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本日も宜しくお願いします
アテロールでの生活は順調です
ちょい短目です
ミレイは名前を変えることなく、そのまま冒険者を続けている。
フィンや仲間達に見つからないように、違う名前で一から冒険者登録した方が良かっただろう。
しかし変えなかった。
フィンに愛された名前を捨てる事ができなかった。
前世で道半ばで命を散らした心残りも理由としてあった。
そして何より、心のどこかにフィンに、私の事を探していて欲しい、見つけて欲しいと言う思いがあったのだと思う。
アテロールに来て、早や1年が経とうとしている。
今でも時々、手放した恋心を思い出して心が疼くが、時は流れ、徐々に「過去の楽しかった思い出」へと昇華されつつある。
“疾風の丘”は存外に居心地の良いクランだった。海辺の人間は気っ風が良く、陰湿な所がない。今ではすっかり馴染んで、古参の様な顔をしているミレイだった。
海辺の町の冒険者に寄せられる依頼は多岐にわたる。魔獣討伐や薬草採取、護衛などの通常の依頼もあるが、海辺特有の依頼がある。主に海上で活動するクランの下請けで魔海獣の解体、漁師からの依頼で魚介類の下処理や船底の掃除、住民からの依頼で家屋の塗装等だ。
海のクランが魔海獣を仕留めて、獲物を港まで曳航できた時は(多くは海の底に沈んでしまうか、爆散させてしまって回収ができない)冒険者全員に召集がかかる。魔海獣は殆どが巨大だ。中型の帆船や大型船並みなんて物もザラだ。何十人もで作業しないと終わらない。冒険者総出の解体作業だ。
魚介類の下処理は、魚を捌いたり、貝の身を貝殻から外したりなどだ。兎に角手間がかかるので、大漁の時は緊急依頼が出る。
船底の掃除とは、船の外側の話だ。船は年に1回、海から引き上げて、船底に付着した貝を剥がしたり、傷んだ部分を補修したりする。貝は一つ一つは小さいが、侮ってはいけない。これらも魔獣なのだ。魔力を使ってじわじわと船底を侵食し、遂には穴を開けるに至るのである。
家屋の塗装は錆び対策だ。海辺の家は錆び易いので、年に2度の間隔で塗装を施す家が多い。貝殻を焼いて粉にした物を混ぜている為か、白い塗料だ。アテロールの建物の壁は全て真っ白に統一されている。その代わり屋根の色は思い思いに住民の好きな色で塗っている。とてもカラフルで、高台から望むアテロールの町並みは、眺めているだけで楽しい。
本日は町の集会場の壁の塗装に来ている。建物が大きいので、陸地で活動するもうひとつのクラン“メトロダール家”の連中も参加して大勢で作業している。木材を組んで作った足場に登って上から順に塗っていくが、足場の組み難い場所はミレイが『障壁』で足場を作った。
以前は塗料が足りなくなると、一々下まで降りて補充してこないといけなかったけれど、今はミレイの『収納』に塗料をたっぷり入れて上がっているし、万が一足りなくなったら、ミレイが『引寄』で地上から取り寄せるから、足場を昇り降りしなくて良くなったと、重宝されている。
「ミレイは便利だなぁ」
「ああ、多彩な魔術を操れるのって、反則だよねぇ、狡い!」
「はははっ、まぁ気持ちは分からないでもないけど・・・」
「いいや、ミレイは分かってないよ。魔力のない生活なんて経験したことないでしょ?」
(魔力が足りなくて悔しい思いをした経験ならあるよ。前世だけど)
「分かってるつもりなんだけどなぁ~」
「いいや、罰として、今夜の宴会はミレイの奢りに決定ぇ~い!」
「はぁ!? 何でよ! こんなに活躍してるんだから、私が労われる方でしょうが!?」
「魔術でずるした罰でぇ~っす!」
「はぁ!? ちょっと勘弁してよぉ!」
「わはははっ奢りっ♪奢りっ♪」
「お前ぇらっ!くっ喋ってないでさっさと終わらせろぉ~っ!」
本日のリーダーが下から怒鳴ってきた。
「やっべ、手が止まってた」
「あいつ、煩ぇよなぁ、お母んみたいだぜぇ」
「まぁ俺らが一番遅いみたいだからな」
慌てて手を動かすミレイたちだった。
▲▽▲▽▲▽
依頼がない日はアテロール郊外へ魔獣討伐に行くのが常だ。
この辺りでよく見かけるのは、ホーンラビット、ナインテールフォックス、ゴブリンなどの定番と、ソルジャーアント、マンティス、ハニービーなどの昆虫系魔獣とリザードマンなどの水辺を好む魔獣が多い。
昆虫系魔獣は外骨格が硬いのだが、関節部に刃を刺せば簡単に切り落とすことができる。問題は、群れの数が多い事だ。そんな問題もミレイの風系統の上位魔術『竜巻』があれば一気に解消だ。ただし、粉々にしてしまわないように『竜巻』に込める風の刃の数を抑える必要がある。
目の前に、切り裂かれたソルジャーアントの遺骸がたくさんある。その中にまだ生き残りが紛れている。ミレイと“疾風の丘”所属の冒険者5人が一匹一匹、止めを刺していく。討伐と言うより作業だ。
「ミレイが来てから、昆虫系の魔獣討伐が楽になったわ」
「ほんと、ほんと。逆に居なくなった時が恐いよね」
「縁起でもない事言わないでよ。ミレイ、ずーっとここに居てね!」
ミレイはクラン“疾風の丘”に入団した時、「大陸を旅して回っている」と言ってあるので、いつ出ていくか分からないと思われているのだ。
「あはは。いつまでも居れたら良いんだけどね。まぁ思い立ったらふらっとってなるかもね」
(追っ手がいつ来るとも分からないから、ずっと居るとは約束できないんだよねぇ)
「嫌ぁ~行かないでぇ~。愛してるぅ~ミレーイ!」
「ふふふっ・・・それ、片思いだよ、残念ねぇ」
「ついて行く、ミレイ様について行きます!出ていく時、連れてってぇ~!」
「こらこら」
海辺の町の冒険者は基本的にのんびりと働く。都会の様にカリカリしていない。
こんな風に、今日も和気藹々と討伐に勤しむのだった。
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明日は里帰りを




