㊸旅―冒険者 (兄弟)23
王都の地下、祈りの間。
古代の聖樹を象った柱が並び、天井には精霊の紋様が淡く光を放っていた。
空気は冷たく澄み、鈴のような音がどこからともなく響く。
聖樹の香りが漂い、魔力の粒子が水晶に反射して壁に星々の模様を描き出す。
ベルセル王子は深く息を吐き、指先で魔法陣の中心に刻まれた紋章をなぞった。
「……テティソが来る。弟が」
声は低く、しかし胸の奥に熱が宿っていた。
その隣で、ルクセルが両手を陣に置き、真剣な眼差しを向ける。
「私もテティソお兄様に会いたいです」
少し離れた場所で、リクセルが胸に手を当て、ドキドキとワクワクを隠しきれない様子で立っていた。
「……やっと会えるのね」
その時、静かな足音が響き、伯父リュスクマテルテス神官が姿を現した。
白銀の法衣をまとい、手には古代の祈りの杖を携えている。
彼の瞳は深く、長い年月を超えた知恵を宿していた。
「ベルセル様、焦っては駄目です。魔力の流れが乱れています」
低く響く声に、王子はわずかに肩を震わせる。
「……わかっている。だが、心が……」
「心の揺れは陣に伝わります。貴方の魔力は強すぎるのです。心を鎮めて制御を忘れない様に…。」
リュスクマテルテスは陣の外周に歩み寄り、古代語の祈りを紡ぎ始めた。
その声が響くと、暴れかけた光が静まり、空間に柔らかな蒼光が広がる。
彼ら陣の中央に行き両手を陣に置き魔力を流す。
「開門の儀、始める」
精霊の光が魔力に触れ、祈りの間全体が淡い蒼光に包まれた。
皆の魔力が流れ始め、空間が震える。
「……兄弟よ、今度こそ守る」
ベルセル王子の瞳に、緊張と期待が交差する。
だが、陣の光が一瞬強く脈打ち、ベルセル王子は冷や汗をかいた。
「……暴走するなよ……」
ルクセルが魔力を制御し、リクセルが祈りの言葉を紡ぐ。
「帝国に平和を……」
その声が、光に溶けていった。
リュスクマテルテスは手を掲げ、最後の言葉を静かに告げる。
「――道は開かれた。精霊よ、彼らを導け」
古代の石床に刻まれた魔法陣が、静かな囁きとともに淡い光を放ち始めた。
その光は水面のように揺れ、銀の粒子が舞い上がり、空間に星々を描き出す。
風が花びらを運び、淡い香りが漂う――まるで森の精霊が息を吹き込んだかのようだった。
メデルは目を丸くして呟いた。
「……きれい……精霊が踊ってる」
小さな肩に、光の蝶が降り立ち、羽ばたきながら魔力を紡ぐ。
その羽音は鈴のように澄み、魔法陣の紋様に柔らかな影を落とした。
中央に立つのはケルビスとケルメデスアール。
二人は両手を広げ、魔力を陣に流し込んでいた。
ケルビスの額には汗が滲み、肩がわずかに震える。
「……まだ、足りない……」
祖父ケルメデスアールが低く呟き、眉をひそめる。
「魔力の流れが不安定だ……ケルビス、心を鎮めるのだ。陣が暴れる前に補強を」
その瞬間、精霊たちが一斉に舞い上がり、メデルとブランデットの周囲に集まった。
風の精霊が囁く。
『力を貸して。道を繋ぐために』
メデルは驚きながらも、胸に手を当てて頷いた。
「うん!僕……やる!」
ブランデットが弟の肩に手を置き、静かに言う。
「無理はするな。でも、僕も一緒だ」
二人が魔法陣に手を触れた瞬間、光が強く脈打ち、銀の粒子が花弁のように舞った。
メデルの黒い魔力が柔らかな闇の光となり、ブランデットの青白い魔力が水のように流れ込む。
その魔力はケルビスとケルメデスアールの力と絡み合い、陣の紋様が眩い輝きを放った。
精霊たちは輪を描いて舞い、鈴の音が響く。
