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本日も宜しくお願いします
最終話です
フォーマルドレスの種類ってよく分からんです
間違ってたら、ごめんなさい
リリカがフィンと一緒に王都へ戻ってから1年が経った。
春の青空の下、王宮のバルコニーの前面に広がる広場には群衆が犇めいている。
本日結婚したフィトナジオン王弟殿下とその妃を一目見ようと、詰めかけた国民達が広場を埋め尽くしているのだ。
「王弟殿下、ご結婚おめでとうございます!」
「妃殿下、ご結婚おめでとうございます!」
「フィトナジオン殿下~!」
「リリカ妃~!」
「お姫さまきれぇ~♪」
「お幸せにー!」
群衆が口々と言祝ぐのに、フィトナジオンとリリカは手を振って応える。観衆の声がそれにより、ますます膨れ上がった。
フィトナジオンは白を基調として金糸で豪華に刺繍された祭典用の軍服を纏っている。リリカの衣装は同じく白を基調としてピンク色のバラの刺繍が散ったアフタヌーンドレスだ。
バルコニーにはフィトナジオンとリリカのふたり以外に、ドキシン陛下、カオリン王妃、アルギニン王弟殿下とその婚約者であるテルミナフィ姫が並んでいる。
リリカは去年まで見たことも触れたことも無いような豪華な衣装を着せられて、慣れない化粧を施されて、髪をセットされて、非常に落ち着かない。鏡の中の自分を初めて見たとき、「誰だこれ?」と本気で思った。笑顔を保つのが難しい。既に頬が引きつっている。
(早く終わんねぇかなぁ)
と現実逃避していたら、フィトナジオンが突然、リリカの腰に添えていた手に力を入れて抱き寄せてきた。驚いたリリカがフィトナジオンの方を向いた時には、顔がすぐ目の前に迫っていた。
「え、いま?ここで?」
リリカは咄嗟にフィトナジオンの胸に手を当てて制止しようとしたが、フィトナジオンの動きの方が一瞬早かった。突然始まったふたりの濃厚な口づけに、ワッという歓声が巻き起こる。
キスを早く終わらせようとフィトナジオンの胸を叩くが、リリカもさすがにこの状況で『身体強化』は発動してない。素の力ではビクともしなかった。
「んー!んんんっんー!」
口を塞がれた状態で必死に抗議の声を上げて、脛を蹴り上げてやったらやっと離れた。
と、思ったら、ふわりと抱き上げられて、バルコニーから室内へ連れて行かれる。
「くれぐれも夜会には遅れるなよー!」
ため息混じりで声をかける陛下の言葉を無視して、フィトナジオンはリリカを抱き上げたまま、すたすたと歩いて行く。どこに向かっているかは明らかだ。
「フィン、夜会まで2時間もないんだよ。着替えや髪のセットとかの準備もあるんだから、我慢して」
「今日は朝から頑張ってる。ちょっとくらいリリカを補充させろ」
“ちょっと”で済むのかどうか、怪しいところだが、リリカも朝から慣れない事ばかりで、疲れていた。フィトナジオンの胸は温かく心地よい。無意識に入っていた全身の力を抜いて、フィトナジオンに体を預けた。
勿論、彼らは夜会に遅れて参加した。
皆「仕方ないなぁ」と、苦笑いしながらも温かく迎え入れてくれたが、リリカは居た堪れなさに赤くした顔をしばらく上げられなかった。
▲▽▲▽▲▽
一通り挨拶が済んで、恐怖のダンスを1曲踊って、少し歓談した後、解放されたリリカは夜会の会場を後にした。フィトナジオンは旧友と少し話してから帰るそうだ。
リリカは今日からフィトナジオンと一緒に王宮で暮らすのだ。
王弟殿下夫婦の為に整えられた部屋に戻ってきたリリカは、速攻でドレスを脱ぎ捨てて楽な服を着た。そしてアップに纏めてセットしていた髪をほどいて、居間に設えた最高に座り心地の良いソファーに身を預けた。
お尻を前にずらしてぐったりと座ったリリカは、王都に戻ってからの怒濤の日々を思い出す。
フィトナジオンに話を聞いた10日後、陛下に謁見した。10日も間を空けたのは、謁見に相応しいドレスを持っていなかったからだ。最低限の形式を備えたドレスを、既製品を手直しする形で手に入れて、謁見に臨んだ。
陛下には真摯に謝罪して頂いた。リリカは謝罪を受け入れた。
そして、フィトナジオンとの仲を祝福して頂いた。
また、フィトナジオンのお母様のアルニカ様にもご挨拶をした。非常に理知的で優しそうなお方だった。勿論、ふたりの仲を祝福して頂いた。
陛下には、1年後に式を挙げる事を勧められて素直に頷いた。
もしも時を遡れるなら、この時の私に言ってやりたい。
3年は準備期間を貰うべきだと!
