㊳旅―冒険者 18
焚き火の炎が静かに揺れる夕暮れ時。
ブランデットは膝の上のメデルをそっと下ろすと、腰に差していた巻物を取り出した。羊皮紙を広げると、火の光に照らされて文字が浮かび上がる。
「皆さん、計画書を作りましたので、少しだけ時間をいただけますか。」
ブランデットの声は穏やかだが、どこか芯のある響きを持っていた。
ルククが焚き火の薪を整えながら顔を上げる。
「おっ、ブランデットが“計画書”なんて言うと、ただの遊びじゃ済まなそうだな。聞かせてくれよ。」
メデルはブランデットの隣にちょこんと座り、目を輝かせて見つめている。
「お兄様、すごい……! 僕も聞きたい!」
ケルビスは腕を組みながら、少し興味深そうに眉を上げた。
「計画書って、どんな内容なんだ? 俺の畑、ちゃんと入ってるよな?」
ブランデットは微笑みながら頷いた。
「もちろんです、ケルビスさん。あなたの土魔法は村の食料供給の要ですから。」
彼は羊皮紙を指でなぞりながら、項目を読み上げていく。
朝の光が差し込む広間。壁際には、訓練を終えたフーマ、デジル、マルコが座り込んでいた。額には汗が残っている。
フーマは腕を組みながら壁にもたれ、尾をゆっくり揺らしていた。マルコは頭を垂れ、デジルは少し遠くを見つめながら口を開いた。
「俺、一旦ガルバトリアの町に戻るよ。報告もあるし、王都の件もあるからな。」
フーマは軽く頷き、マルコは「気をつけてな」と短く返した。
一方、朝食の席では、ブランデット、メデル、ルククがケルメデスアールと共に食事をしていた。香ばしいパンと温かいスープの香りが広がる中、メデルがふと尋ねる。
フーマたちの方を見て、首をかしげた。
「ねえ、フーマたち、朝ごはん食べないの?」
フーマは壁際から声を返す。
「俺たちはもう食ったぞ。」
「え?」
「お前たちがお風呂に入ってる間に食ちまったぞ。」
メデルは目をぱちぱちさせて驚き、ブランデットとルククは笑いながらスープをすする。
「えー!ずるい!」
マルコが笑いながら肩をすくめる。
「訓練終わってすぐだったからな。腹が減って仕方なかった。」
メデルは目を丸くし、ブランデットとルククは笑いながらスープをすする。
その時、朝の間の扉が開き、ケルビスがケルクマージスと共に入ってきた。
「お腹ペコペコだー!」
ケルビスは元気よく叫びながら席に向かい、ケルクマージスは穏やかな笑みを浮かべて言った。
「久しぶりに皆で鍛錬できて楽しかったですね。」
彼はゆっくりと席に着き、ブランデットに目を向ける。
ルククは笑いながら、言う。
「ケルビスさん、これ熱いから気をつけて。あと、メデルみたいにゆっくり噛んで食べてくださいね。」
「えー、俺はいっぱい食べるぞ! 昨日の夜から何も食べてないんだ!」
ケルビスはパンを手に取り、豪快にかじる。メデルはその様子を見て目を丸くしながら、パンをちぎって口に運ぶ。
「ケルビス、すごい……でも、僕はちょっとずつ食べるの。」
ケルメデスアールは静かにスープを口に運びながら、ブランデットに目を向ける。
「君の指導は、若者たちにとって良い刺激になっているようだ。ケルビスも、以前よりずっと動きが良くなっている。」
ブランデットは少し照れながらも、真剣な表情で頷いた。
「ありがとうございます。ケルビスは吸収が早いです。ルククも、動きが軽くなってきました。」
ルククはパンをかじりながら、口をもぐもぐさせたまま親指を立てる。
「んぐっ、んぐっ……あいっす!」
デジルは立ち上がり、腰の装備を整えながら言った。
「じゃあ、俺はそろそろ出る。ガルバトリアに戻って、王都の件も報告してくる。」
フーマは軽く頷き、マルコは「母さん達にもよろしく言っといて…。」と短く返す。
ケルクマージスはその様子を見ながら、静かに言った。
「デジル殿、道中お気をつけて。王都の件、私からも感謝を。」
デジルは一礼し、朝の間を後にした。
