㉙旅―冒険者 9
青い小屋亭 ― 夕食前のひととき
夕方、まだ夕食を食べていないメデルたちは、食堂へ向かって青い小屋亭の扉を押した。
「ただいま~!」
メデルの声が弾み、ブランデットとブランジェ、そしてフーマが後に続く。
中は夕暮れの柔らかな光に包まれ、食堂の利用者の笑い声が響いていた。
その中で、ルククが目を丸くして立ち上がる。
「待て待て待て!……な、なんだそのふわふわのやつ!」
ブランジェは「きゅ!」と鳴き、尻尾をぱたぱた振りながらメデルの足にぴたりとくっつく。
メデルはにっこり笑って胸を張った。
「ブランジェだよ!僕たちの新しい仲間!」
ルククはさらに近づき、目を輝かせる。
「仲間って……え、犬?狼?なんか耳がかっこいいんだけど!」
ブランジェは首をかしげ、「きゅ?」と鳴いて、前足でちょんとルククの靴を触った。
その瞬間、ルククは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「か、かわいいじゃねぇか……!」
周りの大人達も一斉に集まり、
「触っていかぁ?」「ふわふわだぁ!」「名前ブランジェ?かっこいいなぁ!」と声が飛び交う。
ブランデットは苦笑しながら、メデルの肩に手を置いた。
「……お前、どこまで仲間増やす気だ?」
メデルは笑顔で答える。
「いっぱい!だって、みんな一緒が楽しいもん!」
フーマは腕を組み、耳をピクリと動かしながら低く唸った。
「……野郎ども、こいつはただの獣じゃねぇ。フェンリルだ。帝国の記録にもねぇ幻獣だぞ」
その言葉に、食堂の空気が一瞬だけ静まり――次の瞬間、大人達の歓声がさらに大きくなった。
「幻獣!?」「すごい!」「ブランジェ様だ!」
ブランジェは得意げに尻尾を振り、メデルの膝に飛び乗った。
大人達の歓声が広がる中、メデルはブランジェを抱きしめながら、そっとフーマの袖を引いた。
「ねぇ、フーマ……言っていいの?フェンリルって」
声は小さく、周りに聞こえないように。
フーマは耳をピクリと動かし、低く答える。
「……本当は言わねぇ方がいいなぁ。帝国に知られたら面倒になる…。」
黄金の瞳を光らせるブランジェをちらりと見て、さらに低く唸る。
「だが、もう遅ぇな。もう騒いじまった(笑)」
メデルは不安そうにブランジェを見つめ、ぎゅっと抱きしめる。
「……じゃあ、ここだけの秘密にするね」
ブランデットは静かに言う。
「大丈夫だよ……帝国中枢はスワロ公爵家だ。 (ふっ(笑)( ̄▽ ̄)ニヤリ)」
フーマは苦笑し、肩をすくめた。
「お前怖えぇよぉ~(笑)」
その黄金の瞳が、夕暮れの光を受けてきらりと輝いていた。
夕食を終え、メデルとブランデットが廊下に出ると、テティソの姿を見つけた。
「テティソ!」
二人は駆け寄り、同時に抱っこをせがむ。
テティソは慌てて手を振り、申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい、今は無理です。下の子の体調がよくなくて、これから教会に……」
その言葉を遮るように、ブランジェが「きゅ!」と鳴き、尻尾をぱたぱた。
次の瞬間、前足でテティソを押し、奥の離れへとぐいぐい誘導し始めた。
テティソはブランジェに押されながら、必死に足を踏ん張った。
「ちょ、ちょっと待って!なんで押すんですか!?私は、急いでるんです!」
声が裏返り、顔は真っ赤。
「離れって……こっちは私たちの住まいしかありません!何もないから!」
テティソは必死に言うが、ブランジェは構わず押していく。
