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本日も宜しくお願いします
パミドロルへ・・・
いよいよ出発の日がきた。
昨日、エタノルの王宮に連れてこられた私は、まずパミドロルの王族に謁見する際の作法を教えられた。謁見の間に通されてから御前に歩み寄る間、王から許しがあるまでは顔を伏せたまま自分の靴の爪先を見つめておけだの、素早く跪き、額が床に付くくらい頭を垂れろだの、名乗りと口上の内容などだ。付け焼き刃だ。噛まずに台詞を言えるかどうか不安だ。
「偉大なるパミドロルの王に拝謁いたします。御尊顔を拝し、恐悦至極に存じ奉ります。
私はエタノル国の王、トブラシンが二女、リリカ・ミトタン・フェルバマート・エタノルと申します」
(ミトタンが第3側室の生家の家名、フェルバマートが父王の家系の家名、エタノルが国名を意味するのだそうだ)
「至らぬ身ではありますが精一杯尽くして参ります。何卒、宜しくお願い申し上げます」
(絶っ対ぇ~噛みそう)
食事の作法は母に教えられていたので、確認だけされて練習は免除された。
次にちょっと綺麗なドレス(姉のお古らしい)を着せられて、お針子が私の体格に合わせてお直しを数着行う。胸元や裾にシミがついてるのをレースを縫い付けて隠していた。長く着れるようにか、ちょっと大きめにされた。
後はひたすらダンスの練習。前世でもお貴族様のダンスなんて縁がなかった。何度も叱責を受けながらのスパルタ教育。1日で覚えられるかっての。夜には足が浮腫んでパンパンになった。3種類ほど教えられたが、向こうに到着するまでには忘れてる自信ある。
練習から解放された時には、体力の限界を超えてぐったりしていた私は、当然のように夕食が準備されていないのにも気づかず、与えられた下働き用の小さな部屋のベッドに潜り込んだ瞬間に意識を手放したのだった。
因みに王家の方々は一切顔を出さなかったので父王以外の家族の顔は知らないままだ。
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寝たと思ったら、一瞬で朝になった。夢も見ないくらいに熟睡したのだろう。
早朝にたたき起こされて、風呂で洗われて、昨日お直しをしたドレスを着せられて出発になる。朝食も準備されなかった。腹減った。
自宅の小屋には帰れないままだ。母とちゃんとお別れできていない。
挨拶に行きたいと頼んでみたがダメだった。母が見送りに来る様子もない。きっと母の方でも許されなかったのだろう。
向こうから手紙を出せるだろうか?たとえ出せても、母まで届かないかもしれない。
乗せられた馬車は豪奢だった。私はエタノルの「やんごとなき姫様」。トブラシンが目に入れても痛くないと可愛がっている姫様って体だからね。
走り出した豪華な馬車の窓から、東の方を眺めると、私たち母娘の小屋のある森が遠くに見えた。エタノルの王宮の森は初夏の日差しを受けて青々と輝いている。徐々に遠ざかる森の姿を忘れないように目に焼き付ける。そして心一杯に母への感謝を送った。決して届かないと分かっていても。
「ありがとう。さようなら。お体を大切に。いつまでもお元気で。大好き母様」
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王都エタノルトから国境まで、山越えの道を1日半かけて進んだ。峠の手前で一泊したが、野宿だった。地面は硬かったが、疲れていたので直ぐに眠りについた。エタノル国内の移動中、リリカの乗る馬車の周囲を馬で並走していた護衛兵が5騎いたのだが、彼らはパミドロルに入国せずに国境手前で護衛を外れた。馬車は国境を越えたすぐの場所までは行ってくれたが、そこで降ろされる。馬車もここで帰る様だ。御者が視線も合わさずに指差した方向を見ると、パミドロルからの迎えの一団が見えた。
「1人で行けって?」
「・・・・・・」
