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本日も宜しくお願いします
お茶会と言う名の洗礼です
胸くそです
お茶会の当日。
一応、持ってる中で一番上等に見えるドレスを着た。化粧は・・・やり方が分からないし、そもそも道具を持っていない。髪はできるだけ丁寧に梳かして、簡単に結った。とうぜんマルボは手伝ってくれないので、お茶会の身なりとしては不十分な気がする。靴はエタノルから履いてきた一足しか持っていない。鍛練をやっているせいで薄汚れているのを、昨日洗って乾かしておいたが、いまいち綺麗になった感じがしない。
昼下がり、予定時間に遅れないように家を出た。王太子妃殿下のお屋敷は後宮の門の近くだ。けっこう歩かされる。ぼちぼち歩いていると、駕籠が何台も追い越していく。駕籠の後ろには数人の侍女が続いている。
(ああ、確かにこの距離を側室の姫達が歩くわけないわな)
侍女さんたちは大変だーなどと考えながら、お茶会の会場に向かって歩いて行った。
妃殿下のお屋敷の門には衛兵がいて、誰何される。彼らにしてみれば、駕籠にも乗らず、侍女も連れていない私はかなりの不審人物だったろう。それでも「エタノルの人質の姫」の存在は知っていたらしく、こちらが名乗れば、頭の先から爪先までを2往復眺めて、納得したような顔をしたあと、鼻で笑って通してくれた。
(解せぬ)
今日は天気が良いのでお庭でお茶会が行われるらしい。巨大な玄関ホールで出迎えた侍女が案内してくれた。さすが王太子妃殿下のお屋敷。顔が映りそうなピカピカの石の床、豪奢な内装、キラキラのシャンデリア。王宮で見たものよりも女性らしく柔らかく品よく纏まっている。
会場からは華やかな騷めきが聞こえてきていたが、私が庭に一歩踏み入れた瞬間に、「しーっん」と静まり返った。設置されたソファーのあちこちから、そしてそれぞれの主人の後ろに控える侍女たちから一斉に向けられる視線。そして一瞬後、「どっ!」っと巻き起こる笑いの渦。
(嫌な感じだ)
げんなりしながら、彼女たちの視線や嘲笑を無視してソファーに向かって歩いていく。
招待状には「気楽な服装で」なんて書いてあったが、当然の様に皆さん華やかな色とりどりのドレスを纏っていらっしゃる。何なら、侍女の服でさえ私のドレスより上等な物だ。その中でも一際光輝く女性、この場の主役と一目で分かるその人物(金髪碧眼のキラキラしい方だ。お色から、彼女自身か先祖が北の方の出身だと推察する)の前まで近づくと、丁寧に頭を下げた。
「王太子妃殿下、本日はお招きくださりありがとうございます。わたくしは、エタノル国の王トブラシンが3女、リリカ・ミトタン・フェルバマート・エタノルと申します。先日、輿入れを果たし側室の末席に加わらせていただきました。至らぬ身ではありますが精一杯尽くして参ります。どうぞお見知りおきを」
深く下げた頭の上から鈴のような爽やかな声がかけられた。
「わたくしは王太子妃であり、後宮を管理する任を王太子殿下から賜った、カオリン・イニペネム・パミドロルよ。よろしくね。ところでリリカさん、いつまでもエタノルのお姫様気分でいてはダメよ。貴方は殿下の側室になったのだから、イニペネム・パミドロルを名乗りなさいな」
背中に冷や汗が流れた。
(そうだ、私は一応は側室になったのだから、生家の名を名乗るなんて、パミドロルに入る気がないと宣言しているようなものじゃないか! 失敗した!)
