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僕はメデル〜" "にはなりません〜  作者: はるかかなえ


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㊷旅―冒険者 22

夜の館は静かだった。

月の光が中庭の石畳に静かに降り注ぎ、風が木々の間を優しく通り抜けていた。

精霊たちは葉の陰に潜みながら、静かに耳を澄ませていた。

ケルメデスアールは、館の奥の回廊にある長椅子に腰掛けていた。

その瞳は開かれていたが、遠くを見ているようで、何も見ていないようでもあった。

そこへ、フーマが静かに歩いてきた。

湯あみを終えたばかりのようで、肩に外套をかけ、気配を消すように歩いていたが、ケルメデスアールの前では足を止めた。

「……お疲れ様です、ケルメデスアール様」

「……フーマか。夜風が心地よいな」

フーマは頷き、隣に腰を下ろした。

しばらく、二人の間に言葉はなかった。

ただ、風と精霊の気配が、静かに流れていた。

やがて、ケルメデスアールがぽつりと呟いた。

「……私は、闇を纏っていた。近年は自分でも解るほど限界が近づいていた。」

フーマは黙って聞いていた。

その言葉には、重さがあった。

「だが、あの子たちが……メデルとブランデットが、私の心を包み、魔力を流してくれた。毎晩、何も言わずに、ただ笑って……」

ケルメデスアールの声が、少しだけ震えた。

「……あの笑顔を失うことは、世界の終わりだ。あの子たちが、何も知らずに背負っているものの重さを、私は知ってしまった。だからこそ、彼らの旅が……怖い」

フーマは静かに頷いた。

「俺も、そう思います。坊主たちは、まだ小さい。けど、あの魔力と心は……本物です。だからこそ、守らなきゃいけない。俺は、彼らの旅に同行します」

ケルメデスアールは、フーマの横顔を見つめた。

「……お前がいてくれるなら、少し安心できる。だが、旅は甘くない。精霊の森は、ただの目的地ではない。あそこには、澱みも歪みも、過去も未来も、すべてが交差する。」

フーマは目を細め、夜空を見上げた。

「ええ。だからこそ、彼らが行く意味がある。あの子たちの“癒し”は、ただの魔力じゃない。心を繋ぐ力です。それが、世界を変える“調和者”かもしれない」

ケルメデスアールは、静かに目を閉じた。

「……“調和者”……“光の記憶を持つ者”…重い…重すぎる……願わくば、あの笑顔が、旅の終わりにも残っていてほしい。それだけが、私の望みだ…。」

風が二人の間を通り抜け、精霊たちがそっと葉を揺らした。

ケルメデスアールは、静かに目を閉じたまま、しばらく沈黙していた。

フーマはその隣で、ただ夜空を見上げていた。

風が二人の間を通り抜け、精霊たちがそっと葉を揺らす。

やがて、ケルメデスアールがぽつりと呟いた。

「……この先、私の人生は長くはない。だが、まだ歩ける。まだ、守る事は出来る。戦える。……この先短い人生、共に行こうか……」

フーマは驚いたように目を向けたが、すぐに静かに頷いた。

「……はい。共に、行きましょう。あの子たちの未来を、共に守りましょう」

ケルメデスアールは、わずかに微笑んだ。

その笑みは、かつて闇に沈んでいた彼が、再び光を見た証だった。

夜の館は、静かにその誓いを包み込んでいた。

それは、守る者たちの決意。

そして、旅の兆しが確かに動き始めた夜だった。


朝の館は、静かに目覚めていた。

朝露が石畳を濡らし、柔らかな陽光が木々の間を差し込むたび、精霊たちが葉の陰から顔を覗かせた。

その静けさの中、館の門がゆっくりと開かれた。

デジル一家が、旅の疲れを纏いながら、ついにドラン辺境館へと到着した。

先頭に立つデジルは、深く息を吸い込み、館の空気を確かめるように目を閉じた。