朝の間の一角、ケルメデスアール様は静かに、しかし驚くほどの量の朝食をもくもくと召し上がっていた。
パンは端を丁寧にちぎり、スープは音を立てずにすくい、果物は皮を剥いてから一口ずつ味わう。動きは洗練されていて、まるで儀式のような食事風景だった。
その傍らでは、にこにこと微笑む側仕えが数名、せっせと世話をしている。スープの温度を確認し、パンの焼き加減を見て、果物の盛り付けを整える。
ケルメデスアール様が手を伸ばす前に、次の皿が自然と差し出されるその様子は、まるで舞台の一幕のようだった。
ブランデットはその様子をちらりと見て、思わず小声でメデルに囁く。
「……あれが“貴族の食事”ってやつだよ。」
メデルは目を丸くして、パンを口に運びながら頷いた。
「すごい……でも、なんか優雅な感じがするね。」
ルククはスープをすすりながら笑う。
「あれだけ食べてるのに、全然うるさくないのがすごいよな。」
ケルメデスアール様は、ふと顔を上げて微笑みながら言った。
「食事は心を整える時間だからな。皆んなも、ゆっくり食べなさい。」
その言葉に、朝の間の空気がさらに穏やかに包まれた。
その様子を見ていたケルクマージスが、肩を揺らして笑いながら言った。
「私には、熊が優雅に食事をしているように見えて、視覚的にちょっと笑えるんですが……。」
ブランデットが思わず吹き出しそうになり、メデルは「くま?」と首をかしげる。
ケルクマージスは続けて、懐かしそうに微笑んだ。
「母は“可愛い”と言っていましたけどね。あの食べ方が、なんとも愛らしいと。」
ケルメデスアールはスープを飲み終え、静かに器を置くと、笑いながら言った。
「熊でも、貴族でも、食事は丁寧にいただくものだ。小さい頃に培った習慣は大人になっても崩れんぞ(笑)」
その言葉に、朝の間にいた全員が笑い、空気がさらに和やかになった。
ルククはスープをすすりながら、ぽつりと呟いた。
「でも、あんなに食べてるのに、なんであんなに静かなんだろう……俺だったら、パンの端が飛んでる。」
メデルはパンを両手で持ちながら、真剣な顔で言った。
「ルクク、パンは飛ばさないで食べるんだよ。」
ブランデットは笑いながら、メデルの頭を軽く撫でた。
「そうだね。まずは、パンを飛ばさない訓練から始めようか。」
ケルクマージスは椅子から立ち上がり、父ケルメデスアールが移動したソファーの隣へ座った。
「父上、今日も神殿と森の視察に行かれるのですか?」
ケルメデスアールは、紅茶を口に運びながら頷いた。
「そうだ。神殿の修復状況と、森の精霊たちの動きは定期的に見ておかねばならん。昨日の雨で地盤が緩んでいないかも気になる。」
ケルクマージスは真剣な表情で頷きながら、巻物を取り出して予定を確認する。
「では、騎士団の護衛を二班に分けて配置します。ルートは昨日と同じでよろしいですか?」
「うむ。あの道は精霊も慣れている。無理な変更は避けよう。」
そのやり取りを聞いていたケルビスが、スープの器を片付けながら近づいてきた。
「お父様、おじい様。開拓村の件、報告しておきますね。」
ケルクマージスが振り返り、少し笑みを浮かべながら尋ねる。
「どうだ、進んでいるか? 畑の整備は?」
ケルビスは胸を張って答える。
「順調です。一応場所は来ました。」
ケルメデスアール様は静かに頷きながら言った。
「精霊との協定は守られているか?」
「はい。」
ケルクマージスは満足げに巻物に記録を加えながら言った。
「よし。この調子で進めてくれ。開拓村は、我らの未来の礎になる。」
ケルビスは力強く頷き、メデルの方をちらりと見て微笑んだ。
「昨日話して、今日は皆で開拓村に行くんだ。」
メデルはパンのかけらを口に運びながら、もぐもぐと笑顔で頷いた。
「うん!楽しみ!」
ルククが椅子の背にもたれながら、にやりと笑う。
「じゃあ、今日は開拓村の“地ならし祭り”だな。俺、斧持ってくよ。」
ブランデットは巻物を閉じながら、静かに言った。
