天と地の祈りよ、なにものにも染まらぬ強き魔力よ。火の地を癒やし魂の記憶、輪廻の環を超えて、黄泉の淵より響く声。
神気を宿し賜う貴方、我は願う。天地を貫き、森羅万象に働くこの『白の祈り』を。」
その言葉とともに、池の水が一度だけ高く舞い上がり、七人の頭上に降り注いだ瞬間、空気が震えた。
その光は祝福であり、同時に――呼び声だった。
水面が静かに渦を巻き、中心から青白い柱のような光が立ち上がる。
だが、その光の奥で――黒い影が蠢いた。
黒い霧が渦を巻き、闇を纏った魔獣が姿を現した。
獣の咆哮が森を震わせ、赤い眼が三つ、黄金の光を裂くように輝く。
その体は岩のように硬く、黒い炎を纏っていた。
「――来るぞ!」
フーマが剣を抜き、銀狼の耳を立てる。
「卵を守れ! 儀式は止めるな!」
ケルメデスアールが声を張る。
魔獣が地を蹴り、岩を砕きながら突進する。
「メデル、ブランデット、詠唱続けろ!」
フーマが盾を展開し、闇の爪を弾く。
「黒の祈り……白の祈り……!」
メデルの声が震えながらも紡がれる。
ブランデットはメデルの側に行き詠唱。
「右から来る!」
マルコが剣を振り抜き、影を斬り裂く。
「後ろ、塞ぐ!」
ケルビスが土壁を立ち上げ、仲間を守る。
「炎よ、闇を裂け!」
ケルメデスアールの剣が赤く輝き、炎の刃が魔獣の肩を焼く。
だが、黒い霧が絡みつき、炎を呑み込む。
「硬い……!」
フーマが歯を食いしばり、銀狼の力を解き放つ。
剣が光を纏い、闇を裂く――だが、魔獣は咆哮し、黄金の池の水が激しく揺れた。
「今だ、メデル!」
ブランデットが叫ぶ。
メデルの黒魔法が奔り、闇を焼き裂く。
「――祓え!」
黒と白の光が交錯し、魔獣の体を貫いた。
フーマの剣が最後の一撃を放ち、炎と光が爆ぜる。
魔獣が絶叫し、黒い霧が消えた。
黄金の池が静かに輝きを取り戻し、精霊たちが舞い始める。
メデルとブランデットが手を重ね、魔力を泉へと注ぐ。
「……森を、癒す……」
黒と銀、白と青の光が水面に溶け込み、森全体に広がっていく。
その時――炎の柱が天へと立ち上がった。
熱風が吹き、赤い光が森を染める。
精霊たちが一斉に跪き、声が響いた。
“よくぞ闇を祓い、命を繋いだ者たちよ。”
炎の中から、神々しい影が現れる。
燃える翼、紅蓮の瞳、炎を纏う王の姿。
火精霊王――イグニス。
その声は、森羅万象を震わせる力を宿していた。
“次なる理を糺す覚悟を示せ。試練の道へ”
七人は炎の光に包まれながら、互いに視線を交わした。
黄金の池は、炎の精霊が眠る聖域だった。水面は金色に輝き、熱気と魔力が渦を巻き、空気そのものが燃えるような圧力を帯びている。足を踏み入れた瞬間、頬を焼く熱風が吹き抜け、仲間たちを包み込んだ。
心の試練
「……すごい、ここが炎の聖域……皆それぞれ試練に行ったの……。」
ブランデットが小さく呟いた。幼い声が震えていたが、その瞳には恐れよりも決意が宿っている。
「怖いか?」
マルコが隣で問いかける。彼の声は低く、落ち着いていた。
「……ちょっと。でも、僕……逃げない。」
ブランデットは唇を噛み、視線を炎に向けた。
炎の奥から低く響く声が届く。大地の底から湧き上がるような重厚な声だった。
「小さき者よ、炎は何をもたらす?」
その問いは、ただの言葉ではなかった。心の奥底を覗き込み、魂を試す声。ブランデットは一歩前に出た。幼い肩に重い問いがのしかかる。彼は震える唇で答えた。
「破壊じゃない……炎は、闇を照らす光だ。希望を燃やす力だ。」
マルコが静かに笑った。
「いい答えだな。炎は試練だ。焼かれてなお立つ者だけが未来を掴む。俺は燃え尽きても構わない――仲間を守れるならな。」
