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僕はメデル〜" "にはなりません〜  作者: はるかかなえ


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㊻旅―冒険者(王都フーマ)26

王城の客間前。

「フーマ様、どうか城に滞在を!」

小柄な従僕プルケルが、両手を広げて立ちはだかった。

銀狼は片眉を上げ、面倒そうに耳をぴくりと動かす。

「悪いな、プルケル。俺は宿の方が落ち着く。」

「落ち着くって……ここは王城ですよ!? ベルセル様もお待ちです!」

「だからだ。」

フーマは肩をすくめ、銀の髪を揺らした。

「王城は騒がしい。俺は静けさが欲しい。」

プルケルは必死に食い下がる。

「でも、でも! お食事も整えてありますし、ふかふかの寝台もございます!」

「寝台より、俺は剣を磨く場所が欲しい。」

「剣!? そんなの城でも――」

「……プルケル。」

銀狼の瞳が細められ、低い声が落ちる。

「俺は獣人だ。檻の中じゃ眠れない。」

プルケルは一瞬固まり、次に頬をぷくっと膨らませた。

「……そんな言い方、ずるいです!」

「悪いな。」

フーマは軽く笑い、プルケルの肩をぽんと叩いた。

「ベルセルに伝えろ。『銀狼は風の匂いを選んだ』ってな。」

「風の匂いって……詩人ですか!?」

「詩人じゃない。獣人だ。」

フーマが笑うと、プルケルはさらに必死になる。

「じゃあ! せめて朝食だけでも! 豪華なやつ! パンも焼き立てで、果物も山盛りで!」

「……宿のパンで十分だ。」

「十分じゃないです! 王城のパンはふわふわなんです! ふわっふわ!」

プルケルは両手でふわふわを表現しながら、ぴょんぴょん跳ねる。

「……お前、必死だな。」

「必死ですとも! ベルセル様に『銀狼を泊められなかった』なんて言えません!」

「じゃあ、こう言え。『銀狼は風と自由を選んだ』ってな。」

「詩人ですか!? やっぱり詩人ですよね!?」

「獣人だ。」

フーマは笑いながら背を向けた。

銀の髪が夜の灯りにきらめき、扉の向こうへ消えていく。

プルケルはその背中を見送りながら、鼻息をふんすと鳴らした。

「……負けた。でも、絶対また呼び戻しますからね! ふんす!」

その声は、廊下に小さく響いた。


王城・執務室

ベルセル王子は書類に目を通していた。

扉が勢いよく開き、小柄な影が飛び込んでくる。

「ベルセル様ぁぁぁ!」

プルケルが息を切らしながら、胸に手を当てて叫んだ。

「フーマ様は……風を選びました!」

ベルセルはペンを止め、ゆっくり顔を上げる。

「……風?」

「はい! 風です! 銀狼は、檻の中じゃ眠れないって……!」

プルケルは必死に説明しながら、両手で“風”を表現するようにひらひらさせる。

「だから、宿に行きました! ふわっと! 自由に!」

ベルセルはしばらく沈黙し、やがて深いため息をついた。

「……詩人か?」

「違います! 獣人です!だそうです!」

プルケルは即座に否定し、鼻息をふんすと鳴らした。

「でも、でも! 次は絶対泊めます! 豪華な朝食で釣れなかったので何か考えます!」

「……お前、必死だな。」

ベルセルは苦笑し、ペンを置いた。

「いい。好きにしろ。ただ、フーマに無理じはするな。」

「はいっ!」

プルケルは敬礼し、勢いよく部屋を飛び出していった。

その背中を見送りながら、ベルセルは小さく呟いた。

「……風、か。あいつらしいな。(笑)」

