⑭神殿の古文書――調和者の予言
神殿の最奥にある封印の書庫。
重厚な石扉が静かに開かれると、冷たい空気が流れ込み、古代の魔力が微かに震えた。
リュスクマテルテス神官は、白銀の法衣をまとい、慎重な足取りで奥へと進む。彼の手には、封印されたままの古文書が抱えられていた。
書庫の中央にある円卓に文書を広げると、蝋燭の炎が揺れ、羊皮紙に記された古代語が浮かび上がる。
“光と闇を抱きし者、幼き声にして万象を癒す。
聖獣六体、幼体にて集いし時、調和者現る。
その名は、愛に由りて、世界を繋ぐ鍵となる。”
リュスクマテルテスはその文を静かに読み上げ、深く息を吐いた。
「……ついに、この言葉が現実と重なり始めたか」
彼の視線は、文書の最後の一行に注がれていた。
“その名は、愛に由りて”
「“メデル”――“愛でる”に由来する名。癒し、慈しみ、命を尊ぶ心。まさに、予言に記された“鍵”の名と一致する」
神官は立ち上がり、書庫の奥にある石碑へと歩み寄った。
そこには、古代の神官たちが残した記録が刻まれていた。彼は指先でなぞりながら、静かに呟いた。
「光と闇を同時に宿す者……白魔法と黒魔法、癒しと破壊、言葉と沈黙。メデル様は、すべてに触れながら、なお純粋な心を保っている」
「聖獣六体――白虎、朱雀、玄武、青竜、白蛇、そして翠鳥。すべてが幼体で現れ、彼の周囲に集った。神殿の記録にもない異例の現象」
「そして、“幼き声にして万象を癒す”……彼の言葉は、魔力を伴わずとも、心を癒す力を持つ。これは、魔法ではなく、魂の響きだ」
リュスクマテルテスは目を閉じ、静かに祈るように言葉を紡いだ。
「メデル様は“聖女”ではない。性別ではなく、魂の在り方が問われている。彼は“調和者”――世界の断絶を癒す者。その可能性を持つ存在」
「この予言は、未来を定めるものではない。だが、彼の歩みがこの言葉に重なるならば……我々は、彼の名を記録し、守らねばならない」
神官は古文書の余白に、筆を取り、静かに記した。
“第五紀・神殿暦二〇〇五年、聖女メデル、調和者の兆しを示す。
名に宿る光、六聖獣の集い、癒しの言葉。
その存在、記録す。”
筆を置いた瞬間、書庫の空気がふわりと揺れた。
遠くから、精霊たちのささやきが聞こえる。
“メデル――その名こそ、調和の始まり”
リュスクマテルテスは静かに目を開け、石碑に向かって一礼した。
「我ら神官は、記録し、見守る者。導くのではなく、支える者。メデル様の歩みが、世界を癒す光となるように」
***
神殿の最奥、聖域の間。
外界の音を遮断する魔法結界が張られ、重厚な石壁には古代の紋章が静かに輝いていた。
この部屋に入ることを許されるのは、神殿長と限られた高位神官のみ。空気は張り詰め、時の流れさえ緩やかに感じられる。
リュスクマテルテス神官は、白銀の髪を束ね、深い青の法衣をまとい、静かに膝を折った。
その前に座す神殿長は、年老いた姿ながら、瞳には鋭い光を宿していた。白金の法衣に身を包み、神殿の象徴である「調和の杖」を手にしている。
「……“調和者の予言”を開示したと?」
神殿長の声は低く、しかし揺るぎない威厳を持っていた。
「はい。メデル様の存在が、予言の文言と一致し始めています。聖獣六体の幼体が集い、癒しの言葉が魔力を伴わず発動されました。名も、“愛に由りて”――“メデル”です」
神殿長は目を閉じ、しばらく沈黙した。
やがて、静かに言葉を紡ぐ。
「予言は、神殿の根幹に関わるもの。軽々しく口にすべきではない。だが……その兆しが現れた以上、我らは備えねばならぬ」
リュスクマテルテスは深く頷いた。
「メデル様は、まだ三歳と少し。聖女としての力は突出していますが、心は幼く、純粋です。彼自身、“聖女”と呼ばれることに違和感を持ち、“僕はメデル”と宣言しました」
神殿長の眉がわずかに動いた。
