2.イストリアとの出会い
「助けに来たよ、カーン!」
そんな言葉をかけられたカーンは明らかな人類側の味方が来たことに安堵しながらも、同時に困惑していた。この少女に自分は会ったことおろか見たこともないからである。
無論、凄まじい速度で澱人の腕を切り落としたことから相当な達人であることは理解できる。だが、本当に彼女が何者なのか、数秒前は死を覚悟していたカーンの脳内は困惑の一色に染め上げられていた。
そんな中、先に口を開いたのは、すでに澱人の方に向き直っていた少女の方であった。
「カーン、今は何もわからないと思うけど、まずはあいつを出来るだけ早く倒そう。話はそれから。」
「待ってくれ、何もわからない。君は何者だ?」
「早くしないと私が私でなくなってしまう。詳しいことはあと。そうしないと何も話せなくなる。あなたの動きはすべてわかるから好きなように動いて。私が合わせるから。」
「───わかった。頼む。」
「その簡潔さ、なつかしいよ。───ありがとう。」
互いに目を合わせることなく、会話をかわす。最後の彼女の言葉には、安堵と、懐古の念が含まれていることに彼は気づき、困惑が増した気もしたが、その感情を片隅へと追いやり、前方の敵に集中する。
見ると、敵の腕は再生するわけではなかった。切られた断面からは黒い澱みがボトボトと血のように流れ出ている。しかし、敵が撤退する気は全くない。敵も敵で、相対する2人に残った片腕で持った剣を構える。
カーンも、少女の隣に立ち、剣を構える。そして、行くぞ、と彼女に声をかけようとした時、
「イストリア。私の名前。あなたに貰った、大切な名前。」と彼女が言った。
「俺に貰った?───まあいい、話は後だ。行くぞ、イストリア」
「了解!」
そんな会話ののち、カーンが強く踏み込み、澱人へと迫る。それに合わせて、イストリアも彼の後ろについていくかのように敵に迫っていく。
一方、澱人は迫る二人に対し、守りの構えを崩さない。もとより二刀流を用いる奴にとって、片腕のみで2人を相手にするのは難しい。
迫るカーンは守りに徹する敵を見て、その守りを上から強引に粉砕しようと、剣を大上段から振り下ろす。
澱人はそれを受けきったが、体が大きく揺らいだ。そのため、二撃目を受けるのは不可能である。
彼はよろけた敵を見て、強引に決めに行こうとし、二撃目を放つ。しかし、その攻撃は大きく空ぶった。理由は明白、奴はそのままカーンの真上に瞬間移動したのである。
落下の勢いのまま彼を上から串刺しにしようと澱人が迫る。しかし、その攻撃はイストリアの横薙ぎの斬撃により防がれる。彼女は瞬間移動を予知し、カーンもまた、彼女が防ぐことを前提に攻めていた。
その横薙ぎの勢いでカーンの横に落ちた澱人はそのまま地面を蹴り、イストリアへと迫る。しかし、彼が両者の間に入り、剣を受ける。そのまま彼は受けた剣の刀身をずらし、小さく円を描くような鮮やかな技で、敵の手首を切り落とした。
そのまま首を落とそうと、カーンは澱人の首へと剣を振る。しかし、奴は大きく後ろへ跳躍し、振り返って背を向けて走って逃げていく。
「逃がすかよ!」
カーンもまた、痛む右足に鞭を打って、敵を追いかける。
それを待っていましたというかのごとく、澱人は足を止め、こちらに振り返って切られた両手の切断面をこちらに向ける。
その瞬間、切断面から大量の澱みが噴出され、彼らを覆わんとした。その異様な光景に、カーンは足を止めてしまった。
その直後、後ろから衝撃に襲われ、彼は澱みの当たる面から何とか脱出した。
原因は明白である。イストリアが彼を突き飛ばしたのである。
「イストリア!」とカーンは叫ぶ。
「早く!奴を仕留めて!」とイストリアは今にも澱みの大波を受けようとする身で叫んだ。
一瞬、彼の脳内に、彼女を救う、という選択肢が思い浮かぶ。しかし、彼は、先程の言葉を思い出し、迷うことなく敵へと飛び掛かる。
敵は、先程の攻撃で体力を使い果たしたのか澱みを噴射した姿勢のまま停止していたが、カーンの迫る直前で彼に気づき、斬撃を逃れようとする。
否、それは能わず。彼の一閃で澱人の首が飛び、残った体はそのままバタリと倒れた。
かの亡骸は、すぐに黒い液体と化し、地面の染みとなっていった。
満身創痍の状態であったため、飛び掛かった勢いのまま倒れこんだカーンであったが、そんな体に鞭を打って立ち上がる。
全身を覆うほどの量の澱みに覆われた場合、瞬時に肉体が汚染され、澱みへの耐性の如何に関わらず、液体と化してしまうことを帝国騎士団の人間であればだれでも知っている。
そのため、自分をかばってくれた彼女の、なぜか自分と会ったことがあると主張していた少女の遺品だけでも回収しなければならないとカーンは思い、彼女だったものがいた方へと近づいていく。
驚くべきことに、彼女は全く澱みに汚染されることなく、あの濁流を受けたその場所で横たわっていた。カーンはすぐさま近寄って脈拍を確認する。
「嘘だろ・・・?あれだけの泥を受けて・・・まさかレジスタントが実在したとは。」
彼女の脈拍が正常であり、気絶しているだけであることを確認して、彼は地面にへたり込んでしまった。
「全くわからん・・・どういうことだ・・・」
そして、彼もまた疲労により意識を失った。
町から救援を引き連れてきたアルファウス一行が2人を発見したのは、それから1時間たった後のことであった。
カーンが目を覚ましたのは、王国の南東にある中核都市ケリャカスタの南端にある病院のベッドの上であった。
「団長、具合はどうだい?」と、隣に座って果物を剝いていたロザメリアが声をかけてくる。
「そんなに悪くはない、ここは病院か。あのあとどうなった。」とカーンも返す。
「あのあとこの町まで無事にたどり着いてね。着いた後にアルが応援を連れて戻るって聞かなくてさ。で、そしたら面白いことになってたってわけだよ。」
「面白い・・・?そうだ彼女は!」
とカーンは身を起こしてロザメリアに問いかける。
「見に行った方が早いと思うよ。あ、足は復元術師が元通りにしたから歩けるよ。」と彼女が返す。
「彼女に何かあったのか!?命の恩人なんだ、彼女は。」
「いやいや別に大怪我してるとかじゃないから安心して。───団長にしちゃ珍しいね、こういうの」
「なぜかは俺にもわからんよ。」
会話の後、カーンは彼女の病室へと向かった。
「イストリア!」とドアを開けてカーンは叫ぶ。
しかし彼女は、
「イストリア・・・?私のことですか?」と不可解な返答をした。
「君がイストリアと名乗ったんだろう。」
「え・・・そうなのですか?」
どうにも会話がかみ合わない状況に彼が困惑していると、すでに彼女の部屋にいたアルファウスがこういった。
「カーン、落ち着け。まずはお前は大丈夫そうだから、先に彼女について聞きたい。お前と一緒に倒れていたこのお嬢さん、どうやら記憶がないらしい。何か知ってたら教えてくれ。」