慌てたブランデットは、念話でブランジェに問いかけた。
『ブランジェ!何でテティソさんを押してるんだ!?』
ブランジェは心の中で答える。
『えっとね。……何か光ったよ魔力を感じたんだ。悪いことじゃないよ!中の子がブランデットとメデルを呼んでるよ。』
ブランジェが扉の前でぴたりと止まり、黄金の瞳をきらりと光らせた。
ブランデットとメデルは顔を見合わせ、同時に声を上げた。
「え……僕たちを呼んでる?」
ブランジェの声が、ふわりと二人の心に響いた。
『うん。呼んでるよ。中の火の精霊がね――マテル君の魔力解放をして欲しいんだって~』
「えええええっ!?」
メデルは目を丸くし、ブランデットは思わず声をひそめる。
「待て、ブランジェ……火の精霊?この離れにいるのか?」
ブランジェは尻尾をぱたぱた振りながら、楽しげに続ける。
『うん、いるよ。すっごく眠そうな子。ずっと待ってたんだって。マテル君の魔力が鍵なんだよ~』
メデルは首をかしげ、さらに聞き返す。
「マテル君って……誰?」
その時、テティソが驚きながら声を上げた。
「マテルは私たちの子です。……体が弱いのでこの部屋から出ません……何故名前をご存知なのでしょうか?」
ブランジェの声が、ふわりとテティソの心にも響いた。
『そうそう!あの子の中に、火の精霊が眠ってる。解放しないと苦しいんだって』
テティソは青ざめ、震える声で呟く。
「……そんな……精霊……?」
ブランデットは息を呑み、低く呟いた。
「……精霊……火の精霊がマテル君の中に?」
ブランジェは「きゅ!」と鳴き、前足で扉をちょんと叩いた。
『早くしてあげよ?ここ、あったかくなるよ~』
メデルは不安と期待で胸を高鳴らせながら、ブランデットを見上げた。
「どうする?どうしたら良いの?」
ブランデットは深く息を吐き、扉に視線を向ける。
「……まず中を確認する。危険なら止める。いいな、メデル」
「うん!」
扉の木目が淡く赤く光り始め、離れの空気がじんわりと熱を帯びていく――。
扉がきしむ音を立てて開いた瞬間、熱気がふわりと流れ出した。
中は薄暗く、古い木の匂いと、どこか焦げたような甘い香りが漂っている。
壁際には古びた暖炉があり、その奥に刻まれた魔力紋が淡く赤く脈打っていた。紋様はまるで炎の息吹のように揺れ、部屋全体にじんわりと熱を広げている。
床には古い絨毯、その上に小さな寝台。そこに横たわっているのは――マテル君。
痩せた体を毛布に包み、額には汗が滲んでいる。呼吸は浅く、唇はかすかに震えていた。
その胸元から、淡い赤い光が時折ふわりと漏れ、暖炉の紋様と共鳴している。
寝台の傍らには、一人の女性――テティソの義母テテが座っていた。
彼女は濡れた布でマテル君の額を拭きながら、必死に祈るような声を漏らす。
「お願い……どうか、この子を……」
その手は震えていたが、目には強い決意が宿っていた。
メデルは息を呑み、ブランデットの袖をぎゅっと握った。
「……苦しそう……」
その時、ブランジェの声が二人の心に響いた。
『聞こえる?……“あたたかくして……ひとりはいや……”って言ってる』
メデルは目を丸くし、声を震わせる。
「火の精霊……話してるの?」
ブランジェは尻尾をぱたぱた振りながら、さらに念話を重ねる。
『うん。ずっと待ってたんだよ。マテル君の中で……でも、力が足りない。解放しないと、このままじゃ……』
暖炉の赤い紋様が強く光り、部屋の空気がさらに熱を帯びる。
その光に呼応するように、マテル君の胸元の赤い輝きが脈打ち――
“たすけて……あたたかくして……”
その声が、今度はメデルの心に直接届いた。
