㉓旅―冒険者 3
昼前の帰門 ― ギルドへ戻る
草原を抜ける風が、三人の背を押していた。
朝の光は少し傾き、草の穂が金色に揺れる。遠くで鳥が鳴き、虫の羽音が微かに響く。
ラビットの白い毛が陽光を受けてふわりと光り、メデルは思わず目を細めた。
ブランデットは前に柔らかな背負い袋、後ろにミニラビット一匹を背負い、慎重に歩いていた。
「……落ちないように、しっかり……」
彼の視線は足元と柔らかな背負い袋に交互に向けられる。
メデルは前に一匹を背負い、ぴょんぴょん跳ねるように進む。
「兄さん、見て! この子、耳がふわふわ!」
「メデル、足縛ってるけど、跳ねすぎると落ちるよ。」
「だいじょうぶ! 僕、バランス得意だもん!」
メデルは胸を張り、ラビットの耳をそっと撫でた。
フーマは残り二匹を・・・途中でフーマがひょいって捕まえた一匹を加えた三匹を豪快に担ぎ、銀狼の耳をぴくりと動かした。
「……坊主、はしゃぎすぎんな。――狩りは終わっても油断すんな。」
「はーい!」
メデルは元気よく返事をしたが、足取りは軽いままだ。
しばらく歩いた後、メデルがふと不安そうに口を開いた。
「……フーマさん、五匹も捕まえちゃったけど……依頼って、確か三匹までじゃ?」
「ん?」
フーマは鼻を鳴らし、袋を肩に揺らした。
「ブランデット、依頼書見たか?」
ブランデットは懐から紙を取り出し、指で小さな文字を示す。
「……ここ。“最大五匹”って書いてありました……あった。だから……大丈夫です……セーフだよ。」
フーマはにやりと笑った。
「なら問題ねえな。――むしろ、五匹全部捕まえた方がギルドは喜ぶだろ。」
メデルは後ろで声を弾ませる。
「いっぱい捕まえたから、ごほうびもいっぱいかな!」
「坊主、期待しすぎんな。」
フーマが笑い、銀狼の尾がぱたんと草を打った。
「でも……銅貨いっぱいもらえたら、甘いパン買える?」
メデルの目がきらきら輝く。
「パンだけじゃなく、肉も買えるな。」
フーマが豪快に笑うと、メデルはさらに目を丸くした。
「やった! 兄さん、肉だって!野菜も買えるかなぁ。」
「……メデル、まず宿に着いてからね。」
ブランデットは苦笑しながら柔らかな背負い袋を抱きしめた。
フーマが鼻を鳴らし、にやりと笑う。
「坊主、ギルドに着く前に食う気か?」
「えっ……だめ?」
「だめだ。――先ほどパン食べたろうがぁ。腹壊したら困るだろ。」
「お腹……」
メデルはしょんぼりしながらも、視線は町の方へ。
遠くにギルドの屋根が見え始める。
昼前の帰門。三人の影が、町へと伸びていった。
ギルド到着
ギルドの扉を押すと、昼前の喧騒が一気に広がった。
木の床を踏み鳴らす音、冒険者たちの笑い声、食堂から漂う肉の匂いが鼻をくすぐる。
メデルは目を輝かせ、思わず声を漏らした。
「わぁ……すごい人!」
「メデル、はしゃがないで。」
ブランデットは柔らかな背負い袋を守るように背を伸ばし、周囲を警戒する。
フーマが銀狼の耳をぴくりと動かし、低く言った。
「まず受付だ。――並ぶぞ。」
カウンター前には、依頼を終えた冒険者たちが列を作っていた。
その中に、獣人の姿が目立つ。狼耳を立てた男と虎柄の耳を揺らす女戦士が手すりに寄りかかって立ている。
彼らの視線がフーマに向いた瞬間、空気が変わった。
「おいおい、銀狼じゃねぇか!」
「久しぶりだな、フーマ! 何だそのガキども!」
「弟子か? それとも……お前の子供すか!?」
メデルはびくりと肩をすくめ、ブランデットの背に隠れた。
「えっ……誰?」
「フーマさんの仲間……?」
