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本日も宜しくお願いします
いよいよ後宮に入るのか?
翌朝。
さて、今日は王都パミドロネートに到着する予定だ。クロピドの街を朝に出発して、昼前には着いちゃうらしい。男爵も体裁を守らないといけない意識が働いたのか、今日は男爵の豪華な馬車に乗せられた。
(うわぁー! この座席スプリングがめちゃくちゃ効いてる。
何かの魔道具かな?馬車内の室温が快適すぎる。
荷馬車では日差しを遮る物もなくて、晴れた日は暑かったんだよね)
男爵が厳めしい面でむっつりと黙っているので、私もひとりの世界に入って、快適な豪華馬車の旅を堪能することにした。昨日までの荷馬車と比べるのも烏滸がましいくらいに快適。こんな良い馬車、前世でも乗ったことないよ。感動した。
車窓からの景色を眺めていると貴族の姫になった気分。いや、一国の姫様なんだが。庶子だけど。
(前世の記憶があるせいか、今世の貧しい生活のせいか、いまいち自分が一国の姫様だなんて実感がないのだよね)
小さな子供たちがこちらに手を振っている。手を振り返したら、「キャー!」って嬉しそうに叫んで走り去って行った。うん、子供が元気なのは良いことだ。
クロピドを出て、然程経たない内に、進行方向に巨大な城郭が見えてきた。
(昼前どころか、朝の内に着きそうだ)
と、思っていたのだが、行けども行けども着かない。城郭はどんどん巨大になっていくのに。
そして予告通り、昼前になって漸くパミドロネートの外壁に辿り着く。どれだけ巨大な街なんだよ。入街審査に並ぶ人の数は、クロピドの何倍もいた。しかし審査の窓口も多いらしく10列以上あり、そこそこの早さで進んでいく。
もちろん、我々は貴族用の門を使う。さすがに王都だからか、素通りと言うわけにはいかないらしい。馬車は停車し、全ての人員と荷物を確認された。私の輿入れの話はちゃんと通っていたらしく、問題が発生することもなく、すんなり通された。
門からは貴族の馬車専用の石畳が、王城のある街の中心部に向けて通されている。街は王城を中心にして、貴族街、高級住宅街、住宅街、下町と、同心円状に配置されているらしい。
歩行者のあまり見かけない石畳を暫く走って、漸く城に到着した。
▲▽▲▽▲▽
馬車を降りて、男爵の先導で城に入っていく。騎馬の護衛はここまでのようだ。新たに城勤めの護衛が前方に2人、後方に3人付いている。城の中は、クロピドの高級宿以上にピカピカ、キラキラだった。廊下のあちこちに黄金の野獣の像や銀色に輝く鎧の像が立っているし、絵画がところ狭しと飾られている。
そんな廊下をかなりの時間歩かされて、いくつもの階段を上り、漸く辿り着いた一室に通された。高級宿の一室のようなピカピカな部屋には応接セットがあり、そこで座って待つように言われる。パミドロルの王族との謁見があるそうだ。ここでジアゾキシド男爵の仕事は終了らしい。挨拶もなしに去っていく男爵の背中にお礼を言って、深々と頭を下げておいた。男爵はそれに振り向くことなく部屋を出ていった。
勧められた高級そうなソファーに腰かけると、お尻を置く場所を間違えたらしい、予想以上に沈みこんで、後ろにゴロんと倒れちゃって、背もたれに優しく受け止められた。慌てて、浅く座り直す。こんどは私のお尻を優しく包み込んでくれた。
絶対に今の見てたろうに、しかし何事もなかったかのように、部屋付の給仕係がお茶とお菓子を用意してくれた。軽く礼を言ったら、変な顔をされた。
(いかん、いかん、王族や貴族は下働きに礼を言っちゃいかんのだな)
緊張してきた。お菓子なんか喉を通る気がしない。
(えぇーっと、口上、何て言うんだっけか・・・
偉大なるパミドロル王に謁見するぅーーーの後が思いだせん、ヤバい、ヤバい、ヤバい。うん、ちょっと落ち着こう)
スーハー、スーハー、スーハー
深呼吸してみる。
喉がカラカラだ。
そっとお茶を口に含むと馥郁とした香りが鼻孔を擽ったあと、ほんのりとした甘味が口に広がる。
「美味しい」
思わず呟いた私の声が聞こえたのか。給仕係さんがほんのりと微笑んだ気がした。
▲▽▲▽▲▽
ずいぶん待った。お茶は8杯目だ。お茶菓子は全部平らげた。その後に軽食も用意されて頂いた。何なら途中で厠へも行った。窓がないので分からないが、たぶん日が暮れる頃じゃないかな。
部屋付の給仕係さんにも何度か「まだですか?」と訊ねたが、「分かりかねます」と返されるだけだった。まぁ、そうだわな。彼女はここで客に茶を提供するのが仕事で、それ以外の事は関知していないよね。
さすがにちょっと痺れを切らして、城内探索に出ようかと思い始めたころ、灰色の髪をひっつめにした年配の女性が訪れた。
「私は後宮で侍女頭を務めております、オルビーン エンロックスと申します。陛下と王太子殿下は所用のため謁見は取り止めになりました。今から私が後宮に案内します。ついてきなさい」
開口一番、こう宣った。上から目線で。
この人も、私を側室として敬う気は無いようだ。
旅の疲れや、謁見を待ってる間の緊張など色々と疲れていた私は、ちょっとカチンときて、
「ずいぶん待ったんだけど、謝罪もなし?」
と、余計な一言を言ってしまった。
すでに部屋の扉へと歩きかけていたエンロックス侍女頭が立ち止まり、ゆっくりと振り返った。その顔は汚物を見る目だった。髪の毛と同じ灰色の眼を吊り上げ、憎々しく歪めた口で一気に捲し立てる。
「田舎の小国の人質風情が、偉そうに意見することが許されているとお思いですか? 庶民の様な下品なしゃべり方も矯正が必要な様ですね。陛下や王太子殿下が顔も見せない意味を汲み取って、隅の方で大人しくなさってらっしゃいな。一応、後宮に入れて差し上げますが、ご自身を側室であるなんて考えは努々持たないようにお願いいたします」
それだけ言って、私の返事も待たずに再び扉に足を向ける。私を待つ気は無さそうだ。慌てて、後に続く。
(悔しいー! 悔しいけど、図星だ)
沸々と怒りが込み上げるけど、それを無理やり心の深い場所に押し込んで平静を取り戻すよう努力する。
(生殺与奪の権利は完全に握られている。それに人質である事なんて、最初から分かっていたことだ。母国でも丁寧な扱いなど受けたことないし、慣れているはずだ。今は波風立てずに平安な生活を送れる様に対応すべきだ。私はまだ10才だ。自活できる年齢までは大人しくしておけ)
後宮への長い道すがら、何度も心に唱えて、自分自身に自重を促し続けるのだった。
毎日更新中
後宮生活は明日から始まります