メデルは深呼吸をして、両手をそっとマテルに触れた。
「お兄様…幼い頃……今でも幼いけど(笑)、マル婆ちゃまに教えて貰った“魔力の共鳴”だよ!」
その声は小さく、けれど確かな決意を帯びていた。
指先から黒い魔力が静かに流れ、大地へと染み込んでいく。
その魔力は脈打つように広がり、床の下の土を通り、外の庭へ、さらに空へ――。
“魔力の共鳴”
それは、自然と心を重ねる術。
メデルの魔力が月の光に触れ、銀の輝きが淡く降り注ぐ。
続いて、日の光の残滓が赤金の粒となって舞い、二つの光が重なり合った。
部屋の空気が変わる。
冷たい熱気が柔らかな温もりに変わり、マテル君の胸元の赤い光がふわりと揺れた。
その瞬間、火の精霊の声がメデルの心に響く。
“あたたかい……もっと……ひとりじゃない……”
メデルは微笑み、優しく答える。
「うん、もうひとりじゃないよ。僕がいる。みんなもいるよ…。」
メデルの黒い魔力が揺らぎ、炎の精霊が姿を現そうとした瞬間、ブランデットはそっとマテル君の肩に手を置いた。
「大丈夫だよ。マテル君。火の精霊が出てきても怖くないよ。僕達がいるから」
その声は静かで、けれど確かな力を帯びていた。
ブランデットの青白い魔力が重なり、二人の間に柔らかな光が広がる。
白蛇が尻尾をそっと炎の根元に触れ、魔力を送り込むと、精霊の炎は聖獣朱雀となり優しく灯り、まるで兄弟の絆を祝福するかのように揺れた。
朱雀は翼を広げ、マテル君の側に寄り添い静かに語りかける。
「幼きマテル…よく耐えた…感謝する…これからは共に行こうなぁ!」
メデルがキラキラした眼で
「朱雀様も大丈夫でしゅか。……カンダ(〃ノωノ)」
ブランデットが笑いながら
「久しぶりのメデル赤ちゃん語だね(笑)」
メデルが拗ねながら
「赤ちゃんじゃないもん!!」
ブランデットは優しく言う。
「マテル君も疲れただろうから、癒しを掛けてあげるね。」
二人が手を重ね、癒しの魔力を流し始めた瞬間――
背にある聖獣の卵が淡く脈打ち、柔らかな光を放った。
その光は金と翠を帯び、まるで命の息吹が広がるように部屋を満たしていく。
テティソの胸が温もりに包まれ、「……あたたかい……」と涙をこぼす。
遠く食堂にいるルクク君も、胸に触れた光の温もりに目を見開き、静かに微笑む。
「……不思議だ……でも、きれい……」
暖炉の紋様は赤から金、そして翠へと変わり、部屋全体が神聖な輝きに包まれる。
その光は、まるで命の約束を告げるように、静かに脈打っていた。
ブランデットはテティソに向き直り、穏やかな声で告げる。
「テティソさん……マテル君の体調不良の原因は、魔力が多いこと。そして炎の精霊に好かれ守られていたけれど、成長に伴って魔力が増え、解放できずに籠ってしまったんです。そのせいで、体が弱ってしまった。」
「……そんな……」
テティソの声は震え、視線がマテルに落ちる。
「責めないでください。これは自然の理です。森で“魔力の共鳴”をして、自然に魔力を流す――本来ならそうするはずでした。でも、宿を始めてから森に行かなくなったでしょう? だから魔力が閉じ込められてしまったんです。」
メデルが小さな声で、けれど力強く言う。
「でもね、もう大丈夫だよ!」
ブランデットは微笑み、続ける。
「僕たちは守られています。僕は聖獣・青竜と白蛇に、メデルは精獣・翠鳥に……他にもいっぱい(苦笑)守ってもらっています。そして、テティソさんとルクク君にも――聖獣・朱雀がいるんです。」
「朱雀……?」
その名を口にした瞬間、暖炉の炎がふわりと揺れ、朱の光が部屋を染める。