「……“聖女”ではなく、“メデル”か。性別に囚われぬ魂の在り方。予言が語る“調和者”とは、まさにそのような存在かもしれぬ」
「はい。精霊たちもその名を祝福し、泉の儀式にて虹の光が現れました。神殿の記録にも、正式に刻みました」
神殿長は杖を床に軽く打ち、結界の魔力を強めた。
「この件は、テラスボルト帝国には漏らしてはならぬ。…貴方の異母兄であるが、彼――帝国王は今も“聖女”を欲している。故に、メデル様が“調和者”である可能性は、希望であると同時に、争いの火種にもなり得る」
リュスクマテルテスの表情は変わらなかったが、瞳の奥に静かな決意が宿った。
「承知しております。神殿内でも、私と神殿長以外には詳細を伏せております。記録は封印し、必要な時まで開示しません」
神殿長は立ち上がり、書架の奥にある封印の石板に手をかざした。
石板が淡く光り、古代の文字が浮かび上がる。
“調和者現る時、聖獣集い、世界の裂け目癒されん。
その名、愛に由りて、争いを鎮め、命を繋ぐ”
神殿長はその言葉を見つめながら、静かに語った。
「この言葉が、現実となるならば……我ら神殿は、守りの盾となるべきだ。導くのではなく、見守り、支える。メデル様が“メデル”として歩めるように」
リュスクマテルテスは静かに頭を垂れた。
「神殿長の御意に従い、私は彼の“根”となります。導くのではなく、寄り添う者として」
神殿長は深く頷き、結界を解いた。
「では、記録を封印し、時を待て。調和者が自らの言葉で世界を癒すその日まで――」
魔法結界がまだ張られたままの聖域の間。
神殿長は石板の前に立ち、リュスクマテルテス神官は静かにその背を見つめていた。
「……公爵家には、報告すべきか否か」
神殿長の声は、先ほどよりも低く、慎重な響きを帯びていた。
リュスクマテルテスは一拍置いてから答えた。
「スワロ公爵――コルベック様は、メデル様の伯父であり、メデル様の父である弟のコクベック様はかつての赤魔法騎士団長。
神殿との信頼も深く、帝国に対しても冷静な距離を保っております。彼ならば、予言の重みを理解し、軽々しく動くことはないでしょう」
神殿長はゆっくりと振り返り、神官の瞳を見据えた。
「だが、彼もまた帝国王の血筋でもある。血縁は、時に理を曇らせる。帝国が“聖女”を求めている今、メデル様の存在が知られれば、彼らは“調和者”を奪いに来るだろう」
「それでも、コルベック様とコクベック様はメデル様を“聖女”ではなく、“我が子”として見ています。彼らの愛は、政治よりも深い。私は、彼ら兄弟にだけは真実を伝えるべきだと考えます」
神殿長は再び石板に目を向けた。
「……予言の文言に、“争いを鎮め、命を繋ぐ”とある。ならば、争いの火種を避けるためにも、信頼できる者には先んじて知らせるべきかもしれぬ」
リュスクマテルテスは静かに頷いた。
「公爵様は、メデル様の“聖女”という呼び名にすら違和感を持っておられます。彼自身、メデル様の“僕はメデル”という言葉を尊重し、家族として支える姿勢を見せております」
神殿長は結界の杖を軽く掲げ、魔力の波を沈めながら言った。
「よかろう。だが、報告は口頭ではなく、魔法封印文書にて。公爵家の私室にて、神官である貴殿が直接手渡すこと。内容は予言の一致と、神殿の記録の写しのみ。解釈は、彼自身に委ねよ」
「御意。私が責任を持って届けます。公爵様ならば、メデル様の“名”を守る盾となるでしょう」
神殿長は深く頷き、結界を解いた。
「では、記録を封印し、報告の準備を整えよ。調和者の名が、争いではなく、守りの光となるように――」
公爵邸・月影の間――兄弟の密談
王都の公爵邸、私室。
魔法結界により外界の音は遮断され、壁には古代の家紋と精霊の紋章が刻まれている。
月光が窓から差し込み、静謐な空気が部屋を満たしていた。
