㊶旅―冒険者 21
朝から雨が降っていた。
外に出られない坊主ども――メデル、ルクク、ケルビス、ブランデットたちは、昼過ぎから館の探検に出かけていった。
フーマとマルコもついて行こうとしたが、ブランデットに「今日は休み」と言われ、ケルクマージス様にも「館内だから自由にして良い」と告げられた。
「……休みって言われてもなぁ」
フーマは少し肩をすくめながら、マルコと顔を見合わせた。
結局、二人は辺境騎士団の室内訓練場へ向かい、騎士団員たちと共に汗を流すことにした。
剣の音、掛け声、魔力の軌跡が交差する中、互いに軽く手合わせをしながら、訓練の合間に息を整えていた。
そして夜。
訓練が終わり、屋敷に静けさが戻る頃、フーマとマルコは汗を拭きながら居間へと足を運んだ。
木の床が心地よく軋み、暖炉には小さな火が灯っている。
居間にはすでにメデルとブランデットが座っていた。
メデルは湯気の立つハーブティーを両手で包み込み、白蛇は膝の上で丸くなり、青竜は窓辺で外を眺めている。
聖獣の卵は、ブランデットの膝の上で、静かに光を放ちながら脈動していた。
フーマがゆっくりと腰を下ろし、マルコはメデルの隣に座る。
「お疲れ、メデル。ブランデット。待ってたのか?」
「うん。フーマ、マルコ、今日ね……すごいことがあったの!」
メデルは、昼間の出来事を思い出しながら、少し興奮気味に話し始めた。
時の精霊の声、陣の中心で魔力を流した瞬間、精霊たちの声、そして老精霊の出現――
そのすべてを、言葉を選びながら、でも目を輝かせて語る。
フーマは腕を組みながら、静かに聞いていた。
その表情は真剣だが、内心では思わず苦笑していた。
(……おいおい、また坊主どもがやべーことしてんなぁ……。休みの日に時の精霊起こすとか、普通じゃねぇぞ)
マルコは途中で「うっへえ!」と何度も驚きの声を漏らしながら、メデルの話に引き込まれていく。
「それでね、扉の紋章にも魔力を流して、ケルクマージス様とケルメデスアール様とケルビス君が力を合わせたら……領地全体が、光に包まれたの!」
白蛇が、メデルの膝の上でくるりと尾を揺らし、青竜が窓辺で「うんうん」と頷くように尾を跳ねた。
「精霊様が、すごく喜んでた。カーロも、卵さんも、みんな嬉しそうだったよ」
フーマは目を細めて、暖炉の火を見つめながら言った。
「……それでか……普段は姿を見せない幼い聖獣達が居るのは…精霊が動くほどの魔力の共鳴。凄いな、よくやった…。」
(……ほんと、油断ならねぇ。次は空でも割るんじゃねぇか?)
マルコはメデルとブランデットの頭をぽんぽんと撫でながら、笑顔で言った。
「メデルとブランデットはほんとにすごいよ。時の精霊様が出てくるなんて、伝説みたいじゃん。俺、ちょっと鳥肌立ったよ!」
メデルは少し照れながらも、嬉しそうに笑った。
「えへへ……でも、みんながいたからできたの。お兄様も、ルククも、ケルビス君も……みんなで円になって、魔力を流したの」
白蛇が、くすくすと笑うように尾を揺らし、青竜が窓から星空を見上げる。
「精霊様が言ってたよ。“時が繋がった時、陣は目覚める”って」
フーマは静かに頷き、マルコは湯を一口飲んでから言った。
「じゃあ、今日は“時の精霊記念日”だな。メデル、よくやった。次は何が起きるか、楽しみだな」
メデルは元気よく頷いた。
「うん! 次?次はね!昼寝?夕寝?した時にね、森の精霊たちが歌を教えてくれるって言ってたの! あと、空を飛ぶ夢も見たんだよ!」
居間には、暖かい笑い声と、精霊たちの静かな気配が満ちていた。
それは、騎士たちと精霊と、心を通わせる者たちが過ごす、穏やかな夜のひとときだった。
そしてフーマは、湯を一口飲みながら、心の中でぽつりと呟いた。
(……まったく、坊主ども……次は精霊界でも開く気か?)
