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本日も宜しくお願いします
軽く胸くそ入りまーす
鳥の声に目が覚めた。
カーテンのない窓から入る朝日が目に染みる。
リリカは昨日、とうとう後宮に入った。
王城の東側に王族の住まう王宮があり、後宮は王宮の北側の奥まった場所にあった。エンロックス侍女頭さんに案内されて辿り着いた後宮の、重厚な造りの赤色の門は固く閉ざされており、屈強な兵士が守っていた。リリカは王族や側室が通る時には開くのであろう朱塗り門ではなく、横にある小さな通用門から通された。
後宮は高い塀に囲われた広大な土地で、ゆったりとした間隔を空けて屋敷が点在していた。侍女頭さんは最低限の言葉ではあるが、建物などの説明をしてくれた。門に一番近い荘厳な建物が王太子妃殿下のお屋敷だそうだ。そして奥に向かってご側室たちの屋敷が並んでいる。どれも立派なお屋敷だが、奥に進むに連れて建物の規模は小さくなっていくようだ。
王妃様や現王陛下のご側室たちは、王太子殿下が立太子した時点で、お子をもうけた方々のみ、離宮へお移りになられており、子宝に恵まれなかったご側室たちは、生家へ帰されたそうだ。だから今、後宮には王太子殿下の正妃さまとご側室たちしかいないそうだ。陛下や王太子殿下とそのご兄弟方は王宮に住まいがあるそうだ。因みに、王太子殿下のご兄弟は王子様が2人、王女様が3人いらっしゃる。第二王子は任務で地方に赴任中。第三王子はまだ成人前で、王宮にお住まいだ。そして第一王女は臣下に降嫁されていて、あとの2人は王宮にお住まいになられているそうだ。
後宮の門は一番東側にあり、西に向かって進んでいく。途中、図書館や美術館、演劇場などもあった。建物群の間には美しく整えられた庭園や、小さな池まである。その池からは小川が流れ、木の橋が架かっていた。彫刻が美しい石造りの四阿を中央に設えた花園も見えた。もっと奥には温室もあるらしい。
(ここは、この世の天国か!?)
その全てに圧倒されて、思わず足が止まりそうになるが、侍女頭さんは足を止めることなく歩き続けるので、遅れないように後ろを付いていく。
(明日、散策してみよっと)
長い間歩いていると、途中で何人かの女性とすれ違うが、侍女や下働き、あるいは女性の近衛騎士様(ここでは単に衛兵と呼ばれているらしい)だった。他の側室と出会いたくなかったのでホッとしながら進む。
後宮の門を潜ってから、ずいぶんと歩いた。そして漸く辿り着いた建物は小ぢんまりとした平屋の建物だった。“お屋敷”と言うより、“家”って規模だ。場所も一個手前のお屋敷からけっこう離れている。心ぶれ感半端ない。小さな前庭を経て家に入ると、そこは簡素な玄関ホールだった。
「ここがあなたの暮らす屋敷です。後であなたを担当する侍女を寄越します。彼女の言う事に従い、大人しく暮らしなさい」
それだけ言って、侍女頭さんは去っていった。
「・・・・・・」
侍女頭さんを無言で見送って、玄関ホールを見渡す。そこには扉が4つあり、順に覗いていくと、応接室、自室、食堂、使用人用の部屋だった。自室は、入って直ぐが居間になっており、掃き出し窓の外には手入れのされていない荒れ放題の庭が見える。そして、居間の奥にまた扉が2枚。1つは寝室で、もう一方は厠と浴室だった。使用人用の部屋は、食堂と続きの簡易厨房や、倉庫、寝室があり、裏口が付いていた。
掃除はされているようで小綺麗だが、最低限の調度品しかない簡素な家だった。窓にはカーテンが付いておらず、応接セットのソファーにクッションは無く、テーブルクロスもかかっていなかったし、絵画などの装飾品も一切なかった。ベッドは整えられているが、質は最初に宿泊したレチノールの宿の物と同じ程度だった。食堂にはカトラリーなど最低限のものはある様だ。
「側室としては侮られているけど、実家の小屋よりも遥かに良い暮らしが送れそうだ」
そう呟いて、そこそこスプリングが効いたソファーに腰かける。無造作に座っても、後ろへ転げることはなかった。控え室で待っている間の過度な緊張や、それが全くの無駄になった徒労感で疲れた。ぐったりと背もたれに体重をかけて、尻を前に滑らせて、だらしなくする。
(人質と言うことでどんな扱いを受けるかと心配したけど、良かった。きっと、この扱いは一国の姫様には屈辱的な扱いだろうが、私には十分に快適な環境だ)
ぼーっと考え事をしていたら、突然ノックも無しに女性が入ってきて、ビクッとしてしまった。
薄茶色の髪、同じ色の瞳で小柄な女性は、侍女のお仕着せを纏っている。
彼女は感情のない顔で言った。