「準備は整っています。あとは、精霊たちに挨拶してから出発しましょう。」
ケルメデスアール様は紅茶を飲み干し、立ち上がると一言。
「では、視察の前に皆の出発を見送るとしよう。未来を築く者たちの背を、見届けねばな。」
その言葉に、朝の間にいた全員が背筋を伸ばし、静かに頷いた。
翌朝、ブランデットは仲間たちと共に地図を手に、現地調査に出発した。メデルは小さな杖を握りしめ、ルククは斧を背負い、ケルビスは土魔法の感知術を準備していた。フーマは警戒の目を光らせながら先導する。
メデルが先頭に立ち、風の流れを感じながら歩く。彼の足元には小さな風の精霊が舞い、草の葉先がそっと揺れる。
「ここだよ、お兄様。風の精霊さんが笑ってる。」
ブランデットはその場所に青い印をつけ、通り道として保護指定した。風の精霊が通る道は、北東から南西へと緩やかに曲がりながら続いていた。
ルククが風の流れに手をかざしながら言う。
「この道沿いに風車を建てれば、精霊の力を借りて風力水耕の補助にもなるかもな。」
ブランデットはその案を巻物に記録。
丘の下には、苔むした岩と小さな穴が点在していた。ケルビスが地面に膝をつき、土魔法で感知を始める。
「……振動がある。小人たちが眠ってるな。ここは掘るなよ、絶対に。」
メデルが耳を澄ませると、土の中から小さな歌声のような響きが聞こえた。
「歌ってる……お昼寝の歌だ。」
ブランデットはその一帯を「聖域」として地図に記し、居住区から外すことを決定した。
ルククが木々の間を歩きながら、日当たりと風通しを確認する。彼は木の幹に手を当て、年輪の感触を確かめる。
「この開けた場所なら、建物も建てやすいし、精霊たちも嫌がらないだろう。木材も近くで調達できる。」
フーマが周囲を見回しながら頷く。
「魔獣の痕跡もない。ここなら安全だ。ただ、夜間の見回りは必要だな。」
ブランデットは居住区の範囲を地図に描き込み、仮設の見張り塔の設置も提案した。
南側の斜面に立ったケルビスが、土を掘って感触を確かめる。
「水は上流から引ける。地盤も安定してる。俺の土魔法で、肥沃な畑にできるぞ。」
ルククが眉をひそめて言う。
「ケルビス様、農民が手掛ける範囲には狭すぎると思います。これの5倍は生産に必要だと思います。」
ケルビスとブランデットは地図を見ながら考え込む。
「様いらないぞ!生産…なるほど…では、こちらの森林を伐採しても良いか、メデル、精霊に確認してくれるか?」
「うん!土の精霊と小人達に確認する。」
「フーマどう思う?」
ブランデットがフーマにも確認をとる。
「魔獣の痕跡はあるが整備出来ない事はない。少し時間をくれ、辺境騎士団と確認してくる。」
メデルはフーマに近づき袖を掴み、目を輝かせて言う。
「フーマ、木の精霊さんがこの辺の木は間引きの為切って良いって言ってるけど、その奥にビッグボアの群れが居るから狩ってからの方が良いんだって〜!一緒に狩ってきて(笑)」
フーマは笑いながら頷いた。
「よし、ルクク。狩りの準備だ。精霊の許可があるなら、俺たちの出番だな。マルコ!ブランデットとメデルとケルビスの護衛をよろしく。」
ブランデットは畑の範囲を地図に描き込み、灌漑計画の草案も記した。水路は上流から引き、精霊の通り道を避けるように設計されている。
メデルが指差した光の集まる場所では、蝶が舞い、空気が柔らかく感じられた。
「精霊さんたち、ここで踊ってたの。守ってあげたい。」
ブランデットはその場所を「精霊の庭」と名付け、保護区域として地図に赤い円を描いた。周囲には柵ではなく、精霊の好む花を植えることで境界を示す予定だ。
ブランデット達は、居住区と畑予定地の南側に広がる谷へと向かった。朝露に濡れた草を踏みしめながら、メデルが先頭を歩く。彼の杖の先には、淡い水色の光が揺れていた。
谷の奥に、小さな湧き水が岩の間から流れ出ていた。水は澄み、冷たく、周囲には水精霊の気配が漂っている。