念のために御者に確認したが、無言で頷いただけだった。もちろんお付きの侍女なんてのも居ない。
「っはぁ~~~~~。」
思いっきり溜め息をついた後、荷物の入った鞄ひとつ持って、示された方に1人でトボトボと歩いて行ったのだった。
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私を出迎えたパミドロルの案内人はグルカゴン・ジアゾキシド男爵と名乗る神経質そうな初老の男だった。灰色の髪色だったが、元々の髪色なのか、白髪が混じった色なのかは分からなかった。彼は最初から横柄な口調と侮蔑の視線を隠さなかった。彼の態度は、輿入れする他国の姫に対する物ではなく、人質に対するそれだった。
「人質と同じ馬車に同乗するなんぞ、あり得んわっ!」と、私は荷馬車に乗せられた。
(あ、この人、人質って言っちゃってるよ、はっきり)
乗せられたのは、幌さえないホントにただの荷馬車だ。因みに荷物も一緒に積まれた。私の荷物は鞄ひとつなので、荷馬車の荷物のほとんどは彼らの荷物である。私の小柄な体を隙間に何とか押し込んで、一団は出発した。
パミドロルから来た護衛兵20騎ほどに囲まれて、案内人の乗る豪奢な馬車の後ろを追走する。パミドロルの王都パミドロネートへは、10日くらいかかる予定だと、案内人ではなく、荷馬車の御者のじいさんが教えてくれた。
ガタゴトと車体を軋ませながら荷馬車は、起伏は少ないが戦争の名残がまだ残るやや荒廃した雰囲気の土地を走っている。この辺りは元レチノール国だ。レチノール人の抵抗がそうとう激しかったのかも知れない。そのせいでパミドロルの容赦ない攻撃を受けたのか、焼けたまま放置されている村や町の跡、耕されなくなって荒れた畑などが目につく。
路面も荒れていて、たびたび車輪が石を踏んだり、穴の上を通過したりして、車体が跳ねる跳ねる。頭は揺さぶられるし、尻は痛いし、縁にしがみついている腕は疲れてきた。ドレスの入った鞄を尻に敷くわけにはいかないしね。
(馬車から振り落とされたら、私に気づかず走り去ってくれたりしないかな?)
と逃げる算段をしてみるが…
(いや、今の私の身体能力では、大怪我をした上に捕縛されるか、放置されて野垂れ死ぬかだな。ましてや、エタノルの国民に迷惑がかかる)
リリカは頭を振って杜撰な逃亡計画を否定する。
昼に国境から出発した荷馬車は、レチノールの元王都だろうか?夕暮れ時、比較的大きな街に到着した。今夜はここで泊まるようだ。街の少し手前から住民を見かける様になったが、皆、表情が硬い。我々を鋭い視線で睨んでいたのが気になった。
街一番の大きな宿の前でようやく馬車が停車する。自力で下車して、固まった体を伸ばす。半日の事だったが、体のあちこちが痛い。エタノルの馬車に乗っていた間はそれ程疲れなかったので、「スプリングって大事」と思ったリリカだった。
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馬小屋にでも放り込まれる覚悟でいたのだけど、意外と?豪華な客室に通された。
と、思っていたら、最上級な客室に付いている従者用の小部屋に押し込まれた。ご丁寧に外から鍵をかけられて、扉の前には護衛兵。
(いや、逃げないから・・・・・さっき逃げる算段がチラリと頭を過ったけどね。
それにしても、従者用の部屋と言っても、今世で一番良い部屋だな。お、ベッドがフカフカ♪)
主賓室にはもちろん、ジアゾキシド男爵さまが泊まる様だ。
フカフカベッドに横たわってみる。この2日間、馬車と荷馬車に揺られてたからかな。まだ体が揺れてる。
しばらくそうしていると、パンとスープが運ばれてきた。部屋には小さなテーブルと椅子があり、そこにお盆ごと置いてもらった。
(温かいスープ・・・お、肉が入ってる!パンが柔らかーい!うぅー疲れた体にスープが染み渡る~♪
エタノルの王宮では何も食べられなかったし、移動中は兵士と同じ携帯食の硬いパンと干肉だけだったもんなぁ)