小人たちが石床の隙間から顔を出し、古代語で祝福の言葉を紡ぐ。
「道は開かれる……心を一つに」
ケルビスは深く息を吸い、胸に手を当てる。
「母上に……会えるんだ」
その声に、ケルメデスアールが応える。
「ああ、王都の屋敷に行けば会えるぞ!マリーゴールドや弟妹にな。」
光がさらに強まり、空間が裂ける。
――王都への道が、開かれた。
銀の粒子が流星のように走り、精霊たちが祝福の歌を紡ぐ中、一行は光に包まれて消えていった。
その瞬間、辺境の空気が静まり、魔法陣の紋様だけが淡く残光を放っていた。
祈りの間に、光の柱が降り注ぎ、一行の姿が現れた。
空気が震え、鈴の音が高まり、聖樹の香りが満ちる。
壁に刻まれた古代の紋様が淡く輝き、精霊の影が柱の間を舞った。
ベルセル王子は一歩前に出て、テティソを見つめる。
その瞳には、長い年月の重みと、言葉にできない想いが宿っていた。
「……来たな、弟よ。おかえり」
「テティソお兄様、おかえりなさい!」
リクセルとルクセルが声を揃え、駆け寄る。
その声は澄んだ鈴の音と重なり、祈りの間に響き渡った。
テティソは驚きと安堵を混ぜた笑みを浮かべる。
「兄上……リクセル……ルクセル……」
彼の声は震えていた。胸の奥で、忘れかけていた家族の温もりが蘇る。
長い沈黙の後、ベルセル王子が静かに言った。
「お前を捨てたのは、俺じゃない。だが……守れなかったのは俺の罪だ」
その言葉に、祈りの間の空気がわずかに揺れた。
テティソは首を振り、マルデージの手を握りながら答える。
「もういいんだ。俺には家族がいる。それで十分だ」
ベルセル王子の瞳に、わずかな光が宿る。
「……そうか。なら、俺も守る。お前の家族を」
その時、白銀の法衣をまとい、古代の祈りの杖を携えた男――伯父リュスクマテルテス神官が姿を現す。
彼の瞳は深く、長い年月を超えた知恵を宿していた。
「……再会の言葉は美しい。しかし、心を乱してはなりません。ベルセル魔力の流れはまだ不安定ですよ。」
低く響く声に、ベルセルもテティソもわずかに肩を震わせる。
リュスクマテルテスは陣の外周に歩み寄り、古代語の祈りを紡ぎ始めた。
その声が響くと、暴れかけた光が静まり、空間に柔らかな蒼光が広がる。
精霊たちが輪を描いて舞い、鈴の音がさらに澄んだ響きに変わった。
「道は安定し開かれました。今一度心を一つに。帝国の均衡は脆いのです。」
リクセルが祈りの言葉を紡ぐ。
「私は帝国の女王として、帝国の全ての民を護ります」
その声は幼さを残しながらも、強い決意を帯びていた。
ルクセルは胸を張り、力強く言った。
「僕も祈ります。帝国に平和を」
リュスクマテルテスは二人を見つめ、静かに頷いた。
「その誓いを忘れない様。精霊様は言葉を伝えています。」
ベルセル王子は深く息を吐き、弟の肩に手を置いた。
「……テティソ、これからは共に歩もう。お前の家族も、帝国も」
テティソは微笑み、涙をこらえながら頷いた。
「……ああ。俺も祈る。この地の平和を…。」
祈りの間に、鈴の音が響き渡り、精霊たちが祝福の光を降り注いだ。
その光は、再会と誓いを刻む証のように、静かに揺れていた。
少し離れた場所で、ヴェルメールが弟たちを見つめていた。
白魔法騎士の蒼衣が光を反射し、彼の瞳は優しく揺れる。
「……メデル、ブランデット。よく帰って来た。」
ブランデットは微笑み、肩をすくめる。
「兄上、僕らも強くなったよ。旅で」
メデルは目を輝かせ、兄の手を握る。
「ヴェル兄様! 僕、精霊といっぱい話せるようになった!」
