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僕はメデル〜" "にはなりません〜  作者: はるかかなえ


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㉟旅―冒険者(兄弟)15

青い小屋亭 — 初めての兄弟の対面

帝国の外れ、ガルバトリアの町にある「青い小屋亭」。木造の梁に精霊の刻印が残る、素朴で温かな宿酒場。昼下がりの柔らかな光が窓から差し込み、店内には静かな時間が流れていた。

テティソは、いつものように厨房の手伝いを終え、帳簿を整理していた。彼の動きは落ち着いていたが、どこか心がざわついていた。デジルから「客が来る」とだけ聞かされていたが、誰なのかは知らされていなかった。

その時、扉が静かに開いた。

風が一瞬、店内を撫でる。テティソは顔を上げた。旅装束に身を包んだ男が、ゆっくりと店内に足を踏み入れる。肩にかけた外套は質素で、王族の紋章は見えない。だが、その立ち姿には、確かな気品と覚悟が宿っていた。

ベルセル王子だった。

彼は誰にも気づかれぬように、静かにテティソの前まで歩みを進める。足音は軽く、だが一歩一歩に迷いはなかった。

テティソは立ち上がり、無言で彼を見つめた。目の奥には、警戒と戸惑いが混じっていた。

ベルセルは、ゆっくりと外套を脱ぎ、椅子の背にかけた。そして、深く一礼した。

「……初めまして。俺は、ベルセル。帝国の王子……だが、今日はその肩書きではなく、“兄”として来た。」

テティソは眉をひそめた。

「兄……?」

ベルセルは頷いた。

「お前のことを、最近知った。28年前、帝国の命令で排除されかけた命。俺の弟。……俺は、知らなかった。知るべきだったのに。」

テティソはしばらく黙っていた。彼の胸の内では、言葉にならない感情が渦巻いていた。

「……俺は、王族じゃない。ここで生きてきた。帝国のことも、王宮のことも、知らない。」

ベルセルは静かに言った。

「それでいい。俺も、王宮で育ったが……家族を知らずに育った。だから、今こうして、お前に会いに来た。肩書きではなく、……心で、家族になりたい。」

テティソは目を伏せた。

「……俺の家族はデジル達…、他に家族が欲しいなんて思ったこともなかった。」

「俺もだ。だが、今は違う。お前が生きていてくれて、よかった。……会えて、よかった。」

沈黙の中、テティソはゆっくりと椅子を引き、ベルセルに向かって言った。

「……じゃあ、兄さん。何を飲む?」

ベルセルは微笑んだ。

「おすすめを。弟のいる食堂で飲むのは、初めてだからな。」

その瞬間、青い小屋亭の空気が少しだけ変わった。静かで、温かく、確かな絆が芽吹いた瞬間だった。


ベルセル王子が水を受け取り、テティソと向かい合って静かに言葉を交わしていたその時、厨房の奥から威勢のいい声が響いた。

「テティソ!客人に水だけってのは礼儀知らずだよ!うちの料理を出さなきゃ、青い小屋亭の名が泣く!」

その声と共に現れたのは、マルデージ。35歳、元冒険者の剣士であり、今は青い小屋亭のコック兼女将。腰に布を巻き、片手に鍋を持ったまま、堂々とした足取りでテーブルに近づいてきた。

