第26話 勇者が反撃してきました!
「ルイスが新生シャイニール王国を作って王になったって?」
「ええ、どうやら帝国の後ろ盾を得たようです。愚かなことを……」
ヘレンは悔しそうに爪を噛む。
「王国はこれまで帝国の侵略を阻止してきました。それが唯一の誇りだというのに、自ら売り渡すような真似を……」
「ヘレンよ。どうするつもりだね?」
公爵の問いかけに覚悟を決めたヘレンは、机に両手を叩きつけるように立ち上がると、周囲の部下たちを睨みまわす。
「私たちは、これか新生シャイニール王国を攻め滅ぼしますわ! 急いで準備するように!」
「「「はっ!」」」
ヘレンの号令に、部下たちが慌ただしく動き出す。素早い決断に公爵も満足そうに微笑んでいた。しかし、慌ただしくなり始めたところで、偵察に向かわせていた兵士が慌てた様子で駆けこんできた。
「た、大変です! 勇者と聖女が王都に向かって進軍しております!」
「えっ? たった二人で?!」
「そんなはずないだろう」
「いえ、最初は二人でした……。ですが、徐々に彼らに賛同する貴族たちが合流しております!」
彼の口調から、自分たちに賛同しない貴族が少なくないことにヘレンは顔をしかめ、爪を噛み始める。
「落ち着きなさい。愚かな王を操って利益を得ようとする貴族が少なくないことは、お前も知っているだろう」
「しかし、父上……」
「言いたいことはわかっている。その貴族連中も帝国の手のひらの上で踊るだけなのだからな」
忌々しいとばかりに、公爵は机に広げられた地図を睨む。先ほどの報告だけで、誰がルイス側に付いたか見当がついているようだ。
「我々は王都を支配下に置いたばかり。本格的な戦闘こそ無かったとはいえ、足場は不安定だ。今は王都の防衛に専念すべきだろう」
「……悔しいですが、それしかないようですね」
「よし、王都の東側に兵を固めろ! 敵は二人とは言え油断できる相手ではない!」
次々と偵察から上がる報告を聞いて、二人の表情が強張っていく。新生シャイニール側に付いた貴族たちを報告に基づいて印をつけていく。
「王国の東側の貴族は、ほとんどルイスたちに付いた形ですね……」
「まさか、ここまで彼らが腐っていたとはな」
「確かに、元々東側の連中は王家に従順でしたが……。ここまで来ると何か裏工作をされているかもしれませんね」
「だが、我々も戦力を大きく削られて、出るに出られぬからな。なんとももどかしい」
かなり厳しい展開が予想される中、致命的な報告が兵士によって告げられる。
「大変です。ウラギール子爵が王都に向けて進軍しております!」
ウラギール子爵領は王都のすぐ西にある小さい領地。普段であれば脅威となり得ない規模だが、消耗しきった公爵軍にとっては無視できない戦力であった。
「どういうつもりだ?」
「援軍、であればよいのですが……」
「私が見に行きましょうか?」
子爵の動きが判断付きかねて、公爵のこめかみから冷や汗が流れ落ちる。見かねた私がキャトラたちと様子見に行くことを提案したが、ため息をついて首を振った。
「その手は取れない。援軍であればいいが、我々に敵対するのであれば戦闘にもつれ込むだろう。だが、エリザベス殿はあくまで協力者に過ぎない。先ほどの勇者との戦闘に引き続いて、ここでも大きな戦果を出してしまったら、我々の立つ瀬が無くなってしまうのだよ」
公爵としては、私が大きな戦果を上げ過ぎると民衆は、私が王になればいい、と考えるだろうということだ。
「えっと、私はあくまで猫カフェのオーナーなんですけど?!」
「民衆にとっては、誰の下に付くのが安全か、というだけだ。エリザベス殿が何者だろうと関係ない。それに魔獣が活躍するのも、非常にマズいのだよ」
「魔獣が兵力として有用だということが周知されてしまうと、魔獣を戦力として組み入れようという圧力がかかるのだよ。ただでさえペット魔獣ブームで価格が上がっているというのに、そんなことをしたら経済が崩壊してしまう」
私が動けば早いけど、安易に動かせない。そのジレンマが公爵とヘレンの思考を鈍らせつつあったことに気付いていなかった。その迷いは判断の遅れを招き、袋小路へと追い詰められていく。
「ウラギール子爵が、我々に宣戦布告を! それを受けて、王都の住民がデモを起こしております!」
「くっ、ここまでか……。防衛に当たった兵に伝えよ。総員撤退と!」
「お父様!」
「しかたあるまい。彼らに安全だとアピールしきれなかった我々の落ち度だ」
撤退を命じる公爵は眉根を寄せて悔しさをにじませる。判断に納得しきれないヘレンは公爵に訴えかけるも、民意が自分たちの方に無いと言われてしまえば、返す言葉も無かった。
公爵軍はひとまず王都の南西にあるワ=カール伯爵領へと撤退し、立て直しを図る。一方、ルイスは指導者が不在となった王都へと凱旋した。
ルイスは、まず首都の移転を宣言。現在の王都から東にあるネオ=シャイニールを新しい首都と定め、旧王都はウラギール子爵の功績を称えて、彼の領地に組み込んだ。他の貴族から異論が出なかったのは、公爵寄りの貴族領との最前線になるためだった。
「我々は民衆のため、新たにクラウゼル王国を定める」
自領に戻った公爵は、西側の領主をまとめて新しい王国を宣言する。公爵はシャイニール王家が勇者の血を継いでいない事実を公表し、クラウゼル家こそが勇者の正当な後継者であることを主張。
それに対し、ルイスは聖剣の継承こそが勇者の証であり、血統に関しての言及は避けつつ、自分たちこそが正統であることを主張した。
「この度の支援、大変感謝しておりますわ」
「いえ、巻き込まれたとはいえ、ヘレン殿下のお力になれてよかったです」
正式にクラウゼル王国の建国を宣言した直後、私はヘレンに呼ばれて、彼女とお茶会をしていた。
「そこで……。エリザベス様には、私たちと正式に同盟を結んでいただきたいのです」
「えっと、父は既に公爵に付くと言っていたはず……ですが?」
ヘレンの申し出の意味を理解できず、首を傾げる。父もヘレンが私と親しいことを知っている上に、先の王家の件もあって、早々に公爵側に付くと宣言した。
「いえ、モフモフ王国との同盟でございます」
「……モフモフ王国は猫カフェの名前ですが?」
「王国が割れてしまった以上、シャイニール王国として認めるわけではありませんが、父とも相談して、モフモフ王国を独立国として認める方向で進めております!」
「全力で、お断り、させていただきます!」
名前こそ王国って付いているけど、実態は猫カフェの周りに獣人が街を作っている程度の小さい領地でしかない。
「どう考えても帝国に侵略される未来しか見えませんよ?」
「むぅぅ、残念ですわ」
「恐れ入りますが、拗ねても意見は翻しませんからね?」
長い押し問答の末、折衷案としてクラウゼル王国庇護下にある半独立国とすることでまとまった、というより押し切られた。
「それでは、私は領地に戻りますので!」
これ以上、何か押し付けられては敵わないので、尻尾を巻いてモフモフ王国へと帰り着いた。
「赤眼の魔王?」
その後、しばらくは平穏な日々が続く、と思っていた私の耳に聞きたくない単語の噂が流れてきた。
この作品を読んでいただきありがとうございます。
続きを読んでみたいと思いましたら、是非とも↓の★★★★★で評価とブックマークをお願いします。




