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勇者召喚が下手すぎて毎日11回殺されかける件

 俺、神代拓也、十七歳。

 ごく普通の高校生……と、自分では思っている。


「やっべ、遅刻する!」


 月曜の朝、目覚ましをぶん投げて家を飛び出した俺。

 見慣れた交差点で青信号の点滅に焦っていた。


 間に合え!


 ――その瞬間。

 左方から、鼓膜を突き破るような轟音とクラクションが響き渡った。


 視界の端に映ったのは、赤信号を盛大に無視して突っ込んでくる巨大なトラック。

 荷台には「安全第一」の文字。どの口が言うんだ。


「危ない!」


 周囲の歩行者から悲鳴が上がる。

 スローモーションになる世界。

 運転席のオッサンが驚愕に目を見開いているのが見えた。


(あ、これ死んだわ)


 そう思ったコンマ一秒後、俺の身体は勝手に動いていた。

 まるで熟練の猿だ。いや、猿でもこんな動きはしないか。

 腰を沈め、地面を蹴る。

 物理法則を無視したかのようなバックステップで、トラックの前面が俺の鼻先数ミリを掠めていった。


 ゴオォォッ!


 暴風とともに走り去るトラック。

 俺は歩道の上で、何事もなかったかのように着地していた。


 一拍の間。

 やがて、誰からともなくパチパチと拍手が起こり、それは交差点全体に広がっていく。


「すすげえ……」

「今の見たか? 人間業じゃねえぞ」


(危ないところだった……マジで心臓に悪い)


 俺は胸をなでおろし、周囲の賞賛を背に再び学校へと急いだ。

 この時はまだ、ただのアンラッキーな事故だと思っていた。

 俺の反射神経が異常に良いことも、今に始まったことじゃない。





 ところが、だ。

 話はそれで終わらなかった。


 学校まであと二つ目の信号。

 またも青になったのを確認して渡ろうとした、その時。


 キイィィィッ!


 今度は右から、さっきとは別の暴走トラックが猛スピードで突っ込んできた。

 デジャヴか? というか、この街のトラック運転手はどうなってんだ。


(またかよ!)


 再び猿のごとき身体能力でこれを回避。


 そして三度目の正直とでも言うように、三つ目の信号でも暴走トラックが来た。

 今度は正面からだ。どんだけ俺を殺したいんだ。


 これも華麗に避け、ようやく学校の校門が見えてきた。

 さすがにもう何もないだろ……


 そう思った矢先、前を走っていた車が何かを踏んだ。

 ――鉄パイプだ。


 漫画みたいに跳ね上がった鉄パイプが、高速回転しながら俺の顔面めがけて飛んでくる。

 狙撃かよ。


 俺はとっさに上体を反らし、映画『マトリッ〇ス』ばりのブリッジでそれを避ける。

 鉄パイプは俺の髪を数本散らしながら、背後の電柱に突き刺さった。


 ――ガギンッ!


 ……え、電柱に刺さる威力って何?


 極めつけは駐車場から飛び出してきた軽自動車がハンドル操作を誤り、歩道にいた俺めがけて突っ込んできたことだ。

 俺は真横に跳んで避けた。車はそのまま植え込みにダイブして止まった。


 数が多すぎる。

 これは、おかしい。


 俺は自分の身に起きている異常事態を確信した。

 試しに数えてみると、その日一日、登校から下校、そして帰宅するまでに遭遇した死の危険は、合計で十一回。


 ……十一回? 死にかける回数の平均値じゃねえだろ。


「なあ父さん。俺最近やたらと命を狙われてる気がするんだ」


 その夜、夕食の席で親父に相談してみた。


「トラックに轢かれそうになったり鉄パイプが飛んできたり……」


「拓也」


 親父は箸を置き、真剣な顔で俺を見た。


「学校に行きたくないだけだろう。わけわかんないこと言ってないでちゃんと学校へ行け」


 ……だろうな! 信じてもらえるわけないよな!