ヴェルメールは笑みを浮かべ、二人の頭に手を置いた。
「そうか……なら、これからは俺たちで守ろう。家族も、帝国も……」
彼はふと視線を横に向け、低く笑った。
「……母上が怒っているぞ(笑)。何をしたんだ?」
その隣に、堂々とした影が立つ。
赤い騎士の紋章を刻んだ外套を肩に掛けた男――父コクベックだ。
鋭い眼差しと、戦場を渡り歩いた者の威厳を纏いながらも、口元には柔らかな笑みが浮かんでいた。
「俺も聞こうか。何をやらかした?」
低く響く声に、メデルとブランデットは同時に固まった。
二人は焦って顔を見合わせ、言葉を早口で吐き出す。
「浮いちゃダメ……浮いた」
「空とか土に話しかけない……精霊さんや小人さんに話しかけた……凄く話した」
「光らない……光った…結界張る時魔力で覆った……何回も」
「消えない…興奮してフーマの所に行っちゃった…。」
「魔力の綺麗な人について行かない……ついて行った」
「テティソさんとケルメデスアール様にくっ付いていちゃった」
「処構わず寝ない……木の上で寝たね」
「やばい」
ヴェルメールはため息をつき、肩を震わせながら笑った。
「……お前ら、帝国史に残るぞ(笑)」
コクベックは腕を組み、わざと厳しい声を出す。
「……帝国史どころか、俺の胃に穴が開くな」
だが、その瞳には誇りが宿っていた。
「よくやった。だが、次は俺の目の前でやれ。勝手に消えるな」
メデルは小さく「ごめんなさい……」と呟き、ブランデットは苦笑しながら兄と父を見上げた。
その瞬間、祈りの間の光が柔らかく揺れ、精霊たちが二人の肩に降り立った。
まるで「この家族を守る」と誓うかのように――。
空気は震え、鈴の音が高まり、聖樹の香りが満ちる。
壁に刻まれた古代の紋様が淡く輝き、精霊たちが柱の間を舞っていた。
その羽音は、まるで遠い森の風が奏でる調べのよう。
光の粒子が宙に舞い、祈りの間全体が星空に包まれたかのように幻想的だった。
その時、ブランデットの背にある聖獣の卵が淡い光を放ち、皆に聞こえる様に低く響く声が祈りの間に広がった。
『帝国の歪みを糺すため、祈りの陣を王家の魔力で満たせ』
ベルセル王子は驚きながらも一歩前に出る。
「……陣に魔力を満たすのか」
リクセルが胸に手を当て、静かに頷く。
「帝国の均衡を護るためなら、私は女王として力を捧げます」
ルクセルも力強く言った。
「僕も祈ります。帝国に平和を」
テティソは一瞬ためらったが、卵の光が彼に向かって伸びる。
『お前もだ、王の血を継ぐ者よ』
テティソは深く息を吸い、マルデージの手を握りながら頷いた。
「……わかった。俺も力を貸します」
伯父リュスクマテルテス神官が壁際に歩み寄ろうとした時、卵の声が再び響いた。
『そなたもだ、王家の古き血を継ぐ者よ。祈りの力を陣に注げ』
リュスクマテルテスは驚き、杖を握りしめる。
「……私はまだ王家に分類されるのですね。ならば、帝国のために応えましょう…。」
彼は陣の外周に立ち、古代語の祈りを紡ぎ始めた。
その声が響くと、暴れかけた光が静まり、空間に柔らかな蒼光が広がる。
精霊たちが輪を描いて舞い、鈴の音がさらに澄んだ響きに変わった。
歌声のような精霊の調べが重なり、祈りの間は神域と化した。
しかし、魔力の流れは次第に不安定になり、陣が脈打つように震え始める。
「……足りない」ベルセル王子が歯を食いしばる。
その瞬間、祈りの間に澄んだ声が響いた。
『――まだ足りぬ。精獣の力を呼べ』
光が裂け、翠鳥が現れた。
その羽は蒼と緑の輝きを放ち、祈りの間に清らかな風を運ぶ。
