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0-1 XXXXのXXX

 終業のベルより早くテーブルマナーの講義が終わる。

 置いていた鞄に手を伸ばすと、何匹かのカエルさんが『こんにちは』した。

 カエルである。両生類の、緑色をした、あのカエルである。


「あらあら、アーニャさま、どうかされましたの?」


 底意地わるい声に振り返ると、そこには性悪女A、B、Cが立っていた。

 確か、子爵家の娘と、男爵家の娘たちだ。


 伯爵令嬢である私、アーニャ・トリッドリットよりも、本来なら家格の低い家の娘たちだ。

 それなのに、彼女らが小馬鹿にした空気を隠しもしないのは、私のとある出自が原因である。


 私は、はあと溜息を吐くと、左手を伸ばす。カエルの一匹をむんずと掴んだ。

 右手の指を鳴らす。


 ボッと小さな火の玉が浮き上がる。……魔法は苦手だけれど、まあこのくらいはね。


「な、何をしていますの?」


 性悪女たちが戸惑い出す。


「何って……」


 私は言いながら、左手で掴んだカエルを炙る。異臭が立ち込め始めた。性悪女たちは、呆然としている。


「知ってらして? カエルって食べられるのよ。貴女たちも一口いかが?」


 私は、先頭にいた性悪女Aの口元に炙ったカエルを突き付けてやった。


「きゃあ!」


 性悪女Aは後ろ向きにすっ転んだ。


「貴女、おかしいんじゃないの!」


 性悪女B、CはAを助け起こすと、そんな捨て台詞を吐いて逃げ出していく。


「あらあら、カエル料理はお口に合わなかったようですわね」


 私が嘯くと同時に、終業のベルが鳴った。





 性悪女どもの表情ときたら! 思わず頬が緩みそうになるけど……我慢、まだ我慢。


 私は廊下を足早に進む。南校舎三階の隅まで一直線。空き教室に身を滑り込ませる。

 後ろ手でドアを閉めた。


「うーーーしっしっしし!」

 

 私は頬を紅潮させながら、その場で足踏みする。


「あの『××××』の『×××』どもめ! ざまあみろ! 下町出身舐めんな! カエルなんぞにビビるような柔な育ちは…『ガタン』……がたん?」


 音に釣られ視線を向ける。そこには、並べた椅子の上で半身を起こしている、金髪イケメンの姿。


 え、何で、ここ空き教室……ああ、サボり? 昼寝? 寝転んでる時は、机で見えなかったのかあ…って、ゆっくり状況判断してる場合じゃない!

 

 口汚い口調を、しかも『下町言葉スラング』を吐いたのまで聞かれた!


 イケメンは見てはいけないものを見たような、気まずげな表情をしているし! というか、このイケメン、王子様じゃない!? そうだ! 間違いない! 第一王子のエラン殿下!


 体が硬直したままエラン殿下を凝視する。殿下は、頬をかきながら立ち上がった。


「あー、すまないねレディ。君の喜びに水を差したようだ。僕は失礼するよ」

「あ、はい」


 私は頷き……ってダメダメ!

 ただでさえ、庶子の令嬢として肩身の狭い学園生活なのに! 令嬢にあるまじき言葉遣いがバレたら、また一段と面倒になる!


「待って! 待ってください!」


 私は、エラン殿下の袖を掴んで引き留める。不敬? そんなこと言ってる場合じゃない!


「殿下、違うんです! 聞いてください!」


 エラン殿下は困ったように眉を八の字にする。


「レディ、放してくれないか。僕は何も見ていない」

「いいえ、いいえ、見たし、聞いたでしょう!」

「……仮に、仮に何か聞いていたとしても、それを吹聴したりしないとも」

「ほ、本当ですか!? もし私の秘密をバラしたら、殿下が空き教室でサボっていたことをバラしますからね!」


 口走ってから、ハッと正気に戻る。


 王子様を脅してどうする、私!? 破滅に至る運命の歯車を、自ら大回転させているじゃない!