 俺は白飯をかき込みながら、明日からのサバイバル生活に静かに絶望した。



◇ ◇ ◇ ◇ 


 そのころ。

 俺の世界とは異なるとある世界。とある王国。


 壮年の王と、神経質そうな宰相が頭を抱えていた。

 床に描かれた巨大で複雑な魔法陣が、役目を終えて虚しく光を失っている。


「また失敗だ。これで十一回目ぞ!」


 王が玉座のひじ掛けを叩きつけ、怒りを露わにする。


「なぜなのだ宰相! なぜ異世界の勇者が来ないのだ!」


「も、申し訳ございません! しかし、古文書の儀式の通りに寸分の狂いもなく実施しているはずなのに……」


 宰相は脂汗を流しながら弁明する。


「『召喚の儀は対象を強制的にこちらの世界へ転移させる。死の危険が迫った魂ほどこちらの世界への転移に同意しやすくなる』」


「理屈などどうでもよい! このままでは北から進軍してくる魔王軍に王都が落とされるのも時間の問題だぞ!」


 王の悲痛な叫びが、がらんとした広間に響き渡る。

 王国の命運は、風前の灯火なのだった。



◇ ◇ ◇ ◇



 それからの日々、俺の命の危険は日常と化した。

 毎日コンスタントに十回以上。もはやノルマでもあるのか。


 道を歩けば、どこからか通り魔がナイフを振り回して現れる。

 帰り道の工事現場ではクレーンから鉄骨が降ってくる。


 俺はそれらすべてを、鬼の反射速度と身体能力で避け続けた。

 避けて、避けて、避けまくる。

 おかげで五感が異常に研ぎ澄まされ、殺気や危険を事前に察知できるスキルまで身についた。


(もうだめだ……何が起こってるんだ……)


 その日も数々の死線をくぐり抜け、心身ともに疲れ果てて自室のベッドに倒れ込んだ。

 明日こそ、一日何も起こらないでくれ。

 そう願って眠りについた、深夜。


 ――ふと、空気が震えるような感覚に目を覚ました。


 見ると、俺の部屋の床が淡い光を放っている。

 光はみるみるうちに複雑な紋様を描き出し、魔法陣へと姿を変えた。


(……は? なんだこれ?)


 ファンタジーかよ。


 俺が呆然と見つめる中、魔法陣の中心から数人の人影がせり上がってきた。

 ローブをまとった、ファンタジー世界の住人ですといった風貌のおっさんたちだ。


 中心に立つ、一番偉そうなおっさんが俺の姿を認めると、深々と頭を下げた。


「ようやくお会いできました、勇者様」


「……は?」


「我々は異世界より参りました魔道士でございます。勇者召喚の儀式があまりに失敗するため魔法陣を改良して我々から直接お迎えに上がるよう手筈を整えました」


 ……勇者? 召喚?

 頭が混乱する。だが、彼らの言葉は続いた。


「どうか我々の世界に来て勇者として世界を救ってはもらえないでしょうか。魔王の軍勢によって祖国は滅びの淵に立たされております」

「死の危険が迫った勇者様がいらっしゃるはずがなぜか来られず」

「ご安心ください。儀式はちゃんと改良したため魔王討伐の暁にはお帰りになる事も可能です」


 ――その瞬間、俺の中ですべてのピースが繋がった。


 トラック。鉄パイプ。落下する鉄骨。通り魔。

 無数の殺害未遂。



 全部、こいつらのせいか。



 こいつらが俺を「召喚」しようとして、その余波で俺の身に危険が降りかかっていたのか。

 死の危険が迫った勇者、だと? ふざけるな。


(こいつらも国家レベルで困っているから、必死だったのかもしれないけど……)


 そんな理性が、脳の片隅で囁く。

 だが、俺の口から飛び出したのは、理性とは真逆の感情的な叫びだった。

 今日まで溜まりに溜まった、命の危険に対するストレスと怒りの、すべてを込めて。



「初めから、こうやって頭下げに来いよ!!」



 俺の怒声に、魔法使いのおっさんたちはビクリと肩を震わせ、青ざめた顔で再び床に頭を擦り付けた。




 その後、俺が異世界に渡り、その驚異的な反射神経と危険察知能力を駆使して、まるでRTAのようなスピードで魔王討伐を果たして現代に帰還し、『疾風の勇者』などと呼ばれるのだが――それはまた、別の話。

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― 新着の感想 ―
>死の危険が迫った勇者 その『死の危険』が召喚の余波ならば因果が逆転している気がするのですが、正確には『勇者に死の運命がないときはコロして引き寄せる』召喚陣ですよね? そうでなければ、魔王討伐完了し…
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