それでも、彼の表情はどこか誇らしげだった。
館の裏庭――雨上がりの朝。
地面にはまだ水滴が残り、草葉がきらきらと光を反射していた。
空には雲がゆっくりと流れ、風は穏やかで、精霊の気配が空気に溶け込んでいた。
メデルは白蛇を肩に乗せ、ブランデットは青竜を腕に抱え、ルククは風の精霊に耳を傾けながら、準備を整えていた。
今日も昨日の結界が満ちたからかのかフーマとマルコにも聖獣や精霊が見えていた。
「やばいほど聖獣や精霊が見えるななぁ(笑)」
マルコは驚きすぎて頷くばかり。
フーマとマルコは庭の木の影で護衛しながら坊主達が飛び方を教えているのを見ている。
坊主達の前に立つのは、ケルメデスアール様とケルビス様。
辺境伯家の二人は、空を飛ぶという行為に少し緊張しながらも、興味深げに三人の動きを見つめていた。
「まずは、魔力を足元から広げて、風に乗せるように流してみてください」
メデルが優しく声をかける。
「力で押し上げるんじゃなくて、風と仲良くする感じです」
ブランデットが補足するように言い、青竜が「うんうん」と尾を揺らした。
「精霊の流れを感じて、魔力を合わせると、ふわっと浮くよ」
ルククは風の精霊に手をかざしながら、ケルビス君に笑いかけた。
ケルビス君は真剣な顔で魔力を整え、そっと足元に流す。
すると、彼の体がふわりと浮き上がり、驚いたように目を丸くした。
「わっ……浮いた! ほんとに浮いた!」
ケルメデスアールも、静かに魔力を流し、風の流れに乗るようにしてゆっくりと浮き上がる。
その姿は、若き日の記憶を思い出しているようだった。
「……物語の……伝説のフライトを自分が出来るとは……。」
その時、館の方から足音が聞こえ、ケルクマージスが姿を現した。
手にはまだ書類が握られていたが、それを脇に抱え、空を見上げて言った。
「……仕事は切り上げた。私も、飛びたい(笑)」
メデルは嬉しそうに頷き、ブランデットとルククも笑顔で迎えた。
「じゃあ、みんなで飛びましょう!」
ケルクマージス様が魔力を整え、風の精霊が彼の周囲を舞う。
その瞬間、三人――ケルメデスアール、ケルクマージス、ケルビスが空中に並んで浮かび上がった。
風が彼らの衣を揺らし、精霊たちが光の粒となって周囲を舞う。
空中で並んだ三人は、しばし無言のまま、空を見渡していた。
「父上……伝説の人は、空を飛んで何を見ていたんでしょうか。」
ケルクマージスが静かに尋ねる。
「……この国の形。人々の暮らし。精霊の流れ。そして、守るべきものの重さだろうなぁ。」
は遠くを見つめながら答えた。
「僕は……まだ何も見えてないけど、今日、空が広いってことだけは分かった」
ケルビス君がぽつりと呟く。
ケルクマージスは微笑みながら、息子の肩に手を置いた。
「それでいい。今は広さを知るだけで十分だ。やがて、お前の目に映るものが、守るべきものになる」
風が三人の間を通り抜け、精霊たちが歌うように葉を揺らした。
空には、三世代の魔力の軌跡が淡く光りながら残っていた。
地上では、メデルたちがその姿を見上げていた。
白蛇がくるりと尾を揺らし、青竜が「すごいね」と言いたげに空を見つめる。
「……未来って、こうやって繋がっていくんだね」
メデルがぽつりと呟いた。
その言葉は、風に乗って空へと届き、三人の心に静かに染み渡っていった。
空に並ぶ三人――ケルメデスアール、ケルクマージス、ケルビス――が静かに風に乗っているその下で、地上の空気もまた、魔力の流れに呼応していた。
「じゃあ、僕たちも……行こうか」
メデルが白蛇にそっと声をかけると、白蛇は「うん」と言いたげに尾をくるりと揺らした。
ブランデットは青竜を腕に抱えながら、少し緊張した面持ちで頷いた。
「ケルビス君たちが見てるから、失敗できないね」
青竜は「だいじょうぶ」と言うように、ブランデットの肩を軽く叩いた。
ルククは風の精霊に手をかざし、目を閉じて風の流れを感じ取る。