メデルがそっと手をかざすと、水面に波紋が広がり、精霊の姿が一瞬だけ現れた。
「……ここ、精霊さんが住んでる。お願いすれば、水を分けてくれると思う。」
ブランデットは巻物に水源の位置を記録。
メデルは水源のそばに座り、精霊の気配に語りかけるように目を閉じた。
「水精霊さん、僕たち、ここに村を作りたいんです。あなたの流れを守りながら、少しだけ水を分けてください。」
水面が静かに揺れ、青白い光がメデルの杖に宿った。
「……うん、いいって。でも、約束を守ること。流れを壊さないこと。」
ブランデットはその言葉を聞き、協定書に「水精霊の流れを尊重すること」「排水路は自然の傾斜に従うこと」と明記した。
ブランデットが地図を広げながら言う。
「次は、排水と側溝についてです。雨水の流れを利用して、自然排水路を作ります。ケルビスさんの土魔法で側溝を形成していただければ、洪水対策にもなります。」
ケルビスが胸を張って答える。
「任せろ。土の流れは俺の得意分野だ。地形に合わせて傾斜も調整できる。水が溜まらないように、畑の周囲にも排水路を作っておくといいな。」
メデルが小声で「すごい……」と呟き、ケルビスは照れくさそうに笑った。
ルククが地図を覗き込みながら言った。
「この辺、ちょっと低くなってるから、水が集まりやすいかもな。排水路を通して、南の小川に流すようにすれば自然な感じになる。」
ブランデットは頷きながら、地図に印をつける。
「小川の流れを利用するのは良い案です。精霊たちも水の流れには敏感ですから、無理な改変は避けましょう。水精霊との協定も必要になります。」
フーマが焚き火の向こうから声をかける。
「水精霊か……昔、雨の夜に現れたことがあったな。あいつら、静かだけど怒ると怖いぞ。」
メデルが不安そうに言った。
「怒らせないように、ちゃんとお願いしようね……」
ブランデットは微笑みながら頷いた。
「ええ、メデル。君の魔力なら、きっと水精霊とも仲良くなれるよ。聞いてみて。」
ケルビスが地面に手をかざし、軽く魔力を流すと、土が滑らかに動いて小さな溝ができた。彼は地形の傾斜を読み取りながら、排水路の流れを調整していく。
「こんな感じで、地形に合わせて流れを作る。あとは、石を敷いて崩れないようにしておけば完璧だ。」
ブランデットが頷く。
「石なら集めてくる。川辺にいいのが転がってた。…一人では無理だね。土の小人さんにお願いしてみる。」
そのとたん、土の中からぴょこぴょこと小人さん達が出て来て、元気よく声を揃える。
「良いよ。石を集めて敷いて崩れないようにしておくよ!その代わりブランデットとメデルの魔力欲しい~。」
ブランデットとメデルは顔を見合わせて笑いながら言う。
「はい。帰りに流しますねぇ!!」
「うん!たくさんあげる~。」
小人たちは嬉しそうに跳ねながら、川辺へと走っていった。
ブランデットは巻物に記録を加えながら言った。
「ありがとうございます。これで、雨の日も安心して暮らせる村になりますね。」
フーマとルククは、辺境騎士団の数名と共にビッグボアの群れを討伐して帰還した。ルククはきらきらした目でフーマを見つめながら言う。
「フーマさんすっごーいカッコ良かったです!一瞬で5匹のビッグボア狩ったんだ!!」
フーマは鼻を鳴らし、尾を振って少し照れくさそうに答える。
「ふん!俺はAランク冒険者だぞ!ビッグボアぐらいにて惑う事はないぞ。」
興奮気味のルククが先導し、岩盤が露出した高台へと案内する。そこはかつて地震で地面が割れた際にも崩れなかった場所で、周囲には木々が少なく、視界も開けている。
「ここなら安全だ。地盤がしっかりしてるし、火災の延焼も防げる。」
ブランデットは地図に避難場所として印をつけ、周囲に簡易の目印を設置。その上にメデルが魔力で小さな光の陣を書くと、淡い光が空へと伸びた。
「夜でも見えるようにしておいたよ!」
