第11話 お代の回収――じゃなくて、慰安旅行です!
イナリに乗ってモフモフ王国に戻ってきた私は、さっそく事情を聴くことにした。
「いっぱいモフモフさせてあげたニャー」
「せやけど、ちと多すぎましたなぁ。わらわもちょっと骨が折れましたえ」
キャトラとイナリの話では要領を得なかったため、ロバートにヘレンから聞いた噂について訊ねることにした。
「魔王軍が攻めてきたって聞いたんだけど?」
「はい、装備を固められたお客様が大勢いらっしゃったようですね。攻めてきたかどうかは――正直、何とも言えませんな」
「ことごとく撃退したって聞いたんだけど?」
「はい、皆さま満足して帰られたようですな」
ふわっとしたロバートの答えに、どう反応して良いのかわからない。サラの師匠でもあり、優秀な執事である彼にしては珍しく言葉を濁しているように感じられた。
「最初のうちは、攻撃してくるような雰囲気もあったのですが、キャトラやイナリが本気を出した瞬間、モフモフを満喫し始めまして……。そのまま時間になって帰られてしまわれたので……」
ロバートの話を聞くかぎりは――、正直言って判断が付かない。装備を身に着けていて、攻撃してくる雰囲気があったことを考えると、明らかにモフモフ王国に攻め込んできた魔王軍で間違いない。
しかし、モフモフを満喫して帰ったことを考えると、単なる客と考えるのが普通だろう。攻め込んできた軍隊がモフモフして満足して帰るなんてありえない。それこそ、「何のために来たの?」となってしまう。
「それよりも問題が……。彼らがお金を一銭も持っていなかったのです」
「なるほど、お金が無いのを知りながら、猫カフェにやってきたと……」
「目を覚ましたお客様に確認したところ、魔王軍の所属ということがわかったのです」
結果的に、組織ぐるみでタダ乗りしたということだった。
「回収しに行くことも考えましたが、相手は一国の軍隊。私の一存で動くわけにもいかず、お嬢様に来ていただいた次第でございます」
「なるほど……。相手が国家だからといって、回収しないという選択肢はないけど。ロバートが動くのは、確かに違うわね」
彼は私が不在の間に店長代理をお願いしてる。しかし、国家相手に対する債権回収となるとトップである私が動くしかないだろう。
「それじゃあ、私が行って話をつけてくるね」
「今度は俺の番ニャー! 絶対に付いていくニャー!」
「何を仰いますやろ。先ほどの出迎えで一対一。改めて決め直さなあきまへんなぁ」
「今回は好きにしていいよ。団体客を捌いた後だし、しばらく休暇にしてもいいからね。休暇を返上してでも来たいなら……」
キャトラとイナリの仲裁に入った私の奥の手『休日返上』だ。これで折れるはず――。
「もちろん付いていくニャー!」
「わらわも、ご一緒させてもらいますえ!」
「……マジで?」
いや、折れなかった。むしろ、休暇と言ってしまったことで、猫カフェの営業という言い訳が使えなくなってしまう。
「もう、いっそのこと慰安旅行にしてしまえばいいんじゃないですか?」
「ふむ、あの団体客は骨が折れましたからな。慰安のためにも良いのではないかと」
「うーん」
サラやロバートも、どうせ休みにするなら、と思って予想外の意見を出してきた。たしかに店は閉めるつもりだし、揃っていくならアリかもしれない。
「わかりました。あくまで希望者限定ですが、慰安旅行という形で魔国に行くことにしましょう」
「やったニャー!」
「おおきに」
慰安旅行の決定に、キャトラとイナリも心なしか嬉しそうに見える。サラとロバートも準備のため、すぐに部屋から出ていってしまった。
翌朝、モフモフ王国前には馬車が二台停まっていた。一台は私やサラ、ロバートが乗る馬車、もう一台は獣人のスタッフが乗るための馬車になる。
馬車を分けている理由はスタッフ用の馬車を守るため。私たちの馬車が先頭、その後にスタッフ用の馬車が続いて、最後にキャトラとイナリが付いてきてもらう。
「平和だねぇ」
「キャトラとイナリがいるからでしょうけど、魔物が全く出ませんね」
