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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

黄昏と海岸線(読み切り)

作者: まゆたろ

黄昏が無責任に広がっている、私を揺らす列車の窓から。今まで起こった辛い事やこれから起こる絶望的な事も、全部無責任に蓋をするように黄金色が広がっている。


大嫌いだ この無責任な黄昏も、チープで何の役にも立たない無責任な励ましの言葉も、上辺だけの哀れみも、全部ブチ壊してバラバラにして野良犬にご馳走してやりたい。

金色で喜ぶのなんか幼稚園児までだよクソが


そんなクソみたいな現実も瞼を閉じてしまえば蓋をすることが出来る。私も所詮黄昏が作り出す風景の1部でしかない。

しかしその現実逃避も終わりを告げる、それも足元に転がってきた時代錯誤の四角い箱と申し訳なさそうな表情の学生服の女の子に。


『あぁ!ごめんなさい!ぶつかっちゃった・・・』


「大丈夫だよ。でも珍しいねカセットテープと有線イヤホンなんて、ほぼ骨董品じゃん」


『初代ウォークマンです!!可愛くないですか?カセットテープって!』


「最近の女の子の可愛いは分からないな」

不思議な感覚だった。初めてあったはずの少女と会話しようと思い立った自分の気まぐれも、話を楽しんでくれるこの少女も。


『いやいや、おねえさん私とあんま年変わらなさそうじゃないですか!』


「高校生にそう言われると嬉しいね、もう24歳なんだけど」


『てことはお姉さんが高校生の時って7年前とか?』


「あんま言わないで流れる時に溺れそう」


『なにそれお姉さん面白い』

無邪気に笑うその子は、朝にカーテンから差す強い陽射しのように眩しい、目を開けるのが辛い。


「あんたみたいにキラキラした高校生になりたかったよ」

そう言い髪を左耳にかけると、その少女は突然腕を掴みじっと手首の当たりを見つめ

『お揃いですね』

なんて嬉しそうに言いながら腕をめくり始めた。

『私、クソ親に普段から殴られてたから腕に沢山跡ありますよ、だから腕はお揃いです』


「そっか」


『切るのって痛くないんですか?』


「痛くないよ、切るとアブナイ物質が頭から出てるから痛み感じないの。血で汚れてウザイなーくらいかな」


『なるほどなるほど〜私は切ったことないんですけど、どういう時に切りたくなるんですか?』


「それ答えなきゃダメ?人には答えたくないことってあるじゃん分かんない?」


『じゃあ私の友達の話をしましょ?私の友達は』

「おい!」

『まあ聞いてくださいよ私の友達の話』


友達の話なんて古典的な手段、もう自分の言い難い話をしますって言ってるようなもんじゃん


『私の友達は父親に虐待されてるんです。殴られる蹴られるは毎日のことで、背中やお腹に根性焼きされた事もあるし、それに』

一瞬言い淀むその子の目には、一滴の光もなく月の出ていない夜のようだった


「それに?」


『まあ、色々あって何度人生をリセマラしても許せないんですよね』

無理して笑っているのは明らかだったが、触れるのも野暮だろう。


「“リセマラ”か、意外だねゲームとかするの?カセットで音楽聴くくらいだからスマホも持ってないと思ってたの」


『失礼な!持ってますしゲームくらいしますよ!ウォークマンに夢中で充電いつも忘れちゃいますけど!』


「皮肉なもんだね、充電してないスマホなんかただの鉄の塊じゃん。沢山機能があってもウォークマンに負けちゃうなんてさ」


『まあウォークマンも乾電池がないとただのオシャレな耳栓なんですけどね〜』

過去の悲しみも全部上から貼り付けたような笑顔で誤魔化すその子をみて、自分と重ねてしまう。


「きっとその人も周りから“許すのも強さだ”とか“いつまでも引きずってたらダメだよ立ち直らなきゃ”とかクソみたいなこと言われたんだろうなぁ」


『そうなんですよ!人には人の地獄があるっていうのに!薄っぺらい言葉ばっかりで人の事信用出来無くなっちゃいました!そのせいかホントの友達って私居ないんですよね』


「あれれ??友達の話じゃなかったの?自分のことみたいに言うんだね可笑しいなあ」


『あぁ〜・・・そうです友達がそう言ってたんですよ!大変なんですよー友達は!!』


「そういうことにしておいてあげる」

若い可愛い子からかう事ほど面白いことは無い


「そういや、君はどこの駅で降りるの?」


電車からの景色は、最初に乗った都会の駅から見たこともない海岸線と、紅葉が落ちきって少し寒そうな木々が身を寄せる山に変化している。しかしずっと私の神経を逆撫でする黄昏は、夜の闇へと変化してくれない。