報告を終えた後プルケルは鼻息をふんすと鳴らしながら、廊下を小走りで戻っていた。

「……よし、次は絶対泊める! 朝食で釣れなかったなら……何で釣る!? 剣? いや、剣は危ない! 風? 風は無理!」

両手をぶんぶん振りながら、真剣に考える。

「……そうだ! 肉だ! 肉ならフーマ様も絶対好き! ビッグボアのロースト! いや、もっと豪華に……地竜蜥蜴の肉も付ける!」

プルケルの目がきらりと光った。

「ふんす! 次こそ勝つ!」

その声が廊下に響き、通りかかった侍女が苦笑した。


夜、王都酒場「アルコ」。

木の梁に吊るされたランプが黄金色の光を落とし、肉の香りと笑い声が混ざり合う。騎士や冒険者たちが杯を打ち鳴らし、賑やかな夜が続いていた。

扉が軋む音と共に、銀色の髪が揺れた。

「……おや、懐かしい顔が揃ってるな。」

低く響く声に、酒場の空気が一瞬止まる。

フーマ帝国一のAランク獣人が、陽気な笑みを浮かべて立っていた。

「フーマじゃねえか!」

顔馴染みの冒険者が声を上げる。

「ココはどんな感じだ? 状況はどうだ……子が出来たか?」

「お前、いきなり何聞いてんだよ!」

酒場が笑いに包まれる。

カウンターの奥で、マスターが肉フライを皿に盛りながら声を掛けた。

「フーマ、久しぶりだな。旅はどうだった?」

「悪くない。……だが、まだ終わってない。」

フーマは椅子に腰を下ろし、銀の耳をぴくりと動かした。

マスターがふと眉をひそめる。

「お前、魔力が纏わりついてるな。何かあったのか?」

フーマは杯を傾け、静かに答えた。

「……まだ中には魔力がない。だが、最近…魔力を感じることが多くなってきた。」

その言葉に、周囲がざわめく。

「銀狼が魔力を……?」

「何か始まるのか?」

その時、隣の席で騎士たちが噂話を始めた。

「そういや、帝国の揺らぎが消えたって話、聞いたか?」

「揺らぎ……あの空気の重さがなくなったってやつか?」

「ああ。最近、空がやけに澄んでる。風も軽い。まるで何かが浄化されたみたいだ。」

「神殿の連中が動いたんじゃねえのか?」

「いや、もっと大きな力だろうな……」

「聖女か?…いや!だったら協会が動いて発表してんなぁ」

「だろう?…なんだろう…わかんねぇなぁ。」

フーマは黙って杯を置き、銀の瞳で炎を見つめた。

「……澄んでいる、か。」

その声は低く、誰にも届かないほどの呟きだった。

彼の耳には、遠くで鳴る風の音が聞こえていた。

何かは変わっている。確実になぁ。

フーマは笑った。

「さあ。だが旅が面白くなるのは確かだ。」

銀の瞳が、炎の光を受けて鋭く光った。


翌朝、王都の宿の一室。

窓から差し込む光が、銀の刃を淡く照らしていた。

フーマは椅子に腰を下ろし、剣を膝に置いて静かに磨いている。

布が刃を滑るたび、金属の冷たい音が小さく響いた。

「……空気が軽い。」

呟きは誰に向けたものでもない。

昨夜、酒場で聞いた噂…帝国の揺らぎが消えたという話。

それはただの言葉ではなかった。

今、窓の外に広がる空は、確かに澄んでいる。

風が柔らかく、匂いが違う。

獣人の感覚が告げていた。

…やはり王家の魔力の奉納は意味があったんだろうなぁ…確実に何かが変わった。

フーマは剣を見つめる。

銀の刃に映る自分の瞳が、炎のように揺れていた。

「魔力を感じる……俺の中じゃない。だが、世界が近づいてきている。」

その感覚は、旅の途中から始まった。

精霊の森で吹いた風、神殿で響いた鐘の音

それらが、今も耳の奥で鳴っている。

「面白くなるな。」

布を置き、剣を鞘に収める。