スワロ・ベネフィット・ルゥ・ベル・セーリンタスク・コルベック公爵は、深紅の衣をまとい、窓辺に立っていた。
その背に、弟であるコクベックが静かに歩み寄る。
「兄さん……神殿より、予言の開示がありました。“調和者の予言”です」
コルベックは振り返り、弟の瞳を見つめた。
「……リュスクマテルテス神官からか?」
「はい。彼が神殿長と共に、古文書を開示しました。メデルの存在が、予言の文言と一致し始めています」
コルベックは静かに椅子に腰を下ろし、指を組んだ。
「話してくれ。何が一致した?」
コクベックは、神殿から受け取った魔法封印文書を差し出しながら語った。
「聖獣六体――白虎、朱雀、玄武、青竜、白蛇、翠鳥。すべてが幼体で現れ、メデルの周囲に集いました。
さらに、彼の名“メデル”は、“愛でる”に由来し、予言に記された“愛に由りて、世界を繋ぐ鍵”と一致します」
コルベックの眉がわずかに動いた。
「……あの子は、まだ三歳。聖女としての力は確かに異常だが、予言の器としては、あまりに幼い」
「それでも、彼は“聖女”と呼ばれることに違和感を持ち、自ら“僕はメデル”と宣言し
精霊たちはその名を祝福し、泉の儀式では虹の光が現れたと…。神殿の記録にも、正式に刻まれたと…。」
コルベックはしばらく沈黙し、やがて静かに言った。
「帝国王には知らせるな。あの男は、今も“聖女”を欲している。予言の存在が知られれば、メデルは“器”として狙われる」
コクベックは深く頷いた。
「承知してる。神殿でも、詳細は神殿長とリュスクマテルテス神官のみが把握しています。私も、家族にはまだ伝えておりません」
コルベックは立ち上がり、窓の外を見つめた。
「メデルは、我が家の子であり、世界の鍵かもしれぬ。だが、何より“メデル”という一人の子供だ。
我らは、彼を守る盾となる。導くのではなく、寄り添い、支える者として」
コクベックは静かに頭を垂れた。
「兄様の御意に従い、私は父として、彼の“根”となります。予言に囚われず、彼自身の歩みを見守ります」
コルベックはその言葉に微笑みを浮かべ、弟の肩に手を置いた。
「それでよい。予言は道を示すが、歩むのは本人だ。メデルが“メデル”として生きる限り、我らはその光を信じよう……しかし、久しぶりに“兄様”と呼ばれたな(笑)」
「兄さん!!」
窓の外、月が静かに輝いていた。
兄弟の誓いは、夜の静けさの中で、確かに結ばれた。
神殿の聖域の間。
外界の音を遮断する魔法結界が張られ、壁には古代の紋章と精霊の印が静かに輝いていた。
神殿長とリュスクマテルテス神官が円卓の前に座す中、スワロ公爵=コルベックと弟コクベックが静かに入室した。
神殿長は彼らを見つめ、低く厳かな声で言った。
「公爵殿、騎士団長殿。神殿として、貴家よりの申し出を受け入れ、対話の場を設けました。何を語るか、慎重に」
スワロ公爵は深紅のマントを整え、静かに頭を下げた。
「神殿長殿、リュスクマテルテス神官。今日は、我が弟コクベックと共に、家族として、そして血の者として、語らねばならぬことがあります」
コクベックは一歩前に出て、深く一礼した。
「我が子メデルの件――“調和者の予言”との一致は、神殿より既に報告を受けております。ですが、それに加えて、我が身に起きている変化について、隠すべきではないと判断しました」
リュスクマテルテス神官が静かに頷いた。
「……“祖返り”の兆し、ですね」
コクベックはゆっくりと頷いた。
「はい。私の魔力の流れが、近年変化しております。赤魔法の特性に加え、精霊との感応が強まり、耳の形状にも変化が現れ始めました。これは、我が先祖の眠っていたハイエルフの血が、目覚め始めた証です」
神殿長は目を細め、石碑に視線を移した。
「ハイエルフの祖返りは、数百年に一度。神子の誕生と同時期に起きるのは、偶然とは思えぬ」