「風、今日も優しいね。じゃあ、お願いね」
三人はそれぞれ魔力を整え、足元からそっと広げていく。
風の精霊たちがくるくると舞い、彼らの周囲に光の粒が集まり始めた。
メデルが先に、ふわりと浮き上がる。
白蛇が彼の肩にしっかりと巻きつき、風に乗って滑るように空へと舞い上がる。
「わ……すごい……辺境の地の空って、こんなに広いんだ……!」
ブランデットも続いて、青竜と共に浮き上がる。
彼の魔力は柔らかく、青竜の尾が風を切るたびに、空に小さな波紋が広がった。
「本当だ……すごい……空が広い……王都やガルバトリア町で飛んだ時より空が高い!(笑)」
ルククは最後に、風の精霊たちに導かれるようにして、軽やかに空へと舞い上がった。
彼の周囲には、葉の精霊や小さな火の精霊たちが集まり、まるで祝福するように舞っていた。
「……風って、ほんとに気持ちいいね。精霊たち、ありがとう」
メデルは風に乗りながら、白蛇と共にゆっくりと旋回する。
白蛇は彼の肩で尾を揺らし、空気の流れに合わせて小さく鳴いた。
その音に呼応するように、水の精霊がきらめく粒となって周囲に広がり、空気に虹のような光を添えた。
ブランデットは青竜と共に、少しずつ高度を上げながら、風の層を感じ取っていた。
青竜は翼を広げるように尾を伸ばし、風を切るたびに小さな旋律のような音が響く。
火の精霊が彼らの周囲に集まり、暖かな光を灯していた。
ルククは風の精霊たちとまるで会話するように、手を広げて空を滑る。
葉の精霊が彼の周囲をくるくると舞い、時折、風の歌を囁くように葉を揺らした。
「みんな、すごいよー!」
地上からは、精霊たちの歓声が響く。
「空に花を咲かせよう!」
「風の歌、歌ってあげる!」
すると、空の一角に、精霊たちが集まり始めた。
風の精霊が旋回しながら歌を紡ぎ、水の精霊がその旋律に光を添え、火の精霊がリズムを刻む。
葉の精霊たちは空に舞い上がり、まるで花びらのように広がっていく。
空に、精霊たちの歌が響いた。
「風は巡り、命は芽吹く。記憶は繋がり、心は飛ぶ。我らは見守る、空の誓いを――」
その歌に、空を飛ぶ六人が静かに耳を傾けた。
ケルメデスアールは目を閉じ、かつての契約の歌を思い出すように、深く息を吸った。
ケルクマージスは、空の広さを見渡しながら、静かに言った。
「……この空を、未来の者たちが守るなら、我らは安心して地に降りられる」
ケルビスは、メデルたちの姿を見ながら、目を輝かせて言った。
「僕も、もっと飛べるようになって、精霊様たちと話したい!守りたい!」
空には、六人の軌跡が淡く光りながら残っていた。
それは、精霊と人の絆が空に刻んだ、祝福の道。
地上では、フーマとマルコが木の影からその光景を見守っていた。
「……本当!やばいほど聖獣や精霊がくっきり見えるなぁ(笑)」
フーマがぼそりと呟く。
マルコは頷きながら、目を丸くしていた。
「ほんとに……これ、夢じゃないよね?」
風が吹き抜け、空と地上を繋ぎ、精霊たちの歌が静かに響いていた。
それは、祝福の朝。
そして、未来への第一歩だった。
館の中庭の片隅。
水滴が葉の先で揺れ、時折風に乗って落ちる音が、静寂の中に優しく響いていた。
精霊たちは木陰や花の間から顔を出し、四人の周囲をくるくると舞っていた。
風の精霊は葉を揺らし、水の精霊は光を反射しながらきらめき、火の精霊は小さな暖かさを灯していた。
メデルは白蛇を膝に乗せながら、湯気の立つお茶を両手で包み込んでいた。
その瞳は穏やかで、けれどどこか遠くを見ているようだった。
ブランデットは青竜を腕に抱え、時折その尾に指を絡めながら、静かに呼吸を整えていた。
ルククは風の精霊と遊ぶように指先で風を撫でていた。精霊がくすぐったそうに笑いながら、彼の髪をふわりと揺らした。
ケルビスは少し離れた石の上に座り、真剣な顔で話を聞いていた。彼の背にはまだ幼さが残るが、その瞳には確かな意志が宿っていた。
