第六話 違和感
翌朝。
福山観光ホテルの2階にある小ぢんまりとしたレストランの窓際。
朝の柔らかな光がカーテン越しに差し込むなか、神谷、園部、そして三石は簡素なモーニングセットを前に静かに座っていた。
卵とトーストの湯気がまだ立っているテーブルで、園部美也子がふとコーヒーを手にしながら口を開いた。
「……あの、ちょっと気になったんですけど――」
その声に、神谷と三石が顔を上げる。
「田中秀通って人が、本当に“中野秀通”だったとしたら……そのとき、いったい何歳だったんでしょう?」
ふたりの表情が、一瞬止まった。
「――というと?」
神谷が眉を寄せた。
園部は、手帳を開きながら静かに続けた。
「昨日確認した田中秀通の検視記録では、享年82歳。亡くなったのが令和7年10月ですから、逆算すると、生まれたのは昭和16年か17年頃のはずです」
神谷の手が止まった。
三石も、少し口を開けたまま、言葉が出ないようだった。
「でも、“中野秀通”が養子に入ったのって、昭和21年でしたよね? だとすると、その時点でわずか4~5歳のはずです」
園部は、表情を変えずに続けた。
「それって、ちょっとおかしくないですか?
当時の記録では、“中野秀通”は呉服屋の後継者として軍需品の払い下げ業務にも関わってた。つまり、大人として活動してたってことになりますよね?」
神谷と三石は、同時に視線を交わした。
神谷が唇を引き結び、低く唸った。
「……ってことは、検視の年齢が嘘か、もしくは――」
園部が間髪入れずに言葉を継いだ。
「そもそも別人、ってこともありえますよね?
つまり、田中秀通を名乗っていたあの人物は、“中野秀通”の名前を借りていた誰か、ってことも」
三石は、箸を持ったまま立ち上がりかけて、言葉もなく座り直した。
そのまま数秒だけ宙を見つめ、やがて思い出したように立ち上がった。
「……ちょっと失礼、部屋に戻ります。古い手帳の控えがあったかもしれん。年齢に関して気になる記述が、昔……一度だけ見た記憶があるんで」
そう言って、三石はそそくさと席を離れた。
その背中には、昨日までとは違う種類の緊張が走っていた。
神谷は園部の方を見て、ふっと息をついた。
「お前……やっぱり大したやつだな」
園部は肩をすくめた。
「いえ……数字が合わないと気持ち悪いだけです。刑事の癖です」
ふたりの前に置かれたコーヒーが、冷めかけたまま、陽光の中に沈黙していた。
だが、その静けさの中に、戦後から現代へと続く偽りの連鎖が、音もなく崩れはじめていた。