㊹旅―冒険者(帝国王都)24
ケルビス弟妹との初対面
トラン辺境伯爵家の王都の屋敷。
王都の空気は、辺境とは違う匂いがした。石畳を走る馬車の揺れの中、ケルビスは胸の奥で鼓動を数えていた。
隣に座るケルメデスアールは、静かな眼差しで街並みを見つめている。
「緊張しているな、ケルビス」
低く響く声に、ケルビスは小さく頷いた。
「……はい」
「よい。家族に会うのだ。誇れ」
その言葉が、わずかな安堵を胸に灯す。
屋敷の門が開き、白いカーテンが風に揺れる部屋へと案内される。窓から差し込む光が床に柔らかな模様を描き、鼻先に懐かしい花の香りがふわりと届いた瞬間、胸がきゅっと締め付けられた。
扉が静かに開く音。視線が吸い寄せられる。
そこに立っていたのは――母、マリーゴールド。
腕の中には、小さな影が二つ。弟メデスと妹エリス。まだ幼い、柔らかな命。
足が動かない。膝が震える。心臓の音が耳を打ち、世界の音が遠ざかる。
「……母上……」
声が掠れ、震えた。母の微笑みが視界を滲ませる。
「ケルビス……よく来てくれましたね」
その言葉が、張り詰めていた心を一瞬で崩した。
駆け寄る。母の腕に触れた瞬間、熱いものが頬を伝う。
「……会いたかった……ずっと……」
その時、小さな手が伸びてきた。指先に触れる。ぎゅっと握られる。驚くほど力強い、小さな温もり。もう一方の手も、震えるように彼の指を探している。
見上げた双子の瞳が、光を宿していた。無垢な、ただ「あなたを知りたい」という眼差し。
胸の奥で、何かが灯る。
――守る。僕が。
その言葉は声にならず、心の奥で静かに燃え広がった。
この小さな命と、母を。必ず。
ケルビスは涙を拭わず、ただその温もりを握り返した。
やがて、サロンの扉が開く。陽光に満ちた空間が広がり、白いクロスのテーブルには琥珀色の茶と焼き菓子。窓辺には季節の花が咲き、庭の緑が揺れている。
ケルメデスアールは椅子に腰掛け、ゆったりとした笑みを浮かべていた。
「ケルビス、マリーゴールドに会えたか……立派だよく我慢した。」
その声に、胸の奥が熱くなる。幼い頃、遠くから見上げた背中。その記憶が重なる。
「……ありがとうございます」
言葉が震え、深く頭を下げる。
「マリーゴール出産よくやった母子健康と聞いている問題はないか。」
「はい。穏やかに過ごさせていただいております…近じかドラン辺境領地へ戻りたく存じます。」
母が双子を膝に乗せ、柔らかな声で笑う。エリスが小さく笑い、メデスが手を伸ばす。
ケルメデスアールはその光景を見つめ、静かに茶を口にした。
「守るべきものが増えたな、ケルビス」
その言葉に、胸の奥で誓いが強く燃える。
――必ず守る。この家族を。
ケルメデスアールは視線を窓の外に向け、低く続けた。
「王都での滞在は長くはない。帝国の空気は変わりつつある。辺境も、そなたを待っている」
ケルビスは息を呑む。祖父の声には、ただの助言ではない重みがあった。
「血は力だ。絆は盾だ。……お前がその盾になる日が来る」
ケルビスは双子の指を握りながら、静かに頷いた。
世界が広がる。だが、今は――この温もりを守るために。
城のスワロ公爵用客間。
城の奥、スワロ公爵専用の客間は、静謐な空気に包まれていた。
高い天井には精緻な彫刻が施され、壁には公爵家の紋章を織り込んだ深緑のタペストリーが掛けられている。
大きな窓から差し込む光が、白と金の調度品を柔らかく照らし、床に影の模様を描いていた。