ブランデットが困惑する間もなく、フーマが銀狼の尾をぱたんと床に打った。
「俺の子供じゃねぇ。――護衛対象だ。手ぇ出すな。」
低い声に、二人の獣人冒険者が一瞬ひるむが、すぐににやりと笑った。
「護衛対象……貴族か!!」
「へぇ……面白ぇな。」
虎耳の女戦士がメデルを覗き込み、にやりと笑った。
「坊主、名前は?」
「えっ……メデルです!」
「可愛いなぁ!」
狼耳の男が笑い、ブランデットに視線を移す。
「そっちは兄貴か?」
「……はい。ブランデットです。」
「貴族だなぁ(笑)。――フーマ、珍しいなぁ子守りなんて!!」
フーマが鼻を鳴らし、銀狼の耳をぴくりと動かした。
「うるせぇ。――邪魔すんな。これから受付だ。」
「受付? 報酬か? じゃあ飲みに行こうぜ!」
「暇ならな。」
フーマが豪快に笑い、二人を押しのけて列に戻った。
メデルは小声で兄に囁いた。
「……フーマさん、すごい人気だね。」
「うん……やっぱり有名なんだ。」
ブランデットは柔らかな背負い袋を抱きしめながら、列が進むのを待った。
やがて順番が来て、三人はカウンターへ進む。
受付嬢が顔を上げ、目を丸くした。
「五匹!? すごいですね!」
「依頼書に“最大五匹”って書いてあったろ。」
フーマが鼻を鳴らすと、受付嬢は慌てて頷いた。
「はい、確認します……問題ありません!」
報酬の話が始まる。受付嬢が奥に入り、しばらくして銅貨の袋を持って戻ってきた。
「こちらが報酬になります。銅貨二十五枚です。銀貨二枚と銅貨五枚に変えますか?」
フーマは鼻を鳴らしながら答えた。
「いや、このままで良い。それより――ギルドマスターの予定、この後、二時間後に空いてるか?」
受付嬢は後ろの棚に掛けられた予定表を確認し、頷いた。
「はい、空いています。予約を入れますか?」
「ああ。銀狼のフーマで書いておいてくれ。」
「承知しました。」
受付嬢が奥へ戻ったタイミングで、フーマは小声で二人に耳打ちした。
「……ルル草の件は、ここじゃ言わない。ギルドマスターと別室で話す。」
「「うん、わかった!」」
メデルはこくりと頷き、ブランデットは卵の柔らかな背負い袋を優しく撫でた。
フーマが銀狼の耳を揺らし、低く言った。
「この後の予定だが――まず食堂で軽く食う。その後、ギルドマスターに会う。」
「了解です。」
ブランデットは静かに頷いた。
食堂で一息
ギルドの食堂は昼前だというのに賑やかだった。
木のテーブルに腰を下ろし、三人は簡単な昼食を取る。
パンとスープ、少しの肉――それだけ。
メデルはスプーンを握りながら、目を輝かせた。
「野菜ないね(笑)……兄さん、今日すごかったね!」
ブランデットは卵を背負ったまま、静かにスープを口に運ぶ。
「……うん。でも、まだ始まりだよ……野菜ないね(笑)」
フーマは肉を豪快にかじり、銀狼の耳をぴくりと動かした。
「坊主、精霊の話はギルドじゃするなよ。――余計な騒ぎになる。野菜はいらねぇ~(笑)」
「わかってる!」
メデルは頬をふくらませ、パンをかじった。
フーマが鼻を鳴らし、スープを一口飲む。
「しかし……このスープ、味がねぇな。」
「塩、少ないね。」
ブランデットが淡々と答える。
「塩どころか、肉も小さい!」
メデルがスプーンで肉片をつつきながら、ぷくっと頬を膨らませた。
「これ、ラビットより小さいよ!」
フーマが吹き出しそうになり、銀狼の尾がぱたんと床を打った。
「坊主、ラビット食う気か?」
「えっ!? 食べないよ! ペットだもん!」
メデルは慌てて両手を振る。
「でも……お肉もっと欲しいなぁ……」