スワロ公爵が静かに言葉を継いだ。
「伯父として、私にも兆しがあります。老化の遅れ、魔力の増加と安定、精霊との共鳴。私たち兄弟は、同時に祖返りの兆しを受けている。これは、メデルの存在が我らの血を揺り動かしたのかもしれません」
リュスクマテルテス神官は、神殿長と目を合わせた後、静かに言った。
「メデル様は、聖女であり、調和者の可能性を持つ者。そして、彼の存在が、血の記憶を呼び覚ました。これは、神殿にとっても重大な意味を持ちます」
神殿長は深く頷き、杖を床に打った。
「ならば、記録すべきは予言の一致だけではない。血の覚醒、祖返りの兆しもまた、調和の証として記すべきであろう」
コクベックは静かに言った。
「我らは、導く者ではなく、守る者でありたい。メデルが“メデル”として歩むために、我らの血が役立つならば、それを誇りとします」
スワロ公爵も頷いた。
「神殿の記録に、我ら兄弟の祖返りを記していただきたい。そして、メデルの名が、争いではなく、調和の光として広がるよう、共に見守っていただきたい」
神殿長は筆を取り、古文書の余白に静かに記した。
“第五紀・神殿暦二〇〇五年。公爵コルベック、騎士団長コクベック、祖返りの兆しを示す。
聖女メデルの覚醒と同時期に、血の記憶が揺り動かされる。
その存在、調和の証として記録す。”
神殿長が静かに問いかける。
「祖返りの兆しが、兄弟お二人に現れていることは記録しました。だが...それ以外にも何かあるのでしょうか?」
コクベックは一歩前に出て、深く頭を下げた。
「はい。我が家の男子たち――ヴェルメール、ハクリス、ミディットレース、ブランデットにも、それぞれ異なる形で兆しが現れ始めています」
リュスクマテルテス神官が目を細めた。
「具体的には?」
コクベックは静かに語り始めた。
「長男ヴェルメールは、白魔法の精度が異常に高まり、聖獣・青竜との共鳴が強く、夢の中で精霊と対話するようになりました。
次男ハクリスは、黄魔法の流れが変化し、玄武との感応が強まり、地脈の流れを感じ取る力が芽生えています。
三男ミディットレースは、白虎との共鳴により、身体の回復力が異常に高まり、魔力の流れが安定しています。
そして、四男ブランデットは、白蛇との同化が進み、魔力の色が青白く変化し、精霊の声を直接聞くようになっています」
神殿長は静かに筆を取り、記録の余白に書き加えながら言った。
「それぞれが、聖獣との共鳴を通じて、祖返りとは異なる“覚醒”を始めている……これは、聖女メデルの存在が、兄弟たちの魂にも波及している証かもしれぬ」
リュスクマテルテス神官は深く頷いた。
「メデル様が“調和者”であるならば、その調和は家族の中から始まる。兄弟たちがそれぞれの聖獣と繋がることで、家族全体が“調和の環”となる可能性があります」
コルベックは静かに言った。
「我ら兄弟は、祖返りの兆しを受け入れました。だが、子供たちはまだ幼く、導くよりも守るべき存在です。神殿として、彼らの変化を記録し、見守っていただきたい」
神殿長は石碑に手をかざし、魔力を流しながら言った。
「よかろう。聖女メデルの覚醒と共に、兄弟たちの魂が揺れ動く。これは、神殿の記録に残すべき“家族の調和”の兆しである」
リュスクマテルテス神官は静かに筆を走らせた。
“第五紀・神殿暦二〇〇五年。聖女メデルの覚醒に伴い、兄弟たちに聖獣との共鳴の兆し現る。
長男ヴェルメール、青竜との夢の対話。
次男ハクリス、玄武との地脈感応。
三男ミディットレース、白虎との回復共鳴。
四男ブランデット、白蛇との魔力同化。
その変化、調和の環として記録す。”
リュスクマテルテス神官は石碑に向かって一礼し、静かに言った。
「我ら神官は、記録し、見守る者。導くのではなく、寄り添う者。メデル様の歩みが、世界を癒す光となるように――そして、その光が、血を越えて広がるように」