窓の外には王都の庭園が広がり、遠くに塔の尖端が見える。
部屋の中央には、魔力を帯びた古い書物と水晶の置かれたテーブル。
ここは、ただの客間ではない――帝国の理と歴史を背負う者のための空間だった。
薄暗い部屋に、朝の光が差し込んだ。
メデルはまぶたを震わせ、ゆっくりと目を開ける。視界に映ったのは、天井の木目と、隣で同じように寝返りを打つ兄ブランデットの姿だった。
「……ん、あれ? ここどこ?」
メデルがぼんやり呟くと、ブランデットが片目だけ開けて低く答えた。
「……王都の屋敷だよ。昨日、移転陣で飛んだでしょ。」
「そっか……あれ? 僕たち、魔力提供したあと……」
「丸一日寝てたよ…反対側にヴェルメール兄さまいるよ。」
ブランデットは小さい声で囁き、ゆっくりと起き上がる。髪がぐしゃぐしゃだ。
メデルが振り返り寝ぼけながら言う。
「あ!ほんとだーヴェルメール兄さまが居る〜。」
しばらくボーっとしながら、メデルがぽつりと呟いた。
「……ねえ、お兄様。“やっちゃ駄目リスト”覚えてる?」
ブランデットの眉がぴくりと動く。
「……あったね。お母様に言われたやつ…。」
「えっと……」
メデルは指を折りながら数え始める。
二人は焦って顔を見合わせ、言葉を早口で吐き出す。
「浮いちゃダメ……浮いた」
「空とか土に話しかけない……精霊さんや小人さんに話しかけた……凄く話した」
「光らない……光った…結界張る時魔力で覆っちゃったね……何回も」
「消えない…興奮してフーマの所に行っちゃった…。」
「魔力の綺麗な人について行かない……ついて行った」
「テティソさんとケルメデスアール様にくっ付いていちゃったなぁ」
「処構わず寝ない……木の上で一緒に寝てフーマとデジルに怒られたし…。」
「やばいね。」
二人は顔を見合わせ、同時にため息をついた。
「……やばい」
「母上にバレたら、説教どころじゃ済まないな」
メデルは小声で呟く。
「……逃げる?」
「無理だ。お母様は絶対に見つける」
ブランデットは冷静に言いながらも、顔が引きつっている。
「じゃあ……どうする?」
「……とりあえず、“やっちゃ駄目リスト”の確認だ」
メデルは真剣な顔で続ける。
「……終わった」
「完全に終わった」
その瞬間、扉が静かに開いた。
「――終わったのは、あなたたちの自由時間よ」
柔らかな声。だが、背筋が凍る。
母マルタが立っていた。笑顔で、しかし目が笑っていない。
「……お母様……」
「“やっちゃ駄目リスト”、全部守れなかったわね?」
二人は同時に固まった。メデルが小声で呟く。
「……お兄様、逃げる?」
「もう遅い」
ブランデットは深くため息をつき、観念したように頭を垂れた。
「……ごめんなさい」
その声が部屋に響いた瞬間、マルタの笑みがさらに深まった。
その時、開いている扉の奥から、低い声が響いた。
「……何を話しているんだ?」
その瞬間、空気が変わる。
父コクベックが姿を現した。長身に赤い外套、鋭い眼差し。だが、その瞳の奥には柔らかな光が宿っている。
「……お父様……」
メデルとブランデットは同時に固まった。
コクベックはゆっくりと歩み寄り、二人の前で立ち止まる。
「“やっちゃ駄目リスト”、全部破ったそうだな。」
低い声が部屋に響く。
「……ごめんなさい」
二人の声が重なる。
コクベックはしばらく沈黙し、やがて口元に笑みを浮かべた。
「よし。なら、次は“やっていいリスト”を教えてやろう。」
「え?」