「ねえ、ルクク。ほんとに僕達と一緒に旅に出るの?」
メデルがそっと尋ねると、ルククはにっこり笑って頷いた。
「うん。僕、ブランデットとメデルを守りたいって思ったんだ。だから、一緒に旅することにしたよ!お父さんとお母さんにも許可を貰ったよ。ちゃんと“責任を持って守る”って言ったら、すごく真剣な顔で頷いてくれた」
ブランデットは少し照れたように青竜を抱き直しながら言った。
「ルククがいてくれるなら、心強いよ。僕、カーロをちゃんと精霊の森に送り届けたいから……。」
白蛇が「うん」と言いたげに尾を揺らし、青竜も「がんばろうね」と言うようにブランデットの肩を軽く叩いた。
ケルビスは静かに頷きながら、言葉を選ぶように口を開いた。
「カーロって……ブランデットの中にいる、双子の姉さんなんだよね。精霊の森に帰るって、どういうこと?」
メデルが少しだけ考えてから、ゆっくりと答えた。
「カーロお姉様は、精霊的な存在なんだ。本当は消えるはずだったけど、ブランデットお兄様の中で生きてる。でも、あと二年で精霊の森に帰らないと、ブランデットのお兄様心が壊れちゃうかもしれないって……」
ブランデットは静かに頷いた。
「だから、僕たちの旅は、カーロを無事に送り届けることが一番の目的なんだ。
カーロは僕の大切な姉だから、ちゃんと帰してあげたい」
ルククが続けるように言った。
「それと、聖獣様の卵もあるよね。精霊の森の神域に返さなきゃいけないって、メデルが言ってた」
メデルは卵の方をちらりと見て、優しく微笑んだ。
「卵さん、ずっと眠ってるけど、昨日の様に時々話しかけてくれるんだ。精霊の森の“神真の翠龍様”に返す使命があるんだ。それが、僕たちに託された役目なんだと思う」
ケルビスは目を丸くして、少しだけ身を乗り出した。
「それって……すごく大事な旅じゃない? 王都でも聞いたことないような話だよ。
精霊様と話せるなんて、僕にはまだ想像もできない……」
ブランデットが小さく笑って言った。
「うん、内緒なんだけど……あんまり隠れてない(笑)」
ルククも笑いながら頷いた。
「そうそう。隠してるつもりなんだけど、精霊たちがすぐに広めちゃうんだよね。
昨日なんて、風の精霊が“旅の始まりだー!”って空に向かって叫んでたし」
白蛇がくすくすと笑うように尾を揺らし、青竜が「ばれちゃってるよー」と言いたげに空を見上げた。
ケルビスは少しだけ真剣な顔になって、静かに言った。
「僕も、いつか何かを守れるようになりたい。今はまだ飛ぶのもやっとだけど……
でも、みんなみたいに、誰かのために動けるようになりたい」
メデルは優しく微笑みながら、ケルビスの手をそっと握った。
「きっとなれるよ。だって、ケルビス君は、もう“守りたい”って思ってるから。
その気持ちがあるなら、精霊たちもきっと応えてくれるよ」
風が優しく吹き抜け、精霊たちが葉を揺らしながら、四人の周囲を祝福するように舞っていた。
その風は、まるで旅の始まりを告げる鐘のように、静かに、けれど確かに響いていた。
それは、未来へと続く道の第一歩。
そして、心と精霊が繋がる者たちの、静かな誓いの時間だった。
館の中庭の朝。
雨上がりの空気は澄んでいて、草葉の香りが風に乗って漂っていた。
精霊たちは静かに葉の間を揺らし、時折、ケルビスの肩にそっと触れては、すぐにまた舞い上がっていった。
ケルビスは一人、石の縁に腰を下ろしていた。
メデルたちの笑い声が遠くに聞こえる。
ルククが風の精霊と遊び、ブランデットが青竜と語らい、メデルが白蛇に優しく話しかけている。
その光景を見つめながら、ケルビスは膝に手を置き、静かに呟いた。
「……僕も、行きたい。守りたい。だけど……」
彼の声は風に溶けるほど小さく、精霊たちだけが聞き取れるほどだった。
「僕はまだ、飛ぶのもやっとで……魔力はあるけど、精霊との契約も、何もできてない。みんなはすごい。精霊と話せて、聖獣と一緒にいて、使命があって……」
