2025,9,16
今は『厄災』だ。命について話すから、嫌なら見なくて構わない。
今さ、水族館の魚が死んでしまう動画があって興味本位で見てしまった。魚は突然凄い速度で泳ぎ始めたと思えば壁に激突して死んだ。激突してからは全く動かなくなって沈み始め、血と黄色い何かが出て生々しかった。コメント見ていると、走光性っていう光に向かう魚もいるらしい。光があるところに餌があるからだそうだ。それを見て、もう1度動画を見てみた。魚が動き出す直前、フラッシュがあった。人間の撮影だ。そのせいで魚が動いてしまったのだろう。もちろん本当の事は知らないから確証は無い。だが、少なくとも水族館でのフラッシュ撮影は禁止されているはずだ。その時のフラッシュより前にもいくつかフラッシュ撮影の光があった。撮影するのはいい。何故確認してから撮影しない?禁止されているのは必ず意味があるからだ。しかも水族館。観覧者とはいえ、命を扱っていると同義だろう。現に魚は死んだ。それはフラッシュ撮影した奴だけの責任じゃない。水族館側にも責任が出てしまうんだ。最悪水族館が潰れるんだぞ。そこの従業員はどうなる?路頭に迷って最悪野垂れ死ぬ。そんなことも考えず…いや、考えようともせず自分の娯楽の為に他を蹴落とすのは流石だな。死の恐怖や苦しみを知らないくせに。
人間ってのはどうも種族によって命の価値を変えるらしい。蟻やゴキブリ、魚を気持ち悪いだの専門知識の無い頭で害虫だのと言って人間はエゴで殺す。俺だって殺した。そのくせに猫やハムスターは可愛がって死ねば泣く。俺らは差別がお好きなようで。
解決する具体案は無いしあるとも思えない。だが、気持ちや形だけでも背負うことはできるはずだ。それだけでも少しは…いや、大きく変わる。俺は自分を深夜テンションで自分の顔がカッコいいと思ってたらいつの間にか本当に抵抗感は無くなっていたし、過去の過ちを全てきっかけを作ったのはあのクソッタレだから全部あいつのせいだって思っていたら今の俺になれたからな(後者は少し違うか?本当の事だし)。背負うかどうかは任せる。俺からの戯言は以上だ。明日…いや、今日から色々あるな。頑張って。
読んでくれてありがとう。読んでくれただけでも、少しは背負ってくれただろうな。それは今の貴方にとって良いのか悪いのかは分からない。嫌なら関係無いって思い込んでみよう。いつの間にか消えてるから。俺もずっと背負ってるわけじゃないし。
どうせこの気持ちも今だけだ。気にするな。