『メデル、ヴェルメール。お前たちの魔力を陣に流せ』
メデルは驚きながらも胸に手を当てる。
「はい。僕……やる!」
ヴェルメールは弟の肩に手を置き、静かに頷いた。
「無理はするな。僕も共に…。」
ブランデットが声を上げる。
「僕は?僕もできる!」
卵の声が優しく答えた。
『今お前が魔力を流せば、カーロが消える。そして私は深い眠りに入ってしまう。それは避けねばならぬ』
ブランデットは唇を噛み、拳を握った。
「……わかった。我慢する」
翠鳥が羽ばたき、魔法陣に光を降り注ぐ。
メデルの黒い魔力が柔らかな闇の光となり、ヴェルメールの白い魔力が清流のように流れ込む。
陣の紋様が輝きを増し、精霊たちが祝福の歌を紡ぐ。
その時、卵の声が再び響いた。
『コクベック――お前はこの城の扉を開ける者。彼らは魔力提供後、疲弊し、一日か二日眠るだろう。後の対応を任せる』
コクベックは一歩前に出て、深く頭を下げた。
「はっ!」
ベルセル王子は息を整え、コクベックに視線を向ける。
「宰相エルグレイ・ヴァルムと連携を取ってくれ。帝国の均衡を守るために」
コクベックは力強く応えた。
「承知!」
祈りの陣が蒼光を放ち、精霊たちの歌声が空間を満たす中、仲間たちはそれぞれの想いを胸に立っていた。
デジルは剣の柄に手を置き、鋭い眼差しで陣を見守っていた。銀の粒子が彼の鎧に反射し、戦場で鍛えられた男の顔に淡い光が走る。彼の心は静かだが、必要ならば一瞬で動ける緊張感を纏っている。
テテはケルビスの肩にそっと手を置き、優しく支えていた。彼女の瞳には不安と祈りが宿り、唇は静かに古代語の祈りを紡いでいる。精霊の光が彼女の髪に降り、淡い金色の冠のように輝いていた。
マルデージは腕を組み、テティソの背を守るように立つ。戦士の眼差しは鋭く、しかし胸には家族を守る決意が燃えていた。彼女の足元には、精霊の粒子が舞い、赤い外套に星のような光を散らしている。
マルコは息を呑み、陣の輝きに目を奪われていた。指先は剣の柄に触れ、いつでも抜けるように構えているが、その瞳には畏怖と憧れが混ざっていた。
陣の光が脈打ち、精霊たちの歌声が祈りの間を満たしていた。
その旋律は、森の奥で響く風の調べと水のせせらぎを重ねたような、神秘の響き。
光の粒子が宙に舞い、柱の影に星々を描き、空気は聖樹の香りで満ちていた。
翠鳥が羽ばたき、蒼と緑の輝きを放ちながら、静かに言葉を紡ぐ。
『ケルメデスアール――お前は王家の血を継ぐ者。しかし、長き闇を纏っていたため、今は休め。魔力を流せば、お前の身が崩れる』
老いた伯爵は目を閉じ、深く息を吐いた。
「……王家の魔力があるのに、役に立てぬとはな」
その声には悔しさと諦めが混ざり、指先がわずかに震えていた。
翠鳥は優しく羽を揺らし、低く囁く。
『力を惜しむのではない。守るために、今は耐えよ』
次に、翠鳥の視線がケルビスと幼い二人に向けられる。
『ケルビス、ルクク、マテル――お前たちの魔力はまだ幼く、不安定だ。この場では心を鎮め、自身の魔力が荒れぬようにせよ』
ケルビスは唇を噛み、拳を握った。
「……僕にも王家の血があるのに、何もできないのか」
その声は震え、悔しさが滲んでいた。
テテがそっと肩に手を置き、優しく囁く。
「できることはあるわ。心を守ること。それが今の役目よ」
ルククは小さな手を握りしめ、翠鳥を見上げる。
「僕、邪魔にならないようにする」
マテルは祖父の外套をぎゅっと掴み、光に目を細めながら小さく頷いた。
