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第5話 魔王様がモフモフ王国を脅威と認識しました!

 ――どうしてこうなった。


 今のシャルダンの心境を端的に表すのに、これほど相応しい言葉はない。


 モフモフ王国にやってきたばかりの時は、拍子抜けするほど平和ボケした国という認識だった。領地に住む獣人たちは身体能力こそ高い種族ではあるが、農業、狩猟、商売といった戦いとは無縁の仕事をする者ばかりだった。


 どこを見回しても兵士のような戦いを生業とする雰囲気を持つ者はおらず、辺境にある田舎の村といった雰囲気だった。


「魔国を侵略? ははは、冗談は顔だけにしてくれ」


 モフモフ王国が魔国への侵略を画策している噂があると住民に訊ねてみても、返ってくるのは見下したような笑いだった。


 もちろん、シャルダンも彼らの話を鵜呑みになどしない。どんな小さな街であっても、防衛のための戦力が不要などということはありえないからだ。


「やはり城の中に秘密があるに違いない」


 城に地下を作って兵力を隠している可能性も十分に考えられる。そう判断したシャルダンは城への潜入を敢行した。結果は完全な失敗――気配を慎重に消したはずなのに察知されただけでなく、相手の気配を微塵も感じることができなかった。その上、焦って自分の素顔を見られてしまった。


 長年、諜報の仕事についてきた彼にとって、痛恨の失敗だった。


「だが、俺の正体がバレたものの、相手に敵意は感じられなかった」


 相手は気配を察知できないほどの手練れ故に、勘に頼るのは危険。だが、このまま逃げ帰るわけにもいかず、意を決して再び潜入を試みる。前日と同じ結果だった。


 だが、二回目は覚悟が違う。友好的なフリをして、少しでも情報を集めようと画策した結果、別の意味で命の危険を感じる羽目になっていた。


「大体、こんな感じになります。それでは、今から一時間ではありますが、ごゆっくりお楽しみください。ちなみにドリンクはコーヒーと紅茶だけになりますが、お申し付けください」


 巨大なホワイトタイガーと恐ろしいデモンストレーションをした少女が、そんなことを言って下がる。必然的にシャルダンはホワイトタイガーと相対することになる。とても暢気にコーヒーや紅茶を飲む状況ではない。


「好きにすればいいニャー。噛んで欲しければ噛むけど、お前だとたぶん大怪我するニャー。まあ、怪我してもポーションは用意してあるから安心するニャー」


 これほど安心できない『安心』という言葉も珍しい。ポーションで傷が治れば問題ないとか大雑把にもほどがある。


「俺だと大怪我をすると言うが、さっきの女性は涼しい顔をしていたじゃないか。ある程度は手加減をできるのだろう?」

「アイツは特別ニャー。俺が全力で頭を噛んだけど、涼しい顔をして撫でてきたニャー」


 シャルダンは大声で怒鳴りたくなる気持ちを必死で抑える。口を引き結び、気持ちを落ち着け、冗談めかした笑顔を作った。


「ははは、そんなバカなことが。そんなの、完全に化け物じゃないか」

「そうニャー。アイツはマジで化け物ニャー!」


 ホワイトタイガーの雑談めいた軽々しい言葉。しかし、シャルダンを焦燥に駆り立てるには十分なものだった。


 ここ二日の出来事から、只者ではないことはわかっていた。それでも目の前の化け物をして、化け物言わしめるまでとは、完全に彼の想像の範疇を超えている。全く実感がわかないほどに。


「いや、まだ話に聞いただけだ。実際に、この身で確かめないことには、確実なことは何一つ判断できない」


 シャルダンは百戦錬磨のプロだ。話に聞いただけで理解した気になることの危険性は十分把握している。


「よし。それじゃあ、ためしに俺の腕を彼女にやったみたいにじゃれついてくれないか?」

「いいのかニャー。手加減はまだ苦手だから、絶対に大怪我すると思うニャー」


 噛まれるのは、流石に怖い。いくら百戦錬磨のプロとはいえ、怖いものは怖いのである。それに比べれば、じゃれつかれたくらいで大怪我はしないだろう。そういった目算での提案。それに対しても、ホワイトタイガーは躊躇いがちだった。


