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第10話 いらっしゃいませ、将軍様ご一行!

「いらっしゃいませニャー!」

「いらっしゃいませ。お疲れ様どすえ」


 モフモフ王国の中に入ってきた魔王軍の第一陣、二百名ほどをキャトラたちは笑顔で接客する。目を細め、口をわずかに開けた表情は、敵対する人間や魔族にとっては獲物を前に邪悪な笑みを浮かべているように見えていた。


 表情を引き締めた兵士たちが、わずかに腰が引けながらも自身を鼓舞して武器を構える。


「くっ、総員、突撃ィィィ!」

「「「うおぉぉぉぉ!」」」

「ニャー、ニャー、ニャーン! ニャー!」


 隊長の号令にキャトラに殺到する魔族の兵士。しかし、キャトラは左前足、右前脚、尻尾の三連コンボで華麗に吹き飛ばす。そして、一人残った隊長を押さえつけて甘噛みする。


「う、うわぁぁぁぁ!」

「かぷかぷかぷ、どうニャー!」

「隊長が食べられそうになっているぞ、お助けしろ!」


 甘噛みされている隊長を助けようと、キャトラに立ち向かう兵士たちの前にイナリが割り込んできた。


「わらわを無視せんといておくれやす? おや、だいぶお疲れのご様子どすなぁ」

「なっ! あっ――」


 突然、目の前に現れたイナリの姿に全員が驚愕する。しかし、次の瞬間には彼らの瞳から光が失われて、全身の力が抜け、バタバタと倒れてしまった。


「ふふふ、わらわにかかればこんなもんどすえ」


 イナリがドヤ顔で兵士たちを次々と夢の世界へと送り込んでいく。心なしか兵士たちの表情も幸せそうに見える。


「卑怯ニャー。俺だってやってやるニャー!」


 イナリに対抗してキャトラも兵士たちに向かって氷のブレスを吐く。見る見るうちに気温が下がり、耐えきれずに震えながら身を寄せ合う。


「うううう、さ、寒い……」


 兵士たちが、一つにまとまった瞬間を狙って、キャトラが上から覆いかぶさる。そのまま丸まって兵士たちを自身の体で優しく包んでいく。


「ほ、ほわぁぁぁ。も、モフモフが、冷えた体に――」


 凍り付くような寒さから一転、キャトラに包まれるモフモフとした暖かさに、兵士たちの敵対心が溶かされていく。


「北風と太陽作戦ニャー!」

「ちっ、なかなかやりますなぁ」


 それを見たイナリも危機感を抱く。兵士たちを処理する速度で言えばイナリに分があるものの、キャトラの身を挺したモフモフによる癒しに相当するものが、今のイナリにはなかった。


「これは負けてられへんどすなぁ」


 イナリは自身のモフモフした尻尾で夢の世界へと送った兵士たちを包み込む。その効果は抜群だ。兵士たちは「モフモフ、モフモフ」と寝言のように何度もつぶやき始める。


「なんとかやったニャー」

「はよう来はりませんのん?」


 最初に入ってきた二百名ほどの客は、キャトラとイナリの圧倒的なモフモフの前に、瞬く間に力尽きてしまった。外にいた兵士たちは、順番待ちのように行列を作って静かに待機していた。


 だが、先に入ってきた客が力尽きたことに気付いたのだろう。徐々に速度を上げて中へと乗り込んでくる。


「動きがありましたぞ!」

「どんどん来るニャー!」

「気張らせてもらいますえ!」


 残りの客が一斉に押し寄せる。あまりにも早い対応に待機は不要と判断したのだろう。容赦のない入店に、キャトラもイナリも真剣な表情だ。


 しかし、真剣なのはモフモフ王国側だけではない。将軍率いる魔王軍も、モフモフを余すことなく享受しようとするあまり、キャトラたちも圧倒されそうになるほど必死な表情だった。


「この程度じゃ負けないニャー!」

「ふふふ、無理せんといておくれやす。わらわに任せたらよろしおすえ」

「冗談じゃないニャー。そっちこそ下がって休んでればいいニャー!」


 キャトラとイナリもいかに多くの客に対して上質のモフモフを提供できるか、熱い火花を散らす。流れ作業のように数をこなすだけではダメ。どちらが一人でも多く自らのモフモフで魅了させるか、己のプライドを賭けた戦いでもある。