「庭で剣の修練だ。……全力でな。」
メデルとブランデットの顔が真っ青になる。
母マルタが微笑みながら言葉を添える。
「あなた、メデルは昨日倒れたのよ…加減してあげてね?」
「加減はする。だが、覚悟はしておけ(笑)。」
その声に、兄弟は同時に深いため息をついた。コクベックの笑みが深まった瞬間、兄弟の背筋に冷たいものが走った。
「……庭だ。準備しろ。」
その声は低く、だが有無を言わせぬ力を帯びていた。
「え、今すぐ?」
メデルが声を裏返す。
「もちろんだ。」
コクベックは片手で椅子を押しやり、ゆったりと歩き出す。その背中から漂う圧力に、ブランデットは小声で呟いた。
「……お母様より怖い。」
「聞こえてるぞ。」
父の声が鋭く返る。
マルタは優雅に微笑みながら、兄弟の肩に手を置いた。
「さあ、行きましょう。」
兄弟は顔を見合わせ、同時に青ざめる。
「……お兄様、逃げる?」
「無理だ。もう捕まってる。」
マルタの手が優しく、しかし絶対に離さない力で二人を扉へと導く。
廊下に出ると、赤い外套を翻す父の背中が先を行く。
「……お兄様、あれ、戦場の背中だよね?」
「うん……完全に戦場だ。」
兄弟は引きずられるように歩きながら、心の中で“やっちゃ駄目リスト”をもう一度唱えた。
でも、もう遅い。
庭の扉が開く。陽光がまぶしく、剣のきらめきが視界に飛び込んだ。
コクベックが振り返り、笑みを浮かべる。
「さあ、始めようか。全力でな。」
その笑みは、戦場で敵を見据える騎士の笑みだった。
兄弟は同時に深いため息をつき、観念したように剣を握った。
庭に出ると、朝の光が剣の刃に反射してきらめいた。
城の広い訓練場の中央には、赤い外套を翻した父コクベックが立っている。その背中は、戦場を知る者の威圧感を放っていた。
「構えろ。」
低い声が響く。兄弟は顔を見合わせ、観念したように剣を握った。
メデルは小さな剣を両手で持ち、ブランデットは長剣を構える。二人とも旅で鍛えられたとはいえ、父の前では膝が震える。
「あなた、加減してね?」マルタが優雅に微笑む。
「加減はする。」コクベックの笑みが深まる。「だが、覚悟はしておけ。」
その笑みは、戦場で敵を見据える騎士の笑みだった。
「……お兄様、あれ完全に戦場モードだよね?」
「うん……死なないように祈ろう。」
「始め!」
その声と同時に、コクベックの剣が風を裂いた。兄弟は反射的に飛び退く。
「速っ!」メデルが悲鳴を上げる。
「避けろ!」ブランデットが叫び、弟を引き寄せる。
次の瞬間、地面に衝撃が走り、砂が舞い上がった。父の剣が地面を軽く叩いただけで、土がえぐれる。
「……軽くって言ったよね?」メデルが青ざめる。
「これで軽く、だ。」コクベックの声は淡々としていた。
兄弟は必死に剣を構え、反撃に出る。ブランデットが横薙ぎに斬りかかり、メデルが小さな剣で補助する。
「いい連携だ。」
父の声が低く響く。だが、次の瞬間、二人の剣は軽く弾かれ、兄弟は結界を張って耐えた。
「怖っ……!」
「まだ終わりじゃない。」
コクベックは剣を肩に担ぎ、ゆっくりと歩み寄る。その笑みは、完全に本気だった。
「構えろ。まだ旅に出るなら、これくらいで音を上げるな。」
兄弟は顔を見合わせ、同時に深いため息をついた。
「……お兄様、僕やっぱり逃げたい。」
「無理だ。もう戦場だ。」
遠くでマルタが優雅に紅茶を飲みながら、微笑んでいた。
「頑張ってね、二人とも。」
その声が、なぜか一番怖かった。