結婚なんて教会で誓いを述べれば良いんでしょ?って思っていました。
ウェディングドレスも1年あれば出来上がるでしょって思っていました。
とんでもない!
やらなくてはいけない事が多すぎて目の回る様な毎日を過ごしましたよ。
先ず、リリカは第一王女だったフェナミン殿下が降嫁した護国派の重鎮の家に養女として迎え入れられた。
そこで貴族として、そして妃殿下としての教育が始まった。学問は一通り学習済みであったが、足りない部分を補う必要があった。貴族名鑑を全て記憶しろと言われた時には気が遠くなった。
行儀作法、社交のマナー、ダンスのレッスンはまさに苦行だった。
度々逃避して、裏庭で槍を振るった。
そして、毎日侍女に髪と全身を磨きあげられた。香油を塗られ、爪を整えられた。人に身を任せるのは慣れない。無の境地で遣り過ごした。
どうしてそんなに大量に作るのか?と不思議になるくらいの数のドレスを仕立てた。
一口にフォーマルなドレスと言っても、場の格式に合わせて纏うドレスコードが違うのだそうだ。
婚約発表をする時に着るアフタヌーンドレス、挙式の日に着るのは、結婚の儀が行われる教会で着るウェディングドレス、国民への御披露目の時に着るアフタヌーンドレス、その後の夜会で着るイブニングドレスがある。そして婚約発表から結婚までの間に多数行われる予定のお茶会で着るアフタヌーンドレス・・・
同じドレスの着回しではダメなのか?と質問したら、正気を疑われた。何故だ?
採寸から始まりデザインや色の選択、それに合わせる装飾品と靴と鞄選びと、息つく暇もない。
よく1年でやり遂げたわ。自分で自分を褒めたい。
半年ほど経った婚約発表の日に、連絡して呼び寄せた母様と面会した。10年以上ぶり(2年以上前に、一方的に遠目で見たが)の再会に、母様はとても喜んでくれた。
事後承諾となってしまったが、養子縁組の契約書にサインして貰った。
また、初めて会う義父に感謝の言葉を伝えることができた。穏やかで誠実そうで、信頼して母様を任せられる方だと思った。
実父には連絡をしなかった。
フィンのお母様のアルニカ様も立ち会って下さったが、私の母様と意気投合して、王都滞在中にお茶会をしたり遊びに出掛けたりする約束を交わしていた。
王妃殿下や陛下の側室達にも同じ日に挨拶をした。側室は臣下への払い下げで更に数を減らして7人になっていた。これからも減らすそうだ。
養子に入った貴族の家名を名乗り、女性らしく成長し、身綺麗に整えられたリリカを見て、嘗て自分達が虐めた、エタノルから来た側室のリリカと同一人物だと気づいた者はいなかった。こちらからも敢えて何も話さなかった。王子達は可愛かった。
前王妃と先王陛下の側室達はアルニカ様も含め皆、第二離宮へ移って、表舞台には出なくなったそうだ。
第二王女だったプルシド様は浪費の過ぎる姫様だったそうだが、辺境貴族へ降嫁になった。財政的に豊かではなく、堅実な領地運営を行う貴族のようで、今までのような華やかな生活ができなくなり、不満を溜め込んでいるそうだ。
とりとめもなく考え事をしていると、侍女達がノックして入ってきた。
彼女達曰く、「初夜に相応しい装いに着替えましょう」だって!?