その姿を見て、ベルセルは思わず目を見張った。彼女の動きには、戦場を知る者の力強さと、厨房を仕切る者の自信が宿っていた。

テティソが少し照れたように言う。

「……兄さん、紹介するよ。僕の妻、マルデージ。元冒険者で、今はこの店の魂みたいな人だ。」

マルデージは鍋を置き、腕を組んでベルセルを見つめた。

「王子だって? ふーん、肩書きは立派だけど、腹は空いてるかい?」

ベルセルは立ち上がり、丁寧に頭を下げた。

「はい。ベルセルと申します。今日は、兄として……彼に会いに来ました。」

マルデージはじっと彼を見つめた後、ふっと笑った。

「礼儀はあるようだね。よし、座りな。うちの料理は、肩書きじゃなくて腹で味わうもんだ。」

テティソが笑いながら言う。

「マルデージは、昔は剣一本で魔獣を薙ぎ倒してた女性だよ。今は鍋で人の心を溶かしてるんだ。」

マルデージは肩をすくめて笑った。

「剣も鍋も、使い方次第さ。命を守るのに、武器は一つじゃない。」

ベルセルは、彼女の言葉に深く頷いた。

「……あなたが、テティソを守ってくれたのですね。ありがとうございます。俺の弟を……家族として。」

マルデージは少しだけ目を細めて言った。

「家族ってのは、守るもんじゃない。育てるもんさ。あんたが兄なら、これから育ててやんな。」

ベルセルは静かに言った。

「……俺は、家族を持ったことがある。でも、こうして“家族に迎えられる”のは初めてだ。」

マルデージは鍋を掲げて言った。

「じゃあ、まずは“精霊鍋”だ。テティソが好きなやつ。兄弟なら、味覚も似てるかもしれないしね。」

テティソは、ベルセルの前にそっと水を置いた。

「……兄さん。ここでは、まず水から。マルデージの料理は、喉が乾くからね。」

ベルセルはその水を受け取り、静かに言った。

「ありがとう、テティソ。……家族って、こういうものなんだな。」

その夜、青い小屋亭には、血ではなく心で繋がる家族の気配が、静かに灯っていた。

精霊鍋の香りが漂う中、ベルセルは水を口に含み、静かに息を吐いた。ベルセルは彼の表情を見つめながら、少しだけ言葉を選ぶように口を開いた。

「……テティソ。もし、できるなら……王都に来てほしい。」

テティソは少し驚いたように目を上げた。

「王都に?」

ベルセルは頷いた。

「私達の下の兄弟に、会ってほしいんだ。……私には、テティソがいるって知った。でも、私達には……兄弟がいる。」

ベルセルは静かに目を伏せた。そして、ゆっくりと答えた。

「……私の子達ルクセルとリクセルのことだ。」

テティソは少しだけ目を見開いた。

「私の子達……兄弟?」

「ルクセルは神殿にいる。リクセルは、帝国の女王として即位した。二人とも……俺の子として育てられたが、真実は違う。彼らもまた、私達の兄弟だ。」

テティソは言葉を失い、しばらく黙っていた。マルデージがそっと鍋をかき混ぜながら、静かに言った。

「家族ってのは、血だけじゃない。だけど、血が繋がってるなら……なおさら、会っておくべきだよ。」

ベルセルはテティソの目を見て、真剣な声で言った。

「彼らに、お前のことを伝えた。そして、できれば……一緒に会ってほしい。俺たちは、歪んだ帝国の中で、ようやく“家族”を見つけ始めてる。お前も、その輪の中にいてほしい。」

テティソは、ゆっくりと頷いた。

「……怖いけど、行ってみたい。兄弟に、会ってみたい。」

ベルセルは微笑んだ。

「ありがとう。きっと、彼らも喜ぶ。リクセルは強くて優しい女王だ。ルクセルは、神殿で帝国の歪みを正そうとしている。……お前が加われば、きっと何かが変わる。」

マルデージが鍋を火から下ろしながら、笑って言った。

「じゃあ、王都行きの準備だね。まずは腹ごしらえ。精霊鍋、できたよ。(笑)」

青い小屋亭には、未来への旅立ちの気配が、静かに灯っていた。


仲間の決意、ある日の夕食後シャールとココフは、厨房の隅に腰を下ろした。

シャールは弓を壁に立てかけ、少しだけ目を伏せた。

「……実はな、マルデージ。俺たち、引退を考えてたんだ。Bランクまで登ったけど、もう命を張るのは潮時かなって。」

ココフも頷いた。

「魔法の精度は落ちてないが……心が、戦場を求めなくなってきた。静かな場所で、魔法を使って人を癒したいと思うようになった。」

マルデージは鍋の蓋を開け、湯気の中から顔を出すようにして言った。

「……あんたら、そんなこと考えてたのかい。なら、ちょうどいいじゃないか!」

シャールが眉をひそめる。

「ちょうどいい?」

「そうさ!」マルデージはお玉を掲げて笑った。「青い小屋亭は、戦場じゃない。だけど、腹を満たして心を癒す場所だよ。あんたらの腕前、ここで使ってくれりゃ、町の連中が喜ぶさ!」