『次の次の駅で降ります!お姉さんも凄い長い時間乗ってるけど、近くに住んでる人なの?』


「全然?ただ揺られながら遠くに行くのが好きなの。私の事なんか誰も知らない遠い場所で知らない景色を見ながら煙草吸って帰るのが好きなだけ」


『なにそれエッモ!!お姉さんタバコ似合いそぉ〜!やっぱお姉さんとのキスはタバコのflavorがするんですかね』


「宇多田ヒカルじゃねえか!なんで知ってんの?First Loveなんて古い曲」


『伊達にカセットテープで音楽聴いてませんからねー』


「でも宇多田ヒカルのFirst LoveってCDじゃんCDプレイヤーで聴けばいいのに」


『そんなレトロなもん、もう一般家庭にはありませんよ!私の家ハードオフと勘違いしてます?』


「初代ウォークマンなんかもっとねえよ!レトロどころか歴史的文化遺産だわ」

『確かにそれもそっか!』


くだらない事で笑う彼女はまるで夏祭りにヨーヨー風船を買ってもらった子供のような、元気でノスタルジックな気持ちになる


『もしどこ行くか迷ってるならお姉さんも一緒の駅でおりません?海が見えるから煙草吸うには最高のエモロケーションだし!』


「そこまで言うなら見てみようかな」


『やったやった!絶対気に入りますよ!』


「そんなハードル上げて大丈夫?海だから砂浜じゃないの?」


『信用してくださいよ〜』

こんな他愛もないような事を話す今の時間が好きになっている自分がいる。そんな愛おしき時間はあっという間に過ぎていき、駅に着いた。外は秋の空気と潮風が合わさり、少し肌寒く、無人のくせに自動改札機はある寂れたこの駅の雰囲気と良く似合う。


『こっちこっち!!早くお姉さん!』


「ちょっと!痛いよゆっくり行こ!転けるよ!」


『もうこの際、転けてもいい!お姉さん道連れにするし!』


「ちょっと!ヒールなんだけど!!」

力強く引っ張るその子の手は、秋の空気や潮風に似合わない程に汗ばんでいた。

その感情的な手は、石でできた階段を登らせ、私を古く忘れ去られたような神社に連れて行った。


『ここを見せたかったんだ、私だけの秘密の景色』

そこには神社の木々の間から見えた瞳には移りきらない海岸線が広がっていた。

だがその景色が霞むくらい、私に秘密を見せたその子の嬉しそうな顔が何より1番美しかった。


「ありがと、とっても綺麗だよ。キミの秘密に私の香りで染めてあげるね」

マッチで火をつけると、この煙草の甘みと苦味の合わさった癖のある香りが広がる。


『煙草って美味しい?』


「吸ってみればわかるよ、1口いる?」


『なにこれ!煙マズ!でもなんか甘い!』


「美味しい?」


『マズイ!でも多分一生忘れられないかも』


「この煙草の味が?」


『それとお姉さんのことも、秘密を共有した事も全部』


「そっか私もキミのこと忘れられないと思う」


『もっと知りたいな、お姉さんの事』


「じゃあ確かめてみる?」


『え?何を?』


「タバコのフレーバーがするかどうか」

そう言うとその子は、スカートの端を触りモジモジとした仕草を見せ小さく頷いた。


お互いの体の距離は、ココロの距離と同じようにどんどんと近づいていく。恥じらいと緊張のノイズは、徐々にお互いを知りたいというココロに変わっていき荒くなるお互いの呼吸が聞こえる時にはもう、ノイズは無くなっていた。

体を寄せ、腕が絡まり、もうお互いの汗が、鼓動がどちらのものかも分からなくなり、その唇とそのクチビルの距離はゼロになる。

2人の感情はまるで元々1つのモノだったように重なり合い混ざり合い、そして絡まり合う。

まるで私の今までの地獄がこの瞬間の幸せのためにあるのでは無いかと錯覚してしまうほどに。


しかしその一生分の刹那も電子音で終わってしまう。その子は5時のチャイムで現実へ戻り、私を突き放す。

また“フタリ”に戻ってしまった私たちの距離はまた恥じらいと緊張のノイズに支配される。


「戻ろっか」


『うん』


「最後に砂浜見ていい?」


『一緒に行こ、こっち!』

指を指す方向に歩くと砂浜が黄昏に包まれてる


「あんま綺麗じゃないねこの海と砂浜、上で見た時はあんなに綺麗だったのに」


『あははバレちゃったー遠くから見る方が綺麗なんだよねー、やっぱ見なくていいものは見ない方がいいってことなのかな』


「現実はいつも誰かの地獄って事か」


『大仏の目って半開きじゃないですか、アレって見たくないものを見たら不幸になるのが分かってるからなんですって〜』


「坊さんくらい悟るやん瀬戸内寂聴?」


『人間とは愚かな者です、特にお前』


「やかましいわ」


さざ波と笑い声が混じりあい、風と共に流れる。


『そろそろ行くね』


「またいつか」


『またいつか』


多分来ないであろういつかの再会を願い見送った


黄昏が無責任に広がっている、ただ流れるさざ波を、砂浜を包み込みながら。今まで起こった辛い事やこれから起こる絶望的な事も、全部無責任に蓋をするように黄金色が広がっている。


大嫌いだ この無責任な黄昏も、チープで何の役にも立たない無責任な励ましの言葉も、上辺だけの哀れみも、全部波に飲まれてしまえばいいのに。




さよなら






fin

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