「侍女のマルボと申します。食事をお持ちしましたので、食堂へどうぞ」
「・・はい・・・」
言いたいこととか、色々と飲み込んで、食堂へ移動するのだった。
▲▽▲▽▲▽
昨夜の夕食も、今朝の朝食も、冷めてはいたけど、味は美味しかった。カーテンが無いのだけは不満だったが、他は概ね快適に過ごせている。食後のお茶はポットで準備されたので自分でカップに注いだ。マルボは終始無言を貫いて、食事が終わり次第、さっさと片付けて去っていった。愛想もくそもないな。
朝食後の休憩を挟んで、母への手紙を書いた。心配させたくなかったので、旅の道中の宿の高級な様子や、後宮が天国のような場所であるとか、良い事だけを書いた。夕食の時にマルボに出してもらうように頼めばいいだろう。
その後、後宮内の散策に出掛けた。庭園の中を思いつくまま気の向くまま、ジグザグに進む。池を見つけてしゃがんで中を覗いている時だった。遠くから女性数人の姦しい話し声が聞こえてきた。そちらを見やると、華やかなドレスに身をつつんだ女性とその取り巻きらしき、これまた華やかな女性数名の一団がこちらへ向かって歩いて来るのが見えた。
要らぬいざこざを避けようと、さっと立ち上がり反対方向へ歩き始めたのだが、判断がちょっと遅かったらしい。私を呼び止める声が飛んできた。
「待ちなさい! そこな下女。ここは下働きのうろついて良い場所ではありませんよ。ここで何をしていたのか言いなさい!」
仕方なく、振り向いた。目を合わせないよう俯いて、一団がそばまで来るのを待った。
「あなた、どこのお屋敷の者?」
侍女が誰何してくるが、名乗るのを躊躇してしまう。
「・・・・・」
「黙っていては分かりません。それとも不審者として衛兵を呼ぶべきかしら?」
衛兵に突きだされては堪らない。仕方なく名乗って、俯いた頭をさらに下げた。
「わたくしは、エタノル国の王トブラシンが3女、リリカ・ミトタン・フェルバマート・エタノルと申します。昨日、輿入れを果たしました。どうぞお見知りおきを」
すると、可笑しそうに吹き出す声が聞こえてきて、思わず顔を上げてしまう。吹き出したのは、口許を扇で隠した、この一団の主人であろう一番華やかなドレスを着た、栗色の髪に薄緑色の瞳を持った女性だった。
「ぷふぅ~~~~! あ、あなた、エタノルの人質が、ふ、ふふふっ。輿入れだなんて、あははっ。可っ笑しい~~~! 本気で言ってるの?!」
侮蔑の表情を隠しもせず、毒を吐く。
「そんな見窄らしい服を着ているから下働きかと思ったわ。あなたの国ってずいぶん貧しいのね。お可哀想」
それを聞いた周りの取り巻きたちも、くすくすと笑い出す。
「ここは王太子殿下のために集められた美しい華々たちの園なの。あなたのような雑草はお目汚しにならないように隅の方でいて下さいな。あまり目立ちますと、刈り取られてしまいますわよ」
そこまで言って満足したのか、横を通りすぎて去っていった。侍女が態とらしく私の足を踏んだり、体にぶつかったりしながら、主人の後に続く。
(名も名乗らないで行ってしまったな。えらそうな態度だったけど、後宮の中でも比較的奥まったこの辺を歩いているって事は、下位の側室だろうな。20番目以降じゃないか?)
上品な姫さまの嫌味になど、たいして傷つくこともなかったが、他の側室にまた出くわすと面倒だ。目的の場所へ急ぐことにした。
本日一番の目的の場所、図書館に辿り着く。豪奢な扉を開けて中に入ると、古い紙特有の匂いが鼻孔を擽った。
(ここには魔術の本はあるかなー?)
期待に胸を膨らませて、書架の列に歩み寄る。蔵書は分野別に分類されて列毎に整理されており、棚の上部に、納められている分野名の表示がある。魔術関連の列を見つけて書架の間を進んでいく。そこには魔術に関するありとあらゆる書籍が集められていた。魔術の歴史や研究的な物には興味はない。必要なのは魔術の実践を教えるものだ。
何冊か目ぼしいものを手に取り、書架の奥にあったテーブルで読み始める。攻撃魔術に1番に飛び付きたいところではあるが、まずは、後宮で生き抜くために必要な物から覚えるべきだろう。『隠密』と『索敵』。できるだけ他の側室との接触は避けたい。さっきの「雑草。目立つと刈り取られる」は暗殺を匂わされたんだと思う。それから『鑑定』もあった方が良いかも知れない。毒は暗殺の定番でしょ。侍女のマルボも信用できない。
この3つの魔術の習得方法を、準備してきた紙に書き写した。書籍の持ち出しは許可されないとの事だし、図書館内で魔術の練習をするわけにはいかない。昼食後に早速、訓練だ。
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