「贅沢言うな。依頼の報酬銅貨5枚で食う飯だ。ミニラビット一匹分だありがたく食え。」
フーマが肉をかじりながら言うと、メデルはしょんぼりスープをすする。
「兄さん、次の依頼もこういうのかな?」
メデルが小声で尋ねると、ブランデットは視線を落とし、卵を撫でた。
「……次はもっと大変だよ。森に入るんだから。」
「森……精霊、いるかな?」
メデルの声がわずかに弾む。
フーマが低く笑った。
「いるだろうな。――坊主が呼べばな。」
メデルは胸を高鳴らせ、パンをぎゅっと握った。
「じゃあ、もっと練習しなきゃ!」
「練習って……精霊呼ぶ練習?」
ブランデットが苦笑する。
「……あんまり目立つことしないでね。帝国じゃ……危ないから。」
フーマの瞳が鋭く光り、低く言った。
「そうだな。坊主の力は隠しとけ。――命がけの旅になるんだ。」
メデルは一瞬、スプーンを止めた。
「……命がけ?」
「そうだ。」
フーマは肉を最後の一口で噛み切り、銀狼の耳をぴくりと動かした。
「精霊が言ったろ。“均衡を戻すために”ってな。――ただの護衛じゃねえ。」
ブランデットは卵を抱きしめ、静かに頷いた。
「……だから、僕たちも覚悟しないと。」
メデルは唇を噛み、そして笑った。
「うん! でも……その前に、デザートないの?」
「坊主、どんだけ食う気だ!」
フーマが鼻を鳴らし、銀狼の尾がぱたんと床を打った。
食堂の喧騒に、三人の笑い声が溶けていった。
ギルドマスターとの面会。
食事を終え、三人は再びギルドの奥へ。
フーマが受付に声をかけ、ギルドマスターの部屋へ案内される。
重厚な扉の向こう――帝国の理に触れる話が始まろうとしていた。
ブランデットは卵を抱きしめ、ルル草をそっと懐に忍ばせる。
メデルは胸を高鳴らせ、フーマは銀狼の尾をぱたんと打った。
「さて――面白ぇ話になりそうだな。」
帝国外れの町:ギルドマスターとの面会
ギルドの奥、重厚な扉が低く軋む音を立てて開いた。
中は広いが、無駄がない。壁には古い地図と剣、棚には分厚い帳簿が並び、窓から差し込む光が木の机を鋭く照らしている。
空気は静かだが、力強い気配が漂っていた。
椅子に腰掛けていた男が顔を上げる。
白髪混じりの髪、鋭い眼光――だが笑みは柔らかい。
ギルドマスター・ガルドン。帝国でも名の知れた男だ。
「おう、フーマ。朝ぶりだな。」
低く響く声に、フーマが鼻を鳴らした。
「ガルドン、元気そうだな。――今日は朝に会った坊主二人ブランデットとメデルを連れてきた。」
ガルドンの視線がメデルとブランデットに移る。
「……子供か? やっぱり珍しいな。ギルドに連れてくるなんて。」
「ただの子供じゃねえ。――朝も言ったが、依頼の護衛対象だ。」
フーマの声が低く落ちる。
ガルドンの眉がわずかに動いた。
「護衛……帝都からの極秘依頼か?」
「そうだ。詳しくは後で話す。――まず、これを見ろ。」
フーマが視線で合図すると、ブランデットが懐から一本の草を取り出した。
淡い緑に金の縁取り、朝日を浴びると微かに光を放つ――《ルル草》。
ガルドンの目が見開かれた。
「……まさか……ルル草だと!?」
声が低く震え、椅子がきしむ。
「帝国でも滅多に見つからん……一本で金貨百枚以上の価値がある……どこで手に入れた?」
フーマが視線でブランデットを促す。
ブランデットは静かに答えた。
「……精霊が教えてくれました。」
部屋の空気が一瞬止まった。
ガルドンの瞳が鋭く光り、低く呟く。
「精霊……? この帝国で、その言葉を聞くのは何年ぶりだ……」
フーマが銀狼の耳をぴくりと動かし、鼻を鳴らした。