銀狼の笑みは、嵐の前の静けさのようだった。

帝国は澄んでいる。

だが、その澄み切った空の下で、何かが蠢いている。

次の旅も、坊主達はもっと闇と光を連れてくる。

フーマは立ち上がり、窓を開けた。

冷たい朝の風が頬を撫でる。

遠くで鐘が鳴った。

その音に、銀狼は静かに笑った。


王都の朝、宿を出てギルドへ向かうフーマ

銀狼は剣を背に、軽い足取りで石畳を歩いていた。

「……一日暇か。体でも動かすか。」

ギルドで軽く鍛錬して、情報を拾うつもりだった。

だが、角を曲がった瞬間。

「フーマさーん!」

元気な声が響き、銀狼の耳がぴくりと動く。

振り向けば、ルククが全力で手を振っていた。

その隣には、長身のマルコが肩をすくめて立っている。

「お前ら……何してんだ。」

「ちょうどいいところに! 地竜蜥蜴、捕りに行きません?」

ルククの目がきらきら輝く。

「……地竜蜥蜴?」

「はい! ギルドで依頼出てたんです!依頼は地竜蜥蜴の肝です!!僕は肉~(笑)!!肉が高級です!鍋にしたら最高!」

「お前、鍋のために命懸けか。…いや!いや!地竜蜥蜴は焼きだろう!!」

フーマは苦笑し、マルコに視線を向ける。

「……止めなかったのか?山奥だぞ?」

「止めた。三回。でも聞かない。」

マルコは肩をすくめ、ため息をついた。

「なあ、フーマ。暇なんだろ? ちょっと付き合えよ。姉ちゃんじゃなくテティソに焼き肉作って貰うからさぁ(笑)」

「……はぁ。」

フーマは頭をかき、笑みを浮かべた。

「面白そうじゃねえか。行くぞ。」

ルククが「やったー!」と跳ね、マルコが苦笑しながら後を追う。

こうして、銀狼の“暇な一日”は、予想外の狩りで幕を開けた。


岩山の奥、湿った空気が漂う洞窟前

「……ここだな。」

フーマが足を止め、銀の耳をぴくりと動かした。

岩陰から低い唸り声が響く。

次の瞬間、地面が震え、岩を砕きながら巨大な影が姿を現した。

「で、でかっ……!」

ルククの声が裏返る。

「小さいんじゃなかったのか?(笑)」

フーマが冷ややかに笑う。

「馬よりデカいぞ?」

マルコが淡々と剣を抜いた。

地竜蜥蜴――灰緑の鱗に覆われた巨体、尾が岩を薙ぎ払い、牙が光る。

その目は赤く、侵入者を睨みつけていた。

「肝は俺が抜く。肉は……好きにしろ。」

フーマが銀剣を抜き、低く構える。

次の瞬間、尾が唸りを上げて襲いかかる。

岩が砕け、砂煙が舞う。

「ルクク、下がれ!」

マルコが叫び、剣で尾を受け止める。

衝撃で腕が痺れる。

「硬ぇ……!」

「鱗は岩だ。狙うなら首の下だ。」

フーマが跳躍し、銀剣を閃かせる。

刃が鱗を弾き、火花が散る。

地竜蜥蜴が咆哮し、顎を開いた。

「噛まれたら終わりだぞ!」

フーマが笑いながら、尾を踏み台にして背へ飛び乗る。

銀の刃が首筋を狙い、赤い血が飛び散った。

「今だ、マルコ!」

「了解!」

マルコが剣を突き立て、ルククが必死に魔法で足を封じる。

地竜蜥蜴が暴れ、岩が崩れる。

だが、最後にフーマの剣が深く突き刺さり、巨体が地に沈んだ。

「……肝、確保。」

フーマが血に濡れた剣を振り払い、笑みを浮かべる。

「肉は……好きにしろ。」

ルククが歓声を上げ、マルコが肩をすくめた。

「……鍋か焼きか、決めとけよ。」

「両方食べる!」

ルククの声が岩山に響いた。


岩山の静けさの中、巨大な地竜蜥蜴の亡骸が横たわる。

フーマが無駄のない動きで肝を取り出し、血の匂いが漂う。

「……肝、確保。」

銀狼が短く告げると、ルククが目を輝かせて叫んだ。