風の精霊がそっと彼の髪を揺らした。
葉の精霊が、彼の足元に小さな光の粒を落とした。
「でも、僕だって……守りたいって思ってる。メデルが言ってた。“その気持ちがあるなら、精霊たちも応えてくれる”って……」
ケルビスは空を見上げた。
昨日、父と祖父と自分が並んで飛んだ空。
その広さと、風の優しさを思い出す。
「僕も、広い空をもう一度飛びたい。そして、誰かのために、何かを守れるようになりたい」
その言葉に、精霊たちが静かに集まり始めた。
風の精霊が彼の周囲をくるくると回り、水の精霊が葉に光を添え、火の精霊が小さな灯をともした。
「……ありがとう。僕、もう少しだけ……考えてみる。でも、きっと……僕も、旅に出る」
ケルビスは立ち上がり、遠くで笑っているメデルたちの方へ、ゆっくりと歩き出した。
その背には、まだ迷いがあった。
けれど、足取りには確かな一歩が刻まれていた。
それは、少年が“守る者”になろうとする、静かな決意の始まり。
夜の館は静かだった。
月の光が中庭に差し込み、草葉に残る水滴が銀色に輝いていた。
風は穏やかで、精霊たちは葉の間から顔を出し、夜の空気に溶け込むように漂っていた。
ケルメデスアールは、いつもの椅子に腰掛けていた。
その瞳は閉じられていたが、闇の気配は完全に無くなっていた。
それでも、ブランデットとメデルが毎晩欠かさず魔力を送り続けていた。
(…抱っこして貰う為クスクス♪へへへ(笑)…)
その夜も、メデルとブランデットはケルメデスアールの膝に座り、抱っこされながら癒しの魔力を送っていた。
白蛇はメデルの肩に巻きつき、青竜はブランデットの腕に寄り添っていた。
ケルビスも祖父の隣に座り、静かに魔力を流していた。
けれどその流れに、メデルがふと違和感を覚えた。
「……ケルビス君、ちょっと待って。魔力が……途中で止まってる」
ブランデットもすぐに気づき、青竜が尾を揺らして警告を送った。
「魔力が滞ってる……流れが、途中で詰まってるみたい」
ケルビスは驚いたように目を見開いた。
「えっ……僕、ちゃんと流してるつもりだったけど……」
メデルはケルビスの手を取り、そっと魔力を重ねる。
ブランデットも反対側から手を添え、三人の魔力が静かに共鳴し始めた。
「ここ……胸の奥のところ。魔力が自分の中で渦巻いてる…。」
ブランデットが静かに言うと、ケルビスは少しだけ涙ぐんだ。
メデルは微笑みながら頷いた。
「大丈夫、ちゃんと魔力にしてあげよう。精霊たちも、きっと応えてくれるよ」
三人の魔力が重なった瞬間、ケルビスの胸の奥から、ふわりと光が広がった。
滞っていた魔力が一気に流れ出し、部屋の空気が震えた。
ケルメデスアールが目を開き、静かに呟いた。
「……今のは……ケルビス、お前の魔力か……」
その瞬間、床に淡い光の紋章が浮かび上がった。
その中心に、聖獣・幼い玄武が姿を現した。
甲羅に水と土の紋様を宿した、重厚で穏やかな聖獣。
その瞳は深く、ケルビスを見つめていた。
「……ケルビス。お前の“守りたい”という心、我は受け取った。その魔力は、まだ幼いが、確かに真実を宿している」
玄武の声は、地の底から響くような、静かで力強いものだった。
ケルビスは震えながらも、玄武の前に進み出た。
「僕……まだ弱いけど、守りたいって思ってる。だから、僕に力をください。精霊を、聖獣を、信じて……」
玄武はゆっくりと頷き、甲羅の紋様が光を放った。
「ならば、契約を結ぼう。お前の魔力が、我を呼び、我が力が、お前を守る」
その言葉と共に、ケルビスの胸に紋章が刻まれた。
水と土の精霊が彼の周囲を舞い、玄武の力が静かに彼の体に宿っていく。
メデルとブランデットはその光景を見守りながら、そっと手を握り合った。
「……ケルビス君、やったね」
「うん。これで、きっともっと強くなれる」
ケルメデスアールは静かに目を閉じ、深く息を吐いた。