城の訓練場に、軽やかな足音が近づいた。
「……朝から随分と賑やかだな。」
その声に、兄弟は同時に振り向く。
「ヴェルメール兄様!」
希望の光が差したように、メデルの顔が輝く。
「助けて!」
「お父様が本気なんだ!」ブランデットが必死に訴える。
ヴェルメールは微笑みながら、ゆったりと剣を抜いた。
「そうか。なら、俺も手伝おう。」
「えっ……えええええええ…。」
「……おや、面白そうなことをしているな。」
低く落ち着いた声。その瞬間、ブランデットとメデルの背筋がさらに固まる。
振り向けば、銀色の髪を揺らし、鋭い狼の耳を立てた男が立っていた。
旅の仲間フーマ。帝国一のAランク獣人。銀狼の名を持つ男。
陽光を受けて輝く双眸が、訓練場を一瞥する。その視線は、獲物を見定める狩人のものだった。
「剣の修練か……いいな。俺も混ぜてもらおう。」
その言葉に、メデルとブランデットの顔が同時に青ざめる。
「えっ……フーマさんまで!?」
「無理無理無理無理!」メデルが小声で悲鳴を上げる。
フーマはゆっくりと腰の双剣を抜いた。銀の刃が陽光を反射し、冷たい光を放つ。
「まだ旅が続くなら、甘えは許されない。……全力で行こう。」
その声は静かだが、底知れぬ圧力を帯びていた。
兄弟は顔を見合わせ、同時に心の中で叫んだ。
――終わった…。
「ハハハッ!ここが帝国随一の訓練場か!」
豪快な笑い声が、広場の空気を震わせた。
重厚な扉を押し開けて現れたのは、青騎士デジル。陽光を浴びた青の鎧が眩しく、肩に担ぐ剣はまるで獣の牙のような迫力を放っている。刃の縁に刻まれた古い紋章が、彼の歴戦を物語っていた。
その歩みは堂々としていて、石畳を踏むたびに低い音が響く。兵士たちが思わず稽古の手を止め、視線を奪われる。
彼の眼差しは獲物を見つけた猛獣のように鋭く、視線の先にはただ一人――元赤魔法騎士団長、コクベック。
「元赤魔法騎士団長……腕が鈍っていないだろうな?俺の剣が退屈しないことを祈るぜ!」
その声は訓練場の空気を一瞬で熱に変えた。
兵士たちの間にざわめきが走る。
「デジル様だ……!」
「幻の青騎士が来るなんて……」
誰もが息を呑み、次の瞬間を見逃すまいと目を凝らす。
ブランデットは、剣を握る手にじわりと汗が滲むのを感じた。
「……やばい、やばいって……」
彼の声は震え、視線はコクベックとデジルの間に釘付けになる。
その隣で、メデルはさらに青ざめていた。
「絶対無理!」
小声で悲鳴を上げながら、兄の袖を引っ張る。
「お兄様、僕たち、ここにいていいの……?」
その問いに、ブランデットは答えられない。ただ、心臓の鼓動が耳の奥で爆音のように響いていた。
二人の視線の先で、コクベックが静かに立ち上がる。
赤い外套の裾が揺れ、その瞳に宿る光は、かつて帝国を震わせた剣士の誇り。
二人の視線が交差した瞬間、訓練場の空気は張り詰め、剣戟の予感が石畳を震わせる。
――帝国随一の訓練場に、嵐が訪れようとしていた。
デジルの背後から、砂埃を巻き上げて小さな影が飛び出した。
「ブランデット!メデル!」
その声は、訓練場の緊張を一瞬で切り裂くように明るい。
ルククは全力で飛んでくる。陽光を浴びて輝く栗色の髪が跳ね、頬は健康的な赤みを帯びていた。腰には小さな剣、背には冒険の証である革袋――旅の少年の誇りがそこにあった。
彼は軽く、まるで風そのもの。兵士たちの視線が自然と彼に集まる。
「僕、すっごく早く飛べるようになったんだよ!見て!」