炎が揺れ、二人の言葉を試すように赤く脈打った。熱気がさらに強まり、黄金の池の水面が波打つ。
「ならば示せ。炎を恐れぬ心を。」
耐久試練
轟音とともに炎の壁が立ち上がった。赤と金の炎が絡み合い、まるで生き物のようにうねりながら道を塞ぐ。
「……でかいな。」
フーマが低く呟く。その声には戦場を幾度も越えてきた者の重みがあった。
「ケルビス、恐れるな。炎は敵じゃない、道だ。」
フーマが前を見据えたまま言う。
ケルビスは歯を食いしばり、と答える。
「わかってる……俺は守る者だ」
胸には遠く離れた家族の顔が浮かんでいた。まだ見ぬ弟妹、そして母の笑顔。守ると誓ったその想いが、炎よりも熱く彼を突き動かす。
幻影が二人を惑わせる。燃え落ちる家、仲間の悲鳴、過去の失敗それでも彼らは進む。
「痛みは一瞬だ。だが、誓いは永遠だ。」
フーマの声が炎の轟きに負けずケルビスの耳に届く。
炎の壁を抜けた瞬間、熱風が背を押し、二人は膝をつきながらも笑った。
「……やったな。」
ケルビスが息を吐く。
「まだ終わりじゃねぇぞ。」
フーマが炎の奥を見据えた。
魔力共鳴試練
黄金の池の中央、炎の核が暴れ狂っていた。赤い光が空を裂き、熱が皮膚を焼く。
「……すごい、こんなの……」
ルククが声を震わせる。
「恐れるな、ルクク。炎は心を試すだけだ。」
ケルメデスアールの声は深く、威厳を帯びていた。
「熱い……でも、負けない!」
ルククは必死に耐えながら叫ぶ。
炎の核が二人を押し返す。魔力が暴走し、空気が裂ける音が響く。
「お前の心が折れぬ限り、炎は従う。」
ケルメデスアールの言葉に、ルククの瞳が強く光った。
二人の魔力が共鳴した瞬間、炎が静まり、核が黄金に輝いた。
結界の制御
「えええええ僕ひとりなの???」
結界が暴走し、黄金の池が崩れ始める。炎の精霊の怒りが空を焦がし、熱風が嵐のように吹き荒れる。
「……止まって。炎は怒りじゃない、命を繋ぐ光……」
メデルの小さな声が魔力に変わり、焔環が静まる。
炎の精霊が姿を現した。その姿は、燃える翼を持つ朱の巨鳥――朱雀。黄金の羽が炎をまとい、空を覆うほどの威容を放っていた。
「よくぞ示したな。炎は破壊にあらず、再生の力。契約を授けよう。」
契約儀式
朱雀の翼が広がり、炎の光が黄金の池を覆った。熱はもはや痛みではなく、祝福の温もりとなって仲間たちを包み込む。空気が震え、世界そのものが沈黙したかのような静寂が訪れる。炎の精霊の力は、ただの魔力ではない。命を燃やし、誓いを刻む力だった。
メデルは小さな体でその光を受け止めていた。幼い瞳に映るのは、燃える朱の羽と、仲間たちの顔。彼は胸の奥で呟く――これが炎の心。怒りじゃない、命を繋ぐ光。その言葉が再び魔力に変わり、朱雀の瞳が柔らかく光を宿す。
「よくぞ示したな。」
精霊の声は、炎の轟きに溶けながらも、確かな響きを持っていた。
「炎は破壊にあらず、再生の力。お前たちに契約を授けよう。」
光が降り注ぎ、仲間たちの胸に炎の紋章が刻まれる。
ブランデットはその熱に目を閉じ、唇を噛んだ。幼い心に宿った覚悟が、今、形を持ったのだ。彼は思う――僕はもう、ただ守られるだけじゃない。守るんだ、みんなを。
マルコは静かに目を伏せ、長い旅路で背負ってきた重みが、炎に溶けていくのを感じていた。試練は終わった。だが、戦いはこれからだ。その胸に刻まれた紋章は、誓いの証だった。
フーマは炎の光を見上げ、低く息を吐いた。戦場で幾度も見た炎は、奪うものだった。だが今、炎は与えるものだ。……悪くないな。彼の声は、誰にも聞こえないほど小さかったが、その瞳には確かな誇りが宿っていた。