お水も水差しにタップリ用意されている。そして飲用とは別に洗顔や体の清拭用のお湯とタオルも持ってきてくれた。
(さすが高級なだけある)
腹も満たされ、体もサッパリして、寝巻きに着替えた。フカフカのベッドで寝るという、今世初の贅沢を味わう。男爵が夜中に襲ってこないか心配したけど、男爵には幼児趣味はなかったらしい。朝までゆっくり眠れた。
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パミドロルの元レチノール地域に入って2日目。
朝食後、暫くしてから昨日と同じ布陣で出発した。
相変わらず荷馬車の隙間に押し込まれているが、ふふふ…今日はお尻を守るアイテムを手に入れたのだ!宿の従業員に頼んで、要らない古いクッションを頂いたのだ。いくら要らない物だと言っても、元々高級な宿で使用されていた物。しっかりと私の貧相なお尻を守ってくれている。
相変わらず荒廃した道を進んでいた。時折見かける住民は、我々が近づくと道を空けて頭を垂れるが、昨日と同じように、鋭い目で睨んでいる。男爵の乗る馬車の紋章からパミドロルの物と分かるのだろう。
護衛兵が20騎も要るわけだ。こちらが手薄だったら森の中とかで襲われていたかも知れない。それくらい恨みの隠った目だった。老若男女すべてが同じような剣呑な雰囲気を漂わせているのだ。その視線に気づいた騎兵に睨み返されて、慌てて目を逸らせていたが。
(レチノールの統治は大変そうだな)
3日目4日目も同じ様な移動が続いたが、4日目の夕刻頃、元レチノールとパミドロルの領境(元国境)を越えると、住民の視線や表情が穏やかになった。道も綺麗に整備されていて、荷馬車の揺れも穏やかになった。そうして日が暮れる前に、領境(元国境)の町に着いたのだった。流石、大国パミドロル。この4日間のどの街の宿よりも高級な宿に宿泊した。今夜もゆっくり眠れそうだ。
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パミドロルは豊かだった。道も石畳で舗装されており、荷馬車でもそこそこ快適な移動になった。王都に向かって走るにしたがって、豊かさも増していく。そして街毎に特色のある食事が出されたり畑に実る作物も多様性がありリリカの目を楽しませた。
6日目に雨が降って、宿で1日足止めされたものの、他は曇ったり晴れたりで、順調に旅程を消化した。
そしてパミドロルに入って9日目の夕刻、今までで一番大きな街に到着した。街の名をクロピドと言うそうだ。街の門では入街審査の長蛇の列ができていた。多くは商人、農民、冒険者風の旅人がほとんどだが、旅の劇団もいて、待ち時間をもて余した人々に歌や踊りを披露している。この街での公演の日程などを大声で告知している。
我々はそんな列を無視して、貴族用の物と思われる門を素通りした。
クロピドの高級宿は、今までと次元が違った。床は何かの石っぽいのだが、顔が映るくらいピカピカだし、壁はピンク色の壁紙が貼られ、あちこちの天井や壁にシャンデリアがぶら下がっていて、目映い光を放っている。フロントロビーには、あり得ないくらいに尻が沈み込むソファーが10個近く置かれている。
そして! 何と! 部屋に風呂があったのだ!男爵、羨ましいぞ! と思っていたら、私にも入るように言われた。明日、王都に着く予定なので、王の御前に出ても良い位に小綺麗にしろって事らしい。
宿の従業員(この規模の宿になると、風呂の世話をする専任の人がいるらしい)に、頭の先から足の爪先までピカピカに磨きあげられた。香油なんて初めて塗られたよ。慣れない匂いって、ちょっと臭い。
またしても従者部屋だったけど、食事は大変美味しゅうございました。ベッドもふっかふかで、シーツがツルツルで、昨日までの宿ではしゃいでいた私は何だったのかと言うくらいの格の違いを見せつけられたのだった。
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明日からパミドロルに入ります