その背後には、家族の気配――静かに歩く妻、好奇心に満ちた娘と孫、そして、少し緊張した面持ちの義理の息子テティソ。

館の奥、回廊の長椅子に腰掛けていたケルメデスアールは、気配に気づき、ゆっくりと目を開いた。

その瞳は、かつて闇を纏っていた頃とは違い、澄んでいた。

テティソが一歩前に出る。

朝の光が彼の髪を照らし、精霊たちがその肩にそっと触れた。

「……ケルメデスアール様」

その声は、静かで、けれど確かに届いた。

ケルメデスアールは、ゆっくりと立ち上がり、テティソの姿を見つめた。

しばしの沈黙の後、彼は静かに言葉を紡いだ。

「……はじめましてよく来たな、テティソ。兄の子だと聞いている。」

テティソは深く頭を下げた。

「はい。ですが……私は赤ん坊だった為、覚えてはいません。」

ケルメデスアールは、わずかに微笑んだ。

「ははは。ベルセルと同じ顔、私達と同じ魔力、大丈夫だ私はお前が来てくれて、嬉しい。あの子たちの旅が始まる。帝国にはお前の目と心が、きっと必要になる」

テティソは頷き、ケルメデスアールの前に進み出た。

「私も、彼らを守りたい。精霊の導きがあるなら、私もその流れに身を委ねます」

風が二人の間を通り抜け、精霊たちが葉を揺らした。

それは、再会の祝福。


館の朝の空気は柔らかく、光が差し込む回廊に温もりを添えていた。

テティソが朝の間に一歩踏み出した瞬間、ブランデットとメデルが駆け寄り、勢いよくその胸に飛び込んだ。

「テティソさん!」

「だっこして!」

テティソは驚きながらも笑みを浮かべ、二人を優しく抱き上げた。彼の魔力がふわりと包み込み、精霊たちが肩に寄り添う。

一方、マルデージの姿を見つけたルククは、目を輝かせて駆け寄り、力いっぱい抱きついた。

「お母さん!」

マルデージは豪快に笑いながら、ルククを抱きしめた。

「元気だったか? ルクク!」

テテは少し離れた場所で、マルコの肩に手を置き、静かに尋ねた。

「マルコ、大丈夫だった?」

マルコは笑って頷いた。

「うん母さん、問題ないよ。みんな無事にここまで来た」

その隣では、デジルがフーマに目を向け、低く問いかける。

「……問題はなかったか?」

フーマは肩をすくめて答えた。

「問題だらけだったさ。でも、全部乗り越えてきた。あの子たちが強いからな」

そして、マテルは眠そうな目をこすりながら、よろよろとケルメデスアールのもとへ近づいていった。

彼の魔力は綺麗で暖かく、まるで朝の陽だまりのようだった。

「テルマです。綺麗で暖かい魔力に抱っこされたいです」

と、眠いので目を瞑ったまま両手をケルメデスアールに向けた。

ケルメデスアールは静かに微笑み、マテルの頭にそっと手を置き、抱き上げた。

「おはよう、マテル。よく来たね。君も私達と同じ魔力だな。」


デジルが回廊を歩いていると、メデル、ブランデット、ルクク、そしてケルビスが勢いよく駆け寄ってきた。

その顔には、何かを伝えたいという強い意志が宿っていた。

「デジルさん! 見つけたんです!」

メデルが息を弾ませながら言った。

「うん、すごい場所だったよ。東棟の奥の、使われてない倉庫の裏手にね、古い床下通路があって……」

ブランデットが続ける。

デジルは眉をひそめた。

「床下通路? そんな場所があるのか?」

「その奥の天板の一部がわずかに変わっていることに気づいて。お兄様が浮いて触ったら、階段が現れて……地下へと続く階段が現れ、“移転の間”がありました!」

メデルが目を輝かせて言う。

「ドラン辺境館の地下から、城の地下の“祈りの間”に繋がってる移転陣です。精霊たちも静かにしてて、“移転の間”って呼ばれてたみたい」

ブランデットが補足する。

デジルはしばらく黙っていたが、やがて深く頷いた。

「……おいおい…浮いちゃ駄目だったんじゃないか~!!ドラン辺境伯爵には報告は・・・?」(フーマの問題だらけはこれかぁ(笑))

