第2話 魔獣を勧誘します!
ホワイトタイガーに向かって一歩を踏み出す。近づいてくる私の気配に気付いたのか、ホワイトタイガーが目を覚まして周囲を見回す。
「「……」」
無言で視線を交わす私とホワイトタイガー。愛らしいクリッとした瞳に思わず吸い込まれそうになる。モフモフ愛にあふれそうになる私に対して、ホワイトタイガーの態度はつれなかった。
「……ガルル……」
「ほら、いい子ですから、大人しくしてるんですよ」
「……?」
親しみを込めて声をかけてみるけど、ホワイトタイガーは不思議そう首を傾げるだけ。前世では多くのモフモフが私の力でも、異世界の魔獣には効果が薄いようだ。
しかし、ホワイトタイガーの瞳に吸い込まれている私の足が止まることはない。なだめながら一歩ずつ近づいていくも効果は薄く、とうとう限界が訪れてしまった。
「グオォォォ!」
「お嬢様!」
ホワイトタイガーが大口を開けて私の頭に噛みついた。その光景を後ろから見ていたサラが悲痛な叫び声を上げる。
しかし、ホワイトタイガーの牙程度では『身体強化』した私の体に突き刺さることはなかった。むしろ甘噛みのような程よい刺激に心が躍る。
「ふふふ、くすぐったいなぁ!」
「……?!」
思わず顔が綻ぶ。前世の時には甘噛みして欲しくて、猫の口に指先を押し付けて嫌がられた時のことを思い出して、感動に胸が震えそうになる。
その期待に応えようと、ホワイトタイガーも何度も私の頭に噛みついていた。牙が通ることはないんだけど、その必死な姿も可愛く見えてしまう。
「やっぱり可愛いなぁ! ほら、ゴロゴロ」
頭を噛みつかれながら、ホワイトタイガーの顎の下を撫でる。すると、ホワイトタイガーも気持ち良さそうに目を細め――ハッとして慌てて私の手を振り払おうと、右前足をメチャクチャに振り回した。
「やめるニャッ――」
「はい、ゴロン!」
右前足を掴んで、コロンとホワイトタイガーの体をひっくり返す。
「なんか声が聞こえたような気がするけど、気のせいかな?」
まずは掴んだ右前足の先にある肉球を堪能することにした。指でつつくとプニプニと心地よい感触が指先から伝わってくる。
「体が大きいから肉球も大きいね。これはプニプニしがいがあるわ」
続いて、あらわになったお腹を撫でる。最初は脇腹から、徐々に中心に向かって。
優しく撫でているはずなんだけど、手足をバタバタと動かしたり、体をひねったりし始めた。
「なんか嫌そうにしているように見えるけど、気のせいかな?」
「気のせいじゃないニャー!」
「うわっ、猫が喋った!」
驚いて掴んでいた右前足を放してしまった。その隙にホワイトタイガーは立ち上がって体勢を立て直す。腰を高く上げて毛を逆立ててにらみつけてくる。
「ゆっくり寝ていたのに邪魔するんじゃないニャー!」
「いやいや、道を塞いでいるのが悪いんでしょ!」
「はああ、もういいニャー。どいてやるから、さっさとあっちに行くニャー」
文句を言ってくるホワイトタイガーに反論すると、大きなため息をついて脇の方に歩いていくが、それを拒むように両手を広げて立ち塞がった。
「ねえねえ、私と一緒に猫カフェやる気ない?」
「猫カフェ、って何だニャー?」
「猫を見たり触ったりして楽しむところだよ!」
楽しい気分を演出しながら説明するも、ホワイトタイガーは顔をしかめる。
「触られるのは好きじゃないニャー」
「触られたくなかったら、それでもいいの。さっきみたいに手を振り払ってもいいし……」
「うーん、やっぱりめんどくさいニャー」
「三食昼寝付きだよ?」
突然、ホワイトタイガーの目つきが鋭くなる。
「それは、ホントなのかニャー。何もしなくても三食昼寝付きなのかニャー?」
「もちろん! 餌代はこっちで持つから、食事の心配はしなくても大丈夫よ」
「うぐぐ、それは、それはニャー……。わかった、手伝ってやるニャー!」
「ありがとうございます!」
ホワイトタイガーが手伝ってくれることになったので、笑顔でお礼を告げる。だけど、彼は私をにらみつけて右前足を突きつけてきた。
「勘違いするんじゃないニャー。俺はお前が可哀そうだと思ったから手伝ってやるだけニャー。決して、餌に釣られたわけじゃないニャー」
「まあまあ、これからもよろしくね! あ、名前とかある?」
「名前は……無いニャー。完全に完璧に無いニャー。カッコいい名前を付けるニャー」
ホワイトタイガーは必死で名前が無いと主張する。何か嫌な思い出でもあるのだろうか?
不思議に思いながらも、ホワイトタイガーの名前を考えることにした。
「名前、名前ねぇ。にゃんにゃん、とか――」
「全然ダメ、カッコいい名前じゃないとダメなんだニャー! そもそも俺は虎ニャー!」
「カッコいい名前かぁ……。そうだなぁ……。あ、キャトラなんてどうかな?」
「まあ、そこそこカッコいいし及第点ってとこだニャー」
どうやら名前はお気に召してもらえたようだ。名前の由来はキャット、すなわち猫なんだけどね。
「それじゃあ、改めてよろしく。キャトラ」
「よろしくニャー」
キャトラの協力を無事に取り付けた私は、サラとロバートの待つ馬車へと戻った。
「……お嬢様、ご無事ですか?!」
「これはこれは……」
出迎えてくれたサラとロバートは、私が無事だったことに安心しつつも、キャトラを連れてきたことに戸惑っている。
「こっちが猫カフェを手伝ってくれることになったキャトラね」
「キャトラニャー。よろしくニャー」
「「しゃべった?!」」
突然、喋り出したキャトラにサラもロバートも腰を抜かしそうなほど驚いていた。サラは指先を震わせながらキャトラの方を指差して、私に訊ねてくる。
「この白い虎……。ホワイトタイガーではない、のでは?」
「俺はコキュートスタイガーなんだニャー! あんな弱いのと一緒にするなんて失礼なヤツだニャー!」
「こ、コキュートスタイガーって……。伝説の魔獣ですよ!」
キャトラが伝説の魔獣と呼ばれるような存在と言われて、流石の私も驚いてしまった。
「伝説の魔獣という割には、あまり強くないような?」
「失礼ニャー! あれは本気じゃなかったニャー!」
「そうなの?」
「そうですよ。ホワイトタイガーは冷気のブレスを使うんですけど、コキュートスタイガーのブレスは辺り一帯を氷雪地帯にすると言われるくらいですから」
サラの説明に、キャトラは満足げな表情を浮かべる。
「俺の凄さが分かったかニャー」
「キャトラ凄いね。ゴロゴロ」
その表情が可愛く見えて、思わず顎の下に手が伸びて撫で始めてしまう。
「やめるニャー!」
「あ、つい……」
「まったく、油断も隙もないニャー!」
ふたたび毛を逆立てて威嚇するキャトラをなだめ、辺境伯領の領都で一泊して、譲り受けた領地へと向かう。
領地の中心には、少しだけさびれた感じの城があり、その周辺に街というか集落のようなものができていた。
集落の前で、二つの集団がにらみ合っている。一つは集落の住民と思われる獣人たち。もう一つは山賊と思しき人相の悪い男たち。
二つの集団が激突し、血で血を洗うような戦いが始まった。
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