胸を張って笑うその声は、訓練場に爽やかな風を運び、張り詰めた空気を一瞬だけ和らげた。
「ルクク……!」
ブランデットとメデルは端に寄りながらルククの声に驚き。緊張で固まっていた肩が、ほんの少しだけ緩む。
メデルはぱっと顔を輝かせたが、すぐに青ざめルククに手を振る。
「え、ちょっと待って……ここ、今すごく危ないんじゃ……!ルクク危ないから早くこっちおいで…。」
彼の視線は、デジルとコクベック、そして銀狼フーマへ。
――この場に無邪気な風が吹き込んだことが、嵐をさらに強める予感を漂わせていた。
訓練場の扉が再び軋む音を立てて開いた。
そこに立っていたのは、デジルの血を受け継ぐ青年――マルコ。
「父さん、少しは落ち着けよ」
低く穏やかな声が、豪快な笑い声に水を差すように響く。
彼は28歳、長身でしなやかな体躯を持ち、肩にかけた剣は使い込まれ、刃には幾度もの戦いの痕跡が刻まれていた。陽光を浴びたその剣の鈍い輝きは、彼らの旅路を物語っている。
鎧は軽装で、動きやすさを重視した革と金属の組み合わせ。腰のベルトには小さな袋がいくつも吊るされ、薬草や砥石が覗いていた。
彼の笑みは明るく親しみやすいが、その瞳の奥には剣士としての鋭さが宿っている。
「でも、俺もコクベック様の剣は見てみたいな」
その言葉に、デジルが豪快に笑い、肩を揺らす。
「ハハハッ!やっぱり血は争えねぇな!」
コクベックの口元にも、わずかな笑みが浮かんだ。
その笑みは、戦士同士が交わす無言の合図――剣戟の予感。
兵士たちは息を呑み、視線を交わす。
「銀狼…青騎士に、その息子……そしてコクベック様……」
「こんな顔ぶれ、帝国の記録に残るぞ……」
訓練場の空気がさらに震え、張り詰めた緊張が肌を刺す。
「……もう無理だ」
ブランデットは剣を握る手に力を込めながら、呟いた。
隣でメデルが小声で悲鳴を上げる。
「ヴェルメールお兄様、ブランデットお兄様、ルクク、これ……絶対、僕たち巻き込まれるよね……?もっと端っこ行こうよ…。」
その声は震え、視線はフーマ、デジル、そしてマルコへ。
嵐の中心にいるのは、自分たちだ。
剣戟の予感が、訓練場の空気をさらに震わせた。
陽光が剣の刃に反射し、冷たい光が走る。
兵士たちの息遣いが重なり、静寂の中に熱が満ちていく。
――帝国随一の訓練場に、嵐が訪れようとしていた。
訓練場の空気が張り詰める中、銀狼フーマが一歩前に出た。
双剣が陽光を受けて冷たい光を放ち、その刃先から銀の魔力が微かに揺らめく。
「……前より強くなったな、フーマ。」
コクベックの声は低く、しかし確かな熱を帯びていた。
「この八か月、俺はあなたに追いつくために剣を振った。」
フーマの双眸が鋭く光る。
「今度こそ、届くか……確かめたい!」
フーマが地を蹴った瞬間、石畳が砕け、砂埃が舞う。
獣人特有の跳躍力と加速……その動きは、目で追えないほど速い。銀剣が横薙ぎに振るわれ、空気を裂く音が耳を打つ。
コクベックは剣を立てて受ける。
衝突の瞬間、赤い魔力が盾のように広がり、衝撃を吸収する。
火花が散り、兵士たちが息を呑む。
「速い……だが、まだ甘い!」
コクベックが足元に魔法陣を展開。
赤の魔力が地を這い、フーマの足元を狙う。
フーマはそれを察知し、後方へ跳躍。
空中で体をひねり、魔力を剣に纏わせる。
銀の閃光が剣先から放たれ、コクベックへ飛ぶ。
だが、コクベックは剣を振り上げ、赤の魔力でそれを切り裂いた。