メデルとブランデットは同時に頷いた。

「はい、しています!」

ルククがキラキラした目で言った。

「おじいちゃん、王都に僕も行ける?」

ケルビスが目を大きく開けて言う。

「デジルさんがルククのおじいちゃん??だったら!!僕のおじいちゃんとらないでよ!!」

ルククは笑いながら答えた。

「だっておおきな体で包まれて、綺麗で暖かい魔力が気持ちいんだもん(笑)」

笑い声が回廊に響き、ケルビスは少し拗ねたように顔をそむける。

精霊たちも、葉の陰からそっと顔を覗かせ、静かにその誓いと絆を見守っていた。


館の朝――

厨房には朝の光が差し込み、香草の香りが漂っていた。

マルデージは腰に手を当て、料理長と向き合っていた。二人の間には、ただの料理人同士ではない、狩人(…元冒険者だけど)としての鋭い目と、火を扱う者の誇りが交差していた。

「森の奥で見たんだ。牙がこう、ぐわっとしててな。肉付きが……もう、最高だった」

マルデージが手振りを交えて豪快に語ると、料理長は目を細めて頷いた。

「それは……ビッグボアですね。あの脂は、火と香草で語りかけるように焼くべきです。狩りの腕が良ければ、肉も応えてくれる。」

「語りかけるように、か。いいな、それ。じゃあ、共に行こう。狩りと料理は、どちらも命をいただく技だ。」

二人はすぐに装備を整え、森へと向かった。

マルデージは剣を背負い、料理長は投擲用の小型斧と調理用の魔道具を携えていた。

森の奥、気配を消して進む二人の動きは、まるで長年の相棒のようだった。

ビッグボアが姿を現した瞬間、マルデージが前に出て剣を構え、料理長が木陰から正確に投擲を放つ。

獣の足が止まり、マルデージの一閃が風を裂いた。

見事な連携で、巨大な獣は静かに倒れた。


昼――館の食堂

厨房は熱気に包まれ、料理長の指示が飛ぶ。

「脂は低温で引き出して、香草は最後に。マルデージさん、肩肉はローストに回しましょう」

マルデージは血抜きと解体を手際よくこなしながら、部位ごとの特徴を料理人たちに説明していた。

「この背肉は、ステーキにすると最高だ。脂の層が厚いから、焼き加減は慎重にな」

宴の準備が整い、館の食堂は香ばしい匂いと笑い声に包まれていた。

マルデージと料理長は厨房の中心で腕を振るい、次々と料理を仕上げていく。

その姿はまるで戦場の英雄のようで、料理人たちも目を輝かせていた。

テティソは、食堂の隅で皿を並べながら、ちらりと厨房を見た。

マルデージが料理長と肩を並べて笑い合っているのを見て、ふと口を尖らせる。

「……なんか、楽しそうだな。狩りも料理も、僕は呼ばれてないし……」

小さく呟いたその声は、誰にも聞こえていないはずだったが、精霊が肩にちょこんと乗って、くすくすと笑った。

「お父さん、拗ねてるの?」

ルククが皿を持ちながら近づいてきて、にやりと笑う。

「拗ねてないよ。ただ……ちょっと、羨ましいだけだ」

テティソは視線をそらしながら答える。

「お父さんも料理できるじゃん。今度、僕と一緒に精霊オムライス作ろうよ!」

ルククの言葉に、テティソは思わず笑みをこぼした。

「……そうだな。僕の魔力で、ふわふわ卵にしてみようか」

その時、マルデージが厨房から顔を出した。

「テティソー! 次は精霊鍋だ! あんたの優しい魔力、出番だよ!」

テティソは一瞬驚いたが、すぐに笑顔になって厨房へと駆けていった。

精霊たちも、葉の陰から顔を覗かせ、彼の肩にそっと乗ってついていく。

拗ねていたのは、ほんの一瞬。