「ガルドン、これは外に漏らすな。――坊主たちが精霊に選ばれてる。」
ガルドンはルル草をじっと見つめ、深く息を吐いた。
「……本物だ。間違いねぇ。――坊主、これ一本で金貨百枚以上の価値がある。」
声が低く震え、机の上で拳がごつんと鳴った。
メデルが目を丸くする。
「きんか……百枚!? それって……いっぱい?」
「いっぱいどころじゃねぇ!」
フーマが銀狼の尾をぱたんと床に打ち、豪快に笑った。
「坊主、そうそう手にできねぇ額だ。」
ブランデットは柔らかな背負い袋を抱きしめながら、静かに言った。
「……でも、僕たち、そんなに持ち歩けません。」
ガルドンがにやりと笑い、帳簿を引き寄せる。
「心配すんな。ギルドには預金システムがある。――お前たちの冒険者カードに口座を追加してやる。」
「こ、こうざ?」
メデルが首をかしげると、ガルドンは豪快に笑った。
「そうだ。カード一枚で預け入れも引き出しもできる。――坊主でも安心だ。」
フーマが鼻を鳴らし、銀狼の耳をぴくりと動かした。
「ガルドン、坊主たちのカードはまだランクなしだろ?」
「ああ。今日から正式に登録する。――ブランデット、メデル、カードを出せ。」
二人が差し出したカードに、ガルドンは魔力印を刻む。
淡い光が走り、カードに新しい紋章が浮かび上がった。
「これで預金機能が追加された。――ルル草の報酬は金貨百枚、各五十枚ギルド預金に入れる。」
メデルが目を輝かせる。
「すごい! カードが光った!」
「坊主、騒ぐな。」
フーマが笑いながら、銀狼の尾で床をぱたんと叩いた。
ガルドンは真顔に戻り、低く言った。
「……この草を持ち帰ったこと、外に漏らすな。――帝国の理に触れる話だ。」
「わかってます。」
ブランデットは静かに頷き、柔らかな背負い袋を抱きしめた。
フーマが言った。
「ガルドンお前もなぁ!」
ガルドンは深く息を吐き、机に指を置いた。
「……わかった。ここで聞いたことは俺の胸にしまう。――だが、フーマ、お前もわかってるな?」
「帝国の理に触れる話だろ。」
フーマの声が低く響く。
「精霊が言った。“均衡を戻すために”ってな。」
ガルドンの目が細くなる。
「均衡……その言葉を精霊が使ったのか?」
「そうだ。」
フーマは銀狼の尾をぱたんと打ち、にやりと笑った。
「面白ぇだろ?」
ガルドンはしばらく黙り、やがて低く言った。
「……帝国の均衡が崩れかけているのは事実だ。神殿も動いている。――お前たちの旅は、ただの護衛じゃ済まない。」
ブランデットは柔らかな背負い袋を抱きしめ、静かに頷いた。
「……僕たちも覚悟しています。」
メデルは胸を高鳴らせながら、思わず口を開いた。
「……精霊、森で待ってるって言ってた!」
ガルドンの視線がメデルに移り、わずかに笑みを浮かべた。
「坊主、お前……面白いな。」
フーマが鼻を鳴らし、椅子にどかりと腰を下ろす。
「さて、ガルドン。二か月はこの町に滞在する。――子供でも泊まれる安い宿を教えろ。」
ガルドンは帳簿をめくり、指で一か所を叩いた。
「《青い小屋亭》だ。家族連れも泊まる宿で、料金は銀貨一枚で一週間。食事付きだ。暖炉もあるし、清潔だ。」
「助かる。」
フーマがにやりと笑った。
「坊主、これで寝床は心配ねぇな。」
メデルは胸を高鳴らせ、拳を握った。
「やった! でも……ごはん、野菜あるかな?」
ガルドンが豪快に笑い、机をどんと叩いた。
「あるとも! 肉も野菜も山ほど食わせてやる!」
部屋に笑い声が響き、窓から吹き込む風が淡い光を揺らしている。
「ガルドン手配は頼めるか?」