「残り少なくなってきたニャー」

「そろそろへばってきはったんとちゃいます? ちょっと休んどかはったらよろしおすえ」

「笑止ニャー! まだまだやれるニャー!」


 そんな中、突出した闘気を放つマスカルポーネ将軍がキャトラの前に立ち塞がった。


「俺が相手だ。覚悟してもらおうか!」

「大物が来たニャー! 絶対仕留めるニャー!」

「卑怯どすえ。わらわに譲るべきどす」

「ダメニャー! これをモフモフさせて、太客ゲットニャー!」


 明らかな大物的気配。それを奪い取りたいイナリと、絶対に譲らない構えのキャトラ。


「しゃあないなぁ。奥の手、使わせてもろてもよろしおすなぁ」


 その勝負は予想外の結果となった。勝利を確信して油断していたキャトラの瞳から光が消える。当然、キャトラと相対していた将軍もすでにイナリの幻覚に囚われていた。


「今回はイナリ様に差し上げるニャー!」

「やはり俺を満足させられるのはイナリ様しかいない!」

「わらわこそが、一番愛されるお方どすなぁ」


 将軍がイナリの尻尾に向かってフラフラと歩いていき、尻尾の海へと飛び込んだ。頑固で堅物な将軍の鋼鉄の意思も、イナリの幻覚と尻尾のモフモフの前に、もはや風前の灯。


「おれはモフモフなどにはまけにゃい――。モフモフ……モフモフ……」

「ほらほら、気持ちようおすやろ? お客様」


 必死に夢現の状態で抵抗していた将軍だったが、すぐにイナリのモフモフに陥落してしまった。他の兵士たちと同じように、寝言のように「モフモフ」と繰り返し始める。


「モフモフ……モフモフ……」

「お客様、お時間でございます」

「はっ! お、俺はいったい……」

「お客様、延長なさいますか?」

「延長?! それはどういうことだ!」


 将軍がロバートの声で目を覚ますと、辺りには死屍累々となった兵士たちが積み重なっていた。彼が状況を完全に把握するよりも先に、ロバートが延長するか訊ねる。


 将軍が激昂しながら聞き返すと、ロバートは淡々と来店から一時間が経過したことを告げる。モフモフ王国に戦いに来たはずの彼は、剣を一度も振るうことなく一時間を無為に過ごしてしまった。


「お、俺は何をしに来たんだ……。いや、まだだ、まだ終わらぬ……」


 戦わなかった一時間という時間は、戦い続けてきた彼のプライドを粉々に砕くものだった。それでも将軍は再び闘志を燃やし、砕け散ったプライドをかき集めて剣を握る。


「俺は、魔国、将軍、マスカルポーネ、だァァァ!」

「お、延長するみたいニャー。今度は俺の番ニャー」

「ちっ、戻ってきはったんかいな。邪魔せんといておくれやすえ」

「邪魔したのは、そっちニャー。今度は同じ手にはかからないニャー」


 剣を手に向かってくる将軍に、復活したキャトラ。延長時間も頂くつもりだったイナリは、大きくため息をついた。


「はあ、延長時間も頂戴いたしますえ。さ、おやすみなさいましな、もう一眠りどすえ」

「俺は奥で休んでくるニャー。延長時間も頼むニャー」

「ふあぁぁぁ、モフモフ……モフモフ……」


 次の瞬間、やる気十分だと思われたキャトラは気怠そうに奥へと消え、将軍の手からは剣がポロリと落ちて、フラフラとイナリの尻尾へと歩いていった。


「お客様、お時間でございます」


 ふたたびロバートの声で将軍は目を覚ました。かつてないほど爽やかな目覚め。まるで生まれ変わったかのように心身共にスッキリした状態。しかし、その代償は大きかった。これまで武人として築いてきたプライドは跡形もなく粉々にされ、もはやかき集めることも叶わない。


「く、くそっ。撤退、撤退だ! 総員、撤退ィィ!」


 戦えば戦うほど自分が自分ではなくなりそうな恐怖に耐えきれなくなった将軍は、すぐさま撤退を指示する。イナリに堕ちたとはいえ、仮にも将軍。撤退は神速の域に達していた。


「大変ニャー。誰もお金持ってないニャー!」

「しかたありません。お嬢様を呼んで善後策を話し合いましょう。イナリさん、迎えに行っていただけますか?」


 倒れた兵士をまさぐりながら、キャトラは料金の回収ができないことをロバートに伝える。すぐにロバートはイナリを私の迎えに派遣することを決めた。


「ほな、ちょっと行ってまいりますえ」


 ヘレンとのお茶会の最中にイナリが乱入したのは、こういった経緯によるものだったらしい。


この作品を読んでいただきありがとうございます。

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