ブランデットは微笑みながら頷く。
「ありがとう、メデル。君の光は皆を導く力になる。ケルビス、定期的にこの陣に魔力を流して…騎士団の定期見回りの項目に追加して。」
ケルビスは驚きながらも了承する。
「ああ!承知した……しかし小さいのに陣も書けるのか…ブランデットも定期見回りの項目に追加って…凄いなぁ」
メデルは頬を膨らませ、ブランデットは苦笑い。
「小さくないもん…。」
フーマが空を見上げ風を見つめながら言う。
「火災のときは風の精霊が暴れることもある。水精霊との連携が鍵になるな。」
メデルが水源の方へ向かい、再び水精霊に語りかける。
「火が出たら、助けてくれる? 風の精霊さんが暴れちゃうかもしれないから……」
水面が揺れ、精霊の声が響く。
「……火を鎮めるなら、私たちが流れを送る。でも、風の精霊とは調和が必要。」
ブランデットは協定書に「火災時の水精霊による支援」「風精霊との調整役の設置」を追加した。
フーマが木々の間を歩きながら、風鈴式の感知警報具を吊るす場所を選定する。
「風が通る場所に吊るしておけば、魔獣が動けば音が鳴る。夜でも気づける。」
ルククが木材を加工し、小さな鈴を取り付けた警報具を作成。メデルが魔力を込めると、風が吹いた瞬間、澄んだ音が響いた。
「これなら、精霊さんも気づいてくれるかも!でも皆に聞こえたらうるさいから…対の装置に聞こえる様に…ルクク木材をこんな感じに加工して…で魔方陣と紋章を組み合わせて……出来た!!」
ブランデットとフーマは頭を抱える。
「メデル…何をしている…。」
メデルは鼻を大きくし、胸を張って得意げに言う。
「念話みたいに対の警報具同士で聞こえる様にしたの~もしみんな一緒に聞きたい時は手元の警報具のココに入っている魔石を取ったら聞こえるよ!」
ルククとケルビスは驚きすぎて固まっている。
「魔道具…作った?…え?……え!」
フーマは大きな溜息をつきながら言う。
「ふうー。…よし、ブランデット、これは後で報告案件か相談だ。」
ブランデットは固まっているルククとケルビスを促しながら地図を見て、防波壁予定地の地盤を確認する。ケルビスは土に手を当て、魔力を流しながら言った。
「揺れを吸収する層を作る。粘土と砂の層を交互に重ねて、地震の力を分散させるんだ。」
土が滑らかに動き、地面の下に柔らかな層が形成されていく。メデルがその上に石材を並べ、基礎を固めていく。
「3メートル幅、高さ10メートル。これなら、スタフィードで魔物がぶつかっても揺れても崩れないな。」
ブランデットは巻物に記録を加えながら、静かに言った。
「皆さんの知恵が集まれば、災害にも強い村になります。精霊との協定、避難経路の整備、警報具の設置、そして建物の補強。これらを順に進めていきましょう。」
開拓から二か月。
村は見違えるほど整い、仲間たちの手によって命が吹き込まれていた。
防壁はケルビスの土魔法によって強固に築かれ、畑は南斜面に広がり、水路と排水路が精霊の通り道を避けるように整備されていた。建築区画には井戸や排水の場所が設けられ、神殿予定地には白い布が張られ、精霊たちがその周囲で静かに舞っていた。
村の道路には、石板が敷かれていた。雨の日でもぬかるまず、衛生面にも配慮された設計。その石板の一部には、暗くなっても歩ける様淡く光る紋様が浮かんでいた。
ケルビスは父と祖父に視察をお願いするため、村の入口で出迎えた。
「お父様、お爺様、開拓村の視察をお願いできますか。皆で力を合わせて、ここまで整えました。」
ケルクマージスは馬から降り、ゆっくりと村の景色を見渡した。風が吹き抜け、精霊の気配が穏やかに漂っている。
「……見事だ。防壁、畑、神殿、そして精霊との共存地。よくここまで整えたな。」
その時、ブランデットの背に背負われていた聖獣の卵が、ふわりと光を放った。
「……っ!」