やがて、食の間には豪華な料理が並んだ。


肉厚でジューシーなビッグボアステーキ:表面は香ばしく焼かれ、中心はほんのり赤く、肉汁が溢れる。香草バターが添えられ、香りが広がる。

香草と玉ねぎを練り込んだハンバーグ:ふっくらと焼き上げられ、特製の赤ワインソースが絡む。子供たちに大人気。

骨付きでじっくり焼き上げたローストボア:骨の周りの旨味が凝縮され、ローズマリーとタイムが香る。

とろけるチーズとボア肉の旨味が詰まったグラタン:ホワイトソースと肉の層が絶妙なバランス。表面は黄金色に焼き上げられている。

ボアの脂でカリッと揚げたコロッケ:外はサクサク、中はホクホク。肉の甘みとジャガイモの優しさが絶妙。

薬草の香りが効いたボアカツレツ:衣に薬草を練り込み、爽やかな後味が残る。精霊にも好まれる香り。

精霊が好きなボアのオムライス:ふわふわ卵に包まれたライスには、ボアの旨味と精霊の好む香草が混ざっていた。卵の表面には精霊の紋様が浮かび上がる。

精霊鍋:青の小鳥亭の名物料理。出汁ととろとろ固まる前の絶妙な火加減でサクとろ何杯でも食べたくなるよ。


館中に漂う香ばしい匂いに、精霊たちも葉の陰から顔を覗かせ、そわそわと揺れていた。

子供たちは歓声を上げ、大人たちは感嘆の声を漏らし、ワインが進む。

笑い声と魔力の光が交差する、祝祭のような昼食だった。

マルデージは料理長と肩を並べ、満足げに腕を組んだ。

「やっぱり、うまい肉は、うまい料理人・狩人に任せるのが一番だな」

料理長も笑って頷いた。

「そして、うまい狩人・料理人がいれば、最高の宴になりますね」

その言葉に、精霊たちも葉を揺らして賛同するように風を吹かせた。

それは、館に集う者たちの絆と、命をいただく感謝の宴だった。


食堂の片隅、陽光が差し込む窓辺で、ケルビスは静かに座っていた。

周囲では、マルデージが料理長と笑い合いながら厨房を行き来し、子供たちが元気に走り回っている。

その場の空気は、まるで森の朝露のように清々しく、明るく、綺麗だった。

マルデージの声は朗らかで、笑顔は太陽のように周囲を照らしていた。

ケルビスはその姿を見つめながら、ふと胸の奥がきゅっと締めつけられるような感覚に包まれた。

(……お母さん、元気かな)

彼は心の中でそっと呟いた。

もう一年、母には会っていない。

里帰りしたまま、産まれたばかりの双子の弟と妹にも、まだ一度も顔を見ていない。

マルデージの周囲の温かさに触れるたび、ケルビスの胸には、母の笑顔と、まだ見ぬ弟妹の姿が浮かんでくる。

その時、ルククが祖母テテのそばに駆け寄っていた。

テテは椅子に腰掛け、編み物をしていたが、ルククの気配にすぐに顔を上げた。

「おばあちゃん……」

ルククは少しだけ声を震わせながら言った。

「どうしたの、ルクク?」

テテは優しく微笑む。

「ケルビスの魔力が不安になっているみたい……悲しい顔してる。ケルビス寄り添ってくれる?」

ルククの目は真剣だった。

テテは優しく深く微笑む。

「ええ!大丈夫よ!まかせなさい。」

テテは編み針を止め、ケルビスの側に行った。

「どうしたの、ケルビス様?」

テテは優しく微笑む。

「僕……マルデージさんを見ててお母さんに会いたくなった。弟と妹にも会いたい……。」

ケルビスは不安な気持ちでテテを見た。

テテはケルビスの手をそっと握った。

「そうね。マルデージは凄く元気でお転婆だからマルデージを見て可憐なマリーゴールド様を思い出すのは可笑しいけど(笑)。あなたがそう思ってくれるの、とても嬉しいわぁ。」