これに関しては仕方がない。リリカは貴族としての教育を受けていない。そして通常は王や王太子に謁見した時に、パミドロルを名乗ることを許されて初めて口にするのだ。リリカは謁見もしておらず、ましてや婚姻の儀式もしていないのだ。自分の名乗りを変えるなんて発想は頭に無かった。
「申し訳ございません! パミドロルの王族の末席に加えさせて頂くこと、望外の僥倖。パミドロルの御名、有り難く頂戴いたします!」
慌てて謝罪すると、クスクスと柔らかに笑いながら毒の混じった許しの言葉をかけられた。
「仕方がないわ。田舎の蛮族ではまともな教育も受けられないのだろうし、陛下や王太子殿下への謁見も許されなかったのでしょう? それに側室とは名ばかりの人質ですものね」
また「どっ!」っと巻き起こる笑いの渦。
顔が上げられない。私の顔はきっと真っ赤だ。
「カオリン様、人質ってどういう事ですの?」
知っているだろうに、わざとらしく尋ねる声がする。
「あら、エタノルはパミドロルがレチノールの蛮族を滅ぼした途端に、犬の様に尻尾を丸めてパミドロルに腹を見せてきたのよ」
「レチノールは蛮族ではあるけど、その抵抗は勇猛だったらしいですわね。それに比べてエタノルの駄犬は娘を差し出してきて、命乞い。情けないわよねぇ」
「まぁ、お可哀想、生まれる国は選べないものねぇ」
「娘に真面なドレスの準備もできないほど貧しいんでしょう? 国とは呼べないんじゃない?良くて豪族?」
「そんな事言っては失礼よ。嘘でも国として扱って差し上げましょうよ」
延々、侮蔑の言葉が続いて散々笑い者にされるが、頭を下げたままじっと耐える。
(恐らく、妃殿下の許しなく顔を上げたら不敬に当たる気がする)
足が痺れてきて、下げている頭に血が昇って辛くなってきた頃、漸く席に着くことを許された。
(私は、今日のお茶会の余興として呼ばれたのだな)
末席に着いてからも、私の前にお茶は出てこない。そして誰からも話しかけられず、名乗られる事もなかった。
(まぁ、側室たちの名を教えられても、覚える気ないけど)
私には分からない、服や宝石の話、政治情勢や貴族の噂話が飛び交うのを聞き流しながら、大人しく座っていた。そうして然り気なく、参加している側室たちの顔を眺めた。後宮に来た翌日に絡んできたあの側室もいた。彼女は私の隣の席だった。
そうして暫くその場で耐えてから、頃合いを見て先にお暇させて貰った。お茶会の会場から出ていく私の背に嘲笑と侮蔑の声が浴びせられる。
「先に出ていくなんて、何様のつもりかしら」
「何様って、人質様?」
「あのぼろ雑巾の様なお召し物と履物をご覧になりました? 私、背筋に虫が這うような悪寒がしましてよ」
「いくら気軽な服装と申しましても、あれは無いですわよねぇ」
「あれではお茶の作法も御存じないのではなくて?」
「ええ、ですから、恥の上塗りをなさらないようにして差し上げたのよ」
「そうだと思いましたわ! あの恨めしそうに私たちの茶器を見つめる卑しい目。以前、奉仕活動に行ったスラムで見た物乞いを思い出しましたわ」
「まぁ、奉仕活動をなさっていたの? 素晴らしく崇高なお心をお持ちなのね」
・・・・・
まだまだ続く話し声が遠ざかり、やがて聞こえなくなったところで、自分の肩に力が入っていたことに気付いた。深呼吸をして、意識して力を抜いて、3回ほど肩を上げ下げした。
(これぞ魑魅魍魎の洗礼だったな。あの程度のお上品な嫌味なんてたいして傷つかないけど、さすがにあれだけ延々と聞かされたら、気が滅入るわ。そんな物欲しそうな顔してたか? 仮にお茶が準備されてたとしても、何が入れられているか分かったもんじゃないし、手をつけなかったと思うけど)
側室たちの名前は教えて貰えなかったが、妃殿下や側室たちの顔は出来るだけ覚えるようにした。どこで出くわすかわからない。普段は『隠密』を常時発動しているが、今日の様な場では当然、切っている。図書館に入るときも。いざこざを避けるためには、最低でも側室とそれ以外を見分けられるようになっておいた方が良いだろう。そして席次も。妃殿下に近い席の側室ほど上位の側室だ。もちろん私の席は妃殿下から一番遠い席だった。
脳裏で側室たちの顔を反芻しながら、後宮の最奥の家までの道のりを帰っていった。
帰宅したら、緊張の糸が切れたのか、どっと疲労を感じた。居間のソファーに腰を下ろすと、横に倒れてそのまま、夕食を運んできたマルボに起こされるまで眠り続けてしまった。
今日も食事は冷めていた。冬になったら、温かい物を出してくれるのだろうか?
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