第9話 魔王軍はモフモフ王国を攻めるようです!
「魔王様! モフモフ王国からホワイトタイガーと例の少女が離反した模様です!」
「なんだと?!」
キャトラが私とサラを乗せて王都へと向かった時の様子は、すぐに魔王の元へと報告された。実際は国王に呼び出された私を王都まで送り届けるだけのことなのだが。
脅威とされていた二大戦力が一斉に離反した。その事実は、腰の重い魔王すらも身を乗り出すほど大きいものだ。
「ふむ……。これはまたとない好機。モフモフ王国の出鼻を挫くべきかと」
宰相カマンベールも憂慮していたモフモフ王国の脅威に一石を投じる。またとない機会に浮足立っていた。
「そうだな。この機会を逃してしまえば、多くの犠牲を払う羽目になるやもしれぬ。全軍、出撃の準備を整えよ。モフモフ王国に宣戦布告をするのだ!」
魔王のトキの声に、その場にいた兵士たちも色めき立つ。特に弱卒の兵士にとって、魔獣とは命を賭けて戦うような相手。その魔獣が離反した状況は、彼らにとって生き延びるための好機であった。
士気高揚した魔王軍は、一丸となって準備を進めた。わずか一昼夜で攻め込める体制を整え、あとは進軍の時を待つのみ。
「ついに全ての準備は整った! 総員、進軍開始!」
集結した兵士の前に立ち、魔王が威厳のある声で号令を上げる。順に列をなして、モフモフ王国への道を一歩ずつ進んでいく。
自らの勝利を信じて――。
◇
「全然、客が来ないニャー。暇だニャー! これなら王都を見物してくればよかったニャー!」
鬼気迫る魔王軍の雰囲気とは逆に、モフモフ王国ではとても緩い雰囲気になっていた。結局、キャトラはわずか二日で王都まで往復する羽目になった。
楽しみにしていた王都での観光も、イナリにかけられた呪いによって足が勝手に動いて、まっすぐ帰る羽目になった。その結果が、今の暇な状態では愚痴の一つも言いたくなるところだろう。
「ふん、こうでもせんかったら、ずっと帰ってくる気ぃあらへんかったんどすな?」
「帰ってくるに決まってるニャー! 観光くらいさせてもいいと思うニャー!」
「キャトラ殿。お客様はいつ来るか分からないのですよ」
騒がしいキャトラに、ロバートは顔をしかめながら注意する。とはいえ、実際に客が来ていない以上、ロバートもあまり強く言い出せなかった。
「た、大変です。お客様が大勢、こちらに向かっております!」
どうしようかとロバートが考えあぐねていると、それを見透かしたように、団体客が向かってきていることを告げる。
「ほら、ご覧なさい。来ましたやろ」
「知ってたニャー。だから急いで戻ってきたんだニャー」
「ほんまに調子ええお人どすなぁ」
イナリのツッコミに、キャトラはあっさりと前言を翻す。その変わり身の早さには、流石のイナリも呆れていた。
「しかし、何やら不穏な空気ですな。もしかして、攻め込んできているのかもしれませぬ」
しかし、向かってくる客の物々しい雰囲気にロバートは表情を曇らせる。しかし、キャトラもイナリも、気負う様子すらなかった。
「あの程度なら、軽く遊んでやる程度ニャー!」
「ふふふ、久しぶりに腕が鳴りますえ!」
昔から襲ってくる人間たちをあしらってきた彼らにとって、この程度は戦いではなく、じゃれ合いの範疇。重厚な装備に身を包んだ彼らは、退屈に殺されそうになっていたキャトラたちにとって最高の遊び相手として認識されつつあった。
「それじゃあ。中で待っているから、受付をよろしくニャー!」
「くれぐれも、殺すのはダメですぞ!」
「わかってるニャー!」
キャトラたちは中で客の受け入れ準備を整える。そこはかとない不安を感じながら、ロバートも団体客の受け入れ準備を整えるのだった。