「……我が孫よ。お前は、もう“守る者”になったんだな。」
夜の風が静かに吹き抜け、精霊たちが祝福の光を放った。
その時、ケルクマージスは、仕事を終えて静かに廊下を歩いていた。
ふと、癒しの間から漏れる魔力の波動に気づき、足を止める。
扉を開けると、そこには光の紋章が広がり、ケルビスの胸に刻まれる契約の印。
聖獣・幼い玄武が静かに佇み、ケルビスの前で頷いていた。
その瞬間、ケルクマージスの胸に熱いものが込み上げた。
「……ケルビス……」
声は震えていた。
彼はゆっくりと歩み寄り、息子の背に手を置いた。
「お前が……自分の力で、精霊と聖獣に認められたのか……」
ケルビスは振り返り、少し照れたように笑った。
「うん……僕、守りたいって思ってた。ずっと……」
ケルクマージスは言葉を失い、ただ深く頷いた。
その瞳には、誇りと感動が溢れていた。
「よくやった……お前は、もう立派な“守る者”だ。父として、これ以上の喜びはない」
玄武は静かにケルクマージスを見つめ、重々しく頷いた。
「父の魔力も、子の心も、我は感じている。この契約は、血と意志の証。未来を守る者の誕生だ」
ケルクマージスは、ケルビスの肩をしっかりと抱きしめた。
その腕には、父としての誇りと、旅立つ息子への信頼が込められていた。
夜の風が静かに吹き抜け、精霊たちが祝福の光を放った。
それは、父と子が心を通わせた、かけがえのない夜だった。
静かな午後。
屋敷の中庭の片隅、陽だまりの中で、誰にも聞こえない“心の会話”が交わされていた。
聖獣の卵は、ふわりと光を放ちながら、優しく語りかける。
『今日は、空気があったかいねぇ。結界が満ちたからかな?』
ブランデットの幼い聖獣・青竜が、くるくると尾を揺らしながら応える。
『うん。なんか、胸のあたりがぽかぽかする。ブランデットの魔力、やっぱり好き。』
メデルの幼い聖獣・白蛇は、陽の光を浴びてとろけそうになりながら、のんびりと念を送る。
『ぽかぽか……すやすや……メデルも、今お昼寝してる……』
『えー、寝ちゃったの?』
青竜が驚いたように尾を跳ね上げる。
『うん。カーロが「今は休む時」って言ってたから、僕、ちゃんと聞いて寝たの。えらい。』
その声に、ふわりと風が吹き、ブランデットの中からカーロの気配が現れる。
彼女の声は、優しく、どこか懐かしい響きを持っていた。
『メデルは、頑張りすぎるからね。ブランデットも、ちゃんと見守ってあげないとね。』
ブランデットの心の中で、カーロの声に応えるように、青竜がくるりと回る。
『カーロ姉ちゃん、今日も優しいね。僕、メデルが起きたら、また一緒に遊ぶんだ!』
白蛇が、くすくすと笑うように尾を揺らす。
『メデル、夢の中で精霊たちとお話してるよ。さっき、森の歌が聞こえたって言ってた。』
聖獣の卵が、静かに脈動しながら語る。
『あの歌……“風と土の誓い”だね。ブランジュが歌ってた。精霊たち、みんな喜んでたよ。』
カーロが、そっと微笑むように言葉を紡ぐ。
『メデルは、光も闇も、分けない子。だから、精霊たちも安心して心を開けるのね。』
青竜が、葉の上に飛び乗って、空を見上げる。
『ねえ、今度みんなで、空飛んでみたいな。メデルとブランデットと、カーロ姉ちゃんと、白蛇と、卵さんと!』
白蛇が、くるくると尾を巻いて、嬉しそうに答える。
『いいね! 空の上で、歌うの! 風に乗って、精霊たちに届けるの!』
聖獣の卵が、ふわりと光を放ち、優しく包み込むように言った。
『その時が来たら、きっと空も、森も、精霊も、みんな笑ってくれるよ。』
カーロは静かに頷き、ブランデットの心にそっと寄り添った。
『それまで、みんなで見守ろうね。メデルの“心”が、世界を繋いでいくから。』
陽だまりの中、誰にも聞こえない優しい会話が、風に乗って広がっていった。
それは、精霊と聖獣と、心を通わせる者たちだけが知る、静かな祝福の時間だった。