「魔力の制御も見事だ。だが、俺の剣は“理”を断つ。」
コクベックが前進。
一歩ごとに魔力が地を震わせ、剣が空気を押しのける。
フーマは迎え撃つ。
銀剣と赤剣が交差し、火花が散る。
その瞬間、フーマは低く身を沈め、獣の動きで懐へ滑り込む。
剣を逆手に持ち替え、下段から突きを放つ。
「……!」
コクベックは剣を横に払い、フーマの剣を弾く。
だが、フーマの動きは止まらない。
連撃、跳躍、魔力の刃……すべてが一つの流れとなって襲いかかる。
最後に、コクベックが魔力を剣に集中させた。
地面が赤く光り、フーマの足元に魔力の鎖が現れる。
瞬間、フーマの動きが止まる。
「……見事だ。」
コクベックが剣を下ろす。
フーマは膝をつき、深く頭を下げた。
「ありがとうございました。俺は、あなたを追い続けます。」
兵士たちの間に静寂が落ち、やがて拍手が起こる。
「……すごい……」
メデルの声は震えていた。
目の前で繰り広げられる剣戟は、メデルの知る“戦い”とは別世界だった。
銀の閃光、赤の魔力、火花の雨そのすべてが、彼の幼い心に焼き付く。
「お兄様……僕たち、旅で……こんな人たちと一緒に……」
ブランデットは唇を噛み、剣を握る手に力を込めた。
「……守れるかな……」
恐怖と憧れが入り混じり、胸の奥で熱く渦を巻く。
この瞬間、二人の心に“強くなりたい”という願いが芽生えていた。
「ハハハッ!今のは見事だな!だが、俺も黙って見てるわけにはいかねぇ!」
デジルの剣が陽光を浴び、獣の牙のような輝きを放つ。
「コクベック様、俺と本気でやろうじゃねぇか!」
コクベックは静かに頷き、剣を構える。
「来い、デジル。」
剣戟が再び始まる。
デジルの剣は豪快、力強く、嵐のように振り下ろされる。
コクベックはそれを受け止め、赤い魔力で衝撃を殺す。
「重いな……!」
「ハハハッ!これが俺の剣だ!」
剣と剣がぶつかるたび、火花が散り、兵士たちが歓声を上げる。
だが、コクベックの剣は無駄がなく、流れるような動きでデジルの攻撃をいなす。
最後に、コクベックが一歩踏み込み、剣を止めた。
「……楽しかった。」
デジルは笑いながら剣を肩に担ぐ。
「凄いな、あんたは帝国最強だな!」
マルコは剣を握りしめながら、深く息を吐いた。
「……俺はまだ、コクベック様と対等に戦える力がない。」
その声は悔しさに震えていた。
「でも、必ず追いつきます。父さんにも、あなたにも。」
コクベックは静かに剣を下ろし、言った。
「焦るな。剣は力じゃない……心だ。」
その言葉が、訓練場に深く響いた。
兵士たちは沈黙し、やがてその場に熱い拍手が広がる。
――帝国随一の訓練場に、嵐は過ぎ、誓いだけが残った。
兵士たちの拍手が広がる中、コルベック伯父様が腕を組み、深いため息をついた。
「……まったく、朝から城の訓練場で何をしているのか…あいつは……引退しても尚挑まれる。本当にどれだけ“憧れ製造機”なんだ。」
その声には呆れと誇りが入り混じっていた。
そこへ、食堂係の騎士……コクベックと同期の男が顔を出し、笑いながら叫ぶ。
「おい、コルベック!朝食の時間だ!朝から何をやっているんだ!脳筋共、皆朝食だ!」
場の緊張が一瞬で崩れ、兵士たちから笑いが漏れる。
デジルが剣を肩に担ぎながら豪快に笑った。
「ハハハッ!いいな、その呼び方!脳筋共だとよ!」
フーマも剣を収め、静かに笑みを浮かべる。
「……悪くないな。」
コクベックは剣を鞘に収め、赤い外套を翻しながら一言。