精霊の粒子が彼の髪に降り、星の冠のように輝いていた。
祈りの間は、光と歌と香りに満ち、仲間たちの葛藤と決意が重なっていく。
その瞬間、陣が脈打ち、鈴の音が高まり、精霊と精獣の声が重なり、帝国の歪みを糺す儀式が静かに進んでいった――。
祈りの陣が蒼光を放ち、王家の魔力と精霊の歌声が重なった瞬間、
空間が震え、光が爆ぜた。
それは雷鳴ではなく、星々が一斉に生まれるような閃光――
視界が白銀に染まり、耳に鈴の音が重なり、肌に魔力の震えが走る。
祈りの間全体が白銀に染まり、古代の紋様が眩い輝きを放つ。
精霊たちの歌声は交響曲のように響き渡り、翠鳥の羽ばたきが蒼と緑の光を陣に降り注ぐ。
歪んでいた魔力の流れが静かに整い、帝国の均衡が戻っていくのが感じられた。
その瞬間、祈りの間に漂っていた重苦しい気配が霧のように消え、
空気は澄み渡り、聖樹の香りが深く満ちた。
遠く王都の塔に刻まれた紋章が淡く光り、帝国全体に魔力の波が広がっていく――。
――儀式は終わった。
だが、代償は大きかった。
陣の中央に立っていた者たちは、力を使い果たし、
一斉にその場に崩れ落ちた。
ヴェルメール、メデル、王女リクセル、ルクセル、テティソ、リュスクマテルテス神官、
そしてベルセル王子までもが、静かな床に身を横たえた。
コクベックはすぐに動いた。
彼の腕が王女を抱き上げ、その声が鋭く響き、祈りの間の空気を切り裂いた。
「すまん、デジル!」
元赤魔法騎士団長の圧倒的な魔力が迸り、デジルが反射的に振り向く。
「俺はここにいるヴェルメールとブランデットとメデルの父、コクベックだ。
先に女王を自室へ連れて行く。陣から皆を離しておいてくれないか!」
デジルは深く頷き、仲間たちをマルコと共に慎重に抱えながら動き始める。
その間、コクベックはブランデットに視線を向けた。
「ブランデット……スワロ公爵、俺の兄コルベックに念話で地下門前に来るように言ってくれ」
ブランデットは疲れた瞳を開き、かすかに笑みを浮かべる。
「……わかった、父上」
彼の指先が淡い光を放ち、念話の魔力が静かに広がっていった。
祈りの間には、まだ精霊の歌声が残響していた。
それは勝利の歌ではなく、守り抜いた者たちへの静かな祝福――
帝国の歪みは正された。
だが、この夜はまだ終わらない。
遠く王都の塔に刻まれた紋章が淡く光り、
その輝きは夜空に溶けるように広がり、帝国全体に魔力の波紋を走らせた。
街路の灯が一瞬揺れ、城壁の影が淡く震える。
精霊たちの歌声が風に乗り、帝国の隅々まで届いていく――
歪みは、静かに正されていた。
その波紋を感じ取った宰相エルグレイ・ヴァルムは、
書類を投げ出し、外套を翻して地下門へと急いだ。
「……祈りの陣が動いた。王家の魔力が流れたな」
彼の足音は石の回廊に響き、緊張が城全体に伝わっていく。
途中、彼は一人の男と遭遇する。
王女を抱き、蒼光を背に歩む赤い外套の男――コクベックだった。
「コクベック殿!」
エルグレイの声に、コクベックは足を止め、短く告げる。
「精霊と聖獣様から帝国の歪みを糺すため、祈りの陣を王家の魔力で満たした。……代償として、彼らは一日か二日眠る」
その言葉に、宰相の眉がわずかに動く。
「……承知した。女王を自室へ」
「任せろ」
コクベックは力強く頷き、王女を抱えたまま闇の回廊を駆け抜けた。
その時、甲冑の音が響き、女王の女性騎士たちが駆けつける。
「コクベック様! 女王陛下を!」
彼らの声には焦りと敬意が混ざっていた。
コクベックは鋭い視線を向け、短く命じる。
