第1話 婚約者が酷いので猫カフェプロジェクト開始します!
「モフモフ王国が魔王軍を撃退したらしい」
「そんなバカな」と、叫びたい気持ちになる。字面だけ見れば、単に戦いに勝利したという話だ。
しかし、モフモフ王国は私の作った猫カフェ。比喩でも何でもない。猫と戯れて癒される空間。前世の記憶にある日本にあった猫カフェそのもののイメージである。
もちろん、モフモフ王国は異世界らしく、猫はただの猫ではない。珍しくて強い魔獣で、見た目も虎だったり狐だったり――。
だけど見た目や大きさや種族なんて些末なこと。猫カフェなのだから猫である。モフモフで癒せれば問題ないはず。
「一つ聞くけど、ちゃんと接客したよね? 癒してあげたんだよね?」
「もちろんどすえ」
癒したのは間違いないらしい。そもそも、どうやって誤解すれば正規の軍隊を撃退したなどという話になるのだろうか。
前世で夢だった猫カフェオーナー。必死で貯金をしたけど、志半ばで事故に遭って、この『ドリーム・リアル・ファンタジー』という乙女ゲームの世界に転生した。
前世の知識を使い、上手く立ち回って居抜きだけど猫カフェをオープンさせ、キャトラやイナリといった素晴らしいモフモフたちと楽しく働けるようになった。
少ないながらもお客様が来るようになって、軌道に乗り始めた矢先に魔王軍が攻めてきたわけだ。
「いったい、どういうことですか!」
攻めてきた時点でおかしいけど、それを撃退したというのは意味不明すぎる。イナリに聞けば、ちゃんと接客して癒してあげたって言うし――。
何も問題はないはずだけど、猫カフェを作るまでの経緯をもう一度振り返ることにした。
◇
「エリザベス・アーネスト辺境伯令嬢! お前を愛することはない!」
「なっ、何が不満なのですか、殿下!」
婚約者である私の前で、ルイス・シャイニール王太子殿下は、浮気相手であるユメリア・ファンタジア男爵令嬢の肩を抱きながら高らかに宣言した。王立学園の中庭から見える雲一つない青空は、沈みゆく太陽によって橙色に染まっている。
「不満しかないわ! その銀髪と赤眼。まさに悪魔のようではないか!」
「ルイス様! 私、怖くて……」
「そんな! こんなにもルイス様をおしゅ、お慕いしておりますのに!」
ルイスは悪魔と断じて糾弾し、愛人のユメリアは怖いと言って彼に縋りつく。乙女ゲームで何度も見たやり取り。当初の目的である次のセリフを聞くために、シナリオ通りにセリフを言う――べきなんだけど、心にも無いせいか噛んでしまった。
「そもそも、お前は魔力しか取り柄のない無能! 俺の婚約者に相応しくない!」
目的のセリフが彼の口から飛び出した。失敗したかと思ったけど、問題なかったようだ。ガバガバな判定で良かった。
何故、こんな面倒なことをするか。それはルイスが狡猾で、どんなに私を貶めようとも、婚約関係に対して言及しないからだ。膨大な魔力を持つ私との婚約破棄が自分の立場にどれほど影響するか知っているからだろう。
だからこそゲームのシナリオを利用して、婚約破棄を望んでいる、という言質を取ることにした。
「それは、婚約破棄ということですね。承りました。愛していた人に捨てられてつらいので、実家に帰らせていただきます!」
そう言って、二人に背を向けて駆け出すと、慌てて二人が引き止めようと手を伸ばしてくる。その手は私の体に触れることなく空を切った。
「なっ、おい! 待てよ!」
「ここで立ち去るなんて聞いてないわ!」
魔力による身体強化。私の膨大な闇属性の魔力が黒い奔流となって全身から噴き出す。その禍々しさは『深淵』と呼ぶに相応しく、これも彼が私を悪魔呼ばわりする理由の一つだった。
しかし、身体強化に属性はあまり関係ない。王家が喉から手が出るほど欲しがっている私の膨大な魔力。走るスピードがあまりに速すぎて、つむじ風が吹き、土煙が舞っていた。
「おい、止まれよ! 待てよ!」
「そうよ、ちゃんと話をしなさいよ!」