ケルビスは拳を握りしめ、胸の奥で家族の笑顔を思い浮かべた。必ず帰る。守る者として。炎の紋章が彼の誓いを刻み、熱が心臓の鼓動と重なる。
ルククは肩で息をしながら、ケルメデスアールの横顔を見た。大人の威厳を纏うその姿に、彼は憧れを隠せない。僕も……強くなる。その決意が炎に照らされ、朱雀の瞳が微笑むように光った。
ケルメデスアールは静かに目を閉じ、炎の力を受け止めた。守るための力――それが彼の誇りであり、責務だった。この契約、必ず帝国の未来に繋げる。その言葉は心の奥で燃え、炎と共に誓いとなった。
朱雀の翼が広がり、炎の光が黄金の池を覆った。熱はもはや痛みではなく、祝福の温もりとなって仲間たちを包み込む。
「……きれい……」
ブランデットが呟く。
「悪くないな。」
フーマが低く息を吐いた。
「必ず帰る。守る者として。」
ケルビスは拳を握りしめる。
「暖かい…癒されてる?」
ルククが囁く様に言う。
「凄い…力が漲る…」
マルコが目を大きく開け自分の体を見ながら言う。
「…再生の力…老いた私に…ありがとうございます…守ります」
ケルメデスアールは誓う。
「とりさん♪バイバイ♪」メデルは大きく手を振る。
光が降り注ぎ、仲間たちの胸に炎の紋章が刻まれる。朱雀の瞳が柔らかく光を宿す。
試練は終わった。だが、その余韻は仲間たちの胸に深く刻まれ、決して消えることはない。
遠くで風が吹いた。炎の匂いを運びながら、次なる旅路を告げるように。
黄金の池は、静寂の中で七人を迎えていた。
先ほどまで炎が荒れ狂う聖域だった場所は、今や柔らかな湯気をまとい、祝福の光を湛えている。湯面は金の糸を織り込んだようにきらめき、空気には炎の残り香と甘やかな芳香が溶け合っていた。
炎の精霊王イグニスは、燃え立つ翼をゆるやかにたたみ、深く響く声で告げる。
「よくぞ耐え抜いた。炎はお前たちを滅ぼすために在るのではない。――今、その身を癒せ。黄金の湯に浸り、再生の理を受けよ。」
湯気は淡い光を孕み、まるで精霊たちの吐息のように肌を撫でる。仲間たちは互いに視線を交わし、張り詰めた心がほどけていくのを感じた。
メデルは小さな手で湯をすくい、頬に触れる。
「……あったかい……炎なのに、優しい……」
その声は、静けさに溶ける祈りのようだった。
ブランデットが微笑み、金の光を映した瞳を輝かせる。
「兄様、これ……温泉みたいだね。僕、初めてだよ!」
ルククは湯の中で手を広げ、無邪気に笑う。
「泳いでいい?」
フーマの銀狼の耳がぴくりと揺れ、低く唸る。
「やめろ。ここは遊び場じゃねぇ。」
だが、その声にも硬さはなく、マルコが肩を揺らして笑う。
「いいじゃないか、少しくらい。……俺も久々に肩の力が抜けたよ。」
ケルメデスアールは目を閉じ静かに祈る…(エリザマージスもう少しこちらに居る事になった様だ(笑)もうしばらく待っててくれ(笑))
フーマは目を伏せ、湯面に映る炎の残光を見つめながら、誰にも届かぬほど小さく呟いた。
「……前にも、こんな光があったな……」
イグニスは池の中央に立ち、炎の翼を広げる。その輝きは夕陽を閉じ込めたように荘厳で、最後の言葉が空気を震わせた。
「炎は怒りにあらず、命を繋ぐ光。――お前たちに再生の力を授けた。次なる理、ナケミ共和国の風の深淵が、お前たちを待っている。あ奴はまだ保っている。」
黄金の湯が静かに波打ち、七人の体を包み込む。熱は痛みではなく、祝福の温もり。試練の余韻と、新たな旅路への予兆が、揺れる湯気の向こうに淡く灯っていた