ルククはその会話を遠くから聞いていた。

ケルビスの言葉に、自分の想いが重なるような気がした。

(僕も……旅をしている時。時々会いたくなったよ。お母さんにお父さんにおばあちゃんに。弟に)

精霊たちがそっと風を運び、ケルビスの肩にふわりと乗った。

その魔力は、優しく、暖かく、まるで母の手のようだった。


食堂の喧騒が少し落ち着き、陽が傾き始めた頃。

テテは静かに編み物を片付け、そっと立ち上がった。

その目は優しく、しかしどこか決意を帯びていた。

彼女は回廊を歩き、庭の方へ向かう。

そこには、デジルが腰掛けて、空を見上げていた。

風が木々を揺らし、精霊たちが葉の陰から顔を覗かせている。

「デジル」

テテは静かに声をかけた。

「ん? どうした、テテ」

デジルは振り返り、彼女の表情を見てすぐに真剣な顔になった。

テテは隣に座り、少しだけ間を置いてから話し始めた。

「ケルビス様のことなの。今日、彼がマルデージを見ていて……お母様のことを思い出していたのよ。もう一年も会っていないのね。弟妹にもまだ会えていない」

デジルは静かに頷いた。

「……あの子は、強いが、まだ幼い。寂しさを抱えているのは当然だ」

「ええ。でも、あの子はそれを誰にも言わずに、静かに胸にしまっていたの。ルククが気づいてくれて、私が話を聞いたわ。とても優しい子よ」

テテはそっと手を重ねた。

「お願い、ケルクマージス様に伝えて。ケルビス様の心が、少しでも軽くなるように。母上に会える機会があるなら、考えていただけるように」

デジルはしばらく黙っていたが、やがて深く頷いた。

「……わかった。俺から伝える。ケルクマージス様なら、きっと理解してくださる」

テテは微笑んだ。

「ありがとう、デジル。あの子の笑顔が、また輝くように……」

風が二人の間を通り抜け、精霊たちが葉を揺らした。


デジルは静かに扉を叩いた。

「ケルクマージス様、少しお時間をいただけますか」

「入れ、デジル」

重厚な扉の向こうから、落ち着いた声が返ってくる。

デジルは一礼して部屋に入り、静かに言葉を紡いだ。

「テテからの伝言です。ケルビス様が……マルデージの明るさに触れて、お母様のことを思い出されたようです。もう一年も会っておらず、弟妹にもまだ会えていないと……」

ケルクマージスは書類に目を通していた手を止め、ゆっくりと顔を上げた。

その瞳は深く、静かに揺れていた。

「……そうか。ケルビスが、そんなことを……」

彼はしばらく黙っていたが、やがて椅子から立ち上がり、窓辺へと歩み寄った。

「父の闇が抑えられなくなってきた時に懐妊したのでマリーゴールドには里帰りを長くとって貰った。あの子が寂しさを抱えていたことに、私は気づいてやれなかった……」

デジルは静かに頷いた。

「ケルビス様は、何も言わずに胸にしまっていたようです。ルククが気づき、テテに話をしてくれました。」

ケルクマージスは窓の外を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。

「……すぐに使者を出そう。マリーゴールドに連絡を。ケルビスの心が曇ることのないように。弟妹にも、会わせてやらねばな」

彼の声には、父としての深い思いが込められていた。

「ありがとう、デジル。テテにも礼を伝えてくれ。ケルビスには……私からも、話をしよう」

デジルは深く頭を下げた。

「承知しました。ケルビス様も、きっと喜ばれます。明後日、王都に行く時に一緒に行かれては…ご検討ください。」

窓の外では、風が静かに木々を揺らしていた。

館の夕刻――

中庭に柔らかな夕陽が差し込み、石畳が金色に染まる頃。

ケルビスは静かに腰を下ろし、膝を抱えて空を見上げていた。

風がそっと吹き抜け、精霊たちが肩に寄り添っている。

その背後から、落ち着いた足音が近づいてきた。