「後に続け。祈りの陣を王家の魔力で満たした。……代償として、彼らは一日か二日眠る。女王の周囲を固めろ。」
「はっ!」
騎士たちは即座に剣を抜き、自室へ走り去る。
女王を自室へ送り届けた後、
コクベックは再び宰相エルグレイと王家の護衛騎士と共に地下門へ戻った。
祈りの間の蒼光はまだ残り、精霊の歌声が微かに響いていた。
その静寂を破るように、重厚な足音が石床に響く。
闇を裂くように現れたのは、深紅の外套を纏う男――スワロ公爵、コルベック。
その歩みは静かだが、床に伝わる振動は雷鳴のように重く、
彼の存在そのものが、祈りの間の光を押し返すほどの圧を放っていた。
外套の裾が闇を切り裂き、肩に刻まれた紋章が淡く光る。
剣の柄に触れる指先は、まるで帝国の運命を握るかのような力を宿していた。
鋭い眼差しが陣を一瞥した瞬間、
周囲の空気が冷え、王家の護衛騎士たちでさえ無意識に背筋を伸ばす。
その瞳は剣よりも鋭く、言葉を発する前から「帝国を守る者」の威を示していた。
「……遅れたな」
低く響く声は、静かな回廊に雷鳴のように落ちる。
コクベックが息を呑み、低く呟く。
「兄上……」
コルベックは短く頷き、視線を弟に向けた。
その一瞬で、場の空気が変わる。
「状況を聞かせろ」
言葉は短い。しかし、その声に込められた圧力は、命令ではなく、帝国の運命を握る者の絶対的な力だった。
「祈りの陣は満たされた。帝国の歪みは正された。だが、ヴェルメール、メデル、王子、女王……皆、魔力を使い果たし眠っている」
「……なら、俺たちで守るしかないな……しかしコクベック!」
コルベックの眉がぴくりと動く。
「いきなりブランデットの声が頭に入って驚いたぞ!!前もって言っておけ!」
その鋭さに、場の緊張が一瞬だけ緩み、王家の護衛騎士たちが息を吐いた。
その時、祈りの間の奥にある扉が淡く脈打った。
古代の紋様が浮かび上がり、蒼光が水面のように揺れる。
扉は静かに呼吸するかのように光を放ち、開けられるのは王家の血を継ぐ者のみ――今はケルメデスアールだけ。
しかしコクベックも何故か開ける事が出来る。
コクベックが扉に手を触れると、紋様が眩い光を放ち、鈴の音が低く響いた。
精霊たちが輪を描いて舞い、祝福の歌を紡ぐ中、扉はゆっくりと開き、奥に続く回廊が現れる。
コルベックの声が低く響く。
「王家の方を先に慎重に、確実にだ自室へお連れしろ」
その声は冷静だが、絶対の力を帯びていた。
コクベックが続ける。
「ひとまずヴェルメール、ブランデット、メデルは城に泊まる時の部屋へ。歩ける者は各自客間に。テティソは王家の広くて大きい青の間へ、マルデージとルクク、マテルと一緒に」
護衛騎士たちは即座に動き、甲冑の音が低く響く。
精霊の光が彼らの肩に降り、鎧に星のような輝きを散らしていた。
その光景は、戦場ではなく、神域での行進のようだった。
祈りの間は、まだ祝福の光に包まれていた。
だが、その静寂の奥で、帝国の夜は続いていく――。
フーマの耳がわずかに動いた。
祈りの間の隅で、獣人のフーマが静かに立っていた。
蒼光に照らされた銀色の毛並みが淡く輝き、尾が優雅に揺れる。
彼の瞳は夜の狩人のように鋭く、祈りの間の静寂に緊張を走らせた。
「……神気過ぎて解らん(笑)坊主達は凄い事やっているんだろうなぁ~」
低い声が響き、場にわずかな笑みをもたらす。
鼻先がわずかに動き、空気を嗅ぐと、彼は肩をすくめた。
「……儀式が終わったら、空気が神気を帯びて体に力が湧いてくるな。……でも正直、お腹減った」