 エラン殿下の袖を掴みながらあわあわしていると、『くっくっ』と笑い声が降って来る。

 見上げると、エラン殿下は堪え切れずに笑い声を漏らしていた。


 ――微笑んでる所は何度か見掛けたけど、こんな風にも笑うんだ。


 私は、エラン殿下の意外な姿に目を奪われる。


「ハハ、あーー、笑った。君は愉快な令嬢だね。分かった、分かった、君の弁明を聞こう。その手を放してもらえるかな?」

「も、申し訳ありません!」


 私は慌てて袖を放す。


「それで? 聞いてほしい話とは?」


 殿下が翡翠色の目を細めながら問い質して来る。


 さて、何と説明したものか……。私はこれまでの半生を振り返る。



 私は、平民の母と二人、王都の下町で暮らしていた。

 貧しくはあったが、まあ何だかんだ逞しく生きていたのだ。


 ところがそんなある日、転機が訪れた。

 そう、我がぼろ屋の前に、上等な仕立ての馬車が停まったあの日だ。


 下町に相応しくない馬車から降り立ったのが、親愛なるクソ親父――トリッドリット伯爵その人だった。

 彼の人が父であることを、私が貴族の血を引いていることを、その時初めて知った。


 トリッドリット伯爵が、十六年捨て置いた娘に会いに来た理由は単純なものである。

 彼の正妻の子供たち――男の子が二人だったらしい――彼らが相次いで病死したのだ。

 後継がいなくなったことで、クソ親父は、昔の女遊びで一人子供を儲けていたことを思い出したらしい。


 かくして、あれよあれよと、下町の貧民娘は伯爵家に迎え入れられ、半年の淑女つめこみ教育の末、王侯貴族の子弟が通う学園に放り込まれたのだった。


 全く、無茶の極みである。クソ親父の『×××××』!



 私は、そんな事情を搔い摘んでエラン殿下に説明した。


「成る程ね。……かのトリッドリットの後継が庶子の娘だと小耳に挟んだことがあったが。君がそうだったか」


 エラン殿下は納得したように頷く。


「はい。それで、人目の無い空き教室で、その、少々お上品ではない言葉を漏らしてしまいまして」

「少々、ね」

「ええ、少々。……殿下も私を軽蔑なされますか?」


 エラン殿下は小首を傾げる。金砂の髪がさらりと流れた。


「さて……庶子が貴族家を継ぐのは珍しいものの、皆無ではない。君が、トリッドリットの血を継いでいるのなら、さして問題ではない。『少々お上品ではない』口調はまあ、褒められたものではないが……」


 エラン殿下が私の目を見る。


「普段、人前では使わぬよう努めているのだろう? 今回は偶々、僕がいたのに気付かなかっただけで。……常に肩ひじ張って行儀正しく、とはいかぬもの。誰だって気を抜きたい時くらいあるさ」

「殿下が、空き教室でお昼寝されていたように?」


 エラン殿下は我が意を得たりとばかりに笑む。


「その通り。君は、そのことで僕を軽蔑するのかい?」

「いいえ。むしろ、親近感が湧きました」


 うん。学園で普段見掛けるエラン殿下は、余りに完璧な貴公子で、人間味が薄いというか……。

 空き教室でサボっているのを知って、親近感が湧いたのは本当だ。ああ、この人にもこういう所があるんだなあ、と。


 エラン殿下は、パンと両手を合わせる。


「なら、一件落着だ。お互いの秘密には目を瞑るとしようじゃないか」

「はい!」


 私が頷くと、エラン殿下は今度こそ教室を出て行こうと扉に手をかける。


 良かったあ、一時はどうなるかと思ったけれど。これで憂いはなくなった。

 ほっと胸を撫で下ろす。


「ああ、そうだ」


 エラン殿下が不意に振り向く。


「最後に、後学の為に教えてもらってもいいかな――」


 エラン殿下はニッコリと微笑む。

 完璧な笑みのはずなのに、どうしてか『黒い微笑』というフレーズが頭に浮かんだ。


「――『××××』の『×××』って、どういう意味だい?」


 私は目を逸らした。

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