ケルクマージス――ドラン辺境伯爵であり、ケルビスの父が、ゆっくりと歩いてくる。

その姿は威厳に満ちていたが、父としての柔らかな眼差しがそこにあった。

「ケルビス」

その声は低く、しかし優しく響いた。

ケルビスは驚いて振り返り、すぐに立ち上がった。

「……お父様」

ケルクマージスは微笑みながら、ケルビスの肩に手を置いた。

「テテから話を聞いた。お前が母上に会いたがっていると」

ケルビスは少しだけ目を伏せ、頷いた。

「……はい。もう一年も会っていません。弟と妹にも……まだ一度も」

ケルクマージスはしばらく黙っていたが、やがて静かに言葉を紡いだ。

「明後日、お爺様は王都へ向かう。お前も一緒に来くか? 母上に会えるよう、手配しよう」

ケルビスは目を見開き、息を呑んだ。

「……本当に?」

「もちろんだ。私は領地を守る為に動けないが、お前は私の息子だ。会いたい者に会う権利がある。母上も、きっと喜ぶだろう。弟妹も、お前に会いたがっているはずだ…まだ小さいから解らないが(笑)。」

ケルビスの瞳に、光が差し込んだように輝きが戻った。

「ありがとうございます、お父様!」

ケルクマージスは頷き、ケルビスの頭にそっと手を置いた。

「旅の準備をしておけ。王都は遠いが、心は近くなる。……お前の願いは、私の願いでもある」

ケルビスの胸には、希望の灯が静かに灯っていた。

館の朝――

空気は澄み渡り、旅立ちの気配が館全体に満ちていた。

メデルは兄ブランデットの手を握りながら、地下へと続く階段を降りていく。

その後ろには、フーマが静かに歩き、銀狼の気配を漂わせていた。

ケルビス、ルクク、マルコ、テティソ、マルデージ、マテル、デジル、テテ、そしてケルメデスアール――

一行は整然と並び、ドラン辺境館の地下“移転の間”へと向かっていた。

石造りの広間の中央には、精霊の紋様が刻まれた古代の魔法陣が静かに輝いていた。

その魔力は、長い年月を経てもなお、王都への道を守り続けていた。

「ここから、城の地下“祈りの間”へ繋がっています」

ケルメデスアールが静かに説明する。

「ただし、祈りの間の入口は王族しか開けられません。今回は、王都側でベルセル王子が開門の準備をしてくださっている」

デジルが驚いて言う。

「え?移転陣で行くのは前日決まりましたよね?連絡が付いたのでしょうか?」

ケルクマージスが顔を引きつらせながら

「メデルがヴェルメール…この子達の一番上の兄に精霊の様に試しに念話したら通じたそうだ…兄も規格外だった(笑)。」

メデルは目を輝かせて魔法陣を見つめた。

「うん!ちゃんと伝えたよ!!へへへ(笑)これが……王都への道……!」

ブランデットは弟の肩に手を置き、微笑んだ。

「8か月ぶりだね。懐かしい場所に戻れる」

フーマは静かに頷いた。

「だが、油断はするな。王都も、今は穏やかとは限らん…怒られる覚悟もしとけ」

テティソはマテルの手を握りながら、マルデージと目を合わせる。

「家族で行けるのは嬉しいけど、緊張するね」

マルデージは笑って肩をすくめた。

「緊張してる暇があったら、王都の食材をどう料理するか考えなさいな」

ケルビスは魔法陣の前で立ち止まり、深く息を吸った。

「母上に……会えるんだ」

テテはそっと彼の背を撫でた。

「ええ、きっと喜ばれるわ。弟妹にも、初めて会えるのね」

デジルは魔力を流し、陣の光が強くなるのを確認した。

「準備は整った。順番に、魔法陣の中心へ」

ケルメデスアールが先に進み、精霊たちが彼の周囲に集まる。

その後に、メデル、ブランデット、フーマ、ケルビス、ルクク、マルコ、テティソ、マルデージ、マテル、デジル、テテが続く。

光が広がり、空間が揺れる。

帝国の辺境から、王都の中心へ――

8か月ぶりの帰還が、静かに始まった。

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