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本日も宜しくお願いします
ミレイの決断は?
ミレイは自室のベッドで横になり天井を見つめている。先ほど聞いてしまった、幹部たちの会話を思い出している。
「フィトナジオン殿下、直ぐに王宮に参りますか?」
「王弟となると、庶民を妃に迎える訳には行きませんぞ。しかるべき家から正妃を迎えませんと」
(フィンは第二王子だったんだ。そして幹部は騎士団の部下)
しっかりと守られる規律。学習を重視するクラン。団長の美形っぷり。有能で堅物の副団長・・・思えば、冒険者クランにしては、普通でない所が多かった。種明かしをすれば成る程な、と言うものだ。
そう言えば、王太子殿下とフィンは似ている。フィンに初めて会った時に感じた既視感の答えが今になって判明した。
(ヤバい。夫の弟と不貞って、洒落にならないよ。それに王弟殿下の親衛隊だって!? 無理、無理、無理。ヤバい未来しか見えねぇ)
まず、王宮に上がる事を想像してみる。
もし王弟殿下の親衛隊になって、もしくは王弟妃になって王宮へ行ったとしたら?王妃や側室たちと顔を合わせる機会は必ずある筈だ。そこで私がリリカだとバレたら?まず、リリカの極刑は免れない。そしてエタノルがどんな扱いを受けるか分からない。エタノルの王族たちはどうでも良いが、母にも危険が及ぶのは駄目だ。エタノルの国民にも火の粉が降りかかるだろう。そして何よりも、フィンが傷つくのではないか? 恋人が実は兄の側室だったなんて。フィンに軽蔑なんてされたら死にたくなる。いや、極刑になるんだった。
フィンに全てを打ち明けて、2人で逃げる未来も想像してみた。王弟としての地位と責務も陛下の信頼もクランの仲間も過去も全てを捨てての逃亡生活だ。フィンは王弟だ。しかるべき貴族家から姫を娶って、皆から祝福されて幸せになれる筈の人だ。それを捨てさせて、兄の側室との逃亡生活に引きずり込むと言うことは、フィンの幸せになる未来を奪うと言うことだ。フィンを愛している。なのにフィンの本当の幸福かもしれない道を奪うなんて、これを愛と呼んでいいのだろうか・・・。フィンはこんな気持ちを知ったら軽蔑するだろうか?
ならばフィンに別れも告げずに消える。また違う土地で新たに生活を始めるのだ。
フィンは悲しむだろうか?胸が締め付けられる。フィンの手を離すことは、軽蔑されるよりももっと怖い。こんなに優しくされ、慈しまれた後では、失った時に自分がどうなってしまうのか判らない。
嫌だ、離れたくない、嫌だ、そばに居たい、嫌だ、悲しませたくない、嫌だ!
自分でも強欲だと思う。けれど心ほどどうにもならないものはないのだ。
涙が溢れだす。嗚咽をあげながら泣く。次から次へと涙が出てきて干からびてしまいそうだ。
・・・暫く泣いて頭を冷やしてから、もう一度よく考える。
たとえ2人が離れたとしても、自分がフィンを愛し、そして同じくらい愛されたことだけはきっと消えない。何よりも確かなものとして、この先の自分を支えてゆくだろう。
心が引き裂かれそうになりながらも、やはり独りで旅立つことを決意する。
フィンが王都に行っている間に出立すると決めて、その日は何とかやり過ごした。自分では普通を装えているつもりだったが、表情が引きつっていたらしく、クランの仲間たちに何度も心配されてしまったのだった。
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旅の荷物は、以前王都からクロピドへ来る時に揃えた物がそのままある。投擲武器や医薬品、食料などの消耗品を買い揃えて『収納』に入れたミレイは、クラバモス宛にクラン退団願いの手紙を残して、静かにクロピドを出立した。クロピドに来た時と違って、旅の資金はたっぷりある。暫くは安定した収入がなくてもやっていけるだろう。
ミレイは南行きの乗り合い馬車に揺られている。クランの拠点を出る前から軽く『隠密』を発動してある。これで周囲はミレイを「今はそこにいることを認識できるが、離れた後は、その印象は朧気で記憶に残らない」様になる。クランの仲間がミレイを探そうとしても足取りを追うことは出来ないだろう。
まずはエタノルを目指している。母の様子を見に行って、必要があれば保護する。幸せに暮らせているのならば、顔は見せずに去るつもりだ。会いたい気持ちは溢れるほどあるが、不必要に「後宮を逃げ出した側室の家族」と言う罪を背負わせるつもりはない。秘密を知ってしまったら、「嘘をつく」行為を強いられる事になるのだ。そして、逃亡生活。そんな重荷を母に背負わせたくない。
ミレイがエタノルからパミドロルに嫁いで8年近く経っている。あの時とは反対の方向へと進む馬車の窓から景色を眺める。初夏の陽射しに照らされて、新緑が輝いた。
あの時の荷馬車程ではないが、乗り心地が良いとは言えない馬車の旅で体が痛くならない様に『身体強化』を纏っている。8日の行程の予定だ。嵐でもなければ、雨が降っても予定は変更されないそうだ。
8年前は一度、雨で足止めされた。当時は道の舗装状態が悪かったうえに、雨で泥濘んでしまうと重量のあるジアゾキシド男爵の豪奢な馬車は車輪を取られてしまう恐れがあった。逆賊の襲撃も警戒していた。今は格段に道が良くなっている。元レチノール国の地域も同じ様に発展していた。パミドロルがただ、領土を拡大する戦争ばかりをしていたわけではなく、整備にも力を入れていた事に少し感心した。
予定通り、8日目の夕方にエタノルの王都エタノルトに到着した。この街を自分の足で歩くのは初めてだ。パミドロルに嫁ぐ時に初めて王城の敷地の外に出たのだし、あの時は早朝で、馬車の窓の隙間からちらりと見ただけだったから。だから、まだ帰ってきたと言う実感はない。
エタノルトはそこそこ活気のある街だった。パミドロルの傀儡政権ではあるが悲愴感はない。パミドロルにそこまで虐げられている訳じゃない様子に、一先ず安堵する。少なくとも自分は人質としての役割を果たせていたのだと思うと、パミドロルの後宮での6年間の苦労が報われた気がする。
今日は取り敢えず宿を取って休もう。明日から街で情報を収集してみるつもりだ。必要があれば王城に忍び込む。
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明日は、母に会えるかな?




