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【第2話】目覚め




共鳴している。

何かが心の底で輝いている。

それはどんどん明るさを増していく。

そして最後には────。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


はっきりと意識が覚醒した時、泰は知らない壁を見つめることになっていた。いや、照明器具の設置のされ方から、壁だと思っていた物はどうやら天井らしい。

身体を起こし、寝そべっていたベッドに手をつく。次にベッドについている柵を触る(これはベッドガードというのだが、泰は知らない)。冷たさに手の熱が奪われていく。部屋の中には小さなテレビがあり、その下の木の質感が残るテレビ台の横に、小さな冷蔵庫が置かれている。ベッドから見える窓の外には、ビルらしき建物のいくつもの窓が映っている。それを見る泰の視界には点滴が入っていた。それでここが病院なのだとわかった。

最初の数分は、なぜ自分がここにいるのかさえ思い出せなかった。だから昔テレビか何かで見た、いわゆる「記憶喪失」になっているのではと考えた。いや、でももしそうなら「昔テレビか何かで見た」ということも覚えていないか、とすぐに考え直したが。

「起きた?」

すぐ後ろで声がした。田辺先生に少し似ていた。前述のテレビだと、目が覚めた瞬間、周りの看護師やら医師やらはまず飛び跳ねる勢いで驚き、続いて病室の外へ「〇〇さん意識戻りました!!」なんて言いながら出るものだと泰は記憶していたが、現実はそうでもないらしい。

「炭谷君、だよね? 今、話せる?」

振り返ると、一人の女性が部屋のドアを半開きにして顔を覗かせていた。薄桃の看護服を着ていて、表情は穏やかだ。

言われるがままに、泰は首を縦に振った。すると、それを待っていたと言わんばかりに、看護師が部屋に入ってきた。規則正しい歩幅、歩数で迫ってくる。

「良かった。思ったより大丈夫そうだね」


泰が看護師にまず訊かれたのは、身体は大丈夫かということだった。あれだけの衝撃を受けたしもちろん大丈夫なはずはないのだが、特に痛みもなかったし、大丈夫だと返してしまった。

すると看護師は急に顔色を変え、口を開いた。

「そう。あなた無傷だったんだよ。周りの人達があんなことになってたのに」

なんと泰は無傷だった。しかしそれを告げる口調は、「無傷で良かったね」ではなく「何で無傷なの?」に近かった。少し喉がざらついた。運ばれているときも意識はあったらしい。全然覚えていないが。

いや、それよりも、「あんなこと」とは?

泰は看護師に訊いた。彼女は「目撃した生徒から聞いた話」と前置きした上で、詳しく教えてくれた。正直、″詳しすぎた″。

まず田辺先生は即死。これだけで心臓が止まりそうになった。しかも胸に穴があいていたらしい。爆発した器具の一番近くにいたそうだ。泰を診た医師は、この先生がたまたま泰と実験器具の間の位置に立っていたことで、泰へ衝撃があまり届かなかったのではと言っている。

他に瀬野は指を3本ほど吹っ飛ばされ、佐野と志村は軽いやけど、指原は実験器具のガラスが少しばかり顔に刺さったらしい。かわいそうだが、田辺先生に比べるとまだマシだと思い、ほっとした。

わけがない。死者は一人で済んだ。他の人からしたら、確かにそれで終わっている。だが泰にとっては、その一人が大きすぎた。

しかしこれ以上何か話されることはなかった。看護師は、困ったことがあったらいつでもナースコールしてほしいとだけ言い、部屋を出て行った。

それから泰はテレビをつけようとリモコンを手に取ったものの、なんだか急に見る気が失せて、ベッドに落としてしまった。柔らかい布団の中を硬いリモコンが転がって、止まって、吸収されるように布団に包まれた。

そして泰はベッドに倒れ込み、目を閉じようとした。しかしこれも失敗した。頭の中の何かが、意識の喪失を邪魔してくる。

腑に落ちないことが一つあった。

先生以外の3人は、爆発で致命傷となるような怪我を負っていない。いやそもそも、活性炭と酸化銅の酸化還元反応の実験で命を落とすような爆発が起こることがあるのだろうか。

もちろんこれは、泰が先生を失ったことを受け入れられなかった故に浮かびあがった疑問かもしれない。だがそれを踏まえたうえでも納得するということはなかった。なぜ先生だけが死ななければならなかったのだろう。しかも即死だ。なぜ先生だけが、身体に穴があくようなダメージを受けていたのだろう。

しばらく考えていた泰だが、やがて何も考えなくなっていた。心のどこかで現実を知り、何も抗えないことを理解したのだろう。

そしていつしか意識も落ちて────。

いこうとしたその時。

「邪魔するでぇ!」

大きくなまった声がして、何かが勢いよくぶつかった音が聞こえた。ドアが壁にぶつかったんだとわかった。

そしてもう一つわかった。何で……なんで今来るんだ!?