卵が目覚めたのだ。淡い光が村の道路に広がり、石板が次々と魔力によって整形されていく。紋様が浮かび、石板同士が滑らかに繋がり、まるで精霊の道のような美しさを帯びていた。
しかし、卵の魔力は急速に消耗していく。ブランデットは驚き、すぐにメデルに声をかけた。
「メデル、魔力補充を!」
「うんっ!」
メデルは急いで卵に手をかざし、ブランデットも同時に魔力を流す。二人の魔力が卵に注がれ、光が安定し、石板の整形がゆっくりと収束していった。
ケルクマージスはその様子を見て、静かに言った。
「聖獣の力か……この村は…いや街は、ただの開拓地ではないな。精霊と共に歩む場所だ。」
ケルビスは誇らしげに頷いた。
「はい。ここは、僕たちの未来です。」
ルククが石板を蹴ってみて、感触を確かめる。
「これ、すごいな……滑らないし、魔力が通ってる。精霊たちも喜ぶぞ。」
フーマは防壁の上から見下ろしながら、尾を揺らして言った。
「これなら、魔獣が来ても逃げやすい。道が整ってると、戦術も組みやすい。」
ケルメデスアールも石板の紋様を見つめながら言った。
「この紋様……古代の聖獣の記録に似ている。卵が記憶していたのかもしれんな。」
メデルは卵を撫でながら、そっと囁いた。
「ありがとう、精霊さん……卵さん……」
卵は静かに光を収め、再び眠りについた。
ある日のドラン辺境伯館。
屋敷の中庭に陽が差し込む午後、ドラン辺境伯爵家の使用人たちは、いつも通りの仕事をこなしながら、どこか浮き立つような笑顔を見せていた。
ケルメデスアール様が、以前よりもずっと元気に歩き、笑い、時に豪快な声を響かせている。その姿を見て、使用人たちは心からの安堵と喜びを感じていた。
「お三方が元気になられて、本当に……」
年配の庭師が、庭の花壇に水をやりながらぽつりと呟く。
若い側仕えが、ケルクマージス様の外套を整えながら言う。
「ケルメデスアール様なんて、今朝も廊下で“飯はまだか!”って笑っておられましたよ。本当にもう目や腕が痛くはないのですね……。」
その時、屋敷の奥からケルメデスアール様の声が響いた。
「おい!この茶はぬるいぞ!……いや、待て、これはこれで良い。冷えた茶もまた風情だな!はっはっはっ!」
使用人たちは驚きながらも、思わず笑みをこぼす。側仕えの一人がすぐに新しい茶を用意しながら、にこにこと微笑んで言った。
「伯爵様、次は温かいものをお持ちしますね。」
「うむ、任せたぞ!お前たちの働きぶりは見ておる。良いぞ、実に良い!」
ケルメデスアール様は椅子にどっかりと腰を下ろし、お茶を飲みながら、使用人たちに目を向ける。
「こうして元気に過ごせるのも、お前たちの支えがあってこそだ。感謝しておるぞ、心からな!」
その言葉に、使用人たちは一斉に頭を下げ、側仕えたちはせっせと世話を続けながら、誇らしげに微笑んだ。
その傍らで、ケルクマージス様は静かに廊下を歩いていた。陽光を受けた銀糸の刺繍が外套にきらりと光り、背筋はまっすぐ、足取りは軽やかで無駄がない。
使用人たちが彼の姿を目にすると、自然と背筋を伸ばし、動きが一段と丁寧になる。
「ケルクマージス様は、やっぱり格好良いですね……」
若い側仕えが小声で呟くと、隣の者が頷いた。
「立ち姿だけで、空気が引き締まるような気がします。」
ケルクマージス様は、使用人たちに目を向けて微笑みながら言った。
「ありがとう皆の働きが、屋敷の品格を保っている。誇りを持って、今日もよろしく頼む。」
若い側仕えふたりはは聞こえた事に驚き顔を真っ赤にして頭を下げた。
その声は穏やかでありながら、芯の通った響きを持っていた。ケルメデスアール様の豪快さとは対照的に、静かな威厳が屋敷の空気を包み込んでいた。
ケルビスが廊下を通りかかり、ケルメデスアール様の声に笑いながら言った。
「おじい様、今日も元気ですね。」
「元気でなければ、飯も酒も旨くない!それが貴族というものだ!」
その豪快な言葉に、屋敷の空気はさらに明るく、温かく包まれていった。