「おおルキアス久しぶり!朝食か……戦士も腹を満たさねばな。」
メデルとブランデットとヴェルメールは顔を見合わせ、肩の力を抜いた。
「……お兄様、お父様って……」
「うん……やっぱり、すごい人たちだね。でも、ちょっと怖い……」
「…凄く格好良いですね…」
その声は小さく、しかし確かな憧れを含んでいた。
戦闘の余韻がまだ残る訓練場で、コクベックは剣を鞘に収め、コルベックに視線を向けた。
「……王家の朝の間ではなく、大食堂で兵士たちと食べても構わないか?」
その声は静かだが、どこか柔らかい響きを帯びていた。
コルベック伯父様は腕を組み、苦笑しながら答える。
「弟よ、好きにしろ。どうせお前は昔から“戦士の食卓”が落ち着くんだろう?王家の席じゃ肉の匂いが足りんからな。」
その言葉に、兵士たちから歓声が上がる。
「団長と一緒に食えるのか!」
「今日は最高の日だな!」
長いテーブルに兵士たちが並び、香ばしい肉と焼き立てのパンの匂いが広がる。
その中央に、コクベックと並んで座るのは母マルタ。白魔法騎士から治癒師へ転身した彼女は、穏やかな笑みを浮かべながら、兵士たちに「食べ過ぎて動けなくならないようにね」と声をかけていた。
その隣には、兄ヴェルメール。13歳の白魔法騎士見習いで、背筋を伸ばしながらも、どこか誇らしげに父を見つめる。
「お父様の今朝の剣……やはり見事です。」
その言葉に、コクベックは紅茶を口にしながら淡々と答える。
「脳筋は腹を満たしてから動け。だな(笑)」
ヴェルメールは一瞬きょとんとした後、笑みを浮かべてパンをかじった。
デジルは骨付き肉を豪快にかじりながら笑った。
「次はもっと本気でやる!今度は俺が勝つ!」
その声に兵士たちがどっと笑い、場がさらに賑やかになる。
マルコはパンを手にしながら、真剣な瞳で呟いた。
「俺はまず、コクベック様の前に立っても引かない心が必要だ……。」
その言葉に、デジルが「ハハハッ!そうだな!」と笑い、肉をさらに頬張る。
フーマは静かにパンをちぎり、低く呟いた。
「俺の剣は……まだ遠い。」
その言葉は誰にも届かないほど小さかったが、彼の瞳には確かな炎が宿っていた。
コクベックは紅茶を口にし、淡々と告げる。
「おい、戦士は腹を満たしてから語れ。」
その一言に、場が再び笑いに包まれる。
メデルは大きなパンを前に、目を丸くしていた。
「お父様、僕の顔よりパンが大きいです!食べ切れません!」
その声に、ブランデットが苦笑しながらパンを半分に割って渡す。
「ほら、こうすれば食べられるだろ?」
メデルは頬を膨らませながら「でも、まだ大きい……」と呟き、兵士たちの笑いを誘った。
「メデル、食べないと大きくならないよ!」
ルククは笑いながら大きなパンをかじり、頬をいっぱいに膨らませる。
「ほら、こうやって一気に食べるんだ!」
その様子に、メデルはさらに目を丸くした。
「む、無理です……!」
兵士たちの笑い声、食器の音、肉の香り――戦場の緊張とは違う、温かな時間が広がっていた。
王宮の静かな間
テティソは重厚な扉を前に、足が止まった。王都の空気は、辺境とは違う匂いがする。華やかで、冷たい。
テティソは思う――俺がここにいていいのか? 平民として生きてきた俺が、王家の間に。
隣でルクセルが小さく微笑む。「兄さん、大丈夫だよ」
その言葉に、わずかな安堵が灯るが、胸の奥の不安は消えない。