◇
魔国の将軍にして、魔王軍指揮官のマスカルポーネは進軍する兵士を見下ろしながら眉を寄せていた。ここまでの進軍はいたって順調、敵軍の迎撃すらない。だが、あまりに順調すぎることが、彼の心に抜けない棘のような痛みを与えていた。
「将軍、警戒態勢をとりながらではありますが、順調に進軍しております」
「なぜだ……」
「は、はぁ……」
「あまりに順調すぎる。まるで俺たちを誘っているようではないか!」
順調に進んでいることに気を良くしていた伝令が、将軍の怒声を聞いて身をすくませる。これが他の人間の言葉であれば、彼も杞憂として一笑に付すだろう。しかし百戦錬磨の将軍の言葉とあれば、彼も安易に笑って流すことなどできない。
「すまんな、声を荒げてしまって。いずれにしても、我々には進む以外の選択肢は残されていないのだから」
「勿体ないお言葉。我々も全身全霊をかけて、勝利をもぎ取る所存でございます!」
「そうだな……。もう下がっていいぞ」
「はっ!」
これがモフモフ王国に入ってすぐのことであれば気にすることはない。しかし、既に魔王軍の先鋒は城の目前。それでも一向に迎撃する動きが無いことに、将軍は違和感という生易しいものではなく、何か得体の知れない不気味なものを感じていた。
「扉が開いたぞ!」
先鋒部隊から大声が上がる。将軍が目を凝らすと、先ほどまで閉ざされていた城の入口が開いていく。それはまるで、大口を開けて自分たちを呑み込もうとしている海坊主のようにも見えた。寒気なのか、武者震いなのか、将軍は判断のつかない震えに襲われる。
「突撃ィィィ! 進めェェェェ!」
戦場の状況は刻々と進んでいく。異様とも言える変化から、戦況を把握しようと思考を巡らす。しかし、結論が出ないまま時は進み、先鋒部隊を束ねる隊長の号令が響きわたる。その号令に呼応するように兵士たちが次々と城へと呑み込まれていった。
「いかん、全軍、止まれ!」
将軍の号令が戦場に響き渡るも、時すでに遅し。先鋒部隊は完全に呑み込まれ、それに続く部隊が半分ほど呑み込まれた状況だが、将軍の命令は先頭まで届いていない。
「くそっ、完全に出遅れたか!」
結局、進軍が止まったのは先行する二つの部隊が完全に呑み込まれた後だった。
「くそっ、偵察部隊を送れ! 中の状況を把握するのだ!」
将軍の脳裏に嫌な予感がよぎる。その予感を裏付けるように、戻った偵察部隊が状況を報告する。
「報告いたします。先行した部隊は、中にいた二匹の魔獣によって全滅しておりました!」
「二匹だと?! どういうことだ!」
「はっ、中には虎と狐の魔獣がいて、一瞬のうちに壊滅したと……」
「ふざけるなァァァ!」
将軍は怒気を込めて天に向かって吠えた。この戦いを決断した理由は脅威であるホワイトタイガーが離反したからだ。だが蓋を開けてみれば、ホワイトタイガーは戻っていて、さらに狐の魔獣まで加わっている。
当初の予想とは明らかに異なる状況に、将軍の脳裏には撤退も視野に入り始める。
「ぐぬぬ。だが、安易に撤退すればカマンベールの思う壺だ!」
このまま撤退すれば被害は最小限で済むだろう。しかし、戦果もなく自軍の被害だけともなれば、追及されてもおかしくない。
たとえ、事前情報と違っていたと宰相を問い詰めたところで、のらりくらりとかわすだろうし、逆に戦果が無いことを徹底的に突いてくるだろう。
「やむを得ん。全軍一斉突撃! 少しでも戦果を持ちかえるぞ!」
「「「おおおおおぉぉぉ!」」」
こうして魔王軍の玉砕覚悟の攻撃が始まった。
この作品を読んでいただきありがとうございます。
続きを読んでみたいと思いましたら、是非とも↓の★★★★★で評価とブックマークをお願いします。