「肉ぅぅぅ!!」

マルコは冷静に剣を拭きながら言う。

「血抜きしろよ。腐るぞ。」

「わかってる。」

フーマは笑みを浮かべ、巨大な肉塊を切り分ける。

「……お前ら、鍋のために必死だな。」

「鍋も焼きも両方だ!」

ルククが鼻息をふんすと鳴らし、拳を握った。

帰りはギルドによって依頼品を渡す

ギルドの受付嬢が肝を確認し、笑顔で言う。

「地竜蜥蜴の肝、確認しました!報酬はこちらです。」

ルククが胸を張る。

「肉は僕たちのもんだ!」

フーマは肩をすくめ、低く笑った。

「……肉より酒だな。」

マルコが呆れ顔で「結局飲むだけじゃねえか」とぼそり。


厨房は戦場だった。

「急げ急げ! 肉!肉!」

ルククが巨大な肉塊を背負い走り、マルコもフーマも黙々と運ぶ。

「血抜きは完璧だ。……あとは食うだけだな。」

フーマが笑うと、テティソが腕まくりして待っていた。

「本当に狩って来たんですね! でかいなぁ……地竜蜥蜴!」

銀狼が問いかける。

「焼けるか?」

「焼けるとも! 強火で一気に肉汁を閉じ込めるんだ!そして後はじっくり火を通す!」

鉄板に肉が乗り、ジュウッと音が響く。

香ばしい匂いが広がり、ルククが鼻をひくひくさせた。

「うわぁぁぁ……お父さん最高!」

隣ではマルデージが鍋を仕込んでいる。

「薬草と野菜をたっぷり入れるぞ! 精霊鍋にするからなぁ!」

鍋から立ち上る湯気が、肉の香りと混ざり合う。

「焼きも鍋も……両方食べる!ふんす!」

ルククが鼻息を鳴らし拳を握る。

フーマは笑った。

「……俺は肉より酒だな。」

「お前、結局飲むだけじゃねえか。」

マルコが呆れながらも笑みを浮かべる。


鉄板の上で肉がジュウジュウと音を立て、鍋からは薬草と野菜の香りが立ち上る。

その香りは廊下まで広がり――

「……なんだ、この匂い。」

ブランデットが鼻をひくひくさせながら現れた。

「お兄様、すごい匂い……!」

メデルが目を輝かせ、ルククの隣に駆け寄る。

「鍋も焼きも両方あるぞ!」

ルククが胸を張り、鼻息ふんす。

「ルクク、何やったんだ?」

「……肉を狩って来たのか…。」

ヴェルメールが腕を組み、呆れ顔で笑う。

「……地竜蜥蜴だ。」

フーマが短く答えると、ヴェルメールの眉が跳ね上がった。

「はぁ!? あれを狩ったのか!」

「肝はギルドに渡した。肉は……宴だ。」

銀狼が笑みを浮かべる。

その時、静かな足音と共に、リクセル女王が姿を現した。

「……面白そうなことをしているわね。」

場が一瞬静まり、次に爆笑が起きる。

「女王様!? 鍋食べます?」

ルククが無邪気に問い、リクセルは微笑んだ。

「……ええ、少しだけ。」

その時、厨房の奥から豪快な笑い声が響いた。

「おいおい、肉だけじゃ宴にならねぇだろ!」

料理長が両腕に酒樽を抱えて現れた。

「最高の地竜蜥蜴には、最高の酒だ!」

樽の栓が抜かれ、芳醇な香りが広がる。

フーマが杯を掲げ、瞳が炎に照らされて輝いた。

「……肉より酒だな。」

「お前、結局飲むだけじゃねえか。」

マルコが呆れながらも笑う。

その時、ベルセル王子が顔を出した。

「……俺の分は?」

場が一瞬静まり、次に爆笑が起きる。

フーマは酒杯を傾けながら、ちらりと視線を向ける。

「遅ぇぞ、王子。肉は……まだ残ってる。」

「残ってる? お前ら、どれだけ食ったんだ…地竜蜥蜴だろう…。」

ベルセルが苦笑しながら席に着くと、フーマが低く笑った。

「心配すんな。鍋も焼きも両方ある。……ただし、酒は俺のだ。」

「酒だけは譲らないってか?」