「もちろんだ。――フーマ、お前が動くなら俺も全力で支援する。」
ガルドンは立ち上がり、三人を見渡した。
「……帝国の理に触れる旅になる。――命を落とすなよ。」
フーマは銀狼の耳をぴくりと動かし、低く笑った。
「心配すんな。俺がいる限り、坊主たちは死なねえ。」
メデルは拳を握り、ブランデットは柔らかな背負い袋を抱きしめる。
風が窓から吹き込み、淡い光が一瞬だけ揺れた。
――精霊が、見ている。
重厚な扉が静かに閉じ、三人は長い廊下を歩き始めた。
フーマが鼻を鳴らし、銀狼の耳をぴくりと動かす。
「ふぅ……やっと終わったな。」
「兄さん、ちょっと緊張したね……」
メデルが小声で言うと、ブランデットは柔らかな背負い袋を抱きしめたまま頷いた。
「……でも、宿も決まったし、よかった。」
階段を降りると――
「おーい! 銀狼のフーマじゃねぇか!」
「久しぶりだな! 何だそのガキ達は!」
「おいおい、子供連れてギルドかよ!? 弟子か?……あ”! お前の子供か!!」
三人の冒険者が、にやにや笑いながら近づいてきた。
筋肉質の大男が声を張り上げ、赤髪の女戦士が腰に手を当てて笑い、軽装の弓使いがひょいと階段の手すりに寄りかかる。
階段の下で、わちゃわちゃと囲まれる。
メデルは目を丸くして、ブランデットの背に隠れた。
「えっ……また? 誰?」
「フーマさんの知り合い……?」
ブランデットが困惑する間もなく、フーマが銀狼の尾をぱたんと打った。
「どいつもこいつも、弟子じゃねぇ。俺の子供でもねぇ!!――護衛対象だ。手ぇ出すな。」
低い声に、三人の冒険者が一瞬ひるむ。
「護衛対象……? 帝都絡みか?」
「へぇ……面白ぇな。」
赤髪の女戦士がメデルを覗き込み、にやりと笑った。
「坊や、名前は?」
「えっ……メデルです!」
「元気いいなぁ!」
弓使いが笑い、ブランデットに視線を移す。
「そっちは兄か?」
「……はい。ブランデットです。」
「…… ……フーマ、珍しく真面目な仕事じゃねぇか。」
フーマが鼻を鳴らし、銀狼の耳をぴくりと動かした。
「うるせぇ。――邪魔すんな。これから宿行って夕飯だ。」
「飯? 食堂か? じゃあ一緒に――」
「来るな。」
フーマの低い声に、三人は肩をすくめて笑った。
「相変わらずだな、銀狼。――ま、また飲もうぜ!」
「暇ならな。」
フーマが鼻を鳴らし、三人を押しのけて歩き出す。
メデルは小声で兄に囁いた。
「……なんか、すごい人たちだったね。」
「うん……フーマさん、やっぱり有名なんだ。」
ブランデットは柔らかな背負い袋を抱きしめながら、階段を降りきった。
ギルドの喧騒が広がり、三人の笑い声が背後に遠ざかる。
――次は、宿へ。
***
青い小屋亭。
ギルドの扉を押し、三人は夕暮れの町へ足を踏み出した。
石畳に陽光が反射し、屋台から漂う焼き菓子の甘い匂いが風に乗ってくる。
遠くで鐘が鳴り、商人たちの声が賑やかに響いていた。
「わぁ……すごい!」
メデルは目を輝かせ、きょろきょろと周囲を見回す。
「兄さん、あれ見て! パン屋さん!」
「メデル、寄り道しないよ。」
ブランデットは柔らかな背負い袋を抱きしめ、慎重に歩く。
フーマは銀狼の耳をぴくりと動かし、鼻を鳴らした。
「坊主、目立つな。――町じゃ騒ぎになる。」
「はーい……でも、いい匂いするね!」
メデルはパン屋の前で足を止めそうになる。
フーマが尾で軽く尻を打ち、低く笑った。
「宿に着いたら食える。《青い小屋亭》だ。暖炉付きで飯もうまい。」
「ほんと!? やった!」
メデルの声が弾み、ブランデットは苦笑した。
