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本日も宜しくお願いします

母の行方は?

 この数日、ミレイはエタノルトの街で情報を集めていた。昼間の市場で、冒険者ギルドで、夜の酒場で。

 概ね共通するのは、国の頂点がすげ替えられても、庶民の暮らしに大きな影響はないと言うことだった。パミドロルの傀儡政治は可もなく不可もなくと言ったところらしい。国民はパミドロルを大いに歓迎している様子もないが、エタノルの王族に対してもそれほど愛着や崇拝の気持ちは無かったと言うことだ。

 王族は全員、王宮で暮らしている様だが、母の状況は分からなかった。母の存在は国民に広く知られていた訳じゃないからな。明日、王宮に忍び込んでみようと思う。


 王宮の裏の森に私たち母娘の暮らしていた小屋があった。まずはそこを目指す。一旦、エタノルトを出て大きく迂回して森に入れる場所を探すが、森は王宮と断崖絶壁に挟まれて位置しており、簡単には入られない様だ。そこで『移動』を何度か繰り返して断崖を越えて森にたどり着いた。

『隠密』と『索敵』を発動しながら森の中を進んでいくと、王宮の敷地が見えてきた。森から出ないで外縁部を移動して、小屋を探す。果たして、小屋はそのまま同じ場所に建っていた。逸る気持ちを抑えながら、でも少し早足で小屋に近づいて窓から中を覗き込んだら・・・もぬけの殻だった。生活に関わる家具が無くなっている代わりに、森の管理の作業小屋としての本来の役割を与えられた様子だった。

 母はどこへ行ったのだろうか? 生きているのだろうか?

 パミドロルの王城で着ていた下働きのお仕着せに着替えて、王宮の方に行ってみる。洗濯場には作業中の下働きの者達がいた。さりげなくその中に加わって会話を盗み聞く。エタノルの王族たちの我儘に辟易していると言う愚痴大会が繰り広げられていた。その中に母の存在を知れる内容は無かった。

 さらに王宮内を歩き回っていると、見知った顔の者がいた。母の主であった第三側室の侍女だ。私達母娘をよく虐めてくれた奴だ。彼女を尾行すると、そのまま王族たちが生活する建物にたどり着いた。

 王族達は毎日何をするでもなく、怠惰に生活している様子だったが、やはりここにも母の存在は無かった。

 『隠密』の程度を上手く調整して侍女たちに話を聞いてみて、やっと情報が得られた。母はパミドロルの執政官がやって来た時に、「王宮の仕事を辞意する」と言う形で王宮を去ったらしい。行き先は分からないと言われた。

 次は母の実家の男爵家を訪ねて見よう。


 母の実家であるロラタン男爵家の領地はエタノルトから南へ、馬車で半日の距離だ。乗り合い馬車に揺られてロランと言う小さな町に到着した。ロラタン男爵家の領地の領都だ。

 情報収集を始めて直ぐに母の行方を知ることができた。母はロランのある豪商の主人の後妻に入ったらしい。ロランで一番大きい商店を覗くと、母が店頭で買い物客の相手をしていた。昔の(やつ)れた様子が嘘の様に、ふっくらして表情は明るい。背筋もピンと伸びていて自信に溢れ堂々としている。8年分の歳を取っている筈であるのにも関わらず、(むし)ろ若返った感じもする。


(ああ、幸せに暮らせているのだな)


 母の新しい夫には感謝しかない。直接会って感謝の気持ちを伝えられないのが残念だ。

 ミレイはそっと店を出た。

 ロランには宿泊せずに、そのままエタノルトに折り返した。




▲▽▲▽▲▽


 エタノルトに一泊した後、ミレイは歩いて北上した。北へ向かいながら、各地で魔獣を討伐した。殆どはソロでの活動であったが、時々は地元の冒険者と組んだ。特に急ぐ旅でもない。気に入った町があれば、長期に滞在した。ただし、クロピドや王都には近寄らずに大きく迂回した。

 エタノルで母の無事を確かめるまでは母を探す事だけに集中できていたが、北上を始めてからは、毎日が寂しさとの戦いであった。

 何をしていてもフィンの事を思い出すのだ。

 日が陰って薄暗くなった宿の部屋。

 魔獣討伐のために歩く森の中。

 酒場で飲む酒。


 何度も、何度でも。

 手放した筈の恋が思い返される。


 何度も合わせた唇も。

 身体を辿るその指も。

 好きだと優しく囁いてくれたあの声も。

 何もかもが・・・好きだった。


「はぁ~っ・・・未練だな」


 今どれだけ後悔しても、あの日々は取り返せない。

 心が引き裂かれそうになりながらも、やはり独りで旅立つことを決意したのはミレイだ。

 それが最善の選択だったのだ。


 そうやって放浪しながら北へ向かい、1年後に港町アテロールにたどり着いた。ここは前世のミレイが生まれた国、元タリビート国の西の端だ。この辺りの海は南と違って危険な魔海獣が少なく、漁業が盛んだ。海鮮料理が旨い。

 ミレイは露店で塩焼きした海鮮の串を買い食いしながら町を散策している。住民も商売人も漁師も皆、明るく世話好きで人懐っこい。ミレイは一瞬でこの町が好きになった。

 ここの潮風がミレイの心を洗い流して癒してくれるだろうか?


「ここに腰を据えてみるかね」


 アテロールのギルドは海の見える高台にあった。この海辺の町に到着する直前の数日間に狩った獲物を『収納』から取り出して買い取り窓口に出した。勿論、背負い袋から出したように見せるのは忘れない。買い取り価格は、クロピドよりも少し安い様だ。まぁ地方ではこんな物だ。仕方がないだろう。

 そしてアテロールの町を拠点にしているクランの情報を聞く。パミドロネートやクロピドと比べて小さな町には、クランは4つあるだけだった。海に出て魔海獣を専門的に相手するクランが2つ、それ以外の依頼を受けているクランが2つだ。ミレイは魔海獣なんて相手にした事はないし泳げない。よって後者の2つから選ぶ事になる。

 ひとつはクラン“疾風の丘”。アテロールの中で一番規模の大きいクランで銀級だそうだ。

 もうひとつはクラン“メトロダール家”だ。ここは家族経営らしく、外部者は入れない方針の様だ。

選択の余地は無かった。クラン“疾風の丘”一択だった。

 数日、アテロールで生活してクラン“疾風の丘”に悪い噂が無いのを確認した後、入団した。

 ずっと纏っていた軽い『隠密』をやっと解いた。



毎日更新中

海辺の町の冒険者

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