「そう。朱雀はあなたたちを見守っていました。だから、今こうして力を貸してくれている。もう心配はいりません。自然の中で育ったあなたの魔力は、本来とても優しい力です。」
「……はい……。」
涙を拭いながら、テティソは小さく頷いた。
その頬に、卵から放たれる金と翠の光がそっと触れ、温もりが広がっていく。
マテル君の胸が静かに上下し、深い眠りへと落ちていく。
テティソはその小さな手を握り、涙をこぼしながら微笑んだ。
その笑みは、長い不安の夜を越えた家族の、確かな希望の光だった。
部屋の片隅、古びた壁を背にしてフーマは静かに立っていた。
銀狼の耳がわずかに揺れ、熱気と魔力のうねりを敏感に感じ取る。
――この空気、ただの炎じゃない。命の声だ。
鼻先に漂う焦げた甘い匂いと、魔力の脈動が獣の本能を刺激する。
彼の鋭い視線は、寝台の上で必死に息をする小さな少年と、その傍らで祈る兄弟に向けられていた。
胸の奥がざわつく。
「守る」という言葉は、ギルドで幾度も口にしてきた。だが、今目の前で繰り広げられているのは、剣でも牙でも届かない領域――心と魔力の絆だ。
自分はただ見守るしかない。
その無力感が、ほんの少しだけ彼の拳を強く握らせた。
――群れを失った獣は、こうして壁際で息を潜めるしかないのか。
その思いが胸を刺す。
彼には家族はいない。温もりを分け合う群れも、寄り添う声も。
だからこそ、目の前の光景が眩しくて仕方なかった。
だが、次の瞬間、メデルとブランデットの魔力が重なり、部屋に柔らかな光が広がった。
卵の脈動、朱雀の翼、そして家族の涙――そのすべてが、フーマの胸に静かな熱を灯す。
銀狼の耳がぴくりと動き、尾がわずかに揺れた。
本能が告げる。これは「群れの絆」だ。守るべき命だ。
「……悪くないな」
低く呟いた声は、誰にも届かない。だが、その瞳には確かな決意が宿っていた。
――彼らを、必ず守る。剣でも牙でも、命を懸けて。
それが、孤独な獣に許された唯一の誓いだった。
その日の暖炉の前。
薪がはぜる音が静かな部屋に響く。
テティソは暖炉の炎を見つめながら、胸の奥に微かなざわめきを感じていた。
……何だ、この感覚。
長い間、閉ざされていたはずの魔力路に、温かな流れが戻ってきている。
彼はゆっくりと手を開いた。
指先に淡い光が宿り、揺らめく炎と共鳴するようにきらめいた。
「……嘘だろ……。」
その声は震えていた。28年前、壊された魔力路――治るはずがないと思っていた。
ブランデットとメデルは息を呑んだ。
ベルセル王子とリュスクマテルテス神官に似た、あの“綺麗な魔力”。
抱っこされているメデルがぱっと顔を上げ、目を輝かせる。
「へへへ(笑)テティソさん!魔力……戻ってるよ!!」
ブランデットも立ちあがって言った。
「……ほんとだ……治るか不安だったけど良かったです。。。今日たまごの聖獣様の癒しの魔力が効いたんですかね。(笑)。」
テティソは深く息を吐き、二人を見つめる。
「……君たちが……治したんだな。」
その言葉に、メデルはしょぼんと肩をすくめる。
「えっと……僕達…。」
ブランデットが苦笑しながら弟の肩に手を置く。
「……大丈夫……。」
テティソは優しく言った。
「治す…癒す事は聖女が行う事。…幼いブランデット様とメデル様が背負う事ではないかもしれません。ですが…ですが…ありがとうございます。」
テティソは手のひらの光を見つめ、胸の奥で熱いものが込み上げる。
長い間、帝国の闇に閉ざされていた自分の存在。
それが今、二人の力で再び息を吹き返した。