ココフは少しだけ目を細めて言った。

「……それは、悪くない提案だな。魔法で火加減を調整し、精霊の気配を感じながら料理を作る。戦場とは違うが、心が満たされるかもしれない。」

シャールは笑って肩をすくめた。

「まったく……マルデージの口にかかると、引退も“転職”になるんだな。」

マルデージは鍋をかき混ぜながら、豪快に笑った。

「転職だろうが転生だろうが、腹が減ってちゃ始まらない! さあ、あんたらの新しい戦場はここだよ! 青い小屋亭を、あたしらの魂で守ってくれ!」

シャールとココフは顔を見合わせ、そして同時に頷いた。

「……任された。」

その夜、青い小屋亭には、引退を決意した冒険者たちの新たな誓いが、静かに灯っていた。


休業の決断。

ガルバトリアの町に、秋の風が吹き抜ける。木造の梁に精霊の刻印が残る「青い小屋亭」では、昼下がりの光が厨房を柔らかく照らしていた。

鍋の中で精霊鍋がぐつぐつと音を立てる中、マルデージは布を腰に巻き、片手にお玉を構えたまま、テティソに向かって言い放った。

「で、テティソ。王都に行くってのは本気かい? ちょっと兄弟に会いに行くって顔じゃないねぇ!」

テティソは帳簿を閉じ、少しだけ目を伏せた。

「……うん。ベルセル兄さんの話を聞いて……怖いけど、行ってみたいと思った。ルクセルとリクセルにも、会ってみたい。」

「王都って、遠いの?」と、マテルが椅子の上で足をぶらぶらさせながら聞いた。「僕も行ける?」

マルデージはマテルの頭をくしゃっと撫でて、にやりと笑った。

「もちろんさ!家族で行くんだろ? なら、全員まとめて行くに決まってるじゃないか!よし、決まりだ! あたしら全員、王都へ行くよ!」

その声は、店の梁まで響いた。テティソが驚いたように顔を上げる。

「全員って……マテルも? お父さんお母さんも?」

「当たり前だろうが!」マルデージはお玉を振り回しながら言った。

「家族ってのはな、誰かが呼ばれたら、みんなで行くもんだよ! 王都がなんだってんだ、青い小屋亭の魂、見せてやろうじゃないか!」

マテルが目を輝かせて叫ぶ。

「やったー!王都!僕、精霊鍋持っていく!」

「持ってくんじゃないよ、作るんだよ!」マルデージは笑いながらマテルの頭をくしゃくしゃに撫でた。

「マルコとルククは…旅が終わってからだなぁ(笑)!」

その時、厨房の奥から重い足音が響いた。現れたのは、マルデージの父・デジル。腕組みをしながら、鍋の匂いを嗅いでいた。

デジルもまた、ブランデットとメデルとルククと一緒に旅をしていたが、王都に呼ばれていた為、青い小屋亭に帰って来ていた。

「……で、店はどうするつもりだ? 青い小屋亭は、町の連中の胃袋と心を支えてるんだぞ。」

マルデージはお玉を鍋に突っ込み、勢いよくかき混ぜながら言った。

「あたしのBランク時代の仲間を呼んである。ハーフエルフの弓使いシャールと、エルフの魔法士ココフ。料理の腕は確かだし、口も達者だよ!」

テテが笑いながら言う。

「じゃあ、私も荷造りしなきゃね。マテルの服、王都用に少し綺麗なのを……」

「いらないいらない!」マテルは手を振った。

マルデージは笑いながら言った。

「旅は腹と心が整ってりゃ十分さ! 服なんて、精霊鍋の香りで勝負だよ!」

テティソは少しだけ笑って、静かに言った。

「……ありがとう、マルデージ。私、怖かったけど……みんなで行けるなら、心強い。」

マルデージは鍋を掲げて叫んだ。

「怖いもんなんて、鍋で煮込んじまえばいいんだよ! さあ、王都へ行くぞ! 家族全員でな!」

その夜、マルデージは店の扉に貼り紙をした。筆跡は力強く、まるで彼女の声が聞こえてくるようだった。


《青い小屋亭よりお知らせ》

1週間後、店主テティソと女将マルデージの家族は事情により王都へ向かいます。

期間は一週間から一ヶ月を予定しております。

その間、店は信頼できる仲間たちが守ります。シャールとココフ 料理の腕は確かだし、口も達者だよ!