神殿長は静かに言った。
「この記録は、争いではなく、守りのために残す。家族の絆が、世界の癒しとなるように――」
神殿の聖域に、静かな祈りの気配が満ちて精霊の気配がふわりと揺れた。
兄弟の血と魂が、静かに調和の環を描き始めていた。
メデルとカーロ
夜の公爵家メデルの部屋。
夜の静けさが、屋敷全体を包み込んでいた。
メデルの部屋には、窓から淡い月光が差し込み、床に銀の模様を描いている。
ベッドの隣では、一緒に寝たブランデットが静かに寝息を立てていた。彼の呼吸は、時折小さく揺れ、まるで夢の中で何かと対話しているようだった。
メデルはその寝顔を見つめながら、そっと目を閉じた。
意識は深く沈み、彼だけの“心の庭”へと降りていく。
そこは、風もなく、光もなく、ただ優しい気配だけが漂う場所。
音のない静寂の中、ふわりと風のような、光のような、懐かしい声が響いた。
「メデル……聞こえる?」
その声は、まるで月光が水面に触れるような柔らかさだった。
メデルは心の中でそっと答える。
「カーロ……そこにいるの?」
「うん。ずっと、ここにいるよ。ブランデットの中に、そして……あなたの心にも」
「今日は……ブランデットが少し苦しそうだった。魔力が揺れてた...大丈夫?」
「私の存在が、彼の器を圧迫してるの。本当は、もう少しで限界なの。だから……話したかったの。あと、2年。私が精霊森に還らなければ、ブランデットが……壊れてしまう」
メデルの胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
心の庭に、冷たい風が一瞬吹き抜けたような気がした。
「壊れる……って、どういうこと?カーロ……君は、消えちゃうの?」
「消える……というより、還るの。精霊森に。そこに行けば、私は“個”として存在できる。でも、ブランデットとは離れなきゃいけない……私の存在が、彼の魂を圧迫してる。もともと、私は“消えるはずだった命”。でも、ブランデットが私を抱えて生まれてきた。
限界を超えると、彼の人格が崩れて、魔力が暴走して、破壊の力に飲まれてしまう。私たちは、ひとつの器に二つの魂。限界があるの」
メデルは、涙をこらえながら言った。
「そんなの……いやだ。カーロがいなくなるのも、ブランデットが壊れるのも、どっちもいやだ!」
「私も、いやだよ。ずっと一緒にいたい。でも……精霊森に還れば、私は“個”として生きられる。ブランデットも、自由になれる。
それが、私たちの“選ばれた道”なの。だから……彼を守るために、私は還らなきゃいけない」
沈黙が、心の庭を包む。
そのとき、メデルの心に、風が吹いた。
それは、決意の風――彼の魂が動いた瞬間だった。
「じゃあ……僕が連れて行く。君を、精霊森まで。ブランデットと一緒に。二人で、君を守って、届ける」
「メデル……」
「僕は、聖女かもしれない。でも、それよりも、君たちの友達でいたい。家族でいたい。だから、旅に出る。君のために」
その言葉に応えるように、心の庭に小さな光が灯った。
それは、カーロの“心のかけら”――精霊の記憶が、彼の魂に刻まれた証。
「ありがとう……メデル。あなたが言ってくれるだけで、心が軽くなる。精霊森は遠いけど、あなたとなら、きっと辿り着ける」
「うん。約束する。君を、ちゃんと“還す”。そして、ブランデットを守る。君の記憶も、心も、全部抱えて」
「……メデル。好きだよ。あなたの優しさが、私の光。ありがとう」
メデルは、心の中でそっと手を伸ばした。
そこに、カーロの光がふわりと触れた。
「僕も、好きだよ。君は、僕の“心の姉”だ。ずっと、ずっと、忘れない」
その瞬間、メデルの胸の奥に、温かな光が灯った。
それは、旅の始まり――そして、別れの予兆。