彼はゆっくりと立ち上がり、炎に照らされた横顔に決意を宿す。
「……話さなきゃならないことがあります。」
その声は静かだが、奥底に重い影を宿していた。
メデルが首をかしげる。
「僕たちに……?魔力路治しちゃった事?駄目だったぁ?」
ブランデットは緊張した面持ちで頷いた。
「帝国のこと……ですか?」
テティソは深く息を吐き、視線を落とし頷いた。
「二十八年前、帝国で一つの命が捨てられようとしていた。“魔力なし”と断じられた王家の子――本当は、魔力循環が未発達だっただけなのに。」
メデルの瞳が大きく揺れる。
「……王家の子?」
「そう。前王妃は無理やり魔力を送り込み、その子の魔力路を壊した。そして、森に捨てるよう命じた。」
ブランデットの拳が震える。
「そんな……。」
テティソは静かに続ける。
「その命令を受けたのは、平民上がりの青騎士――デジル。だが、彼は従わなかった。赤子を抱き、家族と共に帝国外れの辺境へ逃げた。」
メデルが息を呑む。
「……その赤子は、今……?」
テティソは二人を見つめ、深く頷いた。
「――私です。」
部屋に沈黙が落ちる。
ブランデットは唇を噛み、メデルは胸の奥で何かが熱くなるのを感じた。
帝国の闇、青騎士デジルの決意、そして自分たちの使命――すべてが一つに繋がった瞬間だった。
メデルが小さな声で言う。
「……僕たちが、正しちゃったんだね。」
その声は幼いが、確かな力を帯びていた。
テティソは微笑み、淡い光がその魔力に揺れる。
「そう。貴方達様が選ぶ道が、帝国の未来を決める。」
「僕、聖女じゃぁないから…様いやです。メデルって言ってください」
「僕もブランデットと…様はいやです…」
隣で、聞いていたフーマが
「オイ、お前たち敬語になっているぞ!」
テティソは驚き優しく微笑んだ。
ブランジェは静かに伏せて尾を揺らしている。
炎が揺れ、四人+1の影が重なる。
その瞬間、暖炉の光がまるで祝福するかのように強く輝いた。
暖炉の炎が静かに揺れる午後、部屋の空気は柔らかな光に包まれていた。
メデルがぱたぱたと走り寄り、ルクク君の袖を引っ張る。
「ねぇ、魔力の練習しよ! “共鳴”って楽しいんだよ!」
ルクク君は少し戸惑いながらも笑った。
「僕、魔力操作なんてしたことないよ……。」
ブランデットが穏やかに声をかける。
「大丈夫。魔力は“流れ”を感じることから始めるんだ。力を押し出すんじゃなくて、自然に溶け込ませるイメージで。」
メデルが両手を広げて、得意げに言う。
「こうやってね、月の光と太陽の光をぎゅーって抱きしめる感じ!」
(ブランデットが苦笑)
「メデル、それはちょっと詩的すぎるよ(笑)。でも、イメージは大事だね。」
ルクク君は深呼吸し、指先に意識を集中させる。
最初は何も起きない――けれど、次の瞬間、指先に淡い朱の光がふわりと灯った。
「……えっ、出た……?」
メデルがぱっと目を輝かせる。
「すごい! 朱雀様の色だよ!」
その瞬間、暖炉の炎が小さく揺れ、朱の羽根の幻影が一瞬だけ舞った。
ブランデットは微笑み、静かに頷く。
「やっぱり、君にはも朱雀が寄り添ってるんだね。」
ルクク君の胸に、初めて感じる温もりが広がる。
――魔力は、孤独じゃない。誰かと繋がる力なんだ。
その思いが、彼の指先の光をさらに強くした。
報告案件。
フーマは窓辺に立ち、夜風に耳を澄ませていた。
背後でブランデットが静かに声を落とす。
「……フーマ聞いてましたよね。」
銀狼の耳がわずかに揺れる。
「ああ。全部な。」
その声は低く、重い。
ブランデットは拳を握り、視線を炎に落とした。