精霊鍋も、変わらぬ味でお届けします。

どうか、青い小屋亭をこれからもよろしくお願いいたします。

— マルデージ


翌朝、常連の老人が貼り紙を見て、店の中へ入ってきた。杖をつきながら、ゆっくりとカウンターに近づく。

「マルデージ、王都へ行くって本当かい?」

マルデージは鍋を火から下ろし、腰に手を当てて笑った。

「本当さ! 家族に会いに行くのさ! ちょっとばかし帝国の空気を吸ってくるだけだよ!」

老人はしばらく黙っていたが、やがて頷いた。

「そうか……あんたらがいないと寂しくなるが、家族は大事だ。帰ってきたら、また精霊鍋を頼むよ。」

テティソは笑みを浮かべ、深く頭を下げた。

「ありがとうございます。戻ってきます。……家族の絆を、確かめてから。」

マルデージは鍋を掲げて叫んだ。

「よっしゃ! 帰ってきたら、精霊鍋三倍盛りで振る舞ってやるよ! 町中の腹を満たしてやるから、待ってな!」

その日、青い小屋亭には、旅立ちの気配と、町の人々の温かなまなざしが静かに灯っていた。

夜、今日の営業が終わる頃、外から勢いよく扉が開いた。

「おいおいおい! なんだよこの貼り紙は!」

入ってきたのは、ハーフエルフの弓使いシャール。肩に弓を背負い、旅装束のまま、貼り紙を指差している。

その後ろから、エルフの魔法士ココフが静かに入ってきた。長い銀髪を揺らしながら、貼り紙を一読し、眉をひそめる。

「……マルデージ、王都へ行くって本当か?」

マルデージは鍋の蓋を勢いよく閉じて、腰に手を当てて笑った。

「本当さ! 家族全員でな! 帝国の空気を吸って、兄弟と再会して、精霊鍋で王都を揺らしてくるよ!」

シャールは目を丸くして叫んだ。

「いやいやいや! 俺たち、てっきり“ちょっと厨房の手伝い”くらいかと思ってたぞ!? 店を丸ごと任されるなんて聞いてねぇ!」

マルデージはお玉を振り回しながら笑った。

「聞いてなかったら、今聞いたってことでいいじゃないか! あんたらの腕前は信用してる。料理も接客も、あたしの代わりにやれるって、信じてるよ!」

ココフは静かに頷いた。

「……確かに、精霊鍋の味は覚えている。再現はできる。だが、マルデージの“気迫”までは難しいな。」

「気迫は鍋の火で煮込めば出るさ!」マルデージは豪快に笑った。「あたしの魂、鍋に染みてるからねぇ!」

シャールは頭をかきながら、苦笑した。

「まったく……あんたの頼みは断れねぇな。わかったよ。王都行ってる間、俺たちが青い小屋亭を守る。精霊鍋も、腹いっぱい出してやるさ!」

テティソが一歩前に出て、深く頭を下げた。

「ありがとう、シャール、ココフ。……本当に、助かります。」

マルデージは鍋を掲げて叫んだ。