シャイニール王国と魔国は敵対していて国交がない。当然ながら街道も整備されていないので魔物に襲われても本来ならおかしくはないのだが、魔物はキャトラの気配を感じて距離を取るため至って平和だ。
「何しに来た! 囲め!」
しかし、平和だったのは魔都に到着するまでの話。街に入ろうとした瞬間、衛兵に取り囲まれてしまった。
「えっと、慰安旅行なんですけど」
「嘘を吐くな! 魔獣を二匹も連れて押しかけてきて、旅行などありえんだろう!」
「ついでに、魔王城にも用があるんですけどね」
「なんだと? もしや、貴様らモフモフ王国の連中か?!」
「まあ、そうですね。モフモフ王国の慰安旅行ですし」
何故か私たちを危険人物と見なしている彼らの誤解を解くため、真摯に質問に答えていたら場が騒然としだした。
偉そうな衛兵が「将軍に連絡しろ!」と叫んで、衛兵が二人ほど包囲網から離脱する。偉そうな衛兵は彼らを見送って、私の方へと向き直ると剣呑な目つきでにらみつけてきた。
「貴様ら、何のつもりだ! まさか魔王様を暗殺でもするつもりか?」
「暗殺って……。私たちはお代を頂きに来たついでに、先日のお礼参りするだけですよ」
「なっ、な、何だと……?!」
私が説明するといちいち目を丸くして驚いているのだけど、何か問題があるのだろうか。お代を頂くのも、お礼をするのも、別に普通のことなのに……。
「このままだと観光する時間が無くなりそうなんだニャー。さくっと排除するかニャー」
痺れを切らしたキャトラが物騒なことを言い始めたので、落ち着かせようとしたところで、貫禄のある野太い声が響きわたった。
「待たれよ! ここは俺に任せてもらおうか!」
門の上から飛び降り華麗に着地したガタイのいい魔族が、私たちの前で仁王立ちになる。
「俺の名は、魔国大将軍マスカルポーネだ! 気軽に将軍と呼んでくれたまえ!」
「とりあえず、魔王城に行きたいんだけど」
色々とツッコミどころはあるけど、全部スルーして将軍に用件を伝えると、少しだけ表情を曇らせる。
「さすがに全員は難しいな。せめて数名にしてもらえないか?」
「それじゃあ、誰が行こうか? 行かない人は魔都で観光してていいよ」
もともと全員で行くつもりはなかったので、希望者を募ることにした。しかし、手を挙げる人は誰もいなかった。しばらくして、申し訳なさそうにサラが手を挙げてくれたくらいだ。
「俺は観光したいニャー」
「わらわも観光したいどすえ」
「私は、こちらを見張っておきましょう」
キャトラとイナリは観光優先らしい。欲望に忠実な魔獣たちである。そちらはロバートも付いてくれるようなので、私たちは安心して将軍の案内の下、魔王城へと向かった。
魔王城はイメージと違って、まさに白亜の城という雰囲気だ。将軍が付いているおかげで、途中で止められることもなく謁見の間へとやってきた。
「お初お目にかかる。俺は魔王ゴルゴンゾーラ、こちらは宰相のカマンベールである」
「私がモフモフ王国の代表エリザベス・アーネスト。こちらが侍女のサラでございます」
私とサラが挨拶をすると、魔王は鼻を鳴らして威嚇してくる。
「それで用件はお代とお礼だと聞いているが、何をするつもりだ?」
「はい、先日はご利用いただきありがとうございます。お代の方が一時間250ゴールド、2000人ちょっとでしたので、50万ゴールドを頂きます」
私の言葉に魔王は片肘をついたまま、静かに瞑目する。しかし、宰相は怒りに顔を真っ赤にしていた。
「バカな、50万ゴールドなど。法外だ! そんな金額払う謂れはない!」
喚き散らす宰相を魔王がひと睨みする。
「控えよ、カマンベール」
「よかろう。だが、すぐに用意するのは難しい」
「その代わりとして一つ提案があるのです!」
私の言葉に片眉を上げる魔王。
「よい、申してみよ」
「はい、この魔都デモリスにモフモフ王国の支店を出店したいので、その許可と援助をお願いしたいのです」
私の提案に宰相と将軍が目を丸くした。
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