王妃のお茶会
番外編です
カオリン王妃視点です
秋晴れの今日、パミドロル国王宮のバラの庭でお茶会が開かれております。
主催は、この国の王妃であり未来の国母となる私カオリン イニペネム パミドロルが勤めさせて頂いております。
本日のお茶会は特別な物なので、失敗は許されません。その采配を全て私に任せて下さった陛下の期待に応えるために、細心の注意を払って寸分の隙も無く茶会の場を整えました。
本日は、御婚約されたフィトナジオン王弟殿下の御婚約者様と私達王家との顔合わせですわ。出席されたのは、王家側がドキシン陛下、フィトナジオン殿下の御賢母アルニカ様、私と息子の王子、第一側室のシリマリンと息子の王子、第二側室のミルリノリンと娘の王女。招待されたのがフィトナジオン王弟殿下と御婚約者のリリカ ロラタン ベタネコール様ですわ。
リリカ様は王妹殿下のフェナミン様が降嫁された護国派の重鎮ベタネコール侯爵家の令嬢でいらっしゃいます。養女でらっしゃるそうですが、流石ベタネコール家の令嬢。形式をしっかり守りつつ最先端の流行を各所に取り入れられたアフタヌーンドレスを着こなし、所作に隙が無くていらっしゃる。神秘的な漆黒の御髪は艶やかで、お顔はふっくらとしていてバラ色の頬や桃色の艶やかな唇は大層愛らしい。おふたりは仲睦まじく、リリカ様を見つめるフィトナジオン殿下の瞳は甘く、胸やけしそうな程です。そんな風に愛されているリリカ様を私は羨ましく存じます。
私はメトロニダール公爵家に生まれ、物心ついた頃から「お前は王妃になるのだぞ」と言われ、完璧な令嬢となるべく厳しく育てられました。行儀作法だけではありません。美しく自分を磨く事や身に着ける物に対しては、金に糸目を付けずに力を注ぎました。ドキシン王太子殿下との婚約が成った時には嬉しくて涙を流してしまいました。
1年間の婚約期間を経て、ドキシン殿下と正式に婚礼を上げ王太子妃となった私に殿下は作り物の笑顔を向けて、優しい声色で「よろしく頼むよ、妃殿下」と仰って頂きました。貴族社会の腹の探り合いの技術を徹底的に教え込まれてきた私には、上辺だけの社交辞令だと直ぐに分かりました。その証拠に、私との婚姻後、次々にご側室様が召し上げられてきました。そして、ご側室様達にも優しくお声をかける殿下。王太子妃である私に対する態度とご側室様に対するそれに全く差はございません。その瞳には私達の誰も映されていません。殿下は違うものを見ている様でございました。
それなのにも関わらず、私は殿下とお会いする度に心惹かれてしまうのが止められませんでした。殿下が目の前にいらっしゃると顔が火照ってきてしまい、お声をかけて下さると頭がぼーっとしてしまうのです。殿下の前では私は貴族令嬢ではなく、ただの恋する少女の様でございました。
王族には、血筋を絶やさないように後継者を生み育てる義務がございます。ですから、側室をお持ちになるのは当然の事なのでございます。側室に嫉妬していちいち目くじらを立てていては王太子妃としての資質が問われます。次々に増えていく側室達を温かく迎えつつ、後宮の主が誰なのか、しっかりと手綱を握るよう努めました。自分磨きも、なお一層の努力を惜しみませんでした。
側室が20人を超える頃になると、ドキシン殿下はあからさまに側室達に対する興味を失っているご様子でした。政略上仕方がなく受け入れているが、妻として尊重する気はないと言う事なのでしょう。その意思を汲み取り、彼女らを勘違いさせないために、私も厳しい態度で接するよう心掛けました。
厳しく接しつつも我が国に有益な貴族の娘はそれなりに尊重しましたが、属国から来た所謂人質の側室は徹底的に貶めました。予もや、殿下を篭絡して、パミドロル国に混乱を齎す存在になって貰っては困るからです。まぁ、貧弱で髪や肌に艶が無く、衣服もまるで下賤な者の様な姿から、万が一にもその様な危険があるようにも思えませんでしたが、油断は禁物ですわ。
ただ、あの頃は中々殿下の子が授かれずに少し悩んでいた事もあって、ちょっと厳しくなりすぎていたのかも知れません。ずっと後で、その者が餓死をして発見されたと聞いた時には、少しやり過ぎたかと後悔を覚えました。後宮を采配する立場の私にもその死の責任があるでしょう。改めて、後宮を采配する責任を心に刻み、再発防止に努める事を陛下にお約束致しました。最早、顔も覚えておりませんが、ご冥福をお祈りいたしますわ。・・・そう言えば、あの者もリリカと言う名でしたでしょうか。
その後、私は遂に殿下のお子を授かることができました。王子の誕生です。私は国母となるのです。そして何より嬉しかったのは、殿下の態度が変化した事です。殿下は王子を大層可愛がって下さり、王子を生んだ私の事も大切にして下さります。殿下の瞳に映るのは王子であって、私はあくまで次いででしょうが、それでも私は幸せでございます。
先王陛下が急なご病気でお隠れになられて、殿下は王座を継承し、陛下となられました。それに伴って、王宮では粛清の嵐が吹き荒れました。この後宮も例外ではございません。正式な婚礼の儀を上げていなかったご側室様達は“お客様”としてご実家に帰されました。正式なご側室様も何名かは臣下に払い下げが行われ、後宮内は「明日は我が身」と戦々恐々となっております。賄賂や色仕掛けは全く効果が無く、その様な下手を打った者から粛清されるとなっては、誰も彼もご自身の屋敷にて大人しくしている他ございません。今は7名までその数を減らし、粛清の風も穏やかになりましたが、陛下は更に側室の数を減らすつもりの様でございます。
陛下のお子を授かったふたりのご側室様達は安泰ですから、最近は私と3人だけでお茶会をやって親睦を深めておりますわ。陛下のご兄弟はプルシド様以外は大変仲が宜しく、助け合って王家を支えていらっしゃいます。当然、陛下はご自身のお子達にもその様になるよう希望されていらっしゃいますから、私はふたりの側室、シリマリンとミルリノリンと交流を持ち、お互いのお子達も兄弟の様に遊ばせているのでございます。
そして私のお腹には新たな命が宿っています。陛下は、「次は姫が良いな」と仰っていますが、こればかりは女神ヒュギエイヤ様のみぞ知るところでございます。
この国が末永く栄えて行きますように、これからも私は国母としてこの身をささげてまいりますわ。
リリカは出自を敢えて公表していません。エタノルの先王トブラシンに「王弟妃の父」と大きな顔をされても迷惑と言う事もありますし。ただし、情報を精査すれば気づく人は気づくでしょう。しかし、トブラシンには情報を精査する能力はなさそうです。
カオリン王妃は、リリカの出自に気づいていませんし、自分の実家が粛清の対象になっていてもあまり関心を寄せていません。
カオリン王妃は王の『魅了』魔術によってかなり精神的に懐柔されていますから、“陛下をお支えする理想の王妃である自分”と言う心に作り上げた世界の住人になってしまっています。ですから、カオリン王妃にとって都合の良い解釈がされています。嫁ぐ時には、「ドキシン王を傀儡にするために篭絡しろ」と親から命じられてもいた筈ですが、そんな事もすっかり忘れてしまっています。王からの情報のみを信じ、情報の裏を取る事もしていません。
番外編がさらに続くかどうかは、
未定です
悪しからず