道の両脇には露店が並び、果物や布、薬草が山積みになっている。
「兄さん、あれ……薬草?」
「……そうだね。でも、今は買わないよ。」
ブランデットは視線を落とし、背負い袋を守るように歩く。
フーマが銀狼の耳を揺らし、低く言った。
「この町は帝都の外れだが、情報は早ぇ。――さっきのギルドでも噂が飛んでたろ。」
「……均衡の話?」
ブランデットが小声で返すと、フーマは鼻を鳴らした。
「ああ。森で精霊が動いてるって噂、あれは本当だ。」
メデルの胸がどきんと鳴る。
――“均衡を戻すために”。精霊の声が耳に残っている。
やがて、木造二階建ての宿が見えてきた。
《青い小屋亭》。
青い屋根と白い壁、窓から暖炉の赤い光が漏れている。
扉を開けると、肉の匂いと笑い声が一気に広がった。
暖炉の炎が赤く揺れ、木の梁が影を落とす食堂宿は、夕方前だというのに賑やかだ。
長いテーブルにはパンとスープ、干し肉の皿が並び、奥では獣人と人間の冒険者たちが肩を並べて笑っている。
「着いたぞ。」
フーマが銀狼の尾をぱたんと打ち、豪快に笑った。
「坊主、夕飯だ!」
メデルは拳を握り、ブランデットは静かに息を整えた。
その時、カウンターの奥から柔らかな声が響いた。
「いらっしゃいませ。《青い小屋亭》へようこそ。」
現れたのは、穏やかな笑みを浮かべた亭主・テティソ。
栗色の髪を後ろで束ね、落ち着いた雰囲気を纏っている。
「銀狼のフーマさんですね? お部屋は二階をご用意しております。」
「助かる。」
フーマが鼻を鳴らし、耳をぴくりと動かした。
奥から豪快な笑い声が響く。
「おやおや、フーマじゃないか! 久しぶりだねぇ!」
現れたのは女将・マルデージ。
赤い髪を後ろで束ね、片手に大きな鍋を持ち、腰には剣の鞘が見える。
メデルが小さく言った。
「なんで…剣さしてるの?」
マルデージは笑いながら答えた。
「元冒険者の腕で、今は料理で振るうってわけさ! 剣士は死ぬまで剣士さ!」
彼女は鍋をカウンターに置き、フーマの肩をぽんと叩いた。
「ガキ連れとは珍しいねぇ。――あんた、子守りできるの?」
「護衛だ。」
フーマが低く答えると、マルデージはにやりと笑った。
「護衛ねぇ……まぁ、ここじゃ安全だよ。腹いっぱい食わせてやる!」
その横から、小さな影がぴょこんと顔を出した。
「こんにちは!」
八歳くらいの少年、ルククだ。
栗色の髪を揺らし、元気いっぱいの笑顔でメデルに手を振る。
「ぼく、ルクク! 案内するね!」
「わぁ、ありがとう!」
メデルが笑顔で返すと、ルククは背負い袋を抱えたブランデットを見て目を丸くした。
「それ……なに? すっごく大事そう!」
「……セキだよ。潰れない様に気をつけてるんだ。」
ブランデットが静かに答えると、ルククはさらに目を輝かせた。
「へぇ……なんか秘密っぽいね!」
「秘密だ。」
フーマが低く言い、尾をぱたんと打った。
テティソが柔らかな声で続ける。
「お部屋は二階の奥、暖炉付きです。荷物を置いたら、食堂で夕食をどうぞ。」
「助かる。」
フーマが頷き、ブランデットは背負い袋を抱きしめながら階段へ向かう。
メデルはルククと並んで、楽しそうに話していた。
「ねぇ、ここっておいしいパンある?」
「あるよ! ぼくが運ぶから待ってて!」
テティソは続けて優しく言った。
「食堂でお待ちしておりますね。」
暖炉の炎がぱちぱちと音を立て、肉の匂いがさらに濃くなる。
――この宿で交わされる言葉が、帝国の未来の光だとは、誰も知らない。
青い小屋亭。
テティソの声が響いた瞬間、メデルの胸がふわりと温かくなった。