「ははは、さすがに大袈裟というものだろう。ポーションで治るなら気にしないでいいだろうし、同じようにやってくれ!」

「わかったニャー。それじゃあ、行く、ニャー!」

「ぎゃあああああ!」


 ポキリ。まるで楊枝のように、シャルダンの腕が折れた。予想しない所から生まれた激痛に叫び声を上げてしまった。


「お客様、大丈夫ですか?!」


 シャルダンの悲鳴を聞いて、少女が駆け寄ってくる。彼女からポーションを受け取って飲み干すと、一瞬で元通りになった。


「ありがとう、助かった」

「もう、キャトラは! 手加減しないとダメじゃない!」

「お前と同じようにやってくれって言われたニャー!」

「サラもロバートも言ってたでしょ。私と同じようにやったら、絶対大怪我するって!」

「ちゃんと説明もしたニャー」

「ああ、ちゃんと話はしてもらった。その上で、お願いしたんだ」


 シャルダンの言葉に少女は目を見開いて一歩下がる。何かを理解したように、大きくうなずくとニッコリと微笑んだ。


「わかりました。趣味は人それぞれですものね」

「何か勘違いしていないか?」

「いえいえ、大丈夫です」

「まあいい、時間が少し早いけど、そろそろ上がろうと思うんだが……」


 必要な情報が手に入ったと判断したシャルダンは、早急に撤退を決める。これ以上は色んな意味で危ういと彼の勘が告げていた。


「はい、延長はありませんので、追加料金はありません。ご利用ありがとうございました!」


 彼女は笑顔で私を見送ってきた。最後の最後まで、背後から刺されるんじゃないかとシャルダンは考えていた。しかし、彼女がシャルダンを殺すつもりなら背後から襲う必要など全く無いことに気付いて警戒を緩めることにした。


「さっそく魔王様に報告をしなければ……」


 城から出たシャルダンは魔王ゴルゴンゾーラの下へと向かった――。


「シャルダンよ。よくぞ無事に戻ってきた。して、モフモフ王国の状況はどうだ?」

「はっ、住民の大半は獣人ですが、彼らの戦力だけ見れば、さほど脅威にはなり得ないかと。しかし――」


 脅威にならない、という言葉に魔王の表情がわずかに緩む。しかし、それに続く言葉があることを察して、ふたたび険しい表情となった。


「脅威になる戦力は二つございます。一つはキャトラと呼ばれるホワイトタイガーでございます」

「ホワイトタイガーごときが我らの脅威になると?」

「腕にじゃれつかれただけで一瞬で折られました。おそらくは上位種。アイシクルタイガーか、あるいはコキュートス――」

「グハハハ、伝説の魔獣がいたとでも言うのか? それが真なら極めて厄介だがな」


 あり得ないシャルダンの想像を、魔王は豪快に笑い飛ばす。彼自身も確信がない事実ゆえに、強く主張することはできなかった。


「か、可能性でございます……。それから、少女が一人」

「少女だと?」

「その魔獣が噛んでも平然としており、魔獣も化け物と言っておりました」

「魔獣が言っただと……? 冗談ではないかもしれんな」


 魔獣が喋ったという事実。それを重く見た魔王は立ち上がり、マントを翻してシャルダンに背を向ける。


「シャルダンよ、部下に命じてモフモフ王国の監視を徹底させよ。加えて、兵士の準備も万端にしておけ」

「はっ、かしこまりました」


 御前から下がったシャルダンは、さっそくモフモフ王国への侵攻準備を始めた。


この作品を読んでいただきありがとうございます。

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