王宮の奥、静謐な間に陽光が差し込む。白い大理石の床に映る影は、重厚なカーテンの揺れに合わせて微かに動いていた。
空気は張り詰め、沈黙が言葉よりも雄弁に語る。衣擦れの音すら、重く響く。
リクセル女王は椅子に腰掛け、指先でカップをなぞりながら視線を落とした。
帝国の歪みは、ようやく糺された。だが、均衡は脆い。精霊界からの警告も続いている。
その思いを胸に、彼女は静かに口を開いた。
「帝国の歪みは、ようやく糺された。」
声は穏やかだが、芯に力があった。
「だが、均衡は脆い。精霊界からの警告も続いている。」
ベルセル王子はゆるやかに笑みを浮かべた。だが、その笑みの奥には決意が潜んでいる。
「均衡……それを守るために、俺は団結したい。」
彼の視線が一瞬、テティソに向く。
「臣籍を降下する時が来るだろう。その時、公爵家を――テティソ、お前の子に継がせたい。」
テティソは息を呑んだ。胸の奥で何かが崩れる音がした。
「……私の子に?」
声が震える。
ベルセルは静かに頷いた。
「お前は血を継いでいる。だが、平民として生きてきた強さもある。公爵家には、その両方が必要だ。」
その言葉には、過去の誓いが重なっていた。
リュスクマテルテス神官が静かに口を開く。
「帝国の過去を忘れないで下さい。歪みは人の心から生まれます。精霊の森の件も、まだ終わってはいないのです。」
その声は、深い森のざわめきのように重く響く。
ルクセルが小さく頷いた。
「神殿でも、森の精霊たちがざわめいています。均衡は……まだ揺れています。」
彼の指先は膝の上で震えていた。僕に何ができるのだろう…神官として、兄として…。
その時、ケルメデスアールが低く呟いた。
「……しかしリュスクマテルテス。貴方が、私の兄だったとは…父と母が共に狂っていたとは…気付かなかった…すまぬ。」
空気が凍りつく。
「私は貴方達が生まれる前に神殿に出されましたから…。」
静寂が落ちる。誰もが息を呑んだ。
血の絆。知らなかった真実。それが今、帝国の均衡を支えているのかもしれない。
ベルセルはゆっくりと立ち上がり、窓辺に歩み寄る。陽光が彼の肩に落ち、影が長く伸びる。
「俺は…帝国に尽くす事を誓って妃を迎えた、しかし絆は崩れた…リクセルが王配得て王太子が成人したら、スワロ公爵コルベックと共に歩みたい。」
その告白に、リクセル女王の瞳がわずかに揺れた。
兄上……その覚悟は、帝国の未来を変える。だが、私は……。
「お兄様……それは、帝国の未来を変える選択です。…スワロ公爵には告白したのですか…前回の様にまだ言ってなかったら ひ と り よ が り ですよ!!」
ベルセルは苦笑し、肩をすくめる。
「!!言った!!保留だが…大丈夫だ……未来を変えるために、俺は生きている。」
その声は、静かに、しかし確固たる決意を帯びていた。
リュスクマテルテスが最後に息を吐きながら言葉を落とす。
「はー。血は力。絆は盾。ですが、盾だけでは足りません。剣となる覚悟を忘れないで下さい。…長い命は時に身を苦しめます……覚悟はございますか…。」
その言葉が、重く静かな間に響き渡った。
ベルセルは真剣に答える。
「俺はコルベック達の先祖返りハイエルフ……約1000年生きるとされている。それを恐れず、受け入れたい。一緒にいたい。俺は子供を作らない…いや作れない。しかし帝国を支える力と糺す盾は必要だ。テティソの子に託したい。」
帝国の均衡は、まだ揺れている。
だが、この場に集った者たちの誓いが、未来を形づくる――。