ちょうど扉から入って来たコルベック達はその言葉に、コクベックが苦笑し、護衛騎士たちが一瞬だけ肩の力を抜いた。
「フーマ、ありがとう。ブランデットとメデルは順調に育っているようだな…」
「坊主達はすげーぞ。気軽に歪みや澱みを癒しやがる(笑)…だから坊主達は…重要だ」
彼の声には、戦士としての誇りと、仲間への深い信頼が滲んでいた。
フーマは剣だけではなく、己の爪と牙を備えた戦士。
その存在は、祈りの間に漂う神聖さとは異なる、野生の力を象徴していた。
彼は静かに尾を揺らしながら、陣の奥を見据えた。
「……坊主達は俺が見る。王家はお前たちが守れ」
その声は低く、しかし確かな信頼を帯びていた。
その時、祈りの間の隅で、なぜか見える小人たちがフーマにちょっかいをかけていた。
銀狼の耳に小さな手が伸び、ちょこんと引っ張る。
フーマの耳がぴくりと動き、低い唸り声が漏れる。
「……おい、誰だ今のは(笑)」
ブランデットがその様子に気づき、眉をひそめて近づいた。
「……何してるの?」
彼の視線の先では、小人が両手でフーマの耳を引っ張りながら、得意げに笑っていた。
「耳、ふわふわ~! いい毛並みだねぇ!」
ブランデットは思わず吹き出しそうになりながらも、真剣な声で言う。
「やめなさい! フーマは怒ると怖いんだから!」
小人はくるりと振り返り、舌をちょろりと出して笑った。
「だって、触り心地が最高なんだもん!」
その瞬間、精霊たちが光の粒子をまとって舞い降りた。
『こら! ここは神域だぞ! 悪戯は許されない!』
風の精霊が小人の頭を軽く叩き、水の精霊が冷たいしぶきを飛ばす。
『フーマ殿は守り手ですよ。耳を引っ張るなど言語道断です!』
小人は頬を膨らませ、両手をぶんぶん振りながら抗議する。
「だって、ふわふわなんだもん!」
『ふわふわでもダメ! 神気を乱すな!』
火の精霊が小さな炎を灯し、脅しのように揺らめかせると、小人は慌てて耳から手を離した。
フーマは深いため息をつき、尾をゆっくり揺らした。
「……坊主、こいつら止めろ。俺、怒る前に(笑)」
ブランデットは肩をすくめ、精霊たちに視線を送った。
精霊たちは歌声を続けながら、小人をひょいと持ち上げ、光の輪の中へ連れ去っていった。
『まったく……神域で悪戯とは、度胸だけはあるな…。』
その声に、祈りの間に小さな笑いが広がり、緊張がわずかに和らいだ。
精霊たちが小人を叱りながら光の輪へ連れ去る様子を、コクベックと王家護衛騎士たちは黙って見ていた。
甲冑の音がわずかに響き、騎士たちの視線は真剣そのものだったが、その瞳の奥に小さな笑みが宿る。
「……神域で悪戯とは、度胸のある小人だな」
コクベックが低く呟き、肩をすくめる。
護衛騎士の一人が、息を殺しながらも口元をわずかに緩めた。
「フーマ殿が怒る前に止められて良かったです……耳を引っ張るとは」
別の騎士が小声で返す。
「でも、あの小人……本当に楽しそうでしたね」
別の騎士が感動して呟く。
「俺、はじめて精霊様と小人様を見ました…。」
その言葉に、コクベックは苦笑し、視線をフーマに向ける。
銀狼の尾がゆっくり揺れ、彼の瞳はまだ鋭いままだったが、口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。
精霊たちの歌声が再び祈りの間を満たし、神気が戻っていく。
その中で、騎士たちは静かに息を整え、再び緊張を取り戻した。
――だが、ほんの一瞬、祈りの間に柔らかな空気が流れたのだった。