2人がベッドの前まで歩いてきた。1人は予想通りだった。あの金髪天パの男だ。もう1人は角刈りにグラサンという見た目で、影が薄い印象だった。彼はベッドが面している

金髪が口を開く。

「生き残ったらしぃなぁ。ま、まずはおめでとーさん」

顔は笑っていたが、全く祝う口調ではなかった。影の薄い方もにやついてこちらを見ている。ねちゃりとした感触が脳を伝わった。言葉が出ないのに、汗ばかりが頬を伝わる。

「で、本題なんやけど」

泰が何も言わないでいると、耐えかねたように金髪が言った。せっかちな性格らしい。

「あいつら、逃げよったわ」

「……あいつら……」

泰の口からようやく言葉が出た。かすれて聞こえなかったかもしれない。

「そ、お前の親父さんとお袋さんや。今日あの女が死んだからまた行こうとしたらおらんかった。電話しても繋がらへん。つまりな」

あの女? 田辺先生のことだろうか。しかしなぜ先生が両親と───いやそもそも両親は───それってつまり───。

「お前、捨てられたんやで」

泰の全身が凍り付いた。それと反対に、はっはっは、と金髪が笑い始めた。

「ホンマお笑いやわ。あいつら親としてどうかしとるやろ。まあかわいそうやけどなぁ」

すると、金髪が泰の肩に手を置いた。気持ち悪い感触が肩から脳に走る。泰は反射的に身を引いた。肩から血色の良い手が離れた。

「お前から取るしかないわ」

やけに優しい声だった。それが逆に泰の身体をより凍えさせた。

「流石に学校やめろとかは言わん。けどなぁ、学費やってあるし、アルバイト始めなきついんちゃうん? それでも足りんのちゃうか? だったら、どうすればいいのかわかっとるやんなあ? え?」

一言一言が発されるたびに、泰にぶつかるたびに、身体の震えが大きくなる。まずい。このままだと、取り返しのつかないことになる。

「……無理です」

「はあ?」

言ってから、判断を間違えたかもしれない、と感じた。呼吸が浅くなる。

「……わぃなあ、はっきり言って嫌いやねん。そうやってすーぐ諦める奴」

金髪が泰に迫ってくる。心臓が激しく波打っている。頭が痛い。

「これはなぁ、1回その甘ったれた精神たたき直しとかなあかんわ」

金髪が右手をすっとあげた。後ろに引いた。泰は目を見開いた。その視線の先、金髪の右手は握りこぶしをつくっている。

「歯ァ食いしばれや!」

まずい。避けられない。これは、流石に。

ぎゅっと目を閉じた。


……。

あれ?

泰は目を開けた。

「……ッ」

見ると、金髪が顔を大きく歪ませて、泰ではないどこかを凝視していた。どうやら自分の右手を見下ろしているようだった。

泰もその金髪の右手に目をやった。

潰れていた。人差し指から薬指の3本の指が、縦方向からプレス機で潰したかのように。

「ア……アニキ……」

「アホ。大丈夫や」

壁際のグラサンはうろたえている。体格に似合ってなさすぎて、ちょっと面白かった。笑えなかったけど。

「お前ふざけんなよ!」

グラサンが隣の病室にも響くのではというくらいの大声で吠えた。そして金髪と同じように、左手で握りこぶしを作る。

「おいバカやめえ!」

金髪の制止も耳に入らなかったのか、グラサンはその左手を泰に突きだしてきた。しかし金髪と比べると、あまりにも遅い。避けられる。

だが泰はその選択肢はとらなかった。代わりに、泰自身の右手で殴りかけた。

その手はほとんど反射的に動かされたはずだった。だが風をきって、グラサンへと迫っていた。

泰は間一髪でグラサンがそれを避けたとわかった。まあ当たったところで大したダメージはないだろう。そもそも泰だって相手を傷つけようとして手を出したわけじゃ───。

ドゴォ、と脆い音がした。

ここではないどこかで鳴っているみたいだった。目の前に見えているはずなのに見えなかった。その、突き出された泰の手から広がる、壁の亀裂が。

「なっ……」

グラサンが情けない声を漏らし、へたへたと床に座り込んだ。

「どうなってんだよっ……」

「やからうたろ。やみくもに突っ切ったらあかん。で」

再び金髪が泰の方を向いた。もうさっきみたいな余裕ぶった表情はなくなっている。

「お前、何モンやねん」

「え?」

「しらばっくれんなやボケ。フツーの奴がそんな強靱な身体持っとるわけないやろがい」

言い終えると、金髪は泰をにらみ始めた。答えを待っているようだ。

しかし泰は何も答えられなかった。答えが見つからなかったのだ。何者か、なんて言われても、答えようがない。

そのまま、緊張が続いている。

どうすれば。


その時だった。


パリン、とガラスの割れる音が右耳に入った。金髪もグラサンも、泰から目線を外した。それに反応するように右を向く。

「やーやー、何してるのかなー?」

……夢だよね?

泰の視界には、自身より一回りも小さな白髪の女の子が、割れた窓からこちら側に身を乗り出している光景が映っていた。

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