「よっしゃ! これで準備万端だ! 王都の連中、腹空かせて待ってな! 青い小屋亭の家族が、魂ごと乗り込んでやるよ!」

マテルが両手を挙げて叫ぶ。

「王都ー! 精霊鍋ー! 僕、鍋の蓋持ってくー!」

テテが笑いながら言う。

「マテル、蓋は持たなくていいのよ。王都には蓋、いっぱいあるから。」

デジルが腕を組みながら、にやりと笑った。

「……あいつが王都に行くなら、帝国も少しは風通しがよくなるかもな。(笑)」

その夜、青い小屋亭には、旅立ちの気配と、仲間たちの絆が力強く灯っていた。精霊鍋の香りが、町の空気に優しく溶け込んでいた。


噂話は花盛り

秋の陽が町を柔らかく照らす午後、青い小屋亭の前には、数人の女の子たちが集まっていた。店の扉に貼られた休業のお知らせを見て、きゃぴきゃぴと声を弾ませる。

「えっ、マルデージさん王都行くの!? しかも家族全員で!?」

「えー!じゃあ、テティソさんも!? あの綺麗な目の店主さん、しばらく会えないの!? やだー、寂しい〜!」

「でもさ、代わりに来るっていうハーフエルフのシャールさんって、めっちゃかっこいいらしいよ? 弓使いで、髪が銀色で、目がちょっと鋭くて……!」

「えー!それって、ちょっと危険な香りのイケメンじゃん! しかもBランク冒険者でしょ? 引退して青い小屋亭に来るとか、運命感じる〜!」

「ココフさんも来るんだよね? エルフの魔法士で、すっごく綺麗って聞いた! 髪が長くて、声が静かで、魔法で火加減調整するんだって!」

「え、なにそれ! 料理中に魔法使うとか、優雅すぎる〜! 絶対見に来る! 精霊鍋食べながら、目の保養しよ!」

「でもさ、マルデージさんも負けてないよね! あの豪快な笑い声と、鍋振るう姿! かっこよすぎて、惚れるってば!」

「うんうん!“鍋で煮込めば怖いもんなんて吹き飛ぶ!”って言ってたの、超しびれた〜! あたしもあんな女将になりたい!」

「テティソさんとマルデージさんって、見た目も中身も最高の夫婦だよね〜。綺麗とカッコいいのバランスが神!」

「王都行っても、絶対何か起こるよね! 兄弟再会とか、精霊鍋で貴族を泣かすとか! 帰ってきたら、絶対話聞かせてほしい〜!」

「うんうん!帰ってきたら、精霊鍋三倍盛りって言ってたし! 絶対食べに来る!」

女の子たちは、笑いながら店の前で手を取り合い、まるで祭りの前のようにわくわくしていた。

その日、ガルバトリアの町には、青い小屋亭を中心に、かっこよさと綺麗さと、ちょっぴり恋の予感がふわりと漂っていた。


ドラン辺境伯領に着く前。

夕暮れの森の中、焚き火の炎が静かに揺れていた。ブランジェとブランデットは木の根元に腰を下ろし、メデルはその膝の上で小さく丸まっている。フーマは火の番をしながら、ルククとマルコが拾ってきた薪を丁寧に組んでいた。