彼らも身体強化で追いすがろうとするが無駄なこと。あっという間に引き離して、彼らの方に振り向き嘲笑う。
「ふふん、魔力しか取り柄がない無能に追いつくこともできないなんてね!」
「ふ、ふざけるなぁぁぁ!」
怒り狂って地団駄を踏むルイスを放置して、約束を果たしてもらうためにタウンハウスにある父の執務室へと向かった。
「お父様! 前に約束した通り、猫カフェを作らせていただきます!」
「一体何の話だ?」
「約束しましたよね? 婚約破棄されたら、猫カフェでもなんでも好きにさせてやると!」
口約束ではあったけど、流石に覚えていたらしく、父はゆっくりと頷いた。
「たしかに、そんな約束をしたような気もするが、そもそも婚約破棄とは?」
「本日、ルイスに『俺の婚約者に相応しくない』と言われました。これは間違いなく婚約破棄の宣言ですよね?」
「うーん、弾みで言っただけかも――」
「で・す・よ・ね?!」
さらに詰め寄ると、観念したのか父は両手を挙げた。
「わかったわかった。かなりの僻地になるが、領地を譲るから好きにするがいい」
「ありがとうございます。お父様!」
笑顔でお礼を言う私を見て、少し気まずそうに頬をかきながら口を開く。
「サラはどうした? 迎えの馬車で学園に向かったはずだが……」
「あっ、忘れてました。すぐに迎えに行ってきますね!」
「ただいま戻りました」
ちょうど向かおうとしていた矢先、サラが執務室に入ってきた。
「お嬢様がこちらに向かっているようでしたので、戻ってまいりました」
「さすがサラね」
優秀な侍女を称えていると、父は疲れた顔になって頭を抱える。
「どうでもいいから、出ていってくれないか? さすがに仕事の邪魔だ」
話は終わりだろ、と言いたげに父は私たちを部屋から追い出した。
◇
翌朝、譲渡された領地に向かうために、私とサラ、そして執事のロバートは馬車に乗って辺境伯領へと向かうことにした。
「お嬢様、準備が整いました」
「ありがとう、サラ」
学園のある王都から辺境伯領へは馬車で通常三日ほどかかる。山で遮られて街道が大きく蛇行しているからだ。
「本当に山道を通って行くのですか?」
今回使うのは山を突っ切るルート。馬車で通るのは問題ないけど、山道は魔獣に遭遇する可能性が高い。あえて山道を使うのは、その魔獣に会うためだ。
「ええ、領地に行くついでにモフモフをスカウトするのです」
「正気ですか? お嬢様がモフモフのことになると残念になるのはいつものことですが……」
たしかにサラの言う通りではあるが、もう少し言い様があると思うんだけど。
「魔物に遭遇しませんね」
二時間ほど山道を走っているけど、いまだに魔物は影も形もない。敢えて言うのだから異常な状況なのだろう。
普段なら良いのだろうけど、一匹でもモフモフをスカウトしたい私にとっては由々しき事態だった。
「これはもしかすると、大物がいるかもしれませんね」
「大物……」
『大物』という言葉を聞いて、私は気を引き締める。そんな私の覚悟に応えてくれたのか、急に馬車が停まった。
「お嬢様、前方にホワイトタイガーがおります」
ロバートの言葉を聞いて、慌てて馬車から飛び降りる。山道の少し先の方に、ちょうど道を塞ぐようにして巨大な白い猫が気持ちよさそうに眠っていた。
「巨大な猫が……」
「虎でございます。お嬢様」
「わかってますよ!」
サラのツッコミを軽くあしらって、ホワイトタイガーに向き直る。
「お嬢様、危険でございます! 馬車にお戻りください!」
「何を言っているの、サラ。モフモフを手に入れる絶好のチャンスを逃すなんてありえませんよ」
「はあああ。止めても無駄でしょうし、お気をつけて行ってきてください」
サラが大きなため息をついて、私を送り出す。投げやりに見えるのはモフモフ絡みだからだろう。
後ろから私を見つめるサラとロバートに手を振って、猫カフェへの第一歩を踏み出した。
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