――やさしい……きれい……光みたい。
メデルはとことこと歩いて、テティソの横にぴたりとくっ付いた。
袖をちょこんと掴み、顔をすりすり。
「……きもちいい……」
小さな声が漏れる。
「え?」
テティソは目を瞬き、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「ありがとう。君、魔力に敏感なんだね。」
「うん……すき……」
メデルは袖にぎゅっとしがみつき、離れようとしない。
階段の方でフーマが低く唸った。
「坊主、部屋に行くぞ。」
「やだ……ここがいい……」
メデルはさらにぎゅっと抱きつく。
――あったかい。きれい。精霊たちも、ここ好きって言ってる。
ブランデットが困ったように笑った。
「メデル……お母さんとの約束、覚えてる?」
メデルがきょとんと顔を上げる。
「……やくそく?」
「そう。『知らない人にくっ付いたらだめ』って言ってたよね。」
メデルは袖を握ったまま、もじもじと視線を落とした。
「……でも、きれいで……やさしいから……」
ブランデットは小さくため息をつき、優しく言った。
「気持ちはわかるけど、約束は守ろう。あとで挨拶して、ちゃんとお願いしてからね。」
メデルは袖をぎゅっと握ったまま、もじもじと視線を落とした。
「……じゃあ、あとちょっとだけ……」
ブランデットが眉を下げて、優しく言う。
「メデル、あとちょっとって、どれくらい?」
「んー……」
メデルは指を二本立てて、にこっと笑った。
「ふたつ! ふたつ分!」
「ふたつ分って……何の単位?」
ブランデットが苦笑すると、メデルは胸を張って答えた。
「なでなで、ふたつ!」
テティソが吹き出しそうになりながら、そっとメデルの髪を撫でる。
「じゃあ、一回目。」
「わぁ……」
メデルは目を閉じ、頬をすりすり。
「きもちいい……」
フーマが尾をぱたんと打ち、鼻を鳴らした。
「……単位が謎だな。」
「二回目!」
メデルが急かすように言うと、テティソはもう一度、優しく撫でた。
「はい、二回目。」
「やった!」
メデルはぱぁっと笑顔になり、ようやく袖から手を離した。
ブランデットがほっと息をつき、フーマは肩をすくめる。
「……交渉成立か。」
「うん!」
メデルは満足げに頷き、精霊たちが小さく笑ったような気がした。
フーマが尾をぱたんと打ち、鼻を鳴らした。
「……甘やかすなよ、テティソ。」
「子供は正直なものですから。」
テティソは笑い、メデルの髪をもう一度撫でた。
――魔力が、やさしく光ってる。
メデルは目を閉じ、しばらくその温もりに包まれていた。
メデルは髪を撫でられた心地よさに、目を閉じたまま小さくため息をついた。
「……ふわふわ……」
その声に、ブランデットが苦笑しながら肩をすくめる。
「もう、ほんとに……甘えんぼだね。」
メデルはぱっと目を開け、にこっと笑った。
「でもね、約束守ったよ! ふたつだけ!」
「そうだね。」
ブランデットは優しく頷き、背負い袋を抱え直した。
「じゃあ、今度こそ部屋に行こう。荷物を置いて、パン食べよう。」
「パン!」
メデルの目がきらりと輝く。
精霊たちが小さく笑ったような気がして、メデルは胸の奥でそっと呟いた。
――きれいな魔力、またあとでね。
テティソは微笑み、階段へ向かう二人を見送った。
その視線には、どこか深い光が宿っていた。
フーマがちらりと横目でそれを見て、鼻を鳴らす。
「……やっぱり、ただの宿の亭主じゃねぇな。」
暖炉の炎がぱちぱちと音を立て、肉の匂いがさらに濃くなる。