その時、風がひとつ、場を撫でた。

「……風が、違うな」とフーマが呟いた。

木々の間から、白銀の羽を持つ使い魔が舞い降りた。その背には、王都の紋章が刻まれた小さな巻物が括りつけられている。

「これは……王都の使い魔だ」とマルコが驚きの声を上げる。

使い魔は、まっすぐにデジルの前に降り立った。巻物を差し出すように、くるりと一回転すると、静かに消えていった。

デジルは眉をひそめながら巻物を受け取り、封を切った。

「……ベルセル王子殿下からだ。」

焚き火の周囲が静まり返る。ブランデットが顔を上げ、メデルもじっと見つめている。

「なんて書いてあるの?」とメデルが小さな声で尋ねる。

デジルは巻物を広げ、ゆっくりと読み上げた。

「“デジル殿。帝国に変化あり。至急、王都へ参られたし。詳細は追って伝える。ベルセル。”……だそうだ。」

フーマは立ち上がり、腕を組んだ。

「王都か……動きが早いな。報告が伝わったか。」

ルククが焚き火の火を見つめながら言った。

「行くんだよね、おじいちゃん?」

デジルは巻物を巻き直し、腰に差した。

「行くさ。呼ばれたなら、応えるのが筋ってもんだ。……だが、考えなきゃな。数日後、ガルバトリアの町にひとっ走りしてくる…。」

ブランデットが静かに言った。

「ガルバトリアの町…テティソさんですね。承知致しました。王都に行く前にドラン辺境伯館に寄って下さい。」

メデルは頷いた。

「うん。僕、伝えたい。」

その夜、焚き火の炎は静かに燃え続けた。王都からの呼び声は、旅の仲間たちの心に新たな決意を灯していた。

青い小屋亭 — 留守番編

ガルバトリアの朝は、いつもより少し静かだった。

青い小屋亭の扉が開くと、ハーフエルフのシャールは、厨房を見回した。隣には、長い銀髪を揺らすエルフの魔法士ココフが、静かに立っていた。

「……さて、始めるか。鍋の番人ってのも、悪くないな。」

シャールが肩をすくめると、ココフは微笑んだ。

「鍋の火加減は任せて。魔法で調整するのは得意だから。」

「助かる。俺は味見担当ってことでいいか?」

「……味見だけで済むならね。」

二人のやり取りは、静かだがどこか心地よい。厨房には、マルデージが残していった精霊鍋のレシピと、彼女の豪快な笑い声の余韻が残っていた。

その時、店の扉が勢いよく開いた。

「きゃー!本当にいたー!シャールさんだー!」

「ココフさんも綺麗すぎる〜!髪、光ってる〜!」

町の女の子たちが、貼り紙を見て集まってきたのだ。厨房の窓から覗き込むように、きゃぴきゃぴと声を弾ませる。

シャールは目を丸くして、思わず後ずさった。

「なんだなんだ!? 鍋より視線が熱いぞ!」

ココフは涼しい顔で鍋に魔法をかけながら言った。

「……人気者は大変ね。火加減より騒がしい。」

「シャールさんって、弓使いなんですよね!? かっこいい〜! 戦ってる姿、見てみたい〜!」

「ココフさん、魔法で料理するって本当ですか!? 魔法で煮込むとか、ロマンすぎる〜!」

シャールは苦笑しながら、厨房のカウンターに手を置いた。

「戦うより、腹を満たして心を癒す方が今は性に合ってるんだ。……でも、精霊鍋は、ちょっとした魔法みたいなもんだぜ。」

ココフは鍋の蓋をそっと閉じ、静かに言った。

「魔法は、命を守るために使うもの。……料理も、同じ。」

女の子たちは目を輝かせて頷いた。

「かっこいい……! 綺麗……! 青い小屋亭、最高すぎる〜!」

その日、青い小屋亭は、マルデージとテティソの不在を感じさせないほどの賑わいを見せた。シャールとココフは、少し戸惑いながらも、確かに店を守っていた。

精霊鍋の香りが町に広がる頃、シャールはふと呟いた。

「……引退ってのも、悪くないな。」

ココフは静かに笑った。

「ああ。ここなら、心が煮込まれていく気がする。」

そして、青い小屋亭の留守番は、静かに、しかし確かに始まった。


夜の帳が降りる頃、青い小屋亭の厨房には、ふわりと卵の香りが漂っていた。

シャールはフライパンを傾け、黄金色の卵をケチャップライスの上に優しく乗せる。ココフは魔法で火加減を調整しながら、静かに見守っていた。

「……夕食のオムライス、完成だ。」

「見た目も香りも、完璧だね。魔法で包んだ卵、ふわふわに仕上がったなぁ。」

その時だった。厨房の隅に、ふわりと光が灯った。

「……ん? 火じゃないぞ。」

シャールが眉をひそめると、光の中から、小さな精霊が姿を現した。葉の冠をかぶった土の精霊、そして水の精霊が、ちょこんと棚の上に座っている。

「……おいおい、精霊まで来たのか?」

ココフは微笑みながら言った。

「精霊は、美味しい匂いに敏感なのよ。特に、卵とバターの香りは好物らしい…テティソが言ってた。」

土の精霊が、ちいさな手を伸ばしてオムライスをつつく。水の精霊は、スプーンを持ち上げようとして、ふわふわの卵に顔をうずめた。

「ぷくぷく……ふわふわ……あったかい……」

「もぐもぐ……とろける……これ、好き……」

シャールは目を丸くして、思わず笑った。

「精霊がオムライス食ってる……しかも、めっちゃ幸せそうだな。」

ココフは静かに頷いた。

「料理は、命を癒す魔法。精霊にも、届くらしいマテルが言ってた。」

その夜、青い小屋亭の厨房には、精霊たちの小さな宴が広がっていた。ふわふわの卵に包まれた優しさが、魔法よりも深く、心を満たしていた。

そして、シャールはふと呟いた。

「……この店、やっぱりすげぇな。俺もハーフエルフだけどこんなにしっかり精霊視たの久しぶりだ(笑)。」

ココフは、精霊たちの笑顔を見ながら、そっと言った。

「ええ。ここは、命と心が煮込まれる場所。」

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