【第3話】エレメンタル
その少女は、一目見て普通でないとわかった。窓ガラスをぶち破ってきたからそう見えているということもあるが、まず単純に、見た目が特殊だった。
10歳あたりと推測できる身長。雪のように白い髪が、グレーのパーカーのフードに覆われている。着ているパーカーの胸あたりには「Hydrogen」と斜めに白い文字が記されていた。もちろんそれだけなら特殊とはいえない。白い髪も染めているだけだと聞いたら納得するだろう。
泰がこの少女を特殊だと認識したその要因は彼女の目にあった。輝く青い瞳の中には、「H」とこれまた文字が刻まれていた。
「何だお前」
先に反応したのはグラサンだった。先程の余波か、声がわずかに震えていた。
「あー、あんたには興味無いよー、失せなー」
「あ?」
「おいやめえ」
しかし今度は金髪の制止を受け入れ、事なきを得た。
「帰るぞ」
「アニキ、でも……」
「マヌケが。ここで余計な手出して何になるねん」
「でもアニキなんで急にそんな従順に……」
「帰るぞって言うてんねん。なんべん言わすんや。ほら、行くで」
グラサンは少々不満げに見えたが、やがて踵を返すとそのまま病室を出て行った。ドアの閉まる音は、入ってくるときよりもずっと静かだった。
「さーて、邪魔者もいなくなったことだしー」
その2人を唖然としたまま見送っていた泰の背後からまた声がした。そうだ、今度はこっちだ。
「誰なん…ですか?」
ほぼ恐る恐るといった具合で訊いた。
すると、彼女は泰の額を、つん、とつついた。爪が少しだけ食い込んだ。そして、言った。
「まあわかんないよねー。あたしは″ハイド″。『エレメンタル』の1人だよー」
にこっと笑って人差し指を立てるハイド。まさに小学生のような無邪気さを感じられた。しかしさっきから喋っていることが小学生らしくない。本当の年齢はもっと高いのかもしれない。いやそれよりも───。
ハイドは笑顔のまま続ける。
「キミ、『エレメンタル』の資格が『できた』っぽいから、ちょっと説明しに来たよー」
「あのっ、ちょっと……」
「まあ簡単に言えば、キミには『イオニアル』をばったばった倒していってもらいたくてー」
エレメンタル? イオニアル? 聞いたこともない単語が続出する。
「ちょっ、待って……」
「でー、キミは確か……」
全然待ってくれない。
泰はしびれを切らしたように叫んだ。
「ストップ!!」
部屋中に声が響き渡った。反響が少しばかり残った。流石にこれは耳に入ったのか、ハイドもきょとんとした様子で口を閉じた。
泰は慌てて口を押さえた。他の病室にも届いたかもしれない。
でもまあ、今は説明してもらおう。
「『エレメンタル』って何? 『イオニアル』って? 詳しく教えてほしいな」
「えー、そこからー?」
途端につまらなさそうな顔になるハイド。既に言ったことをもう一回言う時みたいだ。でも泰は1回も説明を受けてないのに、このような反応をとられている。呆れはしたものの、なんとかこらえた。
「んーとー」
少し考える素振りを見せ、ハイドは口を開いた。
「まず『エレメンタル』っていうのはー、一言で言うと『元素の力』を宿した人達のことだねー」
「『元素の力』……?」
「そー、例えばあたしは水素だよー。ほらー、」
すると、ハイドは右手を泰の前に出した。
途端に不思議な現象が起こった。空気が燃えあがり、凝縮され、半径15センチほどの火の玉ができていた。
静かに驚く泰を置いて、ハイドは続ける。
「こんな感じのこともできるよー」
「えっと……それって、火の玉を作る……だけ……?」
「んー? 投げられるよー? 見せてあげよっかー? この部屋吹っ飛ぶけど」
「いや、いいよ……」
「『いいよ』って肯定って意味ー?」
「違う違う違う」
ハイドは火の玉を握りつぶすように手を閉じ、手を下げた。
「今のはあたしが水素の『エレメンタル』だからできたことらしーよー。どうしてできるのかは″ケイ″とか″テック″とかに聞かなきゃだめだけど。あ、この2人はあたしの友達ねー。それでー」
指をさされた。その持ち主の顔がにやりとしていた。
「キミは″炭素″の『エレメンタル』だねー」
……え?
泰は耳を疑った。既に一度「エレメンタルの資格が″できた″」と聞いていたにも関わらず、だ。本当に自分にさっきのようなことができるのだろうか、という疑念が泰に降りかかった。
「……じゃあ……僕も、さっきのあなたのようなことが……」
「あ、ハイドでいーよー。ハイちゃんでもいいし。うん。キミも何かしらできるはずだよー。あっ、あれだー。あいつに殴られても怪我しなかったあれ」
ハイドは右手を振り下ろす動作をした。殴られた、ということを表現したいのだろう。
「あれ、『ダイヤモンド』としての能力だと思うよー」
ダイヤモンド。
炭素の同素体である、天然の鉱石の中では最も硬い物質。そのモース硬度は10。熱を通しやすく、薬品には侵されにくい。無色透明で美しい光沢を放ち、美術的価値も高い。
「ダイヤモンド……」
泰は自身の右手を見下ろしながら、その単語を繰り返した。何であれ、自分に″力″が宿っている。冷や汗が流れた。
「わかったー? それでねー、『イオニアル』っていうのはー、いろんなモノからできる化け物だよー。モノの一部とか全体とかが崩れたり変化したりして、人間みたいになつまたり、動物みたいになったり、いろいろあるよー。まあこれは『イオン』ってのが関係しているらしーけど。世間の人々は『破壊現象』って呼んでるみたいだねー」
破壊現象。総合のプレゼンのテーマ決めの際にほんの一瞬だけ出てきた言葉。泰も何回かその痕跡は見たことがある。ただ、化け物はおろか、何もなかったが。
すると。
「……ハイド……」
弱々しい声が聞こえたかと思うと、あの割れた窓から頭が覗いた。目から上が見えている。さきほど言っていたハイドの友達のテックだろう。唖然とするしかなかった。エレメンタルとやらは、みんな窓から侵入するのが好きなのか?
「あれー? テック? 来てたのー? キミ、シャイだからわかんないよー」
青い髪で左目を隠し、化学の実験か何かでつけるようなゴーグルを額につけている少年、テックは、泰と目が合うと、小さく頭を下げた。そして、幾分小さな声で続けた。
「……出た、みたいだよ、イオニアル……」
イオニアルが出た。つまり、彼女達にとっての敵が出現した。異常事態だろう。
しかしハイドはそれを聞いて、危惧するどころか目を一層輝かせて言った。
「えー!? 予行演習になるじゃん! よかったね、ダイ!」
……え?
あと、なんで自分の名前を知っているんだ?
泰の思考は、おおよそこんな感じになっていた。
チュートリアルの時間だ。