「獣人の誓いだ。」

フーマの銀の瞳が炎に光り、ベルセルが肩をすくめる。

「……相変わらず自由だな、お前。」

「檻の中じゃ眠れないんでな。」

その言葉に、ベルセルは小さく笑った。

「風を選んだ銀狼か……悪くない。」

二人の笑みが交わり、宴の熱気に溶けていった。

プルケルは地竜蜥蜴肉の山を見てガックリ肩を落とした。

「私の計画が……!」

こうして、城の大食堂は笑いと香り、そして酒の香りに包まれた。

銀狼の暇な一日は、最高の宴で幕を閉じる。


神殿・面談室

白い石壁に囲まれた静かな空間。淡い光が差し込み、精霊の気配が微かに漂っていた。

フーマは椅子に腰を下ろし、銀の耳をぴくりと動かす。

目の前には、深い青の法衣を纏ったリュスクマテルテス神官が座っていた。

「……銀狼よ。何か話があると聞いた。」

低く穏やかな声に、フーマは短く息を吐いた。

「俺は……変わってきている。」

銀の瞳が静かに揺れる。

「元々、魔力なんて感知する程度だった。精霊や小人の気配も、野生の勘でわかるくらいだ。」

リュスクマテルテスは黙って頷く。

「だが、旅に出て……ブランデットとメデルと過ごすうちに、体に魔力が覆われる感覚がある。結界も見える。精霊の姿も、はっきりと。」

リュスクマテルテスの瞳が細められた。

「……それは獣人として異例ですね。フーマ何がきっかけだと思思われますか?」

「わからねぇ。ただ……ブランデットとメデルが世界の理に近づいてきている気がする。」

フーマの声は低く、炎のような熱を帯びていた。

「俺は何で見える坊主達は何に近づいている? 力か……それとも、何か別のものか。」

リュスクマテルテスは静かに立ち上がり、窓の外を見やった。

「帝国の揺らぎが消えた今、均衡は動いています。貴方の変化も、世界の兆しだと思われます。」

「世界…兆し……か。」

フーマは笑みを浮かべ、銀の耳を伏せた。

リュスクマテルテスの魔力が淡く響き、空気が張り詰め語る。

「…獣人に魔力が宿るのは、古代の記録にしかありません。……進化した獣人。フーマ、あなたはその兆しかもしれません。」

「進化……か。…面白くなるな。」

淡い光の中、銀狼の瞳が鋭く光った。

――その変化は、次の旅で試される。

石段を降り、外に出た瞬間、風が頬を撫でた。

フーマは立ち止まり、深く息を吸う。

「……風が澄んでいる。」

その匂いは、遠い森の記憶を呼び起こすようだった。

銀狼は笑みを浮かべ、剣の柄に手を添えた。

「次の旅……面白くなるな。」

鐘の音が遠くで響き、空は青く澄み渡っていた。

その瞬間、視界の端で小さな光が揺れた…精霊の影か、それとも兆しか。

フーマは銀の耳をぴくりと動かし、静かに歩き出した。


ギルド・昼下がり

木の扉を押し開けると、ざわめきと酒の匂いが広がった。

フーマはカウンターに肘をつき、低く声をかける。

「……最近、何か動きは?」

受付嬢が眉をひそめる。

「帝国北境で結界が揺らいだって話があります。神殿の鐘も夜中に鳴ったとか……」

「結界が……揺らいだ?」

銀狼の耳がぴくりと動き、瞳が鋭く光った。

…結界が強化された事が揺らいだ事になっているんだな…。

「……結界…揺らぎ。」

受付嬢続けて言う。

「サレム国の森が変わって来ているって話もあります。池にたどり着けないって言われてます。」

フーマ呟く。

…青の泉…黄金の池…水の精霊王が言っていた火の精霊王か…。

「……闇……か。」

ギルドを出たフーマは、冷たい風を頬に受けながら空を仰いだ。

昼下がりの陽光はまだ柔らかいが、胸の奥に広がる予感は重い。