「帝国の王家の子……魔力路を壊され、捨てられた命。それがテティソさんだったなんて……。」
フーマは短く息を吐き、鋭い瞳でブランデットを見た。
「お前もわかってるだろ。これはただの“宿の話”じゃない。帝国の根幹に関わる闇だ。」
沈黙が落ちる。薪がはぜる音だけが響く。
ブランデットはゆっくりと頷いた。
「報告……しなきゃいけないですよね。」
フーマの尾がわずかに揺れた。
「公爵家にも王家にも。だが……タイミングを誤れば、テティソさんもルクク君もマテル君も危険に晒される。」
ブランデットの青白い魔力が微かに揺れる。
「僕も……守りたい。あの人たちを。……でも大丈夫です。王家は変わりました。前王と前王妃は去られました。私は伯父を信じます。」
フーマは鋭い視線を炎に投げ、低く呟いた。
「了解。守るさ。牙でも剣でも、命を懸けてな。」
その声には、銀狼の誓いが宿っていた。
翌朝、公爵家執務室。
重厚な扉が静かに閉じられ、蝋燭の炎が長い影を壁に落としていた。
分厚いカーテンの隙間から差し込む朝の光が、机上の報告書を淡く照らす。
空気は張り詰め、紙をめくる音さえ重く響くようだった。
執事リバルセルマーズは深く頭を垂れ、両手で報告書を差し出す。
「帝国王家に関わる重大な件、移転での極秘報告です。」
その声は低く、しかし揺るぎない。長年公爵家を支えてきた者の覚悟が宿っていた。
スワロ公爵コルベックは報告書を手に取り、静かに目を通す。
蝋燭の炎が彼の横顔を照らし、その瞳に鋭い光が宿る。
ページをめくる指が一瞬止まり、重い沈黙が落ちた。
「……帝国の王家に捨てられた命、そして炎の精霊の加護。これは……軽い話ではないな。」
その言葉は、部屋の空気をさらに冷たく引き締める。
リバルセルマーズは膝をつき、深く頭を垂れる。
「はい。テティソさんと子供たちの安全を最優先に致します。」
その声に、わずかな震えが混じる――それは忠誠と焦りの狭間にある人間の本音だった。
コルベックはゆっくりと頷き、低く言った。
「王家に報告する。だが、時を誤れば命を危険に晒す。……慎重に動く。」
その声には、長年帝国を支えてきた者の重みが宿っていた。
炎が揺れ、机上の紋章が赤金に光る。
そして、公爵は視線を鋭く上げる。
「リバルセルマーズ、青魔法騎士団長クラフ・ブエルタ・トナル・ゲーツ子爵を呼べ。……この件、彼の話を聞く必要がある。昨日の報告にあった帝国外れの町がガルバトリアか。」
その名を告げる声は、まるで帝国の闇を切り裂く刃のようだった。
執事の胸にわずかな安堵と緊張が広がる。
――帝国の均衡が揺らぐ。だが、守るべき命がある。
炎が揺れ、部屋の空気がさらに重くなる。
コルベックは報告書の隅に目を留め、ふっと息を漏らした。
「しかし……昨日の青魔法騎士団長の謁見での報告に続いて、今日がブランデットとメデルからの報告書か……(笑) 流石“調和者”だ。……だが、この隅に書かれているモノはなんだ?」
リバルセルマーズは微笑み、静かに答える。
「フェンリルのブランジェだそうです。(笑) メデル様が書かれたそうです。」
その瞬間、重苦しい空気にわずかな温もりが差し込んだ。
帝国の闇と、幼子の無邪気な筆跡――その対比が、コルベックの胸に複雑な感情を灯す。
「……皮肉なものだな。」
彼は報告書を閉じ、深く息を吐いた。
「帝国の未来は、あの小さな手に委ねられている……歪みを正している。」
炎が静かに揺れ、赤金の光が部屋を満たす。
その光は、帝国の過去を焼き、未来を照らす――公爵の胸に重い決意を刻みながら。