やんわり断ってみたが、許されなかった。
初夜を迎える新婦の心得を切々と訴えられた。
バラの風呂に入り、全身を磨きあげられて、バラの匂いの香油を塗られて、髪はゆったりとした三つあみにされて、花を挿した。服は夜着を着せられた。
ゆったりしていて非常に脱がせやすく、透け透けのヒラヒラな、とっても心許ない服だ。
レースの裾をつまみ上げてヒラヒラと揺すってみた。
「似合わねぇ~」
そう思ったのは私だけだったみたいで、其ほど待たされることなく帰ってきたフィンには好評で、その夜は大いに盛り上がったのだった。
いや、盛り上がりすぎて、翌日は昼過ぎまで起きられなかったし、声も掠れて大変だった。
▲▽▲▽▲▽
王城の広場に武装した兵士が50人ばかり整列している。王弟フィトナジオン殿下の親衛隊だ。
東の辺境の山に火竜が巣くって麓の街に被害が出ていると、救援要請があったのだ。普段、魔獣の討伐は冒険者達に任せているのだが、冒険者の手に余る場合、王弟殿下の親衛隊が出動する。
「リリカ、あなたが何故、ここにいるのか、理解できない」
「フィン、毎日毎日、お茶会だの、読書会だの、刺繍だの、夜会だの、うんざりなの。たまには思いっきり暴れ回って、鬱憤を晴らしたいの。駄目だと言われても、絶対に付いていくからね!」
「リリカ、火竜はホントに危険なんだ。あなたに危険な目に遭って欲しくない。俺の気持ちも分かって欲しい」
「貴族の社交で溜まった鬱憤で、それこそ死にそうなんだよ。生きる活力の補充が必要なんだよ」
「駄目だ。リリカの綺麗な顔に傷がついたりしたら悲しくなる」
「傷は冒険者の勲章だよ」
「リリカは冒険者じゃなくて、王弟妃なんだけど」
「私は王弟妃かもしれないけど、冒険者を辞めたつもりはない。それに、危険な討伐に行ったフィンを心配してただ待つだけなんて無理!」
「いやだけど・・・」
いつまでも終わらなさそうなふたりに、
「だぁ~!いつまでお前ぇらイチャコラやってんだぁ。出発するぞぉー!良いじゃねぇかぁリリカ様も一緒に行きゃあ。いつも結局、行くことになるんだろぉ」
呆れるクラバモスと、
「毎回、毎回、飽きずに、押し問答と言う名の愛情表現には辟易しますね。お腹一杯です」
冷静に突っ込みを入れる、親衛隊隊長のデクストラン。
結婚から3年、親衛隊出動時の恒例行事になりつつある、ふたりの言い争い?睦み合い?に、隊員達もすでに慣れっこだ。今日も今日とてじゃれ合うふたりに生温かい視線を送りながら、親衛隊は出発した。
これからもふたりは、お互いを必要とする限り、共に手を取り合って歩んでいくのだろう。新しい未来に向かって、いつまでも。
完
拙いお話にお付き合いくださり、ありがとうございます
本日で完結となります
いやはや、世の中の作家さん、漫画家さん、なろうで執筆されている方々…本当に尊敬します
今回、初めて挑戦しましたが、書いてみて、改めて尊敬の念が深くなりました
こんな拙いお話にも、少ないながら読んでいただける方がいたことに驚きを感じます
性懲りもなく、新しいお話の投稿も始めましたので、宜しければどうぞ!