黄金の池、……火の精霊王。水の精霊王が言っていた闇に吞まれかけている…。

サレム国の森で何かが起きている。

彼は腰の剣を確かめ、銀狼の耳を立てた。

「……行くしかないな。」

ギルドの扉が背後で軋む音を立てる。

ブランデットとメデルに知らせるべきか、――その選択が、帝国の未来を左右する。

王城の奥、陽だまりの影が長く伸びる一室。

重い空気が漂い、窓辺に差し込む光が古びた羊皮紙を淡く照らしていた。

木の机の上には地図が広げられ、赤い印がいくつも刻まれている――帝国の揺らぎを示す傷跡のようだった。

沈黙を破ったのは、デジルだった。

深く息を吐き、拳を握りしめる。

「……すまん。旅について行くと言っていたが……王都に残り、騎士団を見たい。

世界の結界が揺らいだ今、王都を空にするわけにはいかん。」

その声には、戦士としての責任と父としての葛藤が滲んでいた。

椅子が軋む音とともに、ケルメデスアールが立ち上がる。

瞳に決意の炎を宿し、声を張る。

「大丈夫だ、私が共に行く!

帝国の血を引く者として、この異変を見過ごすわけにはいかない。」

その言葉は、部屋の空気を一瞬で張り詰めさせた。

マルコが笑みを浮かべ、父を見上げる。

「父さん、強くなってコクベック様に挑戦できるようになってくるぜ。

俺は……この旅でもっと強くなる!」

若さゆえの無鉄砲さと、胸に秘めた誇りがその声に宿っていた。

そして、銀狼の耳を立てたフーマがゆっくりと立ち上がる。

その瞳は鋭く、言葉は低く重い。

心の奥で、彼はひとり呟く。

……結界が強化された事が揺らいだ事になっていると思うんだが……不確かだからな。

「……承知した。サレム国の森へ向かう。

世界の揺らぎと森の異変――どちらも放っておけない。

ケルメデスアール様、頼りにする。マルコ、準備はいいか? デジル、王都を頼む。

……ブランデットとメデルの動きが遅れれば、精霊の声は二度と戻らない。」

その時、扉が静かに軋み、陽だまりの影を切り裂いた。

振り返った視線の先に、三つの小さな影が立っていた。

先に歩み出たのはブランデット。

淡い青の外套を肩に掛け、聖獣の卵を背負い、まだ幼さを残す顔に決意の色を宿している。

その瞳は深い湖のように澄み、しかし奥底には揺るぎない光があった。

背に漂う精霊の気配――カーロの存在が、彼の輪郭を柔らかく包んでいた。

その隣に寄り添うのはメデル。

黒の小さなローブに身を包み、幼い指がぎゅっと布を握りしめている。

瞳は夜空のように深く、そこに宿る光は、まだ言葉にならない力の予兆だった。

彼の周りには、微かな風と土の精霊が戯れるように舞い、空気が静かに震えている。

二人の後ろには、ルククがいた。

冒険者の衣を纏い、幼い肩に剣を背負い、その瞳に確かな意思を宿して。

「守るために――」その沈黙が、彼の決意を語っていた。

三人は一歩ずつ、ためらいなく部屋の中央へ進んだ。

その歩みは小さいが、確かな重みを持っていた。

フーマが銀の耳をぴくりと動かし、低く呟く。

「……来たか。」

ケルメデスアールの瞳がわずかに揺れる。

「やはり……幼い……背負うモノが重すぎる……。」

ブランデットとルククは静かに頭を下げ、メデルは小さな笑みを浮かべて言った。

「……僕たち、大丈夫です。理を糺すために、森を……守るために。」

その瞬間、部屋の空気がさらに張り詰めた。

幼い声が告げた決意は、